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1Q84 a novel BOOK1 4月−6月
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.9 1,241件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2009.5
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/554p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-10-353422-8
  • 国内送料無料

紙の本

1Q84 a novel BOOK1 4月−6月

著者 村上 春樹 (著)

「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。書き下ろし長編小説。【「BOOK」データベースの商品解説...

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1Q84 a novel BOOK1 4月−6月

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商品説明

「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。書き下ろし長編小説。【「BOOK」データベースの商品解説】

【毎日出版文化賞(第63回)】【新風賞(第44回)】「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ−。待望の書き下ろし長編小説。【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなのレビュー1,241件

みんなの評価3.9

評価内訳

紙の本

久々の新作

2009/06/02 00:46

25人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:りせ - この投稿者のレビュー一覧を見る

前の作品「ねじまき鳥クロニクル」「アフターダーク」は、著者が自分の世界に入り込んでしまっていて読みにくかった。
しかしこの作品はまだ途中までしか読んでいないが、少し違うと思う。

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紙の本

混沌とした現代社会の闇と救い

2009/06/03 08:49

17人中、13人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:けんいち - この投稿者のレビュー一覧を見る

村上春樹、待望の新作は『ノルウェイの森』を彷彿とさせる1980年代を舞台とした小説なのだけれど、それは単なるノスタルジックな物語というわけではない。これまでの、村上春樹のキャリア(作品)と社会的関心を十全に活かし、それでいて小説としてよく練り上げられた傑作と呼ぶにふさわしい。

入り組んだストーリー/世界(観)をもった本作前半に関しては、いくつかのキーワードをあげることができる。モチーフとしては暴力や性といったこれまでも繰り返されてきたものに加え、宗教といったもがせり出してきたが、特に前半で注目されるのは、「小説」それ自体であるだろう。

この作品の中では、「物語」と「小説」がていねいに腑分けされながら、2人の中心人物が1つの作品を紡いでいく。その全貌は、ついに明らかにされることなく、特徴や概要は示されるだけなのだが、その重要性は疑い得ない。重要だというのは、作中の出来事を示し、かつ、そこに描き出された作中の現実とは、ここ40年に及ぶ日本社会の現実を寓意として描ききったものに他ならないからだ。しかもそれは、単に現代史を再構成したものではなく、小説作者らしい複雑なデフォルメによって、そこに根ざした深い深い「闇」と、その渦中を生き抜く「救い」とが、仄かに、しかし、確かに書き込まれている。その光に導かれるように読み進める、読者の興味はとまることはないだろう。

ディタッチメントからコミットメントへ、1990年代に入ってから、村上春樹についていわれはじめた、「姿勢の変化」は、本作によっていよいよ明らかなものとなりつつある。そして後半(BOOK2)において、本作は新たな村上ワールドを提示することになるだろう。

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紙の本

いちきゅうはちよんって

2009/06/06 08:02

19人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:トム君 - この投稿者のレビュー一覧を見る

手にとって読み始めるまで題名はてっきりIQ84だと思ってた。IQは100が標準だから、きっと知恵遅れというか知的障害者の話なんかなあと思っていたら、なーんだ、ジョージ・オーウェルの「1984」のオマージュかよ。そろそろ春樹もネタが尽きたか。それにしてもセックス教団が舞台なんてなんだかなあ。村上春樹ならとにかく買うという思考停止の奴が多いから本書も売れているみたいだけど、そんなに面白いか、これ。石原慎太郎「弟」、山口百恵「蒼い時」。。。かつてのベストセラー本が今、どこかで平積みになって叩き売りされている、なんだか本書の明日をデジャブしているみたいな。。。

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紙の本

楽しみにしてたのに・・・

2009/06/06 15:41

22人中、15人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:読書屋 - この投稿者のレビュー一覧を見る

発売前から話題になっていた本作、特に村上氏のファンでもない私も気になり読んでみた。

結論からいえば、つまらない。

様々な登場人物、エピソード、それが物語が進むにしたがって一つに収束していくのだが、なんだか強引に持っていかれた感じ。
書き下ろし小説なのに打ち切り間近の新人作家の小説を読んだような読後感。
まとまっているようでまとまっていないストーリー。読み進むにつれて影が薄くなっていく登場人物たち。

「ねじまき鳥」のようにやるならもう一冊分物語を膨らませてもよかったのではないか。

楽しみにして待っていただけに非常に残念な作品でした。

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紙の本

気をつけるべきこと

2009/06/07 10:05

10人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ろでむ - この投稿者のレビュー一覧を見る

文章を書くとき、"気をつけること"は何だろう。
話をするとき、"気をつけること"は何だろう。


ひとつに「タイミング」と「実行すること」だと思う。


詳しくは書かないが。

主人公はちょうど僕の年と近い。限りなく近い。
その主人公"たち"は、【あること】を実行しなかった。20年にも渡り。
僕は、20年という月日を回顧したことがあるだろうか。いや、ない。


20年前から胸の内に秘めていた部分、それに気づいているのに気づいていないように過ごし、
でも、20年間ずっと実行してこなかった【あること】。


それが結果的に良かったのか、良くはなかったのかは、未だにわからない。
「もし…だったら」の世界だ。タラレバの世界だ。     ^^^^^^^


この小説を読む事を実行したのも、読む「タイミング」があったからだ。
血液中のヘモグロビンが酸素をからだ中へ送り込むように、
タイミングという脳の中で生み出さられる時間と時間の織り成しが、
次の時間と時間の織り成しを産み出す。



この「1Q84」は、上下巻というタイトル付けではない。
(1)(2)とタイトル付けされている。
そして、(1)は4月から6月、(2)は7月から9月を表現している。


アマゾンのレビューは呼んでいないが、
きっとこの小説を読んでいる人は、続編がある、と思っている。


僕は

 ・case1:(3)(4)巻がある ⇒物語のゴールを想像するに、(1)(2)だと6割くらいの内容だから
 ・case2:(3)巻がある  ⇒(4)巻が「1Q85」になってしまうから。



さて、どうなるだろうか。。。

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紙の本

リトル・ピープル

2009/06/07 18:30

11人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:章 スム - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「地下鉄サリン事件」が、ようやくテーマとして浮かび上がってきたのだな、そう思った。そこでは、アドルフ・ヒトラーさえ、その戦線での使用を厳禁した化学兵器が使用された。理不尽なというよりは、天から降ってきたような暴力。そのような暴力の中にあって、人々は、敢えて言うならば、英雄的であった。そのことを村上の『アンダーグラウンド』は、私たちに示してくれた。それは、村上的表現を使うならば、救いのようなものだった。
 
 それは彼女であっても、彼であってもいい。休日明けの月曜日。疲れの抜け切っていない身体を電車に揺らせながら、束の間の眠りに自分を委ねている。気配に目を覚ますと、人々が次々に倒れていく。上手く事態を把握できない。しばらく呆然としている。ともかく助けなくては。そう思い至り、身体を座席から浮かす。救助に当たりながら、自分も頭痛と吐気を感じる。視覚もおかしい。会社に連絡を入れなくてはと思いながら、もう公衆電話を探す体力は奪われている(当時、携帯電話のの普及率は、10%程度だった)。非常停止した駅の壁に背を凭れて座り込む・・・。
 夜毎に、悪夢に起こされる。人々が次々に倒れていく。なんの前触れもなく、とても静かに。寝汗をびっしょりかいて、目を覚ます。暗闇に目を凝らす。なにもそこにはない。親友にそのことについて語る。親友は「大変だったね」とありきたりの言葉を返す代わりに、真剣に耳を傾けてくれる。語られることの意味をなんとか受け止めようとする。しかし、言葉は伝わらない・・・。
 
 村上は『アンダーグラウンド』の後、『約束された場所で』を書き記した。「加害者」から見た「地下鉄サリン事件」。しかし、そこでも暴力は、「天から降ってきた」ものだった。「加害者」の必然性というものは、なかった。分かったのは、「加害者」もまた、「損なわれた者」であり、弱者だったということだ。「加害者」対「被害者」、悪と善、そういうものでは、あの暴力は説明することができない。暗闇に目を凝らしても、そこにはなにもない。
 
 老婦人は、善と悪というもので世界を見ている。青豆は、その老婦人に導かれるようにして、悪の精華と言うべきものと対面する。そして、善でもなく、悪でもない世界に足を踏み入れる。リトル・ピープルの世界へと。そこは「地下鉄サリン事件」の暴力の世界だ。おそらく青豆が、妻に暴力を揮い続けた「ろくでもない、生きている価値もない」男、完全に損なわれてしまった者、弱者のために、涙を流すことができた時はじめて、暗闇の中でリトル・ビープルはゆっくりとその姿を現わすのだろう。しかし、そのような涙は、神のみが流せるものだ。弱者への愛は、神のみに許される。
 
 だが、青豆は、人を愛することができる。そして愛を真っ直ぐに信じている。その愛は、天吾という自我という殻で自分を閉じ込めた「自己完結型」の人間を揺さぶり、その殻を突き崩す。それは始まりなのだろうが、始まりにしか過ぎない。天吾は、暗闇の中で、なにかを見ることができるのだろうか。青豆から天吾へとバトンを渡された「地下鉄サリン事件」という暴力。そのバトンは、天吾と共に私たち読者もまた、受け取るべきバトンなのだ。
 そんなことを、私は思ったのだった。

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紙の本

かつて日本語で書かれたもっとも魅力的なロマンのひとつ

2009/06/13 09:38

13人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る

この本を読み終わったあと、自転車に乗って涼しい風の吹く外に出てみました。梅雨に入ったばかりの夜空はとっぷりと暮れ深い藍色に染まっています。私は小説に何度も出てくる2つの月、大きな黄色い月と小さな緑の月を探しましたが見つかりませんでした。

白い道だけがほのかに浮かぶ真っ暗な森の道に乗り入れると、今夜もホタルが舞っていました。雌雄2匹が2個所で対になって、銀色の光を点滅させながらお互いに追尾しあって、ふわりふわりと円弧を描きます。私は思わずこの4匹は、小説の主人公ふかえりと天吾、青豆と天吾の2つのカップルの生まれ変わりではないかと思いました。

一瞬行方をくらませたホタルが黒い木陰を抜け出して空の高みに駆け上ると、そこで待ち受けていたのは鈍い銀色の光に輝く北斗七星の7つの星々でした。ホタルは空の星と混ざり合って、「あ、見えなくなった」と思ったら、もうどれがどれだか分らなくなってしまいました。無限大ほどのギャップがあるのに、同じ平面に鏤められた銀色の輝きがフラットに均一化されてしまう。そんな視覚的経験は初めてでしたが、ホタルと星は、この小説で繰り返し説かれている実際の1984年と幻視の中に実在している1Q84年の関係にとてもよく似ているような気がしました。

実際の1984年はすでに私たちが通過してきたはずの歴史的年度ですが、あますところなく経験され、生きつくされたはずの1984年には、しかし同時代の誰も知らなかった時空を超越した異次元の世界1Q84年に通じる幾つもの裂け目があり、そこには人類の平和や心の平安を脅かそうと企んでいる悪意の主リトル・ピープルたちが潜んでいます。

リトル・ピープルが支配する新興宗教団体の魔手から逃げ出してきた17歳の美少女ふかえりの体験をリライトした小説家の卵、天吾は、自らが描いた小説「空気さなぎ」の世界の内部にいつのまにか取り込まれ、天語の永遠の恋人である青豆と同様、「反世界」の地獄の底へと転落してゆきます。

スリルとサスペンス、ホラーとファンタジー、オペレッタとフィルム・ノワールを混淆させた作者の円熟した語り口は、それ自体が音楽性と朗読性に富み、この小説で引用されるヤナーチエックの「シンフォニエッタ」の譜面に勝るとも劣らぬ音楽的な演奏そのものであるといってもよいでしょう。よしやバッハの「マタイ受難曲」の深い思想性に欠けるとしても、この小説がかつて日本語で書かれたもっとも魅力的なロマンのひとつであることは間違いないでしょう。久しぶりに読書の快楽、物語の醍醐味を堪能できた1冊、いや2冊でした。


今宵また新たな呪文をわれに告げ北斗の星と輝く蛍 茫洋

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紙の本

駄目ですよ

2009/06/13 18:33

26人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ぴけ - この投稿者のレビュー一覧を見る

正直この作品を面白いと思うのであれば、その人の教養を問われるほどの作品ではないでしょうか。

筋が通らない。世間知らず。情報収集能力の欠如。あげたらきりがありません。

村上春樹はこの年になって逃げているとしか思えない。
日本語で書く必要はないはずです。ナボコフみたいに英語で書けばいいのにと思ってしまいます。

一言で言えばはちゃめちゃです。

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紙の本

『羊をめぐる冒険』と『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の間

2009/06/20 13:01

19人中、16人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る

(BOOK1-2通じての書評です)デビュー作の『風の歌を聴け』以来30年間、初版発行とほぼ同じタイミングで少なくとも長編は全て読んできた。その僕が思ったのは、おいおい、これは面白いぞ、ということだった。
 ここのところの村上の小説の中では飛び抜けて面白いし、ここ数年の日本文学の中でも相当面白いほうではないかと思う。もちろん面白いということが小説の評価の全てではない。ただ、言うまでもないが、それはとても大きな要素なのである。
 『海辺のカフカ』あたりから、僕はどうも春樹が面白くなくなってきたという感じを持っていた。年を取って来ていろんなものを意識し過ぎているのではないか、メッセージはもっとぼやけても良いから、昔のような疾走感のあるストーリーはもう書けないのか、などと思ってきた。今回は久しぶりにストーリーが疾走し、うねり、その中で登場人物の血液が脈動しているのが感じられる。読者は引きずりまわされて、その後どうなるのか知りたくて本を置けなくなってしまう。──こういう感覚は『ねじまき鳥クロニクル』以来ではないだろうか。
 天吾を主人公にした章と青豆を主人公にした章が交互に出てくる。当面この2つの章には全く繋がりが見えない。──こういう構成を見て、村上ファンなら誰でも『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を思い出すだろう。あの当時、ああいう構成は非常に新しかった。村上春樹が初めて試みた章構成なのか、それとも誰かの真似をしたのかは知らないが、ああいう構成があれほど巧く機能した例はなかったのではないか。特に最後の最後で2つの章立てがああいう風に交錯して来るのか、という驚きがあった。
 もちろん『1Q84』は『世界の終わり』の続編でも、それをなぞったものでもない。そもそも今ではそんな構成は多くの小説で採用されていて珍しいことでも何でもないし、ここでも単に似たような構成を取っているだけで、行きつくところは自ずから違っている。
 でも、久しぶりに村上春樹らしい小説だなあという気がする。
 タイトルの年号に使われているQというアルファベットが何を意味するのかは小説を読んでもらえば良いが、これはジョージ・オーウェルの『1984年』を踏まえているだけではないと僕は感じている。1984年という年は村上春樹が『羊をめぐる冒険』を書き上げて、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を刊行するまでの間に当たる。
 本当にその頃の村上春樹を想起させる作品なのである。ただ、必ずしも昔の村上春樹が帰って来たという感じでもではなくて、ただ村上春樹らしさが全開なのである。
 二日酔いで具合の悪い青豆がベッドで天井を見ながら過ごし、「天井には面白いところはひとつもなかったが、文句は言えない。天井は人を面白がらせるためにそこについているわけではない」と思うところ(BOOK1 p.280)とか、電話口で沈黙した天吾に小松が「おい、そこにいるのか?」と呼びかけるところ(BOOK1 p.358 明らかに Are you there? という英語の和訳である)とか。父親が入っている療養所を訪れた天吾に対して父親は「遠くの丘に蛮族ののろしが上がるのを見逃すまいとしている警備兵のように」何も言わない。「天吾はためしに父親の視線が注がれているあたりに目をやった。しかし、のろしらしきものは見えなかった」(BOOK2 p.202)とか、ふかえりについての描写で「ついさっき作り上げられて、柔らかいブラシで粉を払われたばかりのような、小振りなピンクの一対の耳がそこにあった」(BOOK2 p.255)とか。──長年の読者はどうしてもそういうミニマルなところに喜んでしまう悪癖があるのだが、もっとトータルな部分でももちろん村上春樹らしさは全開である(ただし、これから読む人のために詳しくは書かないことにする)。
 セックスに関する描写がいつもより多いような気がして、はて、村上春樹っていつもこんなに性を描いていたっけ、と考えてみるがよく思い出せない。それよりも、これを読んだフェミニスト団体が「男性にとって都合の良い女性像である」とか「幼児ポルノを助長する描写である」などと怒り出さないか、意地の悪い社会学者や心理学者たちが「これが村上春樹の抑圧された性的嗜好である」などとお門違いの批判を展開しやしないだろうか、と読んでいてひやひやしたりもした。
 さて、今回はわざと取りとめもないことばかりを書いてみたのだが、さすがに散漫になって来たので、僕が読んでいてふと思ったことを書いてみる。それは「権威を無力化すると世界は相対化する。それが良いことであるか悪いことであるかに拘わらず」ということ。
 この小説は今まで村上春樹を読んだことがないどころか、そもそも小説というものを普段読まない人までもが手にしているという。とても良いことだと思う。どうです? 1000ページの大著であっても、面白ければあっと言う間でしょう? そして、何を感じたのか、何が読み取れたのか、自分自身で整理してみてください。村上春樹が何を書きたかったのかなんてことは考える必要がないから。

by yama-a 賢い言葉のWeb

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紙の本

読んでよかった1冊

2009/07/02 23:00

10人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る

1Q84(ichi-kew-hachi-yon) BOOK1・2 村上春樹 新潮社

 IQ84と勘違いされる方も多いのではないでしょうか。わたしは勘違いしました。知能指数が85の人物が主人公だと思っていました。(普通人の基準は100のようです。)タイトルの答えは1984年でした。
 主人公は二人います。小説家志望の川奈天吾さん29歳男性とスポーツインストラクター女性青豆(あおまめ)さん1954年生まれの30歳独身、身長168cmです。ふたりのお話が交互に記述されていきます。 同作者の「海辺のカフカ」みたいと読み始めは思いました。
 天吾さんには、小松さん45歳編集者とふかえりさん(深田絵理子)17歳がからんできます。青豆さんの相方(あいかた)は、同級生大塚環(たまき)さんです。
 巻頭に「この世はつくりものの世界」とあります。確かに生きている今に「現実感」がないことはあります。
 1926年作曲、ヤナーチェックの「シンフォニエッタ」というクラシック曲が鍵を握るような啓示があります。加えて「空気さなぎ」という文学作品が何かを意図する存在になるようです。
 青豆さんが首都高速道路の非常階段を降りたあたりから時間・空間が変容しはじめたようです。
 読み始めは、同作者の「地球のはぐれ方」という本のイメージが頭から離れなくて読みに真剣さが不足しました。なんだか笑えてくるのです。青豆さんはどうしてこんなに生き生きと話すことができるのでしょう。そして、天吾さんの生活ぶりは作者の過去の生活ぶりと重なるのだろうか。青豆さんが感じる時代の事実の変更とふかえりさんの生い立ちが「秘密」になっていきます。
 1981年10月19日に過激派と警察の銃撃戦があった。人間ではない何者かに人間は、情報操作されはじめているのか。それとも青豆さんになにかがのり移ったのか。青豆さんのセックスライフは苦しい。日曜日お昼の「新婚さんいらっしゃい」を見ていると、みなさんあっけらかーんと性生活を楽しんでいらっしゃるのに小説になるとそれはとても深刻です。戎野(えびすの)先生、ふかえりの父親深田健、このふたりがボスか。あゆみさん(婦人警官)は、青豆さんを逮捕するためのおとり捜査ではないのか。わたしにとっては、月がひとつだろうが、ふたつだろうが、どうでもいい。みっつでもよっつでも気にしません。空にそれらがあればあったでいい。昔聞いた1990年という歌を思い出した。90年に娘が21歳になるという歌で、父親が娘の異性関係を心配していた。だが、90年はもうとっくに過ぎてしまった。時の流れは速いものです。
 460ページのサハリンは、「地球のはぐれ方」で紹介されていた。日本的な町が残っているそうです。作者の創作のネタがわかる。作者の頭の中にあるもので、小説を構成するしかない。ふかえりは、宇宙人か、古代人か、未来人か。天吾は、嘘がばれてこれから追い込まれていくのだろう。
 「空気さなぎ」からわたしは、蚕(かいこ)の繭を想像します。小学生の頃、こどもの科学だったか学習だったかの本に付録で蚕の繭が付いてきたことがあります。さなぎは、蝶になるのか蛾(ガ)になるのか、そんなことを考えながらそのときはこの本を読んでいました。でも蝶にも蛾にもならない。もっと別のものになるのです。
 作者の創造力、空想力、物語の構築手法は驚嘆に値します。第19章「青豆―ドウタが目覚めたときには」から物語はクライマックスに突入します。作者が保有している知識、経験に既存の出来事を組み合わせて築いてある物語です。今もなお、老若男女に関わらず、テレビを見ない人、新聞を読まない人、携帯電話をもたない人、車をもたない人、運転しない人、そういう人はたくさんいます。それぞれの人が、自分の1984年で暮らしています。空に月が何個あってもかまわないのです。作者の筆記は自由奔放でのりにのっています。
 最後の1行を読み終えたあとの感想です。これから先にまだ物語が続いていくような心地よい余韻がありました。読んでよかった1冊になりました。

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紙の本

読まなければ意味がない

2009/07/03 00:00

5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:楊耽 - この投稿者のレビュー一覧を見る

先ほどBOOK1<4月-6月>を読み終えました。BOOK2<7月-9月>はまだ読んでいません。
BOOK1を読んでの僕の感想は「読まなければ意味がない」でした。

物語は1984年4月の東京から始まります。それぞれ接点が無い青豆と天吾の物語です。二人の物語が交互に24章まで語られます。巻末に差し掛かったところで二人の物語につながりが見えてくる仕組みです。
BOOK1については、簡単にはこのような説明が出来ます。ですが、この二人の物語に著者が込めた魂は、物語の構成を説明したのでは意味がない。読んで初めて浮かび上がるものだ、と言うのがBOOK1を読んでの僕の感想です。

僕はストーリー展開「命」みたいな読書をするので、この物語を読み進めるときも「要約」のようなものを頭に構築しながら読んでいました。
しかし、読み始めてしばらくすると、ストーリーの要約には含まれない、登場人物が抱える思い、他者への慈しみが、この物語に著者が込めた魂なのでは無いかと思い始めました。
あくまでも、僕が読んで感じたことなのですが、この本に込められた魂の一つは、これまでの著作にも込められてきたテーマ「大切な人を慈しむと言うことはどういうことか。」であると感じました。恋人同士なら当然感じること、子供に対してならば、親が自然と身に付けているものとして、鋳型にはめられたような言葉で語られる「愛」を否定した上での「慈しみ」または「愛しみ」です。
もう一つは、大人が、子供に接する態度は、如何にあるべきなのか。
この二つについて、著者が魂を込めて紡いた物語が「1Q84」なのでは無いか、と思いました。
もちろん、他にも語るべき要素はありますが、僕はこの二つが印象に残りました。
青豆も、天吾も、親が無く、結婚もせず、もちろん子どもも持たない社会的には孤独な存在です。BOOK1では、二人の空白として暗示される”大切な何か”を、感じることが出来たように思いました。
引き続きBOOK2を読み進みます。

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紙の本

「ミステリアスな疑問符のプールの中に取り残されたままに」その1

2009/07/08 08:08

10人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 1968年12月10日。東京都府中市はひどい雨だった。この日支給予定のボーナスのための現金を積んだ現金輸送車が追ってきた白バイ警官に停車を求められる。爆発物が仕掛けられているという警官の指示のもと、行員たちは現金輸送車から遠ざけられた。そして、偽の白バイ警官は現金輸送車ごと現金強奪に成功する。盗まれた現金、2億9434万1500円。いわゆる「三億円事件」である。
 現場には「ニセ白バイ」などの153点もの遺留品が残された。それにもかかわらず、犯人は捕まることなく1975年時効が成立する。
 村上春樹の『1Q84』は、たくさんのヒントがありながら真相にたどりつけない、そんな「三億円事件」によく似ている。
 誰にも「犯人」は見つけられない。

 「三億円事件」発生から11日後、一枚のモンタージュ写真が公開される。白いヘルメットをかぶった、どこか気の弱そうな青年。そして、その「犯人」をさがして、多くの有識者が事件の真相に迫ろうとする。元警視庁OB、犯罪心理学者、大学教授、そして、街の無数の名もなき「探偵」たち。
 村上春樹の『1Q84』もまったく同じだ。多くの有識者が物語の真相について語る。作家、評論家、大学教授、そして、ネットの無数の名前をもたない「読者」たち。
 しかし、誰にも「犯人」を見つけられない。

 「多すぎる疑問、少なすぎる回答。毎度のことだ」(「BOOK2」・386 頁)

 「三億円事件」はわずか3分間の出来事ながら、極めて物語をもった事件であった。
 白バイ警官が現金輸送車に近づき「爆弾が仕掛けられている」と行員たちを下車させる。警官が車体の下を調べる。ボンネットから噴出す白煙。逃げる行員。そして、走り去る現金輸送車。雨。雨。雨。まるで映画の一場面のように事件が進行する。
 村上春樹の『1Q84』も物語性の強い作品だ。文芸評論家の斎藤美奈子は「サービス満点の超娯楽大作」と評していた(朝日新聞)が、まったくその通りだと思う。先へ先へと導く強さはみごとというしかない。渋滞の首都高速から非常階段を伝わって別の世界へと入り込んでいく冒頭の場面からスリリングであり、映像的である。
 二人の主人公(「天吾」と「青豆(あおまめ)」)は、一人が作家志望の青年であり、一人がスポーツインストラクターの女性、というまったく違う世界にいる。天吾はカルト集団から抜け出した少女が書いた小説をリライトしていくなかで物語の核心に近づき、青豆は闇の殺人者として物語の核心に吸い寄せられていく。
 しかし、「三億円事件」がその物語から犯人を特定できなかったように、村上春樹の『1Q84』も真相は見えてこない。
 誰にも「犯人」は見つけられない。

 物語はつづく。謎は解けない。

 ◆この書評のこぼれ話は「本のブログ ほん☆たす」でご覧いただけます。

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性と宗教という通奏低音

2009/07/17 12:45

7人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:まむ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 村上春樹を読むのは初めてです。今まで食わず嫌いで村上春樹を避けてきましたが、タイトルの『1Q84』に魅かれました。オーウェルの『1984』をモチーフにしているに違いないと思い買ってみました。

 読んでみて、村上春樹は、確かに「おしゃれ」な部分は出てくるのですが、「こんなにも読みやすかったのか」「こんなにも面白いのか」というのが率直な感想です。

 1巻を読んでの感想はmこの物語に流れる二つの人間の本性についてです。性と宗教についてです。「愛」というよりも「性」について書かれているように思いました。思い出したのは社会生物学者のウィルソンが『人間の本性について』の中で、「性」と「宗教」という項目を一章ずつ書いていることです。

 「日本人」は宗教については希薄なところがあり、宗教団体などに属していないと分かりにくいところがあるかもしれませんが、その部分をうまく書きあげているなぁと思いました。性とともに、宗教(カルト、宗教団体、宗教組織)、そういったものを深く見つめようとした作品だなぁと思いました。
 
 もうひとつ、性について。この本には性的な行為、性的事象が多分にでてきますが、これは人間の避けがたいものであることを再確認しました。

 また、面白く読ませるだけでなく、さまざまなことを考えさせる本だなぁと思いました。つまり問題提起の物語であると感じました。

 「性」と「宗教」という重いテーマが、この1巻の通奏低音として流れていますが、物語の細部に至るまで、細かくそして恐ろしいほどの描写力で描かれているように感じました。2巻を読むのがとても楽しみです。

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紙の本

ずいぶん社会と繋がっている村上春樹

2009/07/28 05:52

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:simplegg - この投稿者のレビュー一覧を見る

話題作,読み始めました.何とか1晩でBOOK 1を読み終えましたが,正直厚かったです.明日からは平日が始まるので,BOOK 2は我慢しようと考えいますが,どうなるやら.

僕自身は,村上春樹を大学1,2年のとき,ほぼ読み漁ったのだが(少なくとも有名どころは)リアルタイムで新刊を読むのは初めてかもしれない.僕にとっては,村上春樹はリアルタイムの人じゃない.ちょっとした古典といったほうがいい.

さて,BOOK 1は話の途中であるので,印象だけを記すことにする.

YO-SHIさんが言ってたように,“村上春樹ファンには肌になじむ感じの物語”である.特に,少々回りくどい言い回しや,独特だけれども的を得た比喩の使い方は,とても馴染みが深い.久しぶりに読んだだけに,心地よいものである.

一方,内容については,随分,社会性を帯びた作品だなとの印象を持った.昔読んだ作品については,もう記憶が曖昧だし,僕の勘違いかもしれないけれども….初期の作品には,少なくとも,常識的であるけども,社会とは切り離された主人公がいて,それゆえの爽やかさがあったように思う.これについては,ジョージ・オーウェルの「1984年」(僕が生まれた年でもある)を意識した作品であるというところがきいてきているのか,それとも程度の問題かもしれない.

2年半ほど前に,ジョージ・オーウェルを読んだときの感想は,今では薄れているのだけれども,僕なりに,“人間をコントロールできるのか”というところを問題としていたらしい.

一方,この“1Q84”は,人間の洗脳というよりは,自明なものとして人それぞれが持つ歴史や記憶の不確定さに焦点を当てているように見える.本書で語られる“記憶の非対称性”や“記憶の相対性”と言ったことからそう思った.感覚としては,オーウェルの反対側から世界を眺めた感じ.

色々,書いてしまったが,全てBOOK 1を読んでの印象です.どこに着地点があるのは,登場人物たちも,僕自身も見えていません.それについては,BOOK2を読んだ後に書くことにします.

最後に付け加えるとすれば,本書は読みやすいです.ストーリーがわかりやすいサスペンス仕立てになっていて,ぐんぐん読んでしまいます.そういう意味で,「ねじまき鳥」や「世界の終わり」とは一線を画すでしょう.

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紙の本

図書館では358人待ちの本!

2009/08/01 22:02

8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:佐々木 なおこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

いわずと知れた村上春樹さんの超話題作!
いつもは図書館派のワタクシ、図書館で予約しようかと思ってネット検索してみたら、358人待ちでした。
これは待てない…。
まわりをリサーチしてみたところ、買った友だちがいたので、
彼女が読んでから、ありがたくもお借りすることにしました。

上下巻ともに、借りるやいなやすぐに読みきりました。
ぽーんと違う世界に連れ去られたような気分…。
実に壮大なストーリーでした。

ある男女が、20年ものあいだ、互いの現状を知らずに、ずっと互いを思い続けた。
その二人の人生がクロスするときは来るのか…。

思い続ける力を、
一歩踏み出すときの力を、
もどかしい気持ちを持ち続けながら、そんな力を感じながら読み続けました。

過酷な事実をつきつけられて、
熟読できなかったところがいくつもありました。
その衝撃をうちやぶるような
静謐な場面もありました。

二人の共通の思い出の場所、
二人が10歳だったときの小学校の教室風景が、
ありありと脳裏に浮かびました。

二人が同じ月を見ていた(互いには気付かずに)シーンが美しいなぁ~と思いました。そして、月という存在はそもそも一つなのか、二つなのか…。
読みすすめながらも、なぜだか急に不安になるほど動揺してしまいました。いまだかつて体験したことのないような不思議な気持ちが、今も忘れられません。

続編、きっとありますよね。
おおいに期待しています。


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