紙の本
アメリカ下層民の現実、もしくは新自由主義の嘘
2007/06/06 13:30
10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:越知 - この投稿者のレビュー一覧を見る
先日の報道によると、アメリカではほぼ10年ぶりに最低賃金が引き上げられることになったという。貧富の差が開くばかりと言われてきた超大国も重い腰を上げたわけだ。新自由主義的な傾向に歯止めがかかったのも、一つにはアメリカ下層民の実態を調べ上げ本にまとめたジャーナリストらの活動が引き金になっていると思われる。そうしたルポは複数邦訳されているが、その中でも10カ月前に邦訳が出た本書はページ数も値段も手頃でお薦めできるものだ。
著者のエーレンライクは41年生まれの女性コラムニスト。アメリカではよく知られた存在で、その著書は本書以外にも邦訳されている。本人は高学歴で階層的には中か中の上に属するが、敢えて下層民の仕事を体験して、彼らの生活や思考の実態を本書で明らかにしたのである。
彼女は居住地を変えながらレストランのウェイトレス、掃除婦、巨大スーパー・ウォルマートの店員として働く。こうした労働体験の末に判明したのは、アメリカの下層民は怠けているから下層なのでは決してないという事実である。
最低賃金ぎりぎりの給与で仕事をしていると、まずまともな暮らしはできない。その結果どうなるかというと、仕事の掛け持ちをすることになる。つまり昼間はウェイトレスとして働き、夕方からは別の職場でアルバイトをするといった生活である。睡眠時間や食事の時間も満足にとれないきつい労働に一日が明け暮れる。そうした毎日を過ごしていると、考えること自体ができなくなっていくと著者は指摘している。過酷な肉体労働によって思考能力までがむしばまれていくのである。アメリカンドリームを実現するどころではなくなっていくわけだ。
大企業が社員に労働組合を作らせまいとして様々な妨害行為を行っていることも本書で実例を挙げて告発されている。基本的な労働権すら守られていないアメリカの実態が白日のもとにさらされている。
新自由主義者は、上層階級が巨額の利益をあげていけばやがてその利益が下層民にも回っていくと主張するが、それが虚偽であることも本書でデータを挙げつつ証明されている。すなわち2000年上四半期に労働者の最も貧しい10パーセントが得た賃金は、73年の同じ層が得ていた賃金より低くなっているのである。他方で最近の上流階級は以前にも増して巨万の富を稼ぐようになっている。つまり上が稼いだ富はいささかも下に環流してはいないのだ。
下層民の暮らしがきつくなってきた理由として、低賃金に加えて住居費が上昇していることが挙げられる。1960年代始めには平均的な家族の住居費は収入の29パーセントだったが、99年には37パーセントに跳ね上がっているのである。実際、著者はいくつかの州で下層民の仕事に従事したわけだが、就職するごとに住居を確保する作業にまず四苦八苦している。特にミネソタ州では住宅が不足しており、著者はここでは最終的には低賃金に見合った住居を見つけられないという理由で仕事を辞めることになってしまう。
以上のような事実を、われわれ日本人は言うまでもなく他山の石として知っておくべきだろう。ソ連崩壊により共産主義国家の夢想はついえた。しかし完全自由放任の資本主義などというものはそもそも存在しない。自由放任の資本主義か共産主義国家かという二者択一でしか物事を語れない人は、現実を見る能力が欠如しているのであって、天下国家を語る資格などないと言えよう。
紙の本
格差社会アメリカでのミリオンセラーは、今の日本の事情にもあてはまりそう
2006/11/25 21:13
9人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:JOEL - この投稿者のレビュー一覧を見る
題名にあるニッケルとダイムはアメリカの安い硬貨のことだが、この題名が暗示する通り、低賃金労働者の実態を体験ルポした本である。そこそこ豊かなジャーナリスト生活を送っている著者が、雑誌編集者と話すうちに、その社会的属性を捨て去るプロジェクトに乗り出すことになる。
離婚して家から放り出されたばかりの社会的弱者という設定で、低賃金労働者の世界に飛び込み、体験ルポする著者の度胸はなかなかのものだ。いくつかの州で、ウェイトレス、掃除婦、スーパー店員などの職につき、こうした社会の底辺を支える人々の暮らしぶりを詳細に描写する。
そこから浮かび上がってきたのは、こうした低賃金労働者は、日々の暮らしの糧を得るのに精一杯で、過酷な状況から抜け出すすべをほとんど持たないことだ。低賃金労働者は、いつまでたっても低賃金労働者のままである。それは、こういった職種の時給をあの手この手で安く抑え続ける経営者の目論見もあるが、労働者の側でも、この階級に意識を固定化されてしまっているという側面もある。
アメリカというと、無名の存在から自分の才覚だけで社会の頂点に上り詰めるアメリカンドリームが代名詞だが、実際には階層の固定化が相当に進んでいる。著者が体験ルポをしていたのは1998年から2000年にかけてであるが、社会全体としては経済が好調で、賃金が上昇傾向にあるものの、この底辺層はその恩恵をあまり受けていない。
怖いのは、このような現実を、中流以上の暮らしを送る人たちが知らずにいることだ。言い換えれば、豊かな暮らしを送る人たちが、低賃金労働者の犠牲の上に成り立っていることに無自覚なことである。低賃金労働者が、食費や家賃やその他の生活必需品をまかなうのがやっとという給与を得るのに懸命で、それ以上の生活を思い描く暇すらない厳しい現実がここにはある。弱者はいいように使われ、豊かな人々の生活を支え続けることになる。
ここまで書いてきたことは、今の日本の状況にもだんだんあてはまりつつあるのではないだろうか。「格差社会」という言葉は、小泉政権の末期から、社会のゆがみをあらわすものとして用いられ始めた。安倍首相もその是正に向けて、「再チャレンジ」をキーフレーズに登場した。携帯電話で日雇い仕事を見つけ、それをこなすのに精一杯の若者が、テレビや新聞でレポートされることが多くなっている。
5年あまりのタイムラグを経て、日本もアメリカ社会の現実に近づきつつある今、本書に描かれた低賃金労働者のおかれた状況を分析し、同じ道をたどることのないような政策的な支援が求められていると言えるのではないだろうか。
実は、著者の飛び込んだ低賃金労働者の世界は、犯罪とは無縁の善良な人々の世界である。アメリカ社会は、さらに下層に位置して犯罪行為に走るしかない人々をたくさん抱えてもいる。
日本社会は、事態が深刻にならないうちに、よりよき方へ社会の舵を切るべき時にさしかかっている。そんなことを本書に教えられたように思う。
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米国の貧困のありようを具体体にルポとして示した著作。ほんの少しだが、住宅バウチャー(住宅取得補助金)の話が出てくるが、それが、米国経済と米国経済の格差にどの様に働いているのかが、見えてこなかったのが、残念であった。もともとこのバウチャー制を扱っている著作ではないのだから、この方面の記述、分析を期待するのが、筋違いなのだろうが、具体的な人の登場とまったくの貯金の無いまま貧困社会で生きていくことは、そこから逃れることの出来ない呪縛に巻き込まれることになるということは理解できた。リアルな人の描写は、くどいほど出てくるので、貧困者の生活が生々しく描かれている。ともあれ、住宅家賃が所得に比べて高いことが、貧困の呪縛からの開放へと向かうことが出来ない主たる原因であり、また、あまりに長い労働時間にも原因があるといえる。
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著者の父親は労働者階級からジレットの役員まで上り詰めた人らしい。
彼女自身はそういうアメリカにおける階級社会に幼い頃から、
何か感じるものがあったのかも知れない。
本書の内容は、著者が中流の上社会に生きながら
低所得者層の実態を身を持ってルポしたものである。
そこには、いつ止めても元の中流家庭へ戻れる保証があるので、
内容にはある意味の甘えが見え隠れするが
それすらしないでルポライターを名乗るよりいっそ潔い。
ここで驚くべきというか、考えさせられることは
経済大国であるはずの米国での6ー8ドルという単純労働賃金の安さというのだが
これって、今の日本のパートタイマー(バイト)の賃金とさして変わらない。
いわゆるフリーターという身で
生計を立てている人が多く現存する日本において
この先ひょっとしたら
もっと深刻なことになるのではないか。
そう考えさせられる一冊であった。
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「ニッケル・アンド・ダイムド」は五セント硬貨と十セント硬貨を指し,「小額しか与えられない」という意味になる。作者が見えない働く貧困層の中に飛び込んで,自ら低所得生活を体験し,その実態を探ろうとした作品である。日本でも格差化・階級化が進んでおり,貧困層が富裕層から「見えない存在」となりつつあり,この課題はとても重たいが,「見えない存在」にしてしまうと,さらに事態は悪化する。決して見過ごしてはいけないと思う。
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若干読みにくいかも。でもね、黒人だけじゃなく白人にもこういう格差があるという事実を受け止めるのに読んでよかった。日本の格差社会の話とは違う部分もあるから、このHOTな問題の勉強にぜひ!!
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著名なジャーナリストである著者が、あえて時給6〜7$くらいの職につき、その体験を綴ったもの。
ワーキングプアの現場がリアルに描かれており、現在の日本で問題となっているネットカフェ難民のような出来事が、何年も前にアメリカで起こっていた、ということがわかります。
著者の主張、「今私達が感じなければならないのは恥である。」という言葉が印象的です。
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・自ら中流の上と称する著者が体当たりで下流社会に飛び込んだ衝撃的なルポ。
・凄い。時給6ドルでどうやって生きていくのか。最低時給14ドルは必要とされるのに、その半分以下という暮らし。
・実際著者は3ヶ所での暮らしを試みたが、全てが失敗に終わっている。賃金と生活費のバランスが取れずに破綻してしまっている。実際一人だけでは生きていけない水準であり、彼らの多数はルームシェア(ワンルームに4人などザラ)や共働きで何とか生活をしている。それでもマシな方で、中には部屋を借りる最初の資金が用意できなくて、割高のモーテルに住まざるを得ない人たちもいる。
・企業側はあらゆる手段を使って労働者に心理的な重圧をかけ、締め付け、賃金についての雑談すらタブーとする。それなのに誇りを感じて働いている彼らに悲しい衝撃を受ける。
・感じるべきは疚しさや後ろめたさではなく、恥だと著者は言う。誰かが超低賃金で働いているから、自分が安く便利に生活ができているのだと。我々は彼らに依存しているのだと。彼らこそひたすら与えるばかりの人たちなのだと。けどそこに解決策はやはり提示されない。
・文章がいかにも「翻訳しました」って感じで読みづらい。何とかならなかったのかなあ。普通の日本語の散文と比べて違和感感じないのかな。やたらに長ったらしい形容詞や副詞。久々に読んだ翻訳っぽい翻訳。こういうの読まされると訳書って敬遠したくなるんだよね。
・「雇用融解」を読んだときと同じく、自分がなんでかどうしてかこの負の連鎖に巻き込まれずに一人前な顔して生きていられることに、幸運を感じると言ったよりももっと不思議な感慨をただひたすら受ける。この実感というのはまさに、貧困層から富裕層は見えるが、その逆はまったく見えない、と本書に書かれていた事そのままだ。
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たしかに、現実を知るためには、取材という名のもとに、いわゆる下流社会の労働現場に潜入せざるを得なかったのだと思う。
でも、取材とはいえ、短い期間とはいえ、一緒に働いた仲間を下流と呼ぶことに、違和感を感じてしまった。
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社会の底辺のお仕事に、中の上な暮らしを享受するライターが挑む体当たり突撃ルポ。個人的にはウォルマートの項が怖くていい。
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アメリカの低賃金労働者のルポ。
まさにアメリカの闇。
物が安くなるのはいいけれども、それはどこかにツケがまわっていて不健全なのだと思わされました。
格差社会は避けなければなりません。
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会社=経営陣が自分たち(そして株主)の利益向上だけを考えて行動すると、どんな社会が出来上がるのか。
2001年にアメリカで出版された本書は、「自己責任」や「企業優先」の発想がもたらした格差社会アメリカの貧困の現場に自ら身を投じた著者の実体験を元にして書かれている。
「ニッケル・アンド・ダイムド」は「少しの手当てしか得られないで」=「貧困に苦しむ」という常套句だそうだ。
アメリカの大手雑誌などにコラムをかいているバーバラ・エーレンライクが自身の身分を隠して低賃金労働の仕事を探し、その収入で生活できるかを顕彰したルポルタージュになっている。
この著作の中でレポートされている労働の実態は、今の日本にも確実に存在するだろう。
というかむしろ、1990年代後半のアメリカをモデルとして構造改革路線を進めた小泉政権などによって、同じ構造の社会が日本にできたと言うべきなのかもしれない。
本書がアメリカで上梓された7年後、翻訳出版された2年後の2008年末には「年越し派遣村」が東京日比谷に設置され、日本国内に存在する低賃金労働から抜け出せない人々や、非正規労働者の存在がクローズアップされることになる。
本書を読んで何より感じたのは、
私自身が享受しているさまざまなサービスや、安価な商品の影に、こうした低賃金労働者が存在していることを、忘れずにいたい
ということだった。
著者のエーレンライクはこう書いている。
貧しいシングルマザーたちが働かずに生活保護に頼って暮らしていけたころは、中流または中流の上の階層に属する人たちは、彼女たちを、嫌悪とまではいかなくても、どこかじれったさを覚えながら見ていものだ。生活保護の世話になる貧しい人たちは、怠け者だとか、好ましくない環境で子供を生みつづけるとか、あるいは麻薬中毒と決めつけられて、厳しく非難された。何よりもその「依存性」が非難の対象となった。(略)だが、政府が「施し物」のほとんどを引きあげてしまっった今、そして、貧困層の圧倒的多数が外に出て、ウォルマートやウェンディーズで身を粉にして働いている今、私たちは彼らをどう考えたらいいのだろう。非難も、恩着せがましい態度ももう合わないとすれば、いったいどんな見方をし、何を感じるのがふさわしいのだろう。
疚しさ、ではないかと恐る恐る考える人がいるかもしれない。あるいは後ろめたさではないのかと、だが、疚しささ後ろめたさを感じるだけでは、話はそこで終わってしまう。私たちが持つべき正しい感情は、恥だ。今では私たち自身が、ほかの人の低賃金労働に「依存している」ことを恥じる心を持つべきなのだ。誰かだ生活できないほどの低賃金で働いているとしたら、たとえば、あなたがもっと安くもっと便利に食べることができるためにその人が飢えているとしたら、その人はあなたのために大きな犠牲を払っていることになる。その能力と、健康と、人生の一部をあなたに捧げたことになる。(p190)
大げさだ、と感じる人もいるだろう。でも私は、この著者の感性に���意する。そしてこの社会の構造を変えるため自分に何ができるのか。それを考えながら読んだ。
私にできるのはまず、労働の対価には正当な評価を下すこと。一定の収入がある層として、安易に安価なサービスや商品を選択しないことだろうか。
そしてたぶん選挙権の行使。貧困を再生産する社会システムをよしとしない政治家に1票を投じること。
革命家になれない自分が社会を変革するには、これが最も効果的かな。と思うのだった。
働く人が働くことで尊厳を得られる世の中。この国がそんな社会であってほしい。
そんな思いを強くして読了した。
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アメリカの中流・知識階層に属する著者の思考やマインドが、下流社会の生活の中で、変わっていく、その描写が面白い。
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「ワーキング・プア」という言葉は、いまや日本でも知らない人がいないほどまで一般的な用語となり、日本でもワーキング・プア問題や格差問題がクローズアップされるようになってきた。
本書は、その火付け役になった本。アメリカでの格差問題の実態が、如実に描かれている。
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まずは筆者の体を張った取材に感服しました。40代になって社会の最下層と呼ばれる人の生活を実体験するのですから、さぞかし苦労があったものと思われます。
この本を読んで一番感じたのは、貧困者が最も苦労するのは住宅問題なのだなという点です。トレーラーハウスやモーテルに泊まれば結果的にお金がかかる事は分かっていても、家賃の安いアパートや住宅を借りる際の初期費用を準備出来ないが故に借りる事が出来ない。
またモーテルを泊まり歩く生活をするので食品等の買い貯めも出来ず、コストの高いファーストフードを食べざる得ない等、最初の住宅費用を用意出来ないが故に高コストの生活をせざる得ないようなのです。
これは今後の日本においても他人事ではないと思います。ネット難民となるような若年者が発生する一方で、人口減少により住宅は余る傾向にあるのが今後の日本ですので、このミスマッチは早急に解消されるべきです。
解消の一案として、働く意欲のある貧困層に対して初期の住宅費用だけでも援助する団体があってもいいのではないでしょうか。日本では家を借りる際にも、敷金等の初期コストも相当かかります。
その点をクリアして、空いている家を低コストでも埋める事が出来れば日本全体がハッピーになる。読み終わってそんな気持ちになった本でした。