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血と暴力の国(扶桑社ミステリー)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.1 30件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2007.8
  • 出版社: 扶桑社
  • レーベル: 扶桑社ミステリー
  • サイズ:16cm/424p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-594-05461-8
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

著者 コーマック・マッカーシー (著),黒原 敏行 (訳)

ヴェトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで、撃たれた車両と男たちを発見する。麻薬密売人の銃撃戦があったのだ。車には莫大な現金が残されていた。モスは覚悟を迫られる。金を持...

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血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

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商品説明

ヴェトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境近くで、撃たれた車両と男たちを発見する。麻薬密売人の銃撃戦があったのだ。車には莫大な現金が残されていた。モスは覚悟を迫られる。金を持ち出せば、すべてが変わるだろう…モスを追って、危険な殺人者が動きだす。彼のあとには無残な死体が転がる。この非情な殺戮を追う老保安官ベル。突然の血と暴力に染まるフロンティアに、ベルは、そしてモスは、何を見るのか—“国境三部作”以来の沈黙を破り、新ピューリッツァー賞作家が放つ、鮮烈な犯罪小説。【「BOOK」データベースの商品解説】

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みんなのレビュー30件

みんなの評価4.1

評価内訳

紙の本

この世界の深淵なものを描こうとしているのは、私にもわかる。

2009/07/27 02:02

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:読み人 - この投稿者のレビュー一覧を見る


 この本も、二つの意味でずーっと楽しみにしていました。
一つは、作家コーマック・マッカーシーを始めて読むということ。
もう一つは、実は、私、アメリカ映画ながら、非ハリウッド的な映画として、
コーエン兄弟の映画も好きでして、そのコーエン兄弟が、
コーマック・マッカーシーの本書を映画化したときいて
一体全体どんな風な映画になるのか?。
(映画化名は、ノーカントリー原題が、no country for old manでしてそこからとっている)
 又、マッカーシーとコーエン兄弟、暴力と言う意味ではなんとなく親和性がある気もちょっとしたりと。
いろんな意味で、注目の一冊でした。

 映画は、見ていないので、本に沿った書評でいきます。
ヴェトナム帰還兵のモスは、メキシコ国境地帯の荒野で銃撃の後と思われる車と
莫大な現金を発見します。
 勿論、この現金、非合法なお金。
モスは、この現金をもち出だすのですが、彼のあとを追い、シュガーという名前の殺し屋が現れます。
 そして、両者を追う、保安官。

 保安官の独白のパートを章前に挟みながら
この事件の顛末というか、三人の追跡劇が描かれていきます。

 短い文章で心理描写を極力排し、行動面のみを記述。
いわゆる、ハードボイルド風、アメリカ文学の典型です。
台詞もかぎ括弧をつけず、字の文のまま。描写も極限まで殺ぎ落とし簡潔さを前面に出していて、
ちょっとわかり難いですが、表現としてスタイルがきとんとあり、どこかかっこいい。
 これ、犯罪小説ですが、エンタメじゃないです。
エンタメならあおって書くようなところを淡々と描き、
又、意図的に"決め"のアクションシーンもどこか"すかして"描いています。
そして、なにより、事件そのものは、ページ数にして全体の3/4ぐらいで終わってしまいます。
 が、しかし、このコーマック・マッカーシーがピューリッツァー賞を受賞するほどの
レベルの高い書き手であることは、エンタメ本を多めに読む
レベルの低い私のような読み手でもわかります。
 この社会というか、いや、この人間のすむ世界の深淵なるものを
犯罪小説という体裁をとりながら描き出そうとしているのが、感じられました。

 マッカーシーは、次作、ザ・ロードでさらに自身の世界観を極北へと導き、
すごい褒める人とよく判らなかったと言う人とに二分されているみたいですが、
まぁ、なんとなくですが、マッカーシーについて少しわかった気がします。

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紙の本

コーエン兄弟の映画は「ハンニバル・レクター以来、最悪の死の運び屋」という惹き文句らしいのですが、マッカーシーという作家が「麻薬」「ベトナム」に腐らされた「国でなし」をどう書こうとしたのかに注目してみました。

2008/10/14 16:10

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 日本語には「人でなし」という便利な表現がある。「ろくでなし」が魔に差されたことや生来のだらしなさで人に危害を及ぼすという良心のかけらを残した凡人であるのに対し、「人でなし」は人倫というものを理解できない悪鬼である。
 この小説では、そのような悪鬼が登場し、次から次へと人を殺す。おそらく殺すことで彼の脳内ではドーパミンやエンドルフィンといった化学物質が分泌されるのだろう。だから殺すのにさしたる理由はない。あるいは、そうした快楽につながる生理行為なのではなく、殺すための遺伝子が彼に命ずるのかもしれない。「殺れ!」……と。
 しかし、原題No Country for Old Menを掲げたとき、冷血な殺人鬼が登場して派手にやる犯罪小説に留まらないということが見えてくる。「ノーカントリー」――これは、悪鬼が跋扈する「国でなし」の小説でもあるのだ。

 では、国とは何だろうか。
 それはまず、境界線で区切られた領土に人民を抱えたものである。そして、法により「やってはいけないこと」が取り決められている。このやってはいけないことの内容如何により、独裁国家なのか社会主義国家なのか、自由主義国家なのかが決まる。法が効力を失った状態が「無法」である。この法による統治を以て「権力」が成立する。
 ここで誤解してはならないのは、「権力」は人民が一方的に大樹の陰として依存するものでもなく、かといって一方的に人民を抑圧するものでもないという点。
 権力自体は抽象概念で、為政者がそれを濫用したり、人民が自分のご都合主義で過剰な期待をしたりするから話がややこしくなる。純粋な形では、人民と権力は互いに支え合って国を成り立たせるものなのだ、おそらく。

 原題は、無法地帯と化した国が、もはや年寄りにとっては「国でなし」になったことを表現するものだろう。小説のなかでは、章が改まるごとに、保安官ベルの独白が導入に置かれている。ベルは、シュガーという名の悪鬼がもたらした殺戮の数々に触れる。彼が自嘲気味に米国を嘆いた台詞がNo Country for Old Menなのかと考えられる。
 語り部に、地域住民のための治安、ひいては国家のための治安を守ってきた保安官を据えたということが面白い。西部開拓時代には、ろくでなしのならず者だった人物が保安官に転じたケースも珍しくなかったようだが、ベルはベトナム帰りで、娘を亡くした悲しみを妻と分かち合う庶民であり、正義や真実の何たるかを語り得る者として「人でなし」「国でなし」を嘆く。

「人でなし」の殺人鬼が神も法もなく人を殺すから「国でなし」だという解釈をしてみるが、この解釈では「犯罪小説」「アンチ文学の社会派娯楽小説」という域を出ない。まだまだ小説の説明には足りない。
 別にそういうジャンル分けであっても、解釈の広がりを許すような、説明が親切ではない「伏せた部分」が多い小説であるから、読者が自分なりに楽しんでいけばいい。だが、せっかくの深読み可の小説であるなら、もう少し突っ込んだ解釈をしてみるのも悪くない。
 そこで、作家が書いた悪鬼は、シュガーという、出自も経歴も明らかにされないマッドな男だけなのかということを考えてみる。つまり、「米国という国を国でなくしてしまったものは何なのか」ということだ。
 物語が半ば過ぎまで進んだ第7章の冒頭で、例の保安官が、40年前の1930年代にはなかった学校での問題としてレイプ、放火、殺人、麻薬、自殺が挙げられる状態を「困ったものだ」と語る。『血と暴力の国』では、このなかの麻薬に焦点が当てられている。「国でなし」を作ったものの1つは麻薬だ。だが、依存症の人びとについては1行たりとて書かれていない。悪鬼シュガーが次から次へと人を殺していくのが、麻薬取り引きに関わる金の行方を追っているという設定だけである。麻薬によって国がどう腐らされてしまったのかということを、取り引きに絞って表現していることは注目に値する。法が機能しなくなった無法地帯は、麻薬という通貨が支配する1つの世界を形成する。

 そのような麻薬を切り口とした社会洞察に加え、もう1つ作家が用意したのは、ベトナム戦争というノワールである。ベトナム戦争がいかに米国に影を落としたのかが頭に常にあったのだと思う。
 しかし、この戦争をただ闇のものとして葬ろうという姿勢ではない。麻薬取り引きの金を偶然手に入れてシュガーに追われることになった男モスは、ベトナム帰りの退役軍人であり、語り部の保安官ベルもベトナム帰りだ。ベトナムが彼らの人生のすべてを決めたという風には書かれていない。彼ら2人の姿を借りて、ベトナム後に愚かに生きるのか、真っ当に生きるのかという提示をしている。殺人鬼シュガーも不気味だが、私には、ベトナムを経験してきたモスが最初の場面でハンティングを楽しんでいるというのも不気味だった。

 こうして考えてみると、『血と暴力の国』は血が凍りつくだけの犯罪小説ではなく、読んでいるこちらまで銃撃されたかのような激しい読後の感情は、日が経つにつれて静かに響きつづける余韻によって別のところへと運ばれて行く。
 ウェスタン小説「国境三部作」で書いた無法者たちとは異質の、ベトナム後の無法者を書いたのが本作と言えるのだろうか。どちらの時代のアウトローもブーツで足を固めている。大地に踏ん張って立つときのブーツという細部に注目してみたとき、最新作『ザ・ロード』の、南へ向かう裸足の父子へともつながっていく印象を受ける。
「流血のない世界などない」と作者マッカーシーは言っているという(早川書房『平原の町』あとがきより)。「バカ言ってるんじゃない。あんた、それを、自分の母親に言えるか」と言い返したくもなるが、「みんなが仲良く暮らすことは可能だ、というのは本当に危険な考え方だと思う」ということらしい。「流血」が「誰かの犠牲」という言葉に置き換えられるのだと取れる。
 となると、戦争も征服も、テロも猟奇も黙示録に昇華されていってしまい、「神を待つより他はないのか」と問いかけたくなる。その問いに、わずかに答えてくれているのが、結びで語られる保安官ベルの夢――改めて響きを増して伝わってくる。

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紙の本

コーマック・マッカーシー

2015/11/29 20:44

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:マック - この投稿者のレビュー一覧を見る

コーマック・マッカーシーという作家は独特ですが、この作品は比較的読みやすい部類ではないでしょうか。佳作です。

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2010/03/16 11:22

投稿元:ブクログ

信仰を持たないし信仰に触れる機会すらないので、そういった話題が出てくるたびに自分にとって一番近いのはどういった感情だろうかと思ってみるのだけど、いつも見つからないし今回も見つからなかった。

2008/06/07 09:46

投稿元:ブクログ

モス。鹿狩でドラッグ取り引きの銃撃戦後に遭遇。240万ドルの入った鞄を盗む。
水をくれと言っていた奴に夜中に水を持っていく。すでにいない。待ち伏せされ、逃げる。
実家に帰ったモスの若い妻、カーラ・ジーンを訪ねる。情報は得られず。
シュガー。謎の殺し屋。銃撃戦の後に仲間と現れる。金の受信機を受け取ると仲間を射殺。モスの場所を簡単に発見。
原画の車地元の保安官エド・トム・ベル。近所で発生した殺人事件でモスのしたことを知る。
モスはモーテルで待ち伏せ。シュガーが入ってくるが、殺せない。シュガーから逃げるとメキシコ人麻薬組織の銃弾。
シュガーが、撃ち殺すが、自分も撃たれる。メキシコの病院で入院。シュガーもモスのショットガンで怪我。
元特殊工作隊ウエルズが、モスを見つけてシュガーの話をする。シュガーを待ち伏せするが、返り討ちに。
ウエルズの雇い主のビルにも難なく忍び込み顔面をふっとばずシュガー。
どこまで逃げても追ってくるシュガー。途中で拾った家出娘で車で逃げる。射殺したいが発見。
カーラ・ジーンの所にシュガーが現れ、殺される。
金を持ち主に戻す。シュガーは、車をぶつけられる。通りすがりの少年からシャツを包帯がわりに買う。すべてを忘れろ告げて去る。
車から銃を拾った少年が事件を起こす。シュガーの足跡を発見するベル。
物語の合間に年老いたベルが、祖父の思い出話を交えた回顧録が入る。

2015/01/28 20:55

投稿元:ブクログ

所謂、ピューリッツァ賞作家が描いた犯罪小説。翻訳者のあとがきにあるように、本作には様々な解釈が可能だろう。まるで全てが幻影であるかのように、輪郭をぼかしたままに物語は進み、前後の流れをぶつ切りにして、屍の山だけが築かれていく。純粋悪を象徴するという正体不明の殺人者の罪と罰に触れることもなく、無為なる殺戮を朧な文体でひたすらに描写するのみ。救済という概念すらない。
読後に残る虚無感の理由は、娯楽小説に徹することができない作者自身が絡め取られた文学という楔であろう。
これがノワールかと問われれば、否と言わざるを得ない。そもそも作者にその意図があったようには感じない。さらにいえば、哲学的な含みも浅い。あからさまな不条理は、なにものをも指し示すことはない。コインの裏表で命運を決める殺し屋は凡庸であり、人生を語る保安官の独白に心に沁む訓戒がある訳でもない。つまりは、格好付けたスタイルだけの小説という結論になる。最大の欠点は、血塗られた大国の有り様を嘆きつつも、遂に純粋悪と対峙することの無かった保安官の極めて薄い存在感である。

どんな文学でもいえることだが、作者はあれこれと説明を加える必要はない。理解できない部分は、如何様にも読者が脳内で補完するからだ。この作品に対する高評価は、それを表している。

2011/01/03 21:42

投稿元:ブクログ

圧倒的な緊迫感。
マッカーシーの文章は乾いた、ざらりとした感触の中に、血なまぐさい展開にもどこか美しさを感じさせる。ひたすらに重ねられる情景描写から想起される展開を、息を詰めて見守るばかりだった。
「俺ルールに従わないやつは全部殺す」な絶対悪の存在・シュガーが語る話は哲学的で、確固たる信念を感じさせる。それが傍から見れば理不尽極まりないことであったとしても。

ベル保安官の語りは、「越境」の中の挿話を思い出させられた。
その中で語られた“火”の存在は「ザ・ロード」に通じるように思えた。

2011/01/24 22:35

投稿元:ブクログ

血潮と脳漿の飛び散る描写が最低限に抑えられ
乾いた世界をいっそう際立たせる。
シュガーは、No Country For Old Menである血と暴力の国
として無慈悲にかわりゆき、乾きゆく
この世界を悪と闇を象徴しているシンボル。

出来心か、運命か拾ってしまった者と
追う者のいき詰まる追跡劇、果たして逃げ切れるのか
追い詰められるのか、第三勢力の登場で混沌とする物語
という、ありきたりな展開に対する期待は簡単に裏切られる。

かぎ括弧を使わない会話と
そぎ落とされた味気ないほどの短い文章の連続が
物悲しい湿り気を運んでくる。

2010/08/03 22:32

投稿元:ブクログ

8月3日読了。「このミステリーがすごい!」2008年度の海外編第12位の作品。ハンティング中に荒野で麻薬取引のカネ250万ドルを手に入れたベトナム帰還兵・モス。メキシコに逃げようとする彼に冷酷無比な殺人者シュガーが迫り、彼らを追うベル保安官は変わり果てたこの国を嘆く・・・。コーエン兄弟の映画「ノーカントリー」の原作。映画のメッセージがイマイチ分からなかったので読んでみたがなるほど心理描写を省く、人物同士の短い会話をつないでいく乾いた印象のこの小説をうまく映像化していたのだなあと感じる。シュガーによって多くの血が流されるが殺人のシーンはキングなどの小説とは違い1行くらいで終わってしまうが、そこがまた底知れない不気味さを漂わせる・・・モスの逃避行やシュガーの追跡の結末など、読む側の安易な結末を志向する期待感を裏切り、緊張感に満ちた小説だ。

2008/03/06 18:22

投稿元:ブクログ

あれ、これってアカデミー賞の「NO COUNTRY」やんって気付いて俄然嬉しくなったのも束の間、面白くなかった。

セリフに「 」がないし、句読点の「、」がないから読みにくい、読みにくい。
そして心理描写もないし、結局シュガーが何者かとかオチとかもないし。

この分だと、映画も期待できないなぁ。

2008年3月6日

2009/10/28 13:53

投稿元:ブクログ

映画を先に観てしまったけど、原作を読んで、存外、原作に忠実に映画化されていることを知った。
マッカーシーの独特な文体が、残酷なシーンを描いていても渇いて美しい。

2008/01/27 23:41

投稿元:ブクログ

コーマック・マッカーシーはこれが初めてだったが、海外作品は久しぶりの上に独特の書式で慣れるのに苦労した。この淡々とした数々の殺人こそが現代を象徴しているのかもしれないと思った。

2010/06/02 14:23

投稿元:ブクログ

アメリカ!って小説。映画化もしやすいだろうし、そういうのはわかるけど、なんなかわいた感じが好きじゃなかった。

2009/02/25 23:47

投稿元:ブクログ

ニール・ヤングのギターノイズがよく似合うような小説。
内容も満足度も「全ての〜」と「ロード」の中間。
しかし、それは非常に高度なレベルの話。
さすがアメリカ。
映画、観てみたい。
コーエン兄弟、どう撮った?

2007/09/16 04:01

投稿元:ブクログ

 ノワールの匂いがする本なので買ってみた本である。この作者がどういうレベルの作家なのか全然予備知識はなかった。

 読んでみて、驚いたのは、期待に違わぬノワール。いや、期待を遥かに上回る迫力のノワールと言うべきか。増してや文体は、心理描写、一切ゼロの、純粋ハードボイルド・スタイルである。淡々とテンポよく進んでゆく血の凍るような活劇。タイトルの通り、バイオレンスに彩られた神なき土地に展開する物語である。

 秀逸なのは、行動描写と会話だけで表現する、キャラクター造形である。特に死を目前にした者と、死をもたらす者との間に交わされる、哲学的なまでの会話シーンは、間合いの静寂により、凄まじいまでの緊張感をもたらす。そして理由なく死に至る者たちを見ていると、このテキサスを走るロードノベルの舞台装置そのものが、現代のアメリカ文明にに直列に繋がっていることの異常さに、嫌でも気づかざるを得ない。

 過激な暴力衝動に徹するサイコパス・キラーは、まるでターミネイターのような殺人兵器としてこの国に君臨しているかに見えるのだが、彼の手から逃走するベトナム帰還兵が、神に反抗し、彼らのものを持ち去る。さらにこちらの組織とメキシコの組織、など明晰にではなく銃撃の現場を入り乱れるプロフェッショナルたち。彼らを追跡する保安官を主たる語り部に物語りは幕を開け、そして異常な幕の下ろし方をする。

 全体を活劇シーンの客観描写と会話だけで成り立たせるが、章ごとに、国や時代を俯瞰する保安官の短い独白が混じる。子供たちはどんどん悪くなり、時代はより血やドラッグにまみれ、暴力的になってゆく。正義は無力化されてゆく。そういった傾向の保安官のシンプルな視点から捉われた鳥瞰図と、砂漠でその混沌の中に叩き込まれ、瞬間瞬間の死線を行き交う者たちの10フィート距離の視野との間には、壮大なズレがあるように思えてくる。

 それほど混沌は不条理で、論理性に乏しく、発狂した暴力と、理性のない銃撃の弾薬量だけで語られ、血はポンプのように砂の上に噴出し、炎は何もかもを焼き尽くしてゆく。終章のない物語であると同時に、長い終章は、世界の重心の不在を感じさせもする。

独特の印象深い筆致で、読者を容赦のない修羅の旅に連れ出してゆくこの作家は、実はクライムを発表したのは、これが初めてであり、これまでの作品は『すべての美しい馬』『平原の町』『越境』などで、いずれも青春小説、いわゆる純文学である。コーマック・マッカーシーは90年代を代表するアメリカ作家であるらしい。

 そういうデータなしで、このような作品に接すると、何よりもこの活劇慣れした描写に非常に驚かされるのだが、この作品を機に執筆活動をアクティブに再開しているとは訳者後記の情報である。訳者は、この作品をギリシア悲劇に例えて分析してゆくが、これもまた興味深い。いずれにせよ、90年代の巨匠が、21世紀をどのように切り裂いてくれるのか、クライム・ファンとしては、大きな楽しみができたと言える。