紙の本
彷徨える20世紀の行方
2016/04/16 20:07
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
産業革命を経た都市化、そして交通、通信の発達による、それまでの人類史からはまったく新しい情報化社会となって、新しい道徳が必要となった。それは個人の解放という形をとったが、同時に孤独という毒も生み出した。
誰もが自由に誰かと繋がる権利を持つが、誰にでも「可能」かは保証されない。ことに西側世界の急進的なムーブメントは、解放というより破壊的な動きをしながら拡散し、僕らはその中で少年時代を生きた。人の流動が激しくなったこの時代に、やがて東側も旧植民地も新大陸も、みな取り残されまいとして新しい価値観に順応しようと必死であり、むしろその移り行く様を冷静に観察できる人において特に孤独感は訪れる。この主人公や周囲の人々も、唯一のものとして与えられた世界に適応しようと悪戦苦闘し、結局はそこからこぼれ落ちてしまった一人の天才性化学者は、自らを救い出すための哲学と、科学技術を生み出すに至る。
天才という存在さえ消費し尽くされてしまうこの時代に、その資質ゆえに、同時に併せ持つ平凡さゆえに味わう苦悩は、底知れぬ深さで果てしもない。それは永遠に続くものなのか、わずか半世紀ほどの時間の中では、一人の人間にとっても、社会全体にとっても短すぎて答えは出せない。しかし科学の進歩のスピードとスパコンは、容易に対処法を提示できてしまう。その拡散もまた、加速度的に増加していて、一人一人が望みもせず、納得する間もなく、世界を埋め尽くしてしまう。
20世紀が生み出したのは、性的な放埓さだけでなく、まさしく生老病死に満遍なく発生する苦難であったと、生涯を見渡してみれば気付くことができる。主人公やその恋人が味わったのは、人間が抑圧されている時代にも劣らないの恐怖だった。それを克服するために生まれた未来のビジョンも、同じように激しい恐怖だ。この価値観の変遷のスピード自体が、最大の恐怖とも言える。
ここに示された新時代の思想があらゆる苦痛を救うものなの、その先にあるのがユートピアなのかディストピアなのかも皆目わからない。この現代がディストピアでないと言いきることもできないのだ。だがそこに飛びつかざるを得ない人々はたしかにいたかもしれない。そして世界は変革される。されてしまう。傷ついた魂が、閃きと、いくらかのコンピューティング・パワーを手に入れれば、それは起きるだろう。それが紛れも無く僕らの生きている時代であり、何の警告も与えられはしない。まずそのことを知っておくことが、現代のうねりを見極める第一歩には違いない。
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小説の体をかりた文明評論
2015/08/14 12:21
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投稿者:虚ろう人 - この投稿者のレビュー一覧を見る
露骨な性描写の嵐に辟易させられますが、性に取り憑かれたブリュノと、ほとんど性欲が希薄で異性どころか人間に興味を抱けないミシェルとの対比を通じて、あらゆる欲望が解放された現代の不毛さが描かれています。
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桁外れの問題作
2018/12/24 01:11
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投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る
ブリュノとミシェルという異父兄弟を対照的に描き、文学を教える兄ブリュノは欲求不満の乱れた性生活を、生物学を研究する弟ミシェルは世捨て人的な学究生活を送る。どちらもインテリで中年、そして敗残者だ。愛もここでは逃げ水のようにむなしく去ってしまう。2人の愛したかもしれない相手は悲惨な死を遂げる。性描写は露骨で執拗でうんざりするが、それは中年ブリュノの幻滅をそのまま追体験しているよう。人種差別も性差別も著者は辞さず実名で非難することもしばしば。いたる所で悪罵の限りを尽くす。この小説を覆いつくすやるせなさ、不毛さは類を見ない。著者は力技で、この現代をめくるめく終末ビジョンの中に放り込む。あれが解決だろうか? またとない衝撃作だった。
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過去は過去、無は無
2012/09/05 17:33
4人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:いたちたち - この投稿者のレビュー一覧を見る
生は死以外のどこかへたどり着きえるのかということを考えずにはいられない。
小説の中で、主体としての美しいもの、狂ったもの、賢明なるものはすべてひとところへ収斂されていく。
その軌跡を糧に何が芽生えようとも、過去は過去であり、無は圧倒的な無でしかありえない。
絶望と共感を持って読了した。
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近代のなれの果て
2015/08/12 15:17
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ショイチ - この投稿者のレビュー一覧を見る
中年男ブリュノのみじめな性生活が泣ける。ところどころの剥き出しのミソジニー(女性嫌悪)をどこまで作者の本気と受けとっていいのか分からないが、ハクスリー『すばらしい新世界』への論評をはじめとする文明評論には頷けるところ多かった。
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(記憶では)兄弟がいて、兄は不細工で性欲ありありで、機会に恵まれない人。弟は天才科学者で性欲無い人。この兄弟の性的遍歴と、一族の歴史に20世紀思想史の偉人たちが絡んで、加えて量子力学の発展史も絡んで・・・・・ポストモダン全否定して・・・・・ニューエイジ称揚して・・・・・みたいな。端折りすぎですが(笑
なにせ凄い小説です。やばい文学です。
なんせ、ひたすら性的描写と思想史エピソードがくんずほぐれつです!!頭悪い紹介ですみません(´_`ヽ)
最近ちくま文庫に入ったみたいなんで、よろしければどうぞ。
作者は、ラヴクラフト論でデビューしたという変人じゃなくてユニークな方。残念ながら、ラヴクラフト論翻訳されてませんが。
「素粒子」の後、タイの買春ツアーに参加するビジネスマンの小説(悪趣味ですねぇ)が、翻訳出てたような気もします。グ愚って下さい、手抜きです。
「素粒子」の凄い?ところは、とにかく性をえげつなくというか、苦渋に満ちたものに描くところです。人間の苦悩のすべては性に起因するといわんばかりに。というか、ずばりそう言ってます!!初期のオーケン(ノーベル賞の方)なんかにも近いかなぁ?どうだろ?
個人的見解ですが・・・・・
フランス文学好きな人、
ラヴクラフト好きな人←関係ありません、
SF好き!!な人、
20世紀思想史に興味ある人、
性嫌悪症な人、
生物嫌いな人、
食物連鎖と生殖連鎖が愚劣だと思う、「はにや」な人
科学の力で人間をなんとか出来ないかと思う人、
思想はともかくヴィトゲンシュタインの生き様に惹かれる人、
生きるのってかったるい・・・・な人、
性行為の機会ありません・・・・な人、
もう、はなから興味ありません・・・・な人、
なんでみんなそんな事に・・・・・みたいな人、
にはお勧めです!!なんか書いてて疑問に思えてきましたけど・・・・・。
・・・・・・このリストは・・・・・自分の事か?・・・・・(×_×*)
エピローグで、体に電気走って・・・・感激して涙出そうになった私は・・・・・世間的にはアレですね(笑
あんまり詳細書きたくないのだな、この原作については。とにかく読んでみろって!!強気に押す!!
なんでこんな小説・・・・・と思われても、私は責任持ちませんが。
私は脳天直撃でしたがねヽ(T_T )ノ
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邦題「素粒子」。フランスで最も物議を醸す作家、ミシェル・ウェルベック。初めて読んだ。入り込むまでに時間がかかるのは、その作家の世界観を知らないせい。入り込んでからはのめり込むように読み耽った。これほど悲しい物語を読んだのは久しぶりかもしれない。ガツンとくる物言いと悲しきストーリー展開。読んでいて、こんなに悲しい最後が待ち受けているとは思わなかった。最後だけが悲しいわけではない。後半は常に悲しい。怠惰。頽廃。擦り減っていく感触。現代性をここまで確実に捉えている作品て、そうないと思う。この人はすごい。。。なんといってもアナベルに心捉えられてしょうがなかった。(07/8/20)
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珍しく現代文学を読んだのだが、これが非常に面白かった。
この作品は前々から評判だったのでずっと気になっていた。
98年にフランスで刊行されるやかなりスキャンダラスな反響があったそうだ。
読了後は「恐ろしい小説と出会ってしまった」という気分で満たされた。
正直なところ、赤裸々な性描写やいくつもの固有名詞からは村上春樹的な部分を感じた。
ただこの小説は明らかに非リア充で非スノッブ向け(主人公がまさに非リア充)。
欧米のマッチョ信仰的な恋愛観からはかけ離れたものとなっている。
なので個人的には感情移入がしやすかった。
個人的には性描写は特に必要なく、素人童貞でも良いと思ったくらいなのだが、小説全体の反左翼的な主張を考えれば不可欠だったような気もする。
その辺は評価が分かれるところだろう。
「素粒子」は数多の文学作品に見受けられる生への虚無感がテーマとなっている。
その虚無感をどうするのか。
それは衝撃的かつ突飛なラストに集約されている。
この手のオチは特定のジャンルでは珍しくもないかもしれないが、そこまでに至る精緻な筆力はさすが。
フランスで大反響を呼び、世界中で翻訳されたのも納得。
賛否あろうが個人的には大いに賛同したい。
ただし人には大っぴらに勧められない問題作なので星は4つとしたい。
物理学や生化学の知識があればもっと深く読み込めると思うが、なくても全然大丈夫。
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生物学から始まって自然科学、原子論、哲学に至るまで、とにかく難しい。
結論として、たぶん、唯物論を語っているんだと思う。そこには当然「愛」と「死」というテーマも絡んでくる。
私は唯物論的に広く大きく物事を捉えられるタイプの人間じゃないから、分かるけど共感はない。
Amazonのレビューで、「好き嫌いがはっきり分かれる作品。冷静・分析タイプに向いている」と書いている人がいたけれどまさにその通りだと思う。
難しいとか共感はないとか言ったけれど、新しい発見というか新しい思考というかいつもの自分にないものを得るという意味で興味深かったし作品として面白かった。びっくりする結末だし、話の構成も展開も手法も素晴しいと思う。
読み終わった時には「なるほどすごい作品だなぁ」と感嘆せずにはいられなくなる。
ただ、物語の中盤は無駄にエロチックな描写が多いし、作品全体のトーンが暗いから(哀しい暗さではなく狂っていたり歪んでいたりする根の暗い不健全さのような暗さ)残虐な描写は吐き気がするくらい気分が悪いし、削除してもいい箇所も多くあるように思う。
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衝撃の結び。エピローグまでの間にびっしりと描かれる2人の男(と女たち)の絶望は、それを乗り越えるために必要な驚きのアイディアひとつのための布石だった。私たちにとっては哀しい結論ではあるが、読後感は重苦しいものではない。納得させられてしまうほどの重みが、登場人物の人生にあったということか。
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難解な内容。終始ストーリーの方向性が見えない。全体的に叙事的かつ客観的描写が多い。感情論に頼らない文体は孤独な、あるいはシニカルなニュアンスを強めると同時に人類の本来の姿・性質(動物性)を想起させる。観念論や唯物論、更にはヒューマニズムの歴史に関する言及が多く、「今後人類の思想はどう展開してゆくか」といった壮大なテーマを含んでいるよう感じた。
その答えは十人十色。
いろんな読み方があります。とにかく近代西洋史や思想史に興味がある方はきっとインスパイアされるだろう問題作だと思います。物語として読むより思想本として読むことをおすすめします。
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フランスで有名なこの人、私の本好き友人に聞いてもその意見は「素晴らしい」か「糞」かの真っ二つに分かれるのが笑えます。地名やら商品名やら企業名やらをとにかくディテールに渡って細かく書いていってキャラクターを描写するというのは私にはすごく面白いと思うけど、根底に流れる、決して消えない、主人公の(ということはあるいは作者の?)徹底的な悪意に満ちたモノの見方にはかなり疲れます。
人物から流行現象まで様々な対象物に対して敢えて客観的・統計的な描写が並びますが、時にそれが大いに主観が入った幼稚な攻撃に形を変えたりもします。とはいえ、主人公(他の作品にも常にこのタイプは出てくる)の毒を含んだ呟きはたまに的を得ていて、どきっとさせられるのです。「人は他人との関わり合いのなかで、自意識を持つ。まさにその自意識こそが、他人との関係を我慢できないものにする」。
全編通してとかく女性への攻撃が多いのは典型的なコンプレックスの吐き出しでしょうか。それとも作為的にあそこまで意地悪な表現を取っているのか?もっと奥が深いのか?? と思わせられ、ページが進んで行きます・・・。
読後感は悪いのに、何故かはまる。
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一度読んでそのままだったが、最近思い出し再読。
著者の主観が非常に強く偏見に満ちた書き方をしているので、感情移入しないで見世物として読むことを推薦します。
母親の愛を知らずに惨めな人生をおくる兄と、遺伝子物理学の天才である異父兄弟の弟のそれぞれの生き様が描かれている。
性に振り回され滑稽な悲劇ばかりで彼らの相方も皆不幸せな生き様ばかり。こっけいな行動は身にしみる箇所があって苦みばしった笑いしかでてこない。
そんな描写が延々と続くのですが、哀愁ただよう表現とポエジー溢れる文章が心地良い。
くだくだしい部分が多々ありますが好きな人にはたまらないところがある作品です。
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相反する貞淑と自由恋愛の概念、オクシデントへの僕らの眼差しは依然として、性に対しては十分に自由な選択を彼らは行っているに違いないというものだといえるが、本書を通してみると、月並みな表現であるがなにもかもいいことづくめではないようだ。
「恋愛先進国」(こういってよければ、そして現代において恋愛とはすなわち性行為と結婚を後に控えた個人の一大スペクタクルである)フランス作家界の旗手ウェルベックの最高傑作と謳われる今作、一般的には個人的な問題として片付けられて来たセクシュアリティを、遺伝子と先端科学というフィルターを通して、社会変革プログラムの超えるべき壁として呈示する。
日本においても、高度経済成長を境に進む都市への人口流入、それによってもたられた「核家族」という家族構成の最小単位と、凄まじい移り変わりの中に僕らの”性”こういってよければ”生”は置かれてきたといえる。人間を取り巻く環境が人間を作り出すという「唯物史観」的な観点にたてば、観念的な異性関係とは、正しい性関係・夫婦関係とは、などという論の立て方は、厳格なカトリックがその信徒に教会を通して指導してきた方針と同様にお笑いぐさである。
しかし、ポストモダン的・脱構築的手法がすべてを解体し、白日の下に曝したとき、僕らがこれまで信じて来た”性関係”とは空無であったという”衝撃的”な事実に未だ耐えられない”ピュア”な僕たちというのもまた事実である。論理だけで生きていくことはできない。いかに馬鹿な決まりであれ、文化というのは撞着語法的なものなのである。そこに”ある”と強く信じることにによって何かが見たされている空無、それが文化の本質である。
ラカンのテーゼに従えば、「異性関係は存在しない」。ここでいう異性は、広く他者ということもできるし、言葉通りの異性でも言える。僕らは性交を行うとき、相手の性器と自分の性器をこすりあわせてマスターベーションをしているのである。平たく言えばこういうことだ。それは、とりもなおさず他者表象や他者とのコミュニケーションの地平を揺るがす、断絶である。
そういった、不通・不全のなかで、僕らの性関係、言い換えるなら遺伝子にインプリントされた醜いプログラム”再生産”をどう扱うのか、唯物的に歪められてきた性の変遷に終わりはあるのか、日本においては現代美術家の中原浩大がその作品『デート・マシン』で表現した”再生産過程の現時点におけるスペクタクル的表象”をどう乗り越えていくことができるのか、性の商品化の動きと、それらと切り離せない、”性の実験”ともいえる西洋のニューカルチャーの歴史的記述と、それらに対する辛辣な批判と幻滅、そしてそれの悲しい残滓をあけすけに記述してゆく。
弁証法的な解決を著者自身ももはや望めない世界に対して、SF的な解決を用意するあたり、個人的には非常に面白いが、ここでは善し悪しが別れるところであろう。
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相対性理論と量子力学による現代科学のパラダイム・シフトは20世紀を物質主義的価値観に塗り替えた。それは宗教的抑圧からの解放に繋がることでサド侯爵的性の快楽と同調し、しかしながらも性の自由は競争原理を呼び寄せる事で逆説的に性の抑圧へと結び付く。性への強迫観念に囚われたブリュノと禁欲的な生物学者ミシェルという異父兄弟の生涯を濃厚な性描写と情報量で描きながら、人生に対するやり切れない諦観を滲み出させている。ニューエイジの怨霊を駆逐し、ハックスリーの亡霊を21世紀に呼び寄せる本書は、打ちひしがれる様な凄い本。