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下流志向 学ばない子どもたち働かない若者たち
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2007.1
  • 出版社: 講談社
  • サイズ:19cm/231p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-06-213827-7
  • 国内送料無料

紙の本

下流志向 学ばない子どもたち働かない若者たち

著者 内田 樹 (著)

子どもや若者が積極的に「学び」「労働」から逃走し始めた。「知の格闘家」が、リスク社会に生み出される大量の弱者たちを鮮やかに斬る。2005年6月の「トップマネジメント・カフ...

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下流志向 学ばない子どもたち働かない若者たち

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商品説明

子どもや若者が積極的に「学び」「労働」から逃走し始めた。「知の格闘家」が、リスク社会に生み出される大量の弱者たちを鮮やかに斬る。2005年6月の「トップマネジメント・カフェ」における講演をもとに書籍化。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

内田 樹

略歴
〈内田樹〉1950年東京生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。神戸女学院大学文学部教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。著書に「ためらいの倫理学」「先生はえらい」等。

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書店員レビュー

ジュンク堂書店新潟店

なぜ勉強しなければな...

ジュンク堂書店新潟店さん

なぜ勉強しなければならないのか、この勉強をするとなんの役に立つのだろうか、というようなことはおそらく誰しもが学生時代に退屈な授業を聞きながら思ったことでしょう。或いは両親や先生に質問して、偏差値の高い学校に入るため、良い仕事に就くため、なんて言われたこともあるのでは。しかし、学ぶというのはそういうことじゃないですよと教えてくれるのが本書。学びとはそれがなんの役に立つのかわからないままに学び続けること。学び終えたときに漸くそれがなんであるかということを理解する。なるほど。
労働主体から消費主体へと変わってしまった子どもたち。自己決定、自己責任を重んじる社会。個人が孤立してしまっているこんな世の中で浮き彫りになってきた学力低下やニートの問題を、ウチダ先生が鮮やかに解き明かしてくれます。やはりこの人の教育論は非常におもしろい。現在は文庫化もされており、一押しの一冊。
人文科学書担当 西村

みんなのレビュー152件

みんなの評価3.9

評価内訳

紙の本

何のためにそれを習っているのかを、習い始めるときには言えない

2007/04/08 17:33

18人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る

自分の読んだ本を他人に薦めることなど滅多にしない僕がほんの30ページほど読んだところで早くも(雇用関係の仕事に就いている)妻に薦めていた。それほど全てが腑に落ちる本だった。見事な論理展開で文字通り正鵠を得た指摘であり、スリリングでショッキングで、おまけに示唆に満ちている。
 若者は何故学ばない/働かないか? それは彼らの怠惰のなせる業ではない。もし単なる怠惰であるなら「『うっかり教師の話を最後まで聴いてしまった』ということがあっていいはずだ」(67ページ)と著者は言う。それはむしろ自らが主体的に選び取った生き方なのである。なぜそんな生き方を選び取るかと言えば、彼らは物心ついた時に労働主体としてではなく消費主体として社会に登場したからであり、市場原理に従えば自分から努力して学ばないという生き方はある種必然性を帯びてくるのである。だからこそ、彼らは学校で「先生、これを勉強すると何の役に立つんですか」という問いを平然とぶつける。しかし、筆者が言うには「何のためにそれを習っているのかを、習い始めるときには言えない」のが学び本来の特質なのである。
 第1章「学びからの逃走」で学ばない若者の心理を分析した後、第2章「リスク社会の弱者たち」を経て第3章「労働からの逃走」で今度はニートなど働かない若者たちを総括している。
 僕のこの文章では相当割愛してしまっているので、どこがそんなに見事な分析なのか解りにくいと思うが、目次から副題を抜粋しただけでもこの書物の卓越性が窺い知れる。
 「学力低下は自覚されない/教育サービスの買い手/不快という貨幣/未来を売り払う子どもたち/リスクヘッジを忘れた日本人/自己決定する弱者たち/実学志向/「学びかた」を学ぶ/家族と親密圏/余計なコミュニケーションが人を育てる」等々。
 僕は今日に至るまで、「徹底して成熟した個人主義」を人生の指針として生きてきた。この本を読んで、その指針に少しヒビが入った気がする。日本の未来のために自分は何をすべきかということを強く意識させてくれる本である。
 僕より1ヶ月半前に書評を投稿しておられる鳥居くーろんさんの結びの文章の「その第一歩として……そうだな、草むしりからはじめようか」という表現に妙に親近感を覚えてしまった。そう、まずは身の周りの小さなことからだね。
by yama-a 賢い言葉のWeb

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紙の本

ナンバーワンに神経をすり減らすかオンリーワンに安住するか、それが問題だ。

2007/02/24 23:39

15人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:鳥居くろーん - この投稿者のレビュー一覧を見る

学力の低下。学級崩壊。教育の現場で異常事態が起きている。なぜ。どうして。

受験戦争?ゆとり教育?しつけが悪い?教師の質の低下?原因に挙げられるものにはいちいちもっともな理屈がついているが……それだけでここまでひどくなるものか?

「子供たちは、わざわざ勉強しないよう努力しているのではないか」そう考えることからこの本は始まる。しかも、いわゆる下流と言われる家庭の子供にその傾向が強いのではないか、と。上流の子供は勉強をしていよいよ上流へ、下流の子供は勉強から逃げていよいよ下流へ。教育費の多寡だけでは片付けられないこの現象には、もっと根本的な原因があるに違いない。
そのようにして、著者の考えは進む。

「勉強ってなんの役に立つんですか?」
といって勉強をせず
「自己決定」した自分の進路に不満ばかりぶつけ
しまいには
自分の無能さを、何もしない、何者にもならないことで隠蔽する

そういった若者が生れる背景を読み解く。その手練は説得力があり、また少々ショッキングでもある。

私自身は教育の現場から遠ざかっているので、この説が正しいのかどうかはわからない。ただ、自分自身にあてはめていうならば、腑に落ちることは多かった。私自身、ニートになっていてもおかしくはなかった身なので、鋭い指摘がいちいち痛かったが。

「人間」という単語の「間」と言う文字にどういう思いがこめられているのかは知らないが、人は他人との「間」を形作ることができて初めて「人間」になれるのだと、私は解釈している。人はひとりでは生きていけないし、ひとりでいるとダメになっていく。なにより、自分ひとりが生きていたとて何の意味もない。
そのことを理解せず、自分ひとりでたいていのことはできると思いこんでる奴は、ただのアホウだ。そういうアホウをこれ以上つくってはならない。

その第一歩として……そうだな、草むしりからはじめようか。

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紙の本

ばかと呼ばれてヘーキな人が増えたのはどーしてか

2008/04/01 10:58

13人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:SnakeHole - この投稿者のレビュー一覧を見る

 最近売れてるウチダ先生の本。内容はさほど難しくなく,まぁほんの2時間もあれば読めちゃうくらい……なんだが実はこれ,そういうのが読めないヒトが増えている,モトイ,それが読めなくてヘーキなヒトが増えているという現実をマクラに,それはどーしてか,ということを考えましたという本なのである。いや,この本については茶化さないでちゃんと紹介したい。

 社会心理学の古典にエーリッヒ・フロムというヒトの書いた「自由からの逃走」という本がある。これ,オレが大学に入って最初に買った本の一つなんだけど,ものすごく乱暴な要約をすると,ニンゲンは近代がもたらした「自由」というものに耐えられない存在なんではないか,だからナチスみたいな全体主義を熱狂的に支持するんぢゃないかって話。あ,こんだけぢゃ全然意味がわかんないってヒトは元本をアタってください。きっと有意義な時間になります。

 で,ウチダ先生は現在教育現場で起きている現象がこれに似てるんだよと言うわけ。ここを読んでるヒトでこれにびっくりするようなヒトはいないと思うけど,義務教育の「義務」ってのは教育を受ける側の「義務」ぢゃないんだよね。教育を受ける側から言うとあれは「権利」なの。フロムの本で言う「自由」のように,長い間の歴史的経緯の果てに子供たちに与えられた「権利」ね。ところが現代,当の子供たちがその「権利」から「逃走」を始めてる。ひらがなを教えようとする先生に小学1年生が「それはいったいどんな役に立つんですか?」と訊き,納得出来る答えがなければ勉強をしない……。

 ♪こりゃまだどういうわけだ世のなか間違っとるよぉ〜マコトに遺憾に存じますぅ,ぢゃなかった(やっぱり茶化してるか),その理由を本書では,子供がまず消費主体として自己を確立してしまうことに求めているんだが,これは卓見だろう。なんつうかな,世の中ってのは損得だけでなんとかなってくモンぢゃないって「常識」…「良識」つってもいいが,が音を立てて崩れはじめてるような気がするのだ。いくら金儲けが巧いからって,ホリエやムラカミみたいなヤツばっかりいても社会が成り立たないことくらい解ると思うんだがな。

 旧聞に属するが昨年話題になった厚労相の「女性は産む機械」発言もそうだろ。与党も野党もあの件でなんとか得をしよう,損をするまいと動いてた。テレビや新聞が注目するのもそこ。そもそもあの発言が醸し出す違和感は「生殖」という損得ヌキの動物的な営みを「生産」という(機械は生殖しない,生産するのだ)ケーザイのモノサシを比喩にして喋ろうとしたことに原因がある。なのにそれをまた,党利党略という政治的利害・損得の問題として回収するのは目くそ耳くその類いである。閑話休題,とにかくこの本,お勧めであります。

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紙の本

消費者マインドの浸透が教育困難を生む。

2007/03/06 18:49

13人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:越知 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 三浦展の『下流社会』以来、ちょっとした「下流」ブームである。この本のタイトルもそれに乗じたような印象があるが、最近の日本の若者が基本的な気質において昔とは大きく異なっていることを、フランス現代思想を専攻する著者が分かりやすく説いたものだ。といっても教育学専攻ではない著者のことで、本書執筆にあたりお世話になった本4冊を最初に挙げている。佐藤学『学力を問いなおす』、諏訪哲二『オレ様化する子どもたち』、苅谷剛彦『階層化日本と教育の危機』、山田昌弘『希望格差社会』である。
 私が感慨深かったのは、諏訪哲二の本が入っていることである。私が以前『オレ様化する子どもたち』のBK1での書評で指摘したように、教育は長らく戦後間もない時代の思考法で語られ、何かうまくいかないことがあると学校・教師・文部省が悪いとする風潮が一般的であった。80年代に入って諏訪哲二を初めとする「プロ教師の会」の面々が登場し、現場教師の立場から、子供の質が変わってしまった以上それまでの教育論は無効だと訴えたのである。頭の古い人たちには彼らの主張は保守反動教師の責任逃れと受けとられたようだが、ここにきて現代思想の最先端を専門とする内田の認識と「プロ教師の会」の認識との一致がはっきり示されたのは興味深いことと言える。
 ちなみに諏訪は近著『なぜ勉強させるのか?』の中で『オレ様——』の反響は大きかったと書いている。私のBK1での書評にはたいして反響がなかったようだが、世間とBK1書評を読む人とでは関心のあり方がズレているのだろうか、と余計な心配をしてしまった。
 実際、ここで内田は諏訪の主張に相当依拠している。すなわち消費社会の浸透によって、子供たちは「消費主体としての自己」を学校に入る以前から確立してしまっているのである。彼らは、過去の「労働主体としての自己」「社会の中で生きていく自己」とは根本的に異なるマインドの持ち主なのだ。「消費主体たる自己」は手っ取り早い快楽や有用性を求める。ところが教育とは、すぐには役立たないものやそもそも役立つかどうか分からないものを「売る」場である。(「サイン・コサイン何になる」という歌詞のフォークソングが昔あったことを想起されたい。何になるか分からなくてもやるのが、教育なのである。)
 そうした中で、親が教育熱心でなかったり、生来あまり頭脳明敏でない子供たちは、役に立つかどうか分からない教育に対して、「消費者として主体的に」、つまり必死になって不快感を表明し、さぼり続けるのである。そしてそれを彼らは必ずしも「下流」への道とは認識しない。「個性」という心地よい言葉が不勉強の損を覆い隠してくれるからであり、また「個性」は学校での勉強とは相容れないと彼らは素朴に信じ込んでいるからである。
 以上のような現状を、著者は現代思想の用語をまじえながら先端的であると同時に分かりやすく、噛んで含めるように解説している。
 本書の内容にはほぼ賛成だが、二つほど注文を付ける。まず、この種のマインドはすでに『ハマータウンの野郎ども』で英国社会学者が分析した下層階級の「反学校」的なエートスと同じとは考えられないだろうか? その点の分析が欲しい。それと、最近の教育再生会議でも出ているように、戦後日本の教育は「教師の体罰」を否定するあまり、生徒を立たせたり居残りさせたりすることすら禁じてきた。教師が最終的に生徒に強制権を持たないでは教育が成り立つはずはない。消費者至上主義と教育はそもそもが不整合で、教室内に一定の秩序を維持する努力や手法は、消費者マインドが浸透する中でも欠かせないだろう。そうした教育の当たり前の知恵を振り返ることも必要ではないのか。

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紙の本

下流志向

2007/05/23 11:16

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:カリン - この投稿者のレビュー一覧を見る

 読みながら興奮して、一晩で読み終えた。読後には、この本を何冊も買って、読んでもらいたいと思う人に配ろうかとも思った。それくらい、自分の頭で「考えたくなる」内容だ。
 難しい言葉はほとんど出てこない。ややこしいデータの列挙もない。そもそも、どこかで経営者みたいな人たちを相手に行った講演をもとに作られた本である。私自身は本来、しゃべり言葉で書かれた文章(対談やインタビュー原稿は除いて)を毛嫌いするたちなのであるが、読みながらわき起こる嫌悪感を我慢してもなお、読んでよかったと思えた。
 本書のテーマは、「学びや労働の現場に侵入して居座った市場原理・経済効率至上主義が引き起こしたいくつかの問題」と、「現在と未来において生じる社会的弱者はどのようにして生き残るか」などであると、私は読んだ。
 それにしても! 本書のタイトルと装丁の失敗には残念でならない。編集者のセンスの無さが残念だ。私が思うに、本書のタイトルと装丁はその内容に対して全くふさわしくない。改題し、装丁を換えて再発売すれば、名著に成り得ると思うのに。。。と言うことで、☆四つです。

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紙の本

学ばない学者・知ろうとしない知識人

2007/12/22 14:17

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:世界共和国屁 - この投稿者のレビュー一覧を見る

「消費主体」「経済合理性」「等価交換」「無時間性」というキーワードで学歴崩壊やニート問題を一刀両断。
その実「いまどきの若者はゲンキンで困る」という昔ながらのお説教。
昔ながらのお説教でも何らかの実効性があればいいわけだが、
内容において「功利性」自体が疑問に付されている故、当然なんの実効性もなさそう。
お説教をしたがるのは、バブル崩壊後あたりに『貧乏は正しい』とぶち上げた橋本治の影響か。
まず「経済合理性」は「現代の若者」に特有の現象だろうか?
市場化・消費社会化は近代の流れの中で、不断に進行してきた過程であって、現代になって急激に変化したというものではない。
マル経、人類学による非市場社会の知見、ハイデガー・レヴィナス・デリダなどを動員した共同性と時間性の倫理、
と相変わらず道具立ては華麗だが、ごく単純なマクロ経済の論理の理解(と人間としてのデリカシー)が欠如している。
長期不況によって失業が生じ、親のスネがある若者は「ニート」になり、リストラ親父は自殺とかホームレスに沈む。
「親のスネ」を選択するのは確かに「経済合理主義」でもあろうし「消費主体」とも言える。
またリストラ親父が自殺するのは「市場原理」によるセーフティーネットとしての「共同性」の崩壊が遠因だとはいえる。
では、不況のさなかに「消費主体」を改め、DIYとか増やしたらどうなるだろうか。
当然、需要が減ってもっと失業が増えるのである。失業が増えたらニートが減るのだろうか。
最後に瑣末な点についてだが、平川某が失語症について「しゃべることに何の意味もないから」などと言っている。
現在では心因性のものは「失語症」とは言わないはず。知識の虫食い穴にガムの噛みカスでも詰めているのか。

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紙の本

「消費社会で消費されたい」世間知らずの学者」がかいた「現実」が私の周りの現実とあまりにかけ離れているのに唖然。こういう「危機感煽り」を真に受けてはいけませんぞ

2007/04/30 18:32

41人中、30人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

本書を近所に住む長男の小学校時代の同級生の母親達に見てもらった。その感想から主なものを列記する。「何これ。この内田っていう人、子供の教育にほとんど関わってないんじゃないの」「だいたい長男が通う芦屋の市立中学の学級崩壊状況について、長男が通うまで何も知らず『びっくりしました』なんて無責任じゃない。奥さんは何してたの。怠慢じゃない」「だいたいこの諏訪哲二っていう『偏った人』の文章を金科玉条のように引用していることからして変」「TOEICってヒアリング中心のテストじゃない。読み書き中心の受験英語の直後の大学1年生TOEIC受けさせるのは、どーかしら」「神戸女学院って、かなりレベル落ちているのかしら」「それにさあ、まるで日本全体の学力が低下している、日本全体で子供達が勉強しなくなっているっていう議論の立て方が、おかしいのよ。私達の子供なんか小学校時代は塾(SAPIX)も入れたら最低5時間は勉強していたし、そのお蔭で中学入学と同時に、もう中学2年生までの過程を全て終えてしまっているわけじゃない(数学では方程式以外は中学受験で全て終了している。理科・社会となると中学3年レベルにまで一部入って中学入学時に既に履修済みである)」「小学校一年生でひらがな教わったとき『先生、これ何の役に立つんですか』なんて質問する子、いる?ごくごく特殊なケースを、まるで日本全体で起きているように一般化して議論するのも、おかしいわよね」「だいたいさあ、私立の中高一貫校の授業風景をこの内田という人見たことあるのかしら。芦屋にいるんだったら1度、灘とか甲陽学院とか行って見ればいいのよ」「昔、□肉□食で四角に漢字を入れなさいって問題で、焼肉定食ってかいた人がいるって笑い話あったじゃない。矛盾を無純とか精神を精心って書けないという話もその程度の話よ」
まあ、フランス現代思想の「権威」もカタナシである。先日、東京大学の北岡伸一教授と話したが、彼曰く「東大に入学してくる生徒の上位層は、昔に比べ確実にレベルが上がってきている。本もよく読んでいるし、英語力も上がっている。私なんかの頃より遙かに優秀。ただ全体としてみると団塊の世代にあわせ生徒をどんどん増やしたあと、子供の数が急激に減り始めているにも関わらず、募集生徒数がそのままだったので、一部適性の無い人も混じるようになってきた。そこで法学部の募集人員も190人削った」
これが実態であろう。日本という国では、昔からマスコミが不安を煽り、それに「消費されたがる学者」が便乗し、不安を更に増幅し、世間知らずの自称「人間通たち」が唱和すると、そこへ官僚が乗り出してきて予算を獲得し「対策を講じる」というパターンが繰り返されてきた。名前を売りたい学者と予算を獲得したい官僚、そこに介入し利権としたい政治家の「鉄の三角形」はこうして回転し続ける。それにしても、なぜ内田や諏訪が盛んに論じる「教育の危機」「下流志向」が私の周りで一切起きておらず、彼らや彼らの論調を支持する連中と話が噛み合わないのだろう。繰り返し言うが、日本人は変わっていない。変わったのは人の流れだけである。勉強する子供は今も厳然として存在するし、むしろ以前よりもっと勉強するようになり、その数も増えている(ように見える)。ただそういう「出来る生徒達」が公立学校に行かなくなっただけである(だったら公立学校なんか削減すればいい)。諏訪や内田は、過熱する中学受験の実態、その激戦を経て有名中高一貫校に入学を許された生徒達を、おそらく知らない。知ろうともしていない。諏訪哲二の文章に便乗して内田は「消費者マインドの浸透が生徒の質を変え(学校教育を困難にし)た」と書き、消費社会を糾弾するが、その内田じしんが一番「消費されたがっている」ように見えるのは何とも滑稽である。

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2008/04/27 19:30

投稿元:ブクログ

「現在のこどもは労働主体ではなく、まず消費主体として他者とのかかわりをもつ」というのはなんだかとても魅力的な論だった。若者を「役にたたないことしかしない」「即効的で、しかも等価的なリターンがある(と思い込む)ことしかしない」という風に位置づけたことは、当ってるような気もする。

ただ、それらの根拠となっている事象は、より具体的に詰めれられていく必要があるのかな、という印象はある。たとえば「不快」を「貨幣」として教師が提供するサービスとの等価交換を図る、という仮説も、そもそも「不快」が「貨幣」として機能しえたのはなぜなのか、を問わないといけないのだろう。マルクスが言うところの「金」が「貨幣」になるための「命がけの飛躍」にあたる部分が、「不快」が「貨幣」として機能する場合何なのか、ということは考えなくてはいけないんだろうと思う。

この本はあくまで著者の「仮説」を提示したものなんだと思う。そう考えれば、この本を手がかりに、教育の問題やニートの問題を否定肯定両方ふくめて考えることができて、おまけに誰かがそれを具体的に検証してくれたら、さしあたりこの本の役割は果たせているのかな、という気はする。ただ普通は、「仮説」とそのあとの「実証」は同じ人がやるものなんだけど・・・とここまで書いて、著者が「仮説」しか提示しないのは、自己責任論へのアンチテーゼとしてやっているのではなかろうか?と気にもなってきたなあ。

2007/07/11 20:45

投稿元:ブクログ

この本を買ったときに、勝ち組とか負け組とか言われる時代に、その負け組にスポットをあてた本かと思いました。しかし、内容は思ったものと違って、帯通り「学力低下、ニーと増大の深層」というような内容でした。思ったものと違ったのですけど、読んでみるとこれが意外に面白かったのです。

1億総中流と言われた時代がありましたが、今はそんな言葉も聞かなくなりました。私はあまり詳しくないけど、日本では資本主義でありながら社会整備の面では高度成長期時代に社会主義的な施策もあり、こうしてみんなが中流を感じることができたのでしょう。しかし、規制緩和と自由な競争が、勝ち組とか負け組を作る要因になっています。

こうした社会システムの変化は、教育や働きがいにも影響するのでしょう。

興味深いのは昔の子供たちは、家事などのお手伝いから社会参加したのだけど、今は物を買うと言う消費行動から社会参加していると言うことで(それだけ世の中が裕福になったのでしょう)、消費の原理(等価交換という考え)が根にあると言う説明は何となく納得できるものでした。こうした考えもあるのかと感心したものです。

学びにおいて「それは何の役に立つのですか?」という質問があります。しかし、本来学ぶと言うのはそれがどんな役に立つのか、まだ見えていないから、学ぶものであると言うことで、本来「何の役に立つのか?(役に立たないなら無駄だという意図があるのでしょう)」というのは、消費の原理に似ていると言うものなんです。おカネを払うだけの価値があるのかってわけですね。

ということで、なかなか参考になった話でした。

2008/06/26 23:40

投稿元:ブクログ

頑張ったからといって、必ずそれが報われる社会じゃないけど、あきらめたらそれはそれで負けが決まるんだな。

2007/02/11 07:25

投稿元:ブクログ

消費からの社会参画によって陥る等価交換至上主義、無時間モデル。
学ぶ前、働く前にその意義を測ることは出来ない。
不合理に耐えることでしかリスク社会を生き抜くことは出来ない。
答えてはいけない問いがある。
リスクヘッジする中間共同体の再構築。
経済合理性へのアンチテーゼ。

2008/11/09 17:55

投稿元:ブクログ

ニートと 「自分探しの旅人」 を同じく類するところはわたしの思想とまったく同じ。

職場に蔓延るモンスター派遣たち、 アタシから見たら責任は半分しか持たないくせに発言力だけは一人前を求める、 と映っているのだけど 根底に流れるのはこんな傾向なのかな、 と思った。 こわいこわい。 しかし自分も転職回数も多いだけに こわいこわい、 だけじゃなくて同化しないように気をつけよう。 と背筋を伸ばしてみる。

富裕層研究の反動で読んでみたらまさに反対の傾向が語られていて面白かった。 世の中は平等だ。

2007/04/05 21:51

投稿元:ブクログ

立ち読み。
今の若者は「労働者」としてでなく、「消費者」としての立場から自己を確立している点に問題がある、という指摘は興味深い。
しかし、いまいちしっくりこない文脈もあると感じるのは私も今の若者だからであろうか。

2007/11/01 08:48

投稿元:ブクログ

 階層化が進む日本。リスクの少ない「上流」とリスクの多い「下流」。努力が報われる人びとと努力しても報われない人びと。社会階層ごとに価値観や行動規範にも違いが出てきているという。随分前から“グローバリズム”の影が日本にもしっかりと落ちていた。

2010/03/09 22:03

投稿元:ブクログ

学ばない子どもたち・働かない若者たち~今の子どもは自我に目覚めたときから消費者であり,無時間的な取引が行われないと満足できず,家庭内では不機嫌さの度合い(不快)が人間関係の上下を決めていく。教育の場でも等価交換を求める。ビジネスは無時間的な等価交換であるが,その場で職を得ている人間は,築き上げられてきた構築済みの恩恵を受けており,労働と賃金は見合わないのが当然なのだが,若い世代はそれを受け入れられず,無時間的に労働力と金銭とを交換したがって,アルバイトや派遣労働に傾いていく。ノイズからシグナルを読み取る師弟関係を求めていくべきだ~私などは差詰め働かない中高年かな。仮説として十分な価値がある

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