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  • みんなの評価 5つ星のうち 3.7 4件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2008.1
  • 出版社: 潮出版社
  • サイズ:20cm/369p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-267-01793-3

紙の本

松風の人 吉田松陰とその門下

著者 津本 陽 (著)

高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋—幕末・維新を先駆した英傑たちを育てたのは、国の未来を真剣に案じた一人の男の熱情だった。『松下村塾記』には、教育によって日本を興隆に...

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松風の人 吉田松陰とその門下

税込 1,760 16pt

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商品説明

高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋—幕末・維新を先駆した英傑たちを育てたのは、国の未来を真剣に案じた一人の男の熱情だった。『松下村塾記』には、教育によって日本を興隆にみちびき、こののち松陰の志を継承し、衆人を奮起させる人物をつくりだしたいとの意が記されている。【「BOOK」データベースの商品解説】

高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山県有朋。幕末・維新を先駆した英傑たちを育てたのは、国の未来を真剣に案じたひとりの男の熱情だった−。津本陽が描く吉田松陰の生涯。月刊『潮』連載に加筆修正し単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなのレビュー4件

みんなの評価3.7

評価内訳

  • 星 5 (1件)
  • 星 4 (0件)
  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (1件)

紙の本

獅子(志士)の心、獅子の道

2010/06/26 13:53

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:MtVictory - この投稿者のレビュー一覧を見る

 津本陽が描く吉田松陰の伝記である。
 西暦1850年、当時21歳の松陰は「日本の前途を憂い、外圧に対抗するにはどうすればよいか、考えを重ねていた」。もとは攘夷論者だったが、アメリカの実力を知り、主戦論を捨てた。戦っても負ける。「まず西洋文明をとりいれ、国力を養い、海陸の戦力を養わねば、日本の存立は危ういと見ていた」。
 1854年、アメリカ艦隊に乗り込んでアメリカへの密航を企てて失敗、投獄された。翌年には病気保養を理由に、身柄を実家に預けられた。松陰が藩の許可を得て松下村塾を開いたのは1858年。塾生には久坂玄瑞や高杉晋作、伊藤博文らがいた。「読書をおこない議論をする」というスタイル。教育方針は「自らの信念を火のように語ってやまない」。そんな松陰を塾生が信頼していたのは「天下万民のために、いつでも命を投げ出す覚悟をきめている男」と認めていたから。「自分が師匠で、門人に学問を教えるという考えがなかった」ようだ。教え教わる師弟の関係でもあり、同じ興味に向かって切磋琢磨する仲間でもある。
 塾の名声も高まり、入塾希望者が相次いぎ、諸藩にも噂が広まった。門人らは京都に出て、政治活動を行なうようになった。
 大老・井伊直弼はついに尊攘派の徹底弾圧を開始。安政の大獄である。既にその前には松陰は「革命の実行をする意志をはっきりあらわした」。しかし長州など勤皇諸藩が束になっても幕府に勝てる見込みはなく、討幕の機は熟していなかった。
 1859年、大獄の手は長州にも広がり、松陰は江戸送りとなる。幕府評定所で訊問が始まると、彼の「憂国の熱情が、突然はじけ、炎を噴いた」。政情を批判し、とるべき方策を語った。しかし幕府も知らなかった幕府老中・間部要撃の企てまで自ら白状すると、死罪が決まる。維新を見ることなく死を迎えることになる。
 教育者というよりも「行動する人」であった。それが過激すぎて、身動きが取れなくなってしまったところがあった。しかし、彼の思いは門人たちにしっかりと根付き、維新に導いた。翻って自分に問う。松陰ほどの志があるか?危機感をもっているだろうか?このままでよいのか?自分に何ができるだろうか?

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2008/03/03 21:08

投稿元:ブクログ

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2010/03/08 13:31

投稿元:ブクログ

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2011/07/02 23:36

投稿元:ブクログ

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