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ロング・グッドバイ
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.3 122件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2007.3
  • 出版社: 早川書房
  • サイズ:20cm/579p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-15-208800-0
  • 国内送料無料

紙の本

ロング・グッドバイ

著者 レイモンド・チャンドラー (著),村上 春樹 (訳)

私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねる...

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ロング・グッドバイ

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商品説明

私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねるうち、互いに友情を覚えはじめた二人。しかし、やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。が、その裏には哀しくも奥深い真相が隠されていた…大都会の孤独と死、愛と友情を謳いあげた永遠の名作が、村上春樹の翻訳により鮮やかに甦る。アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長篇賞受賞作。【「BOOK」データベースの商品解説】

【アメリカ探偵作家クラブ(MWA)エドガー賞最優秀長篇賞(1955年)】私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合い、互いに友情を覚えはじめたが、レノックスは妻殺しの容疑をかけられ自殺を遂げてしまう。永遠の名作が、村上春樹の翻訳により甦る。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

レイモンド・チャンドラー

略歴
〈レイモンド・チャンドラー〉1888〜1959年。シカゴ生まれ。「ロング・グッドバイ」でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞の最優秀長篇賞受賞。ほかの著書に「大いなる眠り」ほか。

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みんなのレビュー122件

みんなの評価4.3

評価内訳

紙の本

君は世界の何を見るか

2017/09/21 11:44

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ペンギン - この投稿者のレビュー一覧を見る

訳者あとがきがとてもよかった。この作品をどう見たらよいものか腑に落ちなかったので、とても助かった。

ミステリーに分類されているけれど、トリックの奇抜さとか、暴く側の鋭さとかは描かれていない。某名探偵は探偵と誇らしげに自己紹介しているけれど、この作品を読むと探偵って社会的評価の高い職業じゃないよなって思う。

文章の集合体としての作品は訳者あとがきで解説されている通りだ。世界を描写する目としてのマーロウの鋭さが、この作品の大きな魅力であることは間違いない。自分の感情を語らず、世界を冷静に描写し続けることで、マーロウの「らしさ」のようなものが表現されているのは、目からうろこが落ちる。何を見るかが、そのひとの人となりを示すなんて!

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紙の本

再読の楽しみ

2007/03/27 09:16

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:カワイルカ - この投稿者のレビュー一覧を見る

この作品を読むのは今回で三度目となるが、清水俊二訳では「かなり多くの文章、あるいは文章の細部」が省略されていることを今回初めて知った。どちらかというと、細部を気にせずに物語りを楽しむための翻訳という感じがする。読みやすい反面、こぼれ落ちたものも少なくないように思う。その点村上春樹訳は原文に忠実で、細部までじっくり味わいながら読みたくなる。細部にこだわった理由は、あとがきの「寄り道の名人、細分の名人」に詳しく書かれている。
 村上春樹の翻訳本は本文を読み終わったあとに、巻末の解説を読むという楽しみもある。今回のあとがきは作品、作者、翻訳の三つの部分からなり、全体で40頁を越える長いものである。とくに作品について書かれた部分は、単なる解説ではなくて作品論といっていい刺激的な内容である。
 その中でももっとも興味深く読んだのは、『ロング・グッドバイ』とフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の関連性について述べた次の部分だ。
「この小説はフィリップ・マーロウの物語でありながら、同時にテリー・レノックスの物語でもある(中略)僕はある時期から、この『ロング・グッドバイ』という作品は、ひょっとしてスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を下敷きにしているのではあるまいかという考えを抱き始めた。」
 確かに、テリー・レノックスとジェイ・ギャツビー、マーロウとニック・キャラウェイを重ね合わせると理解しやすい。独創的な説ではあるが、村上春樹訳を読めばすんなり受け入れることができる。村上春樹訳の『グレート・ギャツビー』を読んでいればさらに理解しやすいだろう。
 村上説によって、フィッツジェラルド、チャンドラー、村上春樹がひとつの線で結ばれるようになった意義は大きい(自分にとってということだが)。今までは、村上春樹とフィッツジェラルドの関係は理解できても村上春樹にとってチャンドラーがなぜ重要な作家なのかはよくわからなかったからだ。
 もちろんこれはひとつの読み方であって、ミステリとして読むのが悪いというわけではない。が、今までと違った読み方ができるというのはなかなか楽しいことだ。再読の楽しみを与えてくれた村上春樹訳の『ロング・グッドバイ』は読者冥利に尽きる本である。

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紙の本

『TheLongGoodbye』。チャンドラーの傑作中の傑作、いや古今のミステリー史上十指に入ると言われる名作である。わたしが『長いお別れ』として清水俊二訳を初めて読んだのが二年前だった。

2007/05/08 06:45

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

酒と男漁り、享楽の日々を送る億万長者の女を妻にしたアル中のテリー・レノックス。暴力と欲望が渦巻くロス・アンゼルスに誇り高く生きるタフガイ私立探偵・フィリップ・マーロー。いくつかの男と女の別れとそれに関わる殺人事件があって、なかでセンチメンタルに男同士の交誼が一貫する。ミステリーとしてのプロットが完成されている。
それとは別に文体がとてつもなく魅力的だった。登場人物たちのセリフにある。一人称語りなのでト書き以外の文体もマーローのモノローグとすれば全編に思わず相槌を打ちたくなるような気のきいた会話がちりばめられていた。当時の社会を痛烈な皮肉で揶揄し批判し、人間の心理をえぐるに巧みな比喩が使われる。それらは説得力を持って読むものに迫り普遍性があるから共感するところが多い。とにかくこのカッコイイ、オリジナルの名言。誇張あり逆説ありディテールが加わった雄弁である。マーローは寡黙だといわれるが、そんなことはない。この語りに痺れる快感を恥ずかしげなく味わえるのがこの作品の真骨頂なのだろう。清水訳でもそれは充分に楽しむことができたものだ。
探偵小説をなぜ読むかとの問いにしゃれた会話の教科書として読むという答えがあるそうだ。そうであるならばまさにこの作品はうってつけの値打ちものだ。なにしろ台詞の天才・チャンドラーを文学界の巨匠ハルキがあえて細部にこだわった翻訳となればプロットは清水訳の『長いお別れ』にまかせて『ロング・グッドバイ』ではじっくりとしゃれた会話を楽しもう。
実際のところ清水訳とハルキ訳の違いなどまったく気にかけずに気楽に読んだのだが、やはりチャンドラーのこれは傑作だと再確認した。村上春樹もこの翻訳には相当力が入ったらしく、巻末の訳者あとがきでその意気込みが述べられている。ここには『ロング・グッドバイ』をはじめとするチャンドラー作品の見どころ、読みどころを詳細に述べた読書入門があってまた貴重なチャンドラー論でもある。もっともここまで雄弁に語られるとわたしごときが何もいえなくなってしまうのだが。
たまたま安倍首相・ブッシュ大統領の首脳会談が行われていた。それでフッと感じたのは、一般にアメリカ人の自己主張の「上手さ」である。いや強引さである。西部劇の精神か、銃社会ならではの表現方法か、征服で始まった多民族国家だからか、階級社会の必然か、とにかくこうでなければ生きていけない国家の体質なのだろう。ディベートでは日本人はかなわない。日本人が持っていないその意味では真似てみたくなる魅惑的体質である。
異文化との接触には驚きがつきものだが、日本人が戦後まもなく受け入れた『長いお別れ』への感動にはこういう驚きに似たものが含まれていたのではなかろうか。
ただしあの会話・話法は感覚的に魅了されるぶんにはいいが日本人の体質にはあわない。まねたところで板につかないということだ
わたしはカクテルバーでアルバイトバーテンにギムレットを注文して「ほんとのギムレットはジンとローズのライムジュースを半分ずつ、ほかに何も入れないんだ」と清水訳、テリーのセリフをつぶやいたことがある。ごくごくあたりまえの薄い黄緑色で淡紅色ではなかった。バーテンには聞こえなかったのだろうと黙って飲んだ。黙って飲んだので恥をかかずに済んだ。村上春樹訳によれば「ローズ社のライムジュース」だそうで、なんと製造元を指すものだったのだ。ワインとは違う。ローズ色のライムジュースなどあるわけがない。

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紙の本

もし清水訳で読んだのが随分前なら、村上のあとがきから先に読んでみれば?

2007/05/12 11:10

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る

僕がレイモンド・チャンドラーの7つの長編(『大いなる眠り』以外は清水俊二訳)を立て続けに読んだのは20年ほど前のことである。ほんの2年前に読んだ本であっても、面白かったか面白くなかった以外何も憶えていないのが僕の特性で、20年前に読んだ『長いお別れ』がどんなお話であったかは皆目憶えていなかったし、もちろん読み進むうちに思い出すこともなかった。ただ、この本を手に取ったときにまず思ったのは、「なんで村上が訳すとこんな大著になるのだろう?」という驚きであった。確かにハヤカワ・ミステリ文庫の時も厚手の文庫ではあったが、今回の厚さは尋常ではない。
 その謎は、まだかなりのページ数を余して本編を読み終えたときに部分的に解けた。その後なんと村上春樹によるあとがきが45ページも続くのだ。そして、事前に充分に予想したことだったが、このあとがきがこの本の中で一番面白かった。
 一般に言われるダシール・ハメット→チャンドラーという流れ、そして現代アメリカ文学全般に与えたヘミングウェイの多大なる影響に加えて、村上はこの『ロング・グッドバイ』をスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』に“重ね読み”するという快挙(あるいは暴挙)に及ぶのである。テリー・レノックス=ジェイ・ギャツビー、フィリップ・マーロウ=ニック・キャラウェイなのだそうである。これを「穿った見解」とか「独特の解釈」などと呼ぶのはむしろ失礼に当たる。こういう読み方することを「読み込み」と言うのである。読み込みに対しては正しいか間違っているかというようなことはなくて、面白い(興味深い)かそうでないかということがあるのみである。そして、この村上の読み込みは論外に面白い。で、このあとがきをさらに読み進めて行くと、かつての清水訳ではかなり多くの文章、あるいは文章の細部が意図的に省かれているという事実が指摘されている。これで、この本がこんな大著になった理由が完全に解けた。そして、村上は、彼がこの本を「完訳」してみたかったのはチャンドラーが「寄り道の達人、細部の名人」であるからだと(いくつか例を挙げながら)指摘している。このあたりはまことに見事な分析である。この小説を、そしてチャンドラーを生まれて初めて読むという人は別として、僕と同じように、清水訳を読んだのがもう随分前で既に印象も薄れてしまっているという人は、先にこのあとがきを読んで、それから本編に戻るという読み方もアリではないかなあという気がした。
 村上のあとがきのことばかり書いてしまったが、それは、小説本体の面白さについてはこのあとがきが余すところなく書ききってくれているからである。そういう意味では手抜きの書評になってしまった。お許しあれ。

by yama-a賢い言葉のWeb

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紙の本

完訳すれば何でもいい、っていうもんじゃあない典型。50年前ならともかく、この原作じゃあ現代の若者には受けないでしょ。娘二人は全く感心せず

2007/06/01 22:40

15人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

本当に久しぶりだなあ、って思います。何が、って、チャンドラー。勿論、最初に読んだのは、この本の巻末で村上が触れている清水俊二版『長いお別れ』。でも、それも昔のことなので、訳文が古い、っていう記憶はありません。そうですよね、大げさな表現ではありますけれど、当時は、翻訳されてまだ時間がそんなに経っていなかったんだから。
でも、村上春樹の翻訳となれば、気になります。読み直すいい機会です。ちなみに娘二人に言わせると「これって、本屋さんに沢山おいてあるよね」「なんだか、村上春樹が書いたような印象だけど、翻訳しなおしただけなんでしょ」「春樹訳、って言ったって『ライ麦畑』、ちっとも面白くなかったしなあ」などと反応は様々ですが、気にはなっていた本だそうです。当然、二人ともチャンドラー初体験。私とは随分違う・・・
カバー折り返しのことばは
「テリー・レノックスとの最初の出会いは、
〈ダンサーズ〉のテラスの外だった。ロー
ルズロイス・シルバー・レイスの車中で、
彼は酔いつぶれていた……
私立探偵フィリップ・マーロウは、億万長者の娘
シルヴィアの夫テリー・レノックスと知り合う。
あり余る富に囲まれていながら、男はどこか暗
い蔭を宿していた。何度か会って杯を重ねる
うち、互いに友情を覚えはじめた二人。しかし、
やがてレノックスは妻殺しの容疑をかけられ
自殺を遂げてしまう。が、その裏には哀しくも
奥深い真相が隠されていた……大都会の孤
独と死、愛と友情を謳いあげた永遠の名作が、
村上春樹の翻訳により鮮やかに甦る。」
です。これ以上の内容紹介は不要でしょう。特徴としては、本文も長いですが、巻末に付いている村上の文が長いんです。目次を写しておけば
ロング・グッドバイ 5
訳者あとがき 準古典小説としての『ロング・グッドバイ』 535(〜579)
・文章家としてのチャンドラー
・チャンドラーの独自性
・チャンドラーとフィッツジェラルド
・二人の見事な語り手
・チャンドラーという人
・フィリップ・マーロウとハリウッド
・翻訳について:清水俊二『長いお別れ』、1958年の翻訳
・寄り道の達人、細部の名人
・翻訳において問題になったいくつかの部分
・ロス・アンジェルスの警察のシステムについて
となっていて、40頁というボリュームに圧倒されます。で、今回は、これに絡めて印象を書いていきましょう。まず、村上がいかにチャンドラーを、特に今回の作品を評価しているかはよく分ります。でも、それはあくまで村上のこと。私にとってのチャンドラーは、ダシール・ハメット同様、イマイチ、しっくりきません。
特に気になるのが私立探偵フィリップ・マーロウの造形。要するに下に節操のない、権力にちょっとだけ反抗している中年に過ぎないんですね。人間として深みがない。まして、テリー・レノックスに魅力がない。ただの酒飲みじゃん。友情?私はなんにも感じないのだけれど・・・
訳文だって、清水のそれが悪いとは思えない。何でも完訳すればいい、ってものじゃあない。文体、っていうのはやっぱり翻訳できないんだろうなあ、って思います。ただ、これでチャンドラー作品を全部読み直したいか、って言われれば、私はロス・マクドナルドのほうに手が伸びる。時間があれば、クイーンの作品を読み直したい。
でも、村上訳の意義は認めます。チャンドラーなんて知らなかった世代の目を惹きつけたことは間違いありません。私には軽めの印象を与える文章だって、今時の人にはいいでしょう。これをきっかけに、ハード・ボイルドの世界に興味をもってくれれば、とも思います。でも、それ以上ではありません。むしろ、この本で最も面白かったのは、村上春樹によるあとがき、それに尽きるのではないでしょうか。

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紙の本

都市文学としてのチャンドラー、今ここに

2008/12/23 23:50

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:読み人 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 いやぁ、出てから、ずいぶん時間が経ってしまいましたが、
今ごろ村上春樹訳のロング・グッドバイ読みました。
ちなみに、清水訳の文庫版のほうは、読めていません。
 一番、いいのは、清水版、村上版、原文を見ながら、一文づつ
味わっていく読み方。(そうされた方もおられると思いますが)
 HB系には、少し疎いほうの読み手である私でも、
それぐらいしなくちゃと思わせる正に、レジェンド的作品であります。
   
 この本のことを知って、最初に思ったのは、
こりゃ、チャンドラーを村上春樹に訳させるという企画を思いついた人の
(編集サイドか、村上サイドか、はたまた大物出版プロデューサーか知りませんが)勝利ですね。
もうこれだけで、アメリカのヒット映画のプロデューサーじゃないですが、
これだけで、充分でしょう。

 プロットは今回は、有名作品と言うことで、意図的に書きません。

 最初は、村上春樹文体、春樹文体って意識しながら読んでいたのですが、
(それほど、文体を意識するほどでもありませんでしたが)
HBの名作中の名作なので、やっぱり気がついたら話のほうにのめりこんでいて、 
(それぐらい、面白い)
村上春樹訳なんてすぐに忘れちゃいます。
地の文は兎も角、台詞回しで若干感じられる程度でしょうか?
(村上春樹のヘビー・リーダーでもないので、この辺も、、、)

 しかし、まぁ主観であるフィリップ・マーロウのクールなこと、クールなこと。
こういった主観を廃し行動面のみを記述するのは、タフさが売り物のアメリカ系文学の一つの完成形というか、典型なのですが、
 ここまでくると、ある種、一人称の文体でどこまで主体の感情を廃し物語りを構築できるか試した文学実験か、とさえ思えてきます。、
 殴られようが、ショックを受けようが、マーロウの感情というものが描かれません。
 主人公の昂ぶる気持ちとともに文体まで昂ぶるシミタツさんの正反対の極致みたいです。
これが、総じて、作品全体のクールさへと繋がっていくわけです。
 それと、マーロウの感情が語られないことの反比例にチャンドラーという人の基本的な、文章の上手さは際立ちます。
 的確に、それこそ描き手とその描きたいものとを最短距離でザクザク描写していきます。
この辺は、地の文になるわけですが、清水訳でも村上訳でも不変であると思われます。
よくアメリカ系のハードボイルドで文体をどんどん省略していって、
ここら辺読み手に正確に伝わらなくても、いいんだ、みたいなのが、ありますが、
それとは、一線を画していて全然違います。
 巻末の解説で村上さんも紹介していましたが、女性のブロンドに対するチャンドラーの描写は、私もニヤリとさせられました。
 又、本編内に登場するアル中の作家もチャンドラー自身と重なり大変興味深かったです。

後、私にとっては、衝撃だったのですが、
 最初に本を見たときから、なんとなく思ったのですが、
清水訳の文庫に比べると、ハードカバーの本書、分量としてなにやらページが多そう。
(そういうのって本読みさんは、敏感なのです)
解説が長いのかなぁとも思っていたのですが、解説を摘んで見ても
むむ、、と。
 なんと、清水版では、カットされているところがあるとか、、。
これは、どう受け取れば、いいんでしょうね、、。
これで、全訳が読めたからいいと言えば、いいのですが、、、。少しひっかかります。
真相がききたいです。

 現代都市文学としてどうなのかは、私にもよく判りませんが、
少なくとも、HBの系譜というか、フォーマットの確立はこうなのだ。
というのは、とてもよく判りました。

 本書巻末には、村上さんの大変よく出来た解説がついているので必読です。

 最後にですが、やっぱり名作と呼ばれるものは、どこかなにかが違います。

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2008/03/14 12:15

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