投稿元:
レビューを見る
内田まとめ本。中身もさることながら長めの前書きが面白い。今回も、いくつか常識だと思っていたことがただの思い込みであると思い知らされる。大上段にかまえたりしないから、飲み込めるやね。
投稿元:
レビューを見る
言ってることはいちいち正しいと思うけど、そこからどう進んだらいいかということに関してはどうも明快でない。
アカデミックな厳密さを求める人が批判するところはその辺りなのかも。
軽く読んで、しばし考える分にはいいと思う。この本に限らず内田樹の本の大体に言えることだけど。
投稿元:
レビューを見る
ジャケ買いした笑 すごく素敵(で皮肉な)なタイトルと表紙。と思ったら内容も相当面白かった。「正しさ」に意味があるか?いや、ない!とイラチな作者が思うがままに考えを示してくれる。
投稿元:
レビューを見る
どきっとするぐらい痛烈に、日本人を解剖してくれている。
曖昧だった事象が次々と結びついて考えの扉を開かれるような思いがする。ひねくれたようで大人の思考法が展開する。一見どうでもよさそうな話が、読んでいるうちにいつの間にか自分の中で不明解だった事象と結びつき、「あ、そうだったんだ」とひらめきが起こる。もの凄く為になる一冊。
投稿元:
レビューを見る
、『「大人文化の専門家」による「敵情視察レポート」としてお若い方々にお読みいただけたらと思う、らしい。っていうか、買わなくてもウェブで読めるらしい。内田樹って面白いと思うんだけどなあ。
投稿元:
レビューを見る
サブゼミ発表でも参考にさせてもらいました。よくよく今後も考えねばならないポイントが詰まっています。濃いです。もう一度読み返して、咀嚼していきたいと思います。
投稿元:
レビューを見る
内田樹の「私はそう思う」精神がとても好き。他人の話をドライに受け止めた上で、自分のことをドライに理解しようとする姿勢が自然にとれている人になりたいと思った。もちろんこのドライはいい意味です。
インパクトはまえがきが掻っ攫っていったけど、内容としては第二章の「セックスというお仕事」と自己決定権、第三章の「呪いのコミュニケーション」が素敵だった。
とりあえず、なんでもかんでも帰納的に出し入れしようとしてはいけないなぁ、というのがざっくりとした感想。
投稿元:
レビューを見る
ゼミの課題。
くそつまらんと思って途中で投げてました。
が春休みにふと読んだらおもしろくて
すんませんって感じでした。
投稿元:
レビューを見る
愛読書の樹さん。
この作品はいまいちぐいぐいこなかったのはテーマのせいかな。
国家とか、人種とか、ちょっと政治的な話が多いためか、共感しまくって読むっていういつもの感じではなかったです。
その中で、「呪いの言葉」の話はずしんと胸に来ました。
セクシャルハラスメントのハラスメントとはなんぞや、という話からのつながりだったのですが、つまり、ハラスメントとはそれによって、自分の自由が奪われて拘束されるものである、と。
それはわかりやすく言えば「呪い」である、と。
日常にあふれる呪いの言葉の例として
「あなたのためを思って言っているのよ」
「何が気に入らないのか、はっきり言いなさい」
「お願いだから、私の気持ちも分かってよ」
「おまえ俺をナメてんのか」など、こういうことばを投げかけられると、確かにぐっと言葉につまってとても息苦しい。
よく意味がわからないけど、自分が責められていることはよくわかる。
そもそも、これらの言葉には、答えなど求められていないというのだ。
**********************************************
このような「絶句」状況に他人を追いつめることを(それとはしらずに)好む人がいる。他人が自分の問いかけによって言葉を失い、青ざめ、うつむき、沈黙のうちに引きこもるさまを見て、ある種の愉悦を引き出すことのできる人がいる。
むろん、本人はそんな「邪悪」な欲望が自分を駆動していることを知らない。しばしば呪いをかけている人間自身は(意地の悪い教師がそうであったように)、自分の行動を動機づけているのは教化的な善意だと信じている(場合によっては、「愛情」だとさえ)。
「絶句させる人」が有害なのは、たんに「相手に影響を及ぼす」からではない。影響力が及んだことの確証として、相手が自分から逃れられないように「縛り付けられた」姿を見ようと望むからである。
相手が自分の言葉によって「縛りつけられ」、身動きできなくなっているありさまを、深く親密な、かけがえのない関係の成就だと勘違いする人、それが「呪いをかける人」である。
***********************************************
人が無意識のうちに相手を拘束し支配しようとする言葉、あるわあ~。
私、けっこう言われるわあ~。
でも、それが呪いの言葉であると分かっているということは、呪いに絡みとられないためにとても必要なことだ。
投稿元:
レビューを見る
教養とはなんぞ?という気持ちになる。内容はそれだけじゃないんだけど。
今って情報が多いだけじゃなく、学生って生き物がものすごく多い割に、一定レベルというか、「学生ならこれくらい出来て当然、知っていて当然」というくくりが通用しなくなっているのを実感。
でもそれを良い悪いとか今の子供はこれだから、で片づけていいのかっていは別問題、という気持ちに。
投稿元:
レビューを見る
内田先生の著作は、
何百回と繰り返し読んでしまう。
文系の人間は、
つまらないことにも理由を付けて納得したがる。
そんな私を納得させるスゴイお方。
大人になりかけの私が、
大人になるのが楽しみになるような、
読んだあとにはおおらかになれます。
投稿元:
レビューを見る
第2章の「大人の思考法」が特に面白かった。まぁ、全体を通して以前読んだ『ためらいの倫理学』と然程大差無いようにも思うけど。とりあえず読んで損の無い1冊である事は確からしい。
投稿元:
レビューを見る
以前読んでた本で理解できなかったことがあり, もやもやとした気分が続いていたが, この本を読んでその理由が分かった.
それは, 本というのは著者と同じ意見を持つ読者だけを対象としているから.
投稿元:
レビューを見る
やっぱりおもしろい内田樹。
多様な価値観の選択が可能になっているのに、
構造や制度がそれに追いついていない。
同一特徴集団の中での帰属感によるアイデンティティ確立。
他の価値観を排除してしまうから、コミュニティを離れるとアイデンティティを失うんだ。
大事なのは「弱い敵」つまり自分とは異なる他者を認めること。
「『愛している』は私の中にすでに存在するある種の感情を形容する言葉ではなくて、その言葉を口にするまではそこになかったものを創造する言葉」
「大切なのは『言葉そのものが聞き手に届いてそこから何か始まる』こと。論理的で首尾一貫していることよりも」
「市民として正しいく振舞うというのは、ほとんどの場合『不快』に耐えるということ。私人としては不愉快でも、市民としてはその矛盾に耐えなくてはならない」
「排他性が彼らの共生感を担保している」
「マンガの中には、ある時代に固有なもの、言い換えれば、その時代が過ぎてしまうと消えてしまい、別の時代の読者に含意が通じないものは書き込んでいけない。という不文律があった。それが江口寿士によって崩れた」
「自らの位置を知るために、もっぱら、同学齢集団を参照にし、年齢が上下に離れている人々は『競争』の対象として意識されない。=偏差値」
「人間の多面的な活動を統合する単一で中枢的な自我がなくてはすまされないという考えが支配的になったのは、ごく最近のこと。内面とかほんとうの私とかというのは近代的な概念である」
「魔が差した というのは潜在的欲望を、本人の同意のもとで顕在化させただけ」
「自分の考え方で考えるのを停止させて、他人の考え方に想像的に同調することのできる能力、これを論理性と呼ぶ」
「ある時間のためにいくら時間を割いて、どれほどエネルギーを注いでも、まったく苦にならないで、それに従事している時間がすみずみまで発見と歓喜に満たされているような活動が自分にとってなんであるかを知っていて、それをためらわず選び取る人間が才能のある人間」
「有用な幻想は役に立つ」
「」「」「」「」
投稿元:
レビューを見る
「本が私を読んでいる」とか、
「後悔、後に立たず」とか、
多くの示唆に富む言葉が載っている。
国家のこと、売春のこと、コミュニケーションのことなど、いろいろなことが書かれている。
また、しばらく時間がたってから、読みなおしてみたい。
2001年から2003年に書かれたものだが、今読んでも考えさせられる。
たぶん、今後も通用し続ける内容だと思う。
だからこそ、節目節目で読みなおしたい。