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赤朽葉家の伝説
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.1 342件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2006.12
  • 出版社: 東京創元社
  • サイズ:20cm/309p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:4-488-02393-2

紙の本

赤朽葉家の伝説

著者 桜庭 一樹 (著)

“辺境の人”に置き忘れられた幼子。この子は村の若夫婦に引き取られ、長じて製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれ輿入れし、赤朽葉家の“千里眼奥様”と呼ばれることになる。これ...

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商品説明

“辺境の人”に置き忘れられた幼子。この子は村の若夫婦に引き取られ、長じて製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれ輿入れし、赤朽葉家の“千里眼奥様”と呼ばれることになる。これが、わたしの祖母である赤朽葉万葉だ。—千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもないわたし。高度経済成長、バブル景気を経て平成の世に至る現代史を背景に、鳥取の旧家に生きる三代の女たち、そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の姿を、比類ない筆致で鮮やかに描き上げた渾身の雄編。【「BOOK」データベースの商品解説】

【日本推理作家協会賞(第60回)】千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもない私。高度経済成長、バブル景気を経て平成の世に至る現代史を背景に、鳥取の旧家に生きる3代の女たち、そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の姿を比類ない筆致で鮮やかに描く。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

最後の神話の時代 5-113
巨と虚の時代 115-215
殺人者 217-309

著者紹介

桜庭 一樹

略歴
〈桜庭一樹〉「夜空に、満天の星」で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。ほかの著書に「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」「少女には向かない職業」など。

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みんなのレビュー342件

みんなの評価4.1

評価内訳

紙の本

時代と生の息吹。せかいが美しくあるために。

2008/02/21 14:43

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ねねここねねこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

まるで歴史書を見るようだ。丁寧に、重厚に紡がれた物語。神話にあるごとき静と動。主に動とする蘇芳の赤、たまに混じり来る青の色彩も美しい。
その時代と時代に生きた人々の鼓動、息吹が伝わってくる。史書のようであり、伝記でもある。赤朽葉と周辺に生きた人々の生の鼓動と世が見える。
各々の赤朽葉の時代。世界が提示される。語りで世界が切り出されると、読み手に抗う術はない。受動客体たる読み手は、そのまま世界に運ばれていく。その時代へと誘われ、すうっと心身溶けるがごとく。
 
『最後の神話の時代』『巨と虚の時代』『殺人者』。語りの口調も穏やかに紡がれた赤朽葉の三人。現代『殺人者』の項は伝記の意味合いに満たぬものだが、前章の二つは時代と生きた人々を温度を保全し映写する。
つまり「時代性」、物語にある者たちが時代とともに生きたこと。力ある筆致で読み手はそのものを己の体感のように思いさえする。人々が血と汗を流し、時代にあり、思いを抱えて生きていたこと。瞳子の項「語るべきことが何もない」現代に生きる人々に、舌先へと残る朽ち錆びた鉄の彩りと味を残し、これらは憧憬のような、美しいファンタジィの様相すら呈しても見える。懸命に光を放って生きたこと。時代に殉じるごとき生き様。その中で自己を翻弄され、または確立をしようとし、生きたそれぞれの生であること。
これらの長い時間では、そこに生きた人々の生は神のごとき永劫にも一瞬にも見える。万葉と毛鞠の生は対照的だ。引き摺られ長い培いを見せながら安堵のぬくもりを思わす万葉。強い光を放ちつつ、切り離すような瞬間を走り生き抜けた毛鞠。
これら前二者に比較され、現代の故無き時代の瞳子がある。「何もない」時代。その中で彼女が何を培うのか。自由という響きよいものに裏打ちされた茫漠の荒野に彼女は思う。最後にはそれでも、「せかいは、そう、すこしでも美しくなければ。」と。
この話は時代性という骨組みのなかで語られた、個人の獲得の話でもある。
 
個人の嗜好を言うなら、通奏低音としての万葉の話が好みだった。
「生きている」ということは、即ち「物語」に成り得るが そのものの密度の濃淡は個人次第。確かに要素として、環境や時代背景もあるものだが、そのものと自己に誠実に向かいつつ、愛し、守って。獲得し、泣いて、笑って…。個々を自分のものとして、全うする真摯な姿勢には美しさが伴う。全編を通して美しさがこの物語にあるのならば、それは万葉が連ねた生き様のものでもあるのだろう。 
守るものがあるということは、そのことで強さを生じさせる。家や愛するものたちを守る万葉は強くもあった。信じられるものがあったこと。自分のなすべきこと、守るべきものがあったこと。確かに神話の時代だろうか。
役割というものが、おそらくはっきりしていた時代。残酷でもあるが、汗と血、途の故に美しくもある時代。現代に生きる個人として、やはり惹かれるものを感じてしまう。そのときは赤い、地の色彩をも思わせる神話があったのだろうと。世界がシンプルに構成され、壊れるときさえもそれはシンプルであったのだろうと。
 
「上の赤」製鉄一族という設定のこともあるながら、鉄の赤黒い色と重みを思い感じた。
そしてさびれた空気も。美しく錆びて、寂びれた。
見たこともない場所なのに、そのときの空気がはっきりと伝播するように伝わってくる。どこか懐かしくて、だけどかなしくなるような空気。子供のころ、夕暮れに公園で遊んでいたときのような。物語、ドラマツルギの重厚を感じる。
 
万葉から毛鞠、そして瞳子へ。物語の中で伝わった遺産、精神のことを思う。
現代、生くるものへ。万葉の夢と、かつての美しさは伝わった。瞳子としてそれが現代に至るには、これからの彼女自身の歩み、地と肉から変えて培った物語が語らなくてはならぬものだ。
よって、あたらしい物語は始まっている。
「美しい世界」への気付き、希求を感じてからの、具現をそれぞれがする過程。それらのものたちは、読み手のひとりひとりが己で創って行くのだろう。瞳子として、ひとりひとりの個人として。
語るべきこと。語られるべき物語。作家である桜庭は過去を見据えつつ、現代の生きるものたちにエールを送った。
今生くる、稀薄な現代にあきらめず、すべてはそう
「美しい世界があるように」、と。
 
繰り返す。現代に、物語は個人のうちに始まっている。
続いている残酷ですらない、現代に。
時代を受け継ぎつつ。血の継続をしつつ。
されど胸のうちに、美しいものを求めていきつつ。
 
「せかいは、そう、すこしでも美しくなければ。」

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紙の本

夢中で読みました

2008/01/08 00:55

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:さあちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

 赤朽葉家。製鉄業で財をなした鳥取の旧家である。そこに生きる三代の女最後の神話の世界を生きた祖母万葉、発展と狂乱を駆け抜けた母毛毬、そして何者でもない瞳子を軸とした一族の姿を描いた大河ドラマである。
 とにかく面白い。一つ一つのエピソードがまるで騙し絵のように散りばめられていて最後に一つの大きな絵が浮き上がってくるそんな感じだ。くるくる回る万華鏡のようだ。
 背景となっているのが戦後から現代にかけての近代史である。私達は何をしてきてそして何処に向かおうとしているのか。戦後男達は汗水流して働き女達は家を守ってきた。一生懸命働けば豊かになれる。繁栄という新しい神話の基にみんなが同じ方向を向いていた。しかし豊かになりみんなが同じ情報を共有できるようになったことが私達の価値観を変えていく。そして繁栄の影に生まれた闇にからめとられていく。そんな時代を三代の女達の生き様と共に丹念に描いている。
 しかしいつの時代にあっても人々が目指すのはビューティフルワールド。不器用に流れのままにしか生きられない人間の未来が今までのようにそしてこれからも謎めいた世界であればいいという作者のメッセージが込められていると思う。

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紙の本

こんなに面白い本を、半年の間気付かなかった、というのは残念。でも、この愉しさは生半可ではありません。私にとっては維新『化物語』に匹敵

2007/06/07 21:04

6人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

今年、といっても未だ6ヶ月しか経っていませんが、意外さにおいてこの話ほどのものはなかった気がします。文体からは舞城王太郎の軽妙さを、構成からは古川日出男の重厚な歴史性を、内容のせいでしょうか、嶽本野ばら『下妻物語』を連想したりもします。ま、私が思い浮かべるのは深キョンが出てくる映画版のほうですが・・・
意外、と書いたのは単に予想外ということで、後に続くのは「面白さ」です。こんなに楽しい作品に気付かなかったとは、同じ出版社の『フロスト』シリーズを長い間見逃していた、それに続くものといっていいかもしれません。ま、桜庭作品については僅か半年のギャップなので、いい時に読んだなとは思いますが、ブックデザインは正直いただけません。
Book Design を担当する岩郷重力+WONDER WORKZ。にしては珍しく外した、のではないでしょうか。タイトルに由来するであろう色合いもイマイチですが、この細かい模様がなんとも煩い。しかも、ちょっと古めの抽象絵画ぽくって、流行らないよなあ、なんて思います。この装幀で損したんじゃないでしょうか、この本。
本から紹介文を引用してもいいんですが、下手に内容に触れるくらいならば、実物を読んでもらったほうがはるかにいい。一読、この女のクロニクルに惹き入れられなかったら、読書人の看板はずしなさい!っていいたいほどの面白さですが、少なくとも書き出しを呼んだ限りでは、これがそんなにも凄い話になるとは思えないのです。これってミステリ?なんて思いながら読んでいると・・・
お話の舞台となるのは鳥取県西部にある紅緑村です。そこに二つの大きな家があり、一つが「上の赤」こと赤朽葉家で、赤朽葉製鉄を、もう一つが「下の黒」こと黒菱家で、黒菱造船を経営しています。ここを読む限り、海に面した村で、しかも重厚長大産業の会社を持つ、というからには鉄道もあるだろうし、鳥取というより広島ではないかと思ったりもします。
ちなみに、桜庭はこの作品を「2006年の4月から5月にかけて、故郷の鳥取の実家にこもって一気に書き上げ」たそうです。八墓村みたいな山村で育ったようですが、それって岡山ですよねえ。鳥取って、少なくともこの小説とは違います、ぜったい。でも、そういう実際の土地である必要を感じさせないのが赤朽葉の家の女たちです。
話は、三部構成ですが、もっとも重要なのは第一部で、捨て子である万葉が赤朽葉家に嫁入りし、義母に愛されながら異能ぶりを発揮する様が描かれます。そして万葉は、次々と泪、毛鞠、鞄、孤独と義母によって名づけられることになる子供たちを産んでいきます。彼らの名前の由来を読むだけで、笑えます。
でも、最も楽しいのは、赤朽葉毛鞠の波乱に富んだ人生を描く第二部で、私が深キョンが出てくる映画版『下妻物語』を連想しながら、「あ、これって絶対に我が家の娘たちが喜ぶ」と確信したしだいです。毛鞠はそのアネゴ的性格とバイクで中国地方を制覇し、画才で日本の漫画界を制圧します。
そして、殺人者の謎に毛鞠の娘で万葉の孫にあたる瞳子が挑む第三部こそが、ミステリ風なのですが、無理にそう読む必要はないでしょう。舞城王太郎の諸作がミステリーの範疇を超えているように、桜庭のこの話も、そういう分類を吹き飛ばすものです。しいて類似を求めれば、ガルシア・マルケスやマリオ・バルガス=リョサといったラテン・アメリカ作家たちの作品や、古川日出男のクロニクルが近いかもしれません。
ともかく、この面白さは並ではありません。西尾維新『化物語』と並んで、私が最も楽しんだ一冊といえるでしょう。

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紙の本

現代に続く神話

2007/03/24 10:19

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:空蝉 - この投稿者のレビュー一覧を見る

戦後復興の時期、1960年代。まだその土地を取り仕切る天上人のような上=旧家があり、下界では貧乏暮らしの平民が汗水垂らしてただ働いて食って生きている。彼ら平民は下=表の世界にも開けている一方、上(=赤朽葉家)への畏れを根源的に抱えている。
そして一帯を治める上=赤朽葉家の血筋は、結局「山の人」なのである。
この物語の真の主人公である奥様(万葉)は勿論のこと、大奥様(タツ)もおそらく山女だ。山の民が当たり前に君臨していた神話以前の時代を生きたタツ、山と下界とが混合しめまぐるしく変遷する時代(戦後高度成長期ともいう)の流れが押し寄せてきた・・・山が衰えて行く時代をじっと生きた万葉。
そして、2000年以降、まさに今現代のこの世界「ビューティフルワードル」を、自由に、自由に生きようと決心した万葉の孫=瞳子。
これは一つの村の一つの家の戦後の系譜を軸に、日本の同時期の歴史を綴った物語である。

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紙の本

野心的な幻想大河小説

2011/04/25 14:00

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ががんぼ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 男のようなペンネームでも、実はこの作者は女性作家なのだった。ミーハーなイメージもある一方、新しい世界文学の特集を組んだ雑誌で、有名な学者と堂々鼎談をやっているほどの読書家でもある。要するに一筋縄ではいかない。
 この小説は、大河小説であり、いわゆるマジックリアリズムっぽい。となると『百年の孤独』を連想するのだが、本人が言及しているイザベル・アジェンデの『精霊たちの家』がより近いのかもしれない。というわけでなかなか野心的な、構えの大きな作品。
 島根で製鉄業で一家を成した赤朽葉家。その半世紀にわたる歴史を、そこに嫁いだ山の民「サンカ」の娘、万葉を中心に描いた大河小説である。大河小説というのはふつう無数のエピソードから成って、一つの大きなストーリーや事件をめぐるわけではないから、ある種の読みにくさもあるように思う。そのせいか、どんどん読む、というわけには行かなかった。だが面白さには捨てがたいものがあって、ちびちび読んでいるうちに面白さも読むスピードも上がる感じ。とくに第二部がいいと思う。人物も、その二部で活躍する毛毬と、その母親の万葉がよかった。
 万葉には未来を透視する力がある。そうして幻視してみた未来が、不思議に郷愁のような懐かしさやら、時代の変化への感慨やら、移ろい行く時の哀しさやら、サスペンスやら、いろいろ味わいを与えている。かつ、この家の様子の変化とともに日本の時代の変化もわかる、この当たり前といえば当たり前の二重構造がいい。
 「殺人者」と題された最終第三部は、一種の謎解きストーリーでもあって、なかなか込み入った仕掛けが為されている。そこに浮かび上がるのは、ほとんど主人公ともいえる「時」というテーマであり、また全編を貫くイメージの豊かさである。結末は、時代の流れと人の生というテーマをまとめる効果もあり、カタルシスもあって、よくできた見事な締めくくり。とはいえ、スタイルとしては、こうして生真面目に自分の問題として書かれると、時代が今であることもあって、普通の現代の小説にみえてしまう。その分神話性は薄れ、女性特有とも思われるとぼけたユーモアも真剣さの中で影を潜めて、悪くはないのだが、むしろ面白さは減じて、その分ちょっと期待はずれのような物足りなさが残ったのもたしかだ。

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紙の本

今後もっともっと良くなる作家であるような気がした。

2008/03/25 22:32

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る

 面白いと聞いていた桜庭一樹。確かに面白くてすいすい読める。先が気になってなかなか本を置けない。3部構成で山陰の旧家・赤朽葉家三代の女性を描く壮大さが良い。そして、それぞれの部が、ひょっとして違う作家が書いたのではないかと思うくらいタッチが違う。
 第一部は昭和の中期。それがまるで遠い江戸時代の伝説のように描かれている。うむ、確かに僕はよく知っている時代である。でも、1971年生まれの桜庭にとっては江戸と同じように遠い昔なのかもしれない。このパートが一番民話っぽい感じがする。昭和という時代を民話に仕立て上げようとする感覚を大変面白く思った。
 第二部はバブルの前後で、登場人物も増えて筋もやたらとめまぐるしくなり、如何にも時代っぽい面白さがあるのだが、残念ながら明らかに少し書き急いだ感がある。まず「この時代はこうだった」という説明があり、それから「この登場人物はこう思ってこうした」というストーリーがあり、それが交互に繰り返される。全般的には面白いのだが、同じ構成が繰り返されるために読んでいて非常にリズムが悪いのである。これでは小説を読んでいるときに背後に作家の影を感じてしまうのである。作者が読者の前に姿を現すのはあまり褒められたことではない。もっと時代のエピソードをストーリーの中に取り込んで、登場人物の行動を通じて時代を描く形になるまで練り込んでほしかった気がする。
 さて、第一部は山の民サンカの末裔であり、予知能力を持つ「千里眼奥様」赤朽葉万葉の話、第二部はその娘であり、かつて中国地区全土を制覇した女性暴走族の頭であり、後に大ヒット少女マンガ作家となった赤朽葉毛毬、そして第三部はと言えばさらにその娘・赤朽葉瞳子が主人公なのだが、彼女は先代・先々代と比べて、その名前の凡庸さの示すとおり何等超能力めいたものもカリスマらしきものもない。だからこそ瞳子は悩むのであるが、それを読まされる読者は一気に退屈してしまうことになる。
 それを避けるために、この第三部では突然「幻の殺人事件探し」という要素が加えられて、趣きが突如として変わり、小説は新たな息吹を吹き込まれることになる。
 このあたりの構成がまことにもって見事である。多分そういうところが桜庭一樹の真骨頂なのだろうなあと思う。
 ただし、この第三部になると、こういう書き方をすると両方のファンの人に申し訳ないのだが、まるでよしもとばななみたいな幼稚さに満ちた文体になるのである。これ、わざとなんだろうか?
 うーん、そのために少し薄くなっているような気がする。断わっておくが、それでも確かに面白いし、最後になって話が最初と繋がるのも非常に練れた構成だし、瞳子の成長物語として読んでもなかなか爽やかなものがある。でも、なんかなあ、書きようによってもっともっと良くなる気がするのである。
 うん、いずれにしても今後もっともっと良くなる作家であるような気がした。趣味に合うかどうかは読者による。でも、多分あまり趣味が合わない人が読んでもかなり面白い小説なのではないだろうか。そういうところに大いなる才能を感じさせてくれる作家であった。

by yama-a 賢い言葉のWeb

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紙の本

流れ着いた先で

2007/01/28 21:34

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:くまくま - この投稿者のレビュー一覧を見る

 時代の変化とともに、神話のエネルギーは特別な人の下から離れた。行き場のなくなったそれは多くの人たちを流れに乗せ、それにのれなかった者たちは波間に消えていってしまった。
 そして辿りついた静かな浜辺。一見すると何もないように見える。それまで自分達を運んでいたものはどこかへ消え去り、残ったものは不安だけ。しかし、良く考えてみると、何も考えずにただ流されていれば良い時代にだって、それぞれの人々は同じように不安を抱えていたのだと思う。
 そんなことを考えさせられました。

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紙の本

この作品、いかにも横溝正史風でスタートしているがミステリーとして読むのはいささか間違いだ。余計な雑念を払い捨て、この語りに没頭してこそ多様な味わいを楽しみ、芳醇な香に酔いしれることができるだろう。

2008/01/08 00:45

3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

十年以上も前のことだが、出雲を旅したことがある。とある神社の宮司さんから禅譲とされている古事記「国譲り神話」についてまるで異なる真説をお聞きした。その説によれば日本に鉄器文化を持ち込んだ天孫降臨族は謀略を用いてこの土地を先住支配者である大国主命より強奪したのだそうだ。大国主命の一族はこの侵略者に怨念を抱きつつ土地を逃れたのだという。大国主命の末裔は蝦夷になったとの説もあれば、この物語では山窩(さんか)「辺境の人」に身をやつしたとしたようだ。出雲では古事記にある黄泉平坂(よもつひらさか)へも出向いた。だれもそんなところへ行く人がいなかった。夕暮れ、周囲を高い木々で覆われ、底知れぬ深い緑の小さな沼を前にひとり立っていると、イザナギを追う死人になったイザナミと雷神たちの恨み声が地の底から沸いてくるかのような禍々しい霊気に怖気づいた記憶がある。

舞台は鳥取県西部、出雲伝説がこのあいだまで生きていたとした作品、第一部「最後の神話の時代」。色鮮やかに錦絵のような描写で背景を彩りつつ、神々の怨み節が嫋嫋として聞こえるような怪しい気配に、こんな昔の印象を思い起こすほどに、私はこの幽玄夢幻の世界に引き込まれたのだ。
しかし、第二部、第三部ではトーンはガラリと転調していく。この構成は緻密であり巧妙でありしかもそれぞれに魅力的だった。

製鉄業で財を成した赤朽葉家の祖母、母、娘、三代にわたる人生を戦後の昭和から平成の最近まで、時代の背景とともに描いた長編小説である。彼女たちの生きたその「時代性」を大胆に切り取ってみせた著者の鋭敏な感覚には驚かされた。私の生きてきた折々の心象風景と重なる部分がたくさんあったからだ。

第一部「最後の神話の時代」1953年~1975年 赤朽葉万葉
第二部「巨と虚の時代」1979年~1998年 赤朽葉毛鞠 
第三部「殺人者」2000年から未来 赤朽葉瞳子
この各部のタイトル、特に第一部、第二部だが著者の切り取った時代性を端的に象徴していて素晴らしい。なるほどそうだったかもしれないと述懐する。

試みに主人公の誕生、死亡を整理してみた。
祖母・万葉、昭和18年(1943)~平成21年(2009)
母・毛鞠、昭和41年(1966)~平成10年(1998)
娘・瞳子、平成元年(1989)から そして平成24年(2012)23歳の現在でこの物語を語る。

万葉の年が私よりもひとつだけ上にすぎないから自分もずいぶんと年老いたなぁと思いつつも、しかし大国主命の末裔でありながら天孫降臨族の末裔に嫁入り、未来を透視できる巫女のような存在はどうイメージしても同い年とは馴染まない、私のオバアチャンにふさわしいのであって、どうもピッタリしないなぁなどとこれも楽しみながら読むことができた。

第二部は主人公・毛鞠の時代。「力」の時代である。彼女は暴走族の頭になって大勢の仲間から信頼されつつ中国地方を制圧する。そして漫画家に転身し大衆の心をつかみベストセラー作家として莫大な収入を得るが仕事に追われっぱなしで人生を駆け抜ける。彼女にとって「神話」などまるで存在しない。怪しげなものは不可視であるとの彼女の体質がそれを象徴しているのだろう。日本経済が巨大化、ダイナミックに走り続けた時代だった。こうありたいと思った個性が社会とどこかで折り合いをつけながら自己実現をなすことができた時代であったような気がする。ここは私の娘にあたるはずなのだが、むしろ私が生きた時代だったのではないか。

そんな時代も終わって今は何なのか?第三部はひどく哀しいのだ。
「なんていうかさ………。やりたいことがみつからない。いや、それ以前にね、やりたいことをみつけるのに必要な情熱が、まったくもってみつからないって感じ。わかる、おばあちゃん?」
と口をもごもごさせる瞳子。なにもない瞳子。
私には孫がいないのだが、どちらかといえば娘に近い人物像なのかもしれない。いまさら、ああせい、こうせいと年寄りが口を挟む時代ではなくなったようだ。われわれは「巨」を求めてそれが「虚」であったことを体験しているから口を挟む資格がないのだと自覚すべき世代なのだろうか。瞳子には失われたものを愛おしいと思う感性がある。瞳子にはやさしがある。やさしさが光っている。それはおばあちゃんを慈しむ心であり、「神話」を否定し、あるいは考証するのではなく、「神話」に潜む真実にふっと気がつくやさしさなのだ。

ところで著者は女性だと聞いたことがある。そうだとしてどこの年代にあたる人物なのだろうか。ただものではない。

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2007/07/13 11:17

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2008/11/29 09:41

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2007/04/02 23:52

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2008/01/04 17:50

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2008/06/06 21:48

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2008/01/21 21:18

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2010/11/22 21:55

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