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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2005/09/16
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/210p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-10-353418-4

紙の本

東京奇譚集

著者 村上 春樹 (著)

奇譚(きたん)。それは、不思議な、あやしい、ありそうにない話。しかしどこか、あなたの近くで起こっているかもしれない物語−。『新潮』掲載に書き下し1篇を加えた小説集。【「T...

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東京奇譚集

税込 1,760 16pt

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商品説明

奇譚(きたん)。それは、不思議な、あやしい、ありそうにない話。しかしどこか、あなたの近くで起こっているかもしれない物語−。『新潮』掲載に書き下し1篇を加えた小説集。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

偶然の旅人 7-42
ハナレイ・ベイ 43-79
どこであれそれが見つかりそうな場所で 81-119

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みんなのレビュー266件

みんなの評価3.8

評価内訳

紙の本

マンションの階段で出会う少女との会話なんて読むとね、申し訳ないけど逆立ちしても森博嗣なんざあ、勝てないなあって。同じロリコン趣味でもレベルが違うんです

2005/12/02 17:38

13人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

ついこの間、村上春樹の本を読んだんだよなあ、一年で三冊なんて随分早いペースだなあ、なんて思いましたが、よく考えれば『象の消滅』にしても『ふしぎな図書館』にしても、過去の作品の改版みたいなものですから、新作としては『アフターダーク』から一年なんで、まあまあかな、なんて妙に納得しています。
といっても、素直に肯けないのがこの本に対する世の評価ですね。ま、ネット書店絡みののサイトでは、相も変らぬ微温的な評価が軒並みで、読んでいるこっちが辟易してしまうのですが、例えば、最も影響力があるであろう WEB版 本の雑誌 では、各書評氏の採点は軒並みC。おいおい、ほんとかよ、です。読む前から先入観もっちゃいけないんでしょうが、気になるわけです。なんたってタイトルがいいので、期待してましたから。
まず、装幀は並ですね。ヒット続きの新潮社装幀室ですが、凡打っていう感じ。むしろ、個人的にはソフトカバーのほうが似合うじゃないか、そのほうがカバーの色合いや内容の柔らかさとマッチするんじゃないか、そんな気がしています。その点、松永かのの装画・挿画は、木版画なんでしょうが、特有のあたりのよさ、暖かみがあって、お話に合っています。メタリックなカバーが東京で、雨を連想させる挿画が奇譚の雰囲気を出してます、ってのはちょっとゴーインな解釈ですが・・・
世の中には偶然では片付けられないことがある、そんな例をあげながら、ゲイの調律師と人妻との出会いが、周囲との関係を変えていく「偶然の旅人」、ハワイでサーフィンをしていた19歳の息子が鮫に襲われた。一人息子を失った母親の「ハナレイ・ベイ」、二つ下の階に住む母のところに出かけた夫は、これから戻るからパンケーキを焼いておいて、という言葉を残して失踪した。男を捜すことを依頼された探偵の「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。
今、愛しているひとよりもっと素適な人に出会えるのでは、そう思い続けるうちに本気で人を愛することが出来なくなった小説化が出会った謎の女、男が語る小説の筋書きは「日々移動する腎臓のかたちをした石」、一年程前から自分の名前を忘れてしまうことが多くなった人妻が、カウンセリングをうけるうちに「品川猿」。
これらのどこが不満なんだろうなあ、 WEB版 本の雑誌 の書評氏たちは。確かに微温的ではあるんですよ。でも、それを否定したら村上春樹は読めませんよね。「偶然の旅人」でディケンズの『荒涼館』を小道具にしているところがありますけれど、私のようにディケンズ好きには、いいなあ、としかいえませんね。偶然が少しもわざとらしくないし。
たしかに「ハナレイ・ベイ」には、慟哭はありません。でも、今までだって、村上の作品にそれほど激しい心の動きがあったかどうか。むしろダメ学生たちとの会話に見られるユーモア、それも微かなものですけれど、らしくていいな、って思います。極めつけは「どこであれそれが見つかりそうな場所で」の、探偵が階段で出会った小学生の女の子との会話でしょう。これって、いいな、って思いますよ。
例えば
「急におちんちんを見せたりしないよね?」
「しない」
「小さな女の子のパンツを集めたりもしてないよね」
「してない」
という会話があります。
ここだけ取り出してもわけわかんないですよね。是非読んでください。こうね、読んでいるだけで笑みがこぼれるわけです。森博嗣ならロリータになっちゃうところが、それがならない。
それから最後になりますが、奥付を見てください。今まで、村上の本でこういうことをやっていたのか、他の本ではどうだったのか、私は知りませんが、この場でのタイポグラフィック、こういう美しさは初めてですね。新潮社装幀室の遊び心に座布団5枚!

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紙の本

村上の全作品の外側を共通に覆っている嘘っぽさに気がついた

2005/10/11 22:42

10人中、10人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る

 冒頭に収められている『偶然の旅人』は「僕=村上」が一人称で語ることを宣言して始まる。
 村上が言うには、「不思議な出来事」が「僕の人生にはしばしば起こった」のだが、「しかし僕がその手の体験談を座談の場で持ち出しても」「おおかたの場合、『ふうん、そんなこともあるんですね』あたりの生ぬるい感想で、場が閉じてしまう」のだそうだ。
 そんな風に書き始められると、この後に続く話が如何にも村上自身のドキュメンタリーであるかのような印象を与えてしまう。確かにそこに書かれているエピソードは実際にドキュメンタリーであってもおかしくない程度の「不思議な出来事」ではある。しかし、どうもなんだか嘘っぽいのである。
 それで僕ははたと気づいたのである。この嘘っぽさこそが村上春樹なのだということに。今まではフィクションであることを前提として読んでいたので気づかなかったのだが、これは事実ですよと書かれて初めて、村上の全作品の外側を共通に覆っている嘘っぽさに気がついたのである。
 奇想天外な話を書いても実際にありそうな話を書いても、どちらの場合も村上の文章はどこか微妙に嘘っぽい。が、嘘そのものではない。いや、嘘臭くてもインチキ臭くないのである。それどころか、上辺は嘘っぽいのに深いところでどこかリアルなのである。だからこそ僕らは村上ワールドに強く惹き込まれてしまうのである。実はそれこそが村上春樹のからくりなのである。
 『偶然の旅人』における村上自身のエピソードは実は「枕」に過ぎず、彼の知人であるゲイの調律師の話がメインの物語である。もうその辺りからは読者にそんなからくりを微塵も感じさせない、いつもの村上話芸が繰り広げられる。
 その後に『ハナレイ・ベイ』『どこであれそれが見つかりそうな場所で』『日々移動する腎臓の形をした石』『品川猿』という4つの短編が続く。本全体のタイトルが示すように、いずれも東京を舞台にした奇譚である(もっとも『ハナレイ・ベイ』は舞台の半分以上がハワイであるが)。ただ、その東京は、村上作品の中の東京がいつもそうであるように、「東京のどこか」ではなく「東京のどこでもない場所」なのである。
 いつもの翻訳調の日本語によるタイトルを見ただけで興味をそそられる。これは古くからの村上ファンが充分に彼の魅力を再確認できる、なかなかのご馳走である。
by yama-a 賢い言葉のWeb

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紙の本

さすが!村上春樹

2005/09/20 01:31

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:katu - この投稿者のレビュー一覧を見る

『アフターダーク』は個人的にはイマイチだったのだが、今回の短編集は「さすが」と唸ってしまった。『新潮』掲載の4篇に書き下し1篇を加えた5篇からなっている。
例えば冒頭の「偶然の旅人」。ジャズにまつわる村上春樹の体験談をマクラに、ゲイの調律師が体験する不思議な物語が綴られているのだが、非常にスタイリッシュでありながら、心の深いところを打つものがある。
読みながら、この短篇が英訳されて、ニューヨーカーなどの海外の雑誌に掲載されているところを想像してみた。全く違和感がない。間違いなく海外の読者にも受け入れられるであろうと自信を持って思える(私が自信を持っても仕方がないのだが)。要するにインターナショナルレベルの作品なのだ。
(なんと「収録作品の「偶然の旅人」と「どこであれそれが見つかりそうな場所で」は、すでに英訳がHarper’s Magazine (7月号)、The New Yorker(5月2日号)に掲載されて」いることを後から知った!)
今回の5篇には、みな何かしらの「心の闇」を抱えた人物が出てくる。しかし、もちろん話自体は決して暗いものではない。特に書き下ろしの「品川猿」は村上春樹特有のユーモアにニヤリとすることしばしばだった(「やみくろ」とか「かえるくん」とか村上春樹はこの手のキャラクターがホント好きだよな)。
世界でも一流のストーリーテラーの一流の作品集と言っていいだろう。
k@tu

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紙の本

私たちは生き残り、そして深まっていく

2005/09/19 16:23

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オリオン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 就眠前に一篇だけのつもりで読み始めたら止まらなくなり、二時間ほどかけて最後まで読み耽った。ちょうど五篇のオムニバス映画を観た感じ。でも読んでいる間、映像が浮かび上がることはなかった。活字が音となって響くこともなかった。純粋に文章を「読む」ことに集中し、そこから立ち上がる物語世界に没頭した。至福の二時間。短編集としては『神の子どもたちはみな踊る』の完成度が高いように思うが、村上春樹らしい軽く浅い陰影が忘れ難い読中感を醸しだす小品集だった。
 ここには五つの断面が描かれている。異界へとつながる通路・裂け目、あるいは実と虚、生と死、男と女の「あわい」(「あう」の名詞化、坂部恵は『モデルニテ・バロック』で“Betweenness-Encounter ”と英訳)、村上春樹的形象でいえば「耳」または三半規管。これらの断面における奇譚的出来事との遭遇がもたらす知覚(平衡感覚)と記憶(時間)の変容の五つのかたちが描かれている。
 誰よりも鋭い耳をもった調律師は、十年ぶりの姉との再会に際して物体と物体とのあいだの距離感を喪失する(「偶然の旅人」)。絶対音感をもつピアニストは、息子が鮫に襲われて死んだ海を眺めながら過去と将来の時制を見失う(「ハナレイ・ベイ」)。異界へのドアを探している「私」は、階段の踊り場の大きな鏡に向かい合ったソファに腰を下ろしていて25分の記憶の消滅を体験する(「どこであれそれが見つかりそうな場所で」)。人の名前を盗む猿に心の闇を言い当てられた女(みずき)は、身体がほどけ皮膚や内臓や骨がばらけてしまいそうになる(「品川猿」)。
 そして、何よりもバランスを大切にする女(キリエ)と本当に意味を持つ女性を探しつづける小説家の男(淳平)が登場する「日々移動する腎臓のかたちをした石」では、同名の作中作の中で腎臓石に支配された女医が現実へのいっさいの関心を失う。とりわけ興味深いのはこの(「どこであれそれが見つかりそうな場所で」と「品川猿」の間に配列された)短編で、そこでは断面が告知するもの、すなわち「肉体における腫瘍みたいに」増殖する心の闇=「空白」からの救出ではなく、それとの親密な「バランス」を通じて「自分という人間が変化を遂げる」ことへ向けた作家のメッセージが、小説家の苦難(小説制作上の)を救ったキリエの口を通じて伝達される。
《たとえば風は意思を持っている。私たちはふだんそんなことに気がつかないで生きている。でもあるとき、私たちはそのことに気づかされる。風はひとつのおもわくを持ってあなたを包み、あなたを揺さぶっている。風はあなたの内面にあるすべてを承知している。風だけじゃない。あらゆるもの。石もそのひとつね。彼らは私たちのことをとてもよく知っているのよ。どこからどこまで。あるときがきて、私たちはそのことに思い当たる。私たちはそういうものとともにやっていくしかない。それらを受け入れて、私たちは生き残り、そして深まっていく。》

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紙の本

春樹ワールド満喫

2006/03/27 17:23

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:とみきち - この投稿者のレビュー一覧を見る

 村上春樹の短篇は佳作が多い。本書は、文章といい、タイトルといい、アイディアといい、ストーリーといい、春樹色満開の懐かしい一冊だった。
 本書全体のまえがきの役割を果たしているかのごとく始まる一作目の『偶然の旅人』の導入から、人を食ったような、トーンを抑えた春樹節。“僕=村上はこの文章の筆者である。この物語はおおむね三人称で語られるのだが、語り手が冒頭に顔を見せることになった。”こうして本書が「不思議な出来事」を集めたものだと読者は知らされる。
 一作目は、このような前ふりも手伝って、作家の本当の体験なんだろうなぁと思って読める。小説というよりはエッセイに近い印象。この印象は、どちらかというと私にとって上質の小説ではなかった、という評価である。物語の最後に、僕ではないもう一人の主人公の「彼」にひどく説明的な理屈を語らせてしまったことで、小説を台無しにしてしまったからだ。彼は僕に言うのだ。“偶然の一致というのは、ひょっとして実はとてもありふれた現象なんじゃないだろうかって。[…中略…]でもその大半は僕らの目にとまることなく、そのまま見過ごされてしまいます。[…中略…]しかしもし僕らの方に強く求める気持ちがあれば、それはたぶん僕らの視界の中に、ひとつのメッセージとして浮かび上がってくるんです。”説明しないでほしかった、こういうかたちで。
 二作目の『ハナレイ・ベイ』は面白くなかった。あーあ、退屈だなぁと思って読み終えたのだが、『どこであれそれが見つかりそうな場所で』『日々異動する腎臓のかたちをした石』『品川猿』の三編はたいへんに面白かったのだ。そのために二作目をつまらなくしたのかと邪推を持ちたくなるほどに。
 名前を失う出来事とか、都会の地下に生きる生き物とか、言葉をしゃべる人間以外の生き物とか、つかみどころのない謎かけをするような美女とか、突拍子もない職業とか、春樹ワールドでおなじみのアイテムがうまく組み合わさって、虚構の世界に読者を遊ばせてくれる。理屈ではなく、不思議な空間にぽんと浮かばせてくれるのが春樹ワールド。ひさしぶりに冴えている短編集。楽しめました。

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紙の本

ロマンチスト村上氏の願うこと

2011/07/20 09:56

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:空蝉 - この投稿者のレビュー一覧を見る

今をときめく村上春樹の作品について語るとき、「これぞ」とか「さすが」とか「村上流」などの形容詞を頭に付ける人が多いけれど、悲しいかな割と最近の、2、3作品しか読んだことのない私にはそれが出来ない。
しかしながら彼の作品の多くが、ほんの少しのファンタジー(不思議)と それに反して現実に根を下ろした冷静な視点、そしてなにより人と人との関係性、かかわり合いがドラマチックに描かれているのが分かる。

きっと著者村上氏は人間を信じていて、人間が好きで、諦めきれない。と同時に文章の力も同じように信じていて、好きで、小説家としても文章そのもの、ペンの力というものを諦めない、ロマンチストでもあるはずだ。
本作は5作のちょっと不思議な事象とそれにまつわる人々が何かを無くし、その大切さを自覚して受け入れるまでの物語である。
一つ読み終わるたびに感じるのは、舞台も登場人物も現実的で目線も語りも冷めているのに、物語中の非現実的な事象が彼らにあっさり受け入れられているというギャップだ。しかし読者(私)がそのギャップを気にせず、最後に「ああ、良かったね」と主人公たちに語りかけ、わずかなつながりすら感じてしまうのは・・・やはり村上氏による物語の力であり「狙い」なのだろう。

彼ら主人公たちはみな何かを失ったり関係を壊してしまったりして傷ついているのだが、自分がそれに傷ついていることにすら無自覚である。
ある不思議な出会いや現象・・・例えば思いを寄せてくれた女性と喧嘩別れしたままの姉とどちらも同じ乳がんの手術を目前にしていたという「偶然」や(第1章:偶然の旅人)、事故死したサーファーの母親がハワイを訪れたが自分には見えない息子の「姿」を知る話(第2章:ハナレイ・ベイ)、自分の名前を思い出せなくなってしまう女がひょんな出会いから不思議な心理カウンセラーの助けにより猿から名前と封印していた過去を返してもらう話(最5章:品川猿)など。

主人公たちはふとしたことで何かを喪失し、その大きさも大切さにも気づかずに日々何となく過ごしている。それはきっと平凡で楽で円滑な日々かもしれない…が、それは本当の自分であろうか。過去の自分とその周りの人々と思い出とを消してしまい込み関係を絶つことはきっと、悲しいことを無いことにするよりも哀しいことに違いない。
彼らは皆、現実と自分と過去と人々との関係を全て受け入れて、ほんの少したくましくなって生きていくに違いない。偶然の出会いやちょっとした偶然からもう一度それらに向かいあう機会を得る。そこを私たちは読むことが出来る、その場に立ち会うことが出来る、そんな喜びを感じてしまう。

本書は数年前に読んだきりでこれで2度目の再読となったが、改めて村上氏の文章と物語にかける姿勢が伺われる。
きっと彼は物語をより多くの現代人に語り、「出会ってもらう」ことで少し元気になって生きてもらう。
ロマンチスト村上氏はそんな願いを込めているのではないだろうか。

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つらいことと向き合うということ

2006/04/13 00:33

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:さくら - この投稿者のレビュー一覧を見る

人はみんな、何かしらつらいことと向き合いながら生きている。もしくは、向き合いながら生きて行かなければならない。時には、忘れたつもりになっていたり、違うことに目を向けようとしたり、ひたすら時間が経つのを待っていたり、悲劇の中に身をおいて耐えていたり。僕らは、そんな風に、生きていくしかないんだ。

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紙の本

奇譚から学ぶこと、知ること、感じることがある

2005/09/17 00:25

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:諏訪旭 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「東京奇譚集」というタイトルを見て、首をかしげた。村上ワールドの入り口は作品のタイトルだと思っていた。何ともいわれない不可思議なタイトルに思わず足を止めてしまう。いいようのない引力に本を開くと、村上ワールドが果てしなく広がっている。今回のタイトルはその印象を覆した。私にとってあまりにも平凡に思えたからだ。一昔前の怪談話かと思ってしまった。時間をおいて少し冷静にタイトルを眺めてみると、ますます首をかしげざるをえなかった。奇譚の意味が不明なのだ。村上作品を思い出してみると、はたして奇譚でない物語があったであろうか? 村上作品は、すべて奇譚話であったはずだ。ならば、なぜ今回の作品にあえて”奇譚”ということばを使ったのだろうか? そしてそれが東京に限定されている意味は? 考えれば考えるほど、様々な疑問が頭の中でひしめき合い、それがまさに村上ワールドの力だと思った。
 久々の短編集は、まさに村上パワー爆発の絶品の集合体であった。その文章は、滑らかな指先で細かい部分までも柔からに整えられた文字と文字の組み合わせであり、しばし時を忘れてしまう。楽しみにしていた本作も気がつくとすでに最後のページを迎えていた。
 確かに奇譚であった。最後のページをめくり終えても、そこにミステリ小説にあるような謎解きは現れない。不思議な物語は、不思議なまま終わり、ぽっかりと大きな謎が空中を浮遊する。この不可思議な浮遊感が村上ワールドの醍醐味だろう。さて、作者はこの物語で何を伝えたかったのですか? そんな問題が国語の試験で出題されたら学生は困ってしまうだろう。今回も、そこに答えはなかった。少なくとも一つの明確な答えはなかった。しかし、これが答えかもと思える、小さな手ごたえを感じることができた。それはきっと、人それぞれ違っていて、千差万別であるに違いない。
 奇譚から学ぶこと、知ること、感じることがある。それは文学の持つ無限の力であり、文学が存在する義務なのかもしれない。

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紙の本

この作品集について

2005/08/23 14:57

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:新潮社 - この投稿者のレビュー一覧を見る

奇譚(きたん)とは、不思議な、あやしい、ありそうにない話。しかしどこか、あなたの近くで起こっているかもしれない物語——。
話題の四作品に、書き下ろし『品川猿』を加えた、村上春樹待望の最新作品集刊行!

【初出】
全5篇のうち、以下の4篇は「新潮」2005年3月号〜6月号に掲載。
 偶然の旅人
 ハナレイ・ベイ
 どこであれそれが見つかりそうな場所で
 日々移動する腎臓のかたちをした石
 そのほか以下の作品(書下ろし)が収録されています。
『品川猿』

また、収録作品の「偶然の旅人」と「どこであれそれが見つかりそうな場所で」は、すでに英訳がHarper's Magazine (7月号)、The New Yorker(5月2日号)に掲載されています。

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2005/10/01 14:45

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2005/10/03 16:11

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2005/09/25 14:05

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2005/10/21 23:06

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2005/10/02 01:08

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2005/10/03 06:23

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