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風待ちのひと
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 80件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2009.6
  • 出版社: ポプラ社
  • サイズ:20cm/351p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-591-11021-8
  • 国内送料無料

紙の本

風待ちのひと

著者 伊吹 有喜 (著)

“心の風邪”で休職中の男と、家族を亡くした傷を抱える女。海辺の町で、ふたりは出会った—。心にさわやかな風が吹きぬける、愛と再生の物語。第三回ポプラ社小説大賞特別賞受賞作。...

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風待ちのひと

1,512(税込)

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商品説明

“心の風邪”で休職中の男と、家族を亡くした傷を抱える女。海辺の町で、ふたりは出会った—。心にさわやかな風が吹きぬける、愛と再生の物語。第三回ポプラ社小説大賞特別賞受賞作。【「BOOK」データベースの商品解説】

【ポプラ社小説大賞特別賞(第3回)】“心の風邪”で休職中の男と、家族を亡くした傷を抱える女。海辺の町で、ふたりは出会った−。人の心が解け合っていく過程を丁寧に、じんわりと描いた、心にさわやかな風が吹きぬける、愛と再生の物語。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

伊吹 有喜

略歴
〈伊吹有喜〉1969年三重県生まれ。中央大学法学部卒業。2008年「風待ちのひと」(「夏の終わりのトラヴィアータ」改題)で第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞。

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みんなのレビュー80件

みんなの評価4.2

評価内訳

紙の本

人生には、追い風も、向かい風も、凪もある。そんなお話。

2016/03/20 21:52

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:たけぞう - この投稿者のレビュー一覧を見る

同著者の四十九日のレシピを読んで、なかなかいいと思いつつも、
作品全体のこなれ感に不足を感じ、判断に困っていた。
読み友さんから、風待ちのひとのほうができがいいと教わり、手を伸ばした。
読了後、著者を見直したので紹介する。

プロローグでトラックドライバーたちがペコちゃんのうわさ話をしている。
――海沿いの町という紙を掲げた中年女がヒッチハイクをしていたら、必ず
乗せて丁重に扱うこと。その中年女こそがペコちゃんで、乗せるとお礼に
ドライブインで髪を切ってくれる。そうすると、男ぶりが上がった
ドライバーたちはそのまま、きまって多くの福が舞い込むらしい。

ペコちゃんとはドライバーたちの間でのあだ名で、地元でのあだ名はキンコ。
美鷲という海辺の町に向かう途中で、乗せてくれたドライバーの髪を切っている。
髪を切り終わると、キンコはバスで町に向かうというが、田舎町なので二時間待ちだ。
気を良くしたドライバーが、美鷲の干物と書かれた軽自動車を見つけ、
俺がちょっと交渉してきてやるよと言い、物語が動き出すのである。

軽自動車の運転手は須賀哲司。この物語の主人公だ。
東京から一人で亡き母の残した家に静養に来ていた。
この出会いは、美鷲に来て三日目の出来事である。

四十歳くらいという分別がなければならない年代だというのに、人生に
翻弄されてしまう人たちの物語だ。

なぜキンコが美鷲に出たり入ったりするのか。
なぜ哲司が静養と称して田舎町に来ているのか。
二人を取り巻く人たちと二人の運命は、風にあおられるように二転三転する。

亡き母の存在がきっかけとなっているのは、四十九日のレシピにも通じる
設定であるが、わたしはこの作品のほうがシンプルに楽しめた。
四十代・五十代は人生の安定期で、日々のルーチンに追われ、楽しみは
子どもの成長ばかりというイメージを持っていた。
実際はそんなはずはなくて、こころの安寧は一生かけて追い求めていくもの
だとあらためて気づかされた。

四十にして不惑とは、現実では惑わされるから身につまされる言葉なのかもしれない。

著者の作品が気になる人がいたら、まずこの本を手に取られることをお薦めする。

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紙の本

風が吹いてきたら歩きだすために、今は休もう

2009/08/24 12:40

10人中、9人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:かつき - この投稿者のレビュー一覧を見る

エリートサラリーマンの須賀哲司は、母親の死をきっかけに
心が風邪をひき、会社に行かれなくなります。
母の家を処分することにかこつけて、三重の海辺の町美鷲で
6週間の休暇を取ります。

そこで知り合うのが、同じ年の福井喜美子。
彼女は、車に乗せてもらったお礼にドライバーの髪を
切ってくれるのですが、それが福をもたらすという
伝説を持つヒッチハイカー。

岬に立つ母の家には、CD、蔵書、食器、リネン類、絵画、
そして庭の木や草花、野菜が山のようにあり、
これらを喜美子が中心となり、片づけていきます。
それらひとつひとつの趣味がよく、品がいい。
そんな家で晩年を過ごした女性は、一度も登場しないのに
凛とした存在感があります。

哲司と喜美子がそれぞれに背負った人生の澱のようなものが
徐々に明らかになっていくのですが、
すばらしいストーリーテリングで、決して甘えず、
しかし切なく、心を揺さぶっていきます。

特に喜美子が明るく身につけた処世術の数々、
そして持って生まれた人に好かれる素質がいい。
「自分をオバチャンと呼び、ずうずうしく振る舞うのを覚えたことで、何か大事なものが消えたような気がする」

「幸せになって。お願い」と祈った恋愛小説は久しぶり。
喜美子が魅力的です。

また、登場人物のいい人も悪い人もみんなが
次の一歩を踏み出していきます。
日本の町がすべてそうであるように、美鷲も変わっていきますが、
前進していく姿に励まされます。

第3回(2008年)ポプラ社小説大賞特別賞受賞作。
ポプラ社小説大賞は大人の読者を対象とした新人賞なのですが
今までの受賞作は、若い人を対象とした作品でした。
この作品は、初めて大人の読者を満足させることができるでしょう。


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紙の本

うつくしいひと

2011/04/24 00:53

4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:白くま子 - この投稿者のレビュー一覧を見る

>泣きながら道を渡り切ると、ショーウインドウに自分の姿が映った。
・・・
>自分の姿のなんと不格好なこと。
>最初から、釣り合わないとわかっていたのに。
>知らなければ、泣くこともなかったのに。
>それでも、と思いながら涙を拭く。
>出会えて良かった。きっと生涯忘れられない友人だ。
>それでいい。
>それでいいはずなのに。
・・・ 
 
この女性「喜美子」と同じように、私も道を渡りながらとまではいわないが、ちょうど出先で読んでいるところだったから、涙をこらえるのに困った。
結局気にせずそのままボロボロ泣いた。こらえることが出来なかった。
単純である。
思い当たることがあったからだ。 
 
そう「それでいい」のである。
出会えて良かった。会ってもらえたのだ。親しく話せたのだ。それで良い。充分なのである。
これからはその思い出をたまに取り出して眺めて生きて行こう。
よく言われているように「女は思い出だけで生きていける」ものなのだ。実際これまでもそうしてきたのだから。
自分の不格好さは自分が一番よく知っている。
釣り合うとか釣り合わないとか冗談でも考えることすらためらわれるほど釣り合わないのは自分が一番良く分かっている。
だからこれ以上望んではいけない。
分かっている。頭ではよくよく分かっているのだ。
それでも「それでいいはずなのに」と涙が出るのである。
どんなに自分で自分を叱りつけても涙が出るのである。 
 
上記以外にも、心を揺さぶられる部分がいっぱい出てくる。
なにより、
最初から最後まで通して変わらずに流れているこの本の雰囲気が良かった。
美鷲という海辺の町。夏。
出会った喜美子と哲司は大人の男女である。
深い傷を抱えた者同士、田舎のおばあちゃん家のような雰囲気の岬の家で共に語り合い、音楽を楽しみ、眠る。
ただの男の子と女の子という存在になって2人仲よく並んで座って瓜を食べる。
2人は夏休みの楽しい思い出をいっぱい共有する夏の友達・・・。
全編を通して終始この雰囲気が流れ、風が吹き抜ける。
この風を感じるだけでもこの本は素晴らしいと思う。 
 
終盤は、喜美子と哲司が一緒になってほしい、幸せになってほしいと願うだけだった。
そういうことをこんなに素直に心から願った小説は余り記憶にない。
それなのに、残りのページ数はどんどん少なくなるのに、もどかしくてしょうがない。
結局どうなるかは、読んでみられて美鷲の夏の風ともにたっぷりと感じられることをおすすめする。
ラストは好き嫌いが分かれるかもしれないが、これはこれで私は好きである。
やはり「風景」が美しい。
この描かれている景色を思い浮かべたら、物語の最初から2人に付き合ってきたものとしては、泣くしかしょうがないじゃないかと泣いた。 
 
涙もろいほうであるし、いつまでもクヨクヨ引きずるほうである。
だけれども普段、
>それでいいはずなのに・・・
といつもよよと泣いているわけではない。
いつもどころか心秘かに胸をかきむしった際も、思い起こしてみれば実際に涙を流しはしなかった。 
 
残念ながら私たちは夢の中の世界だけに浸って生きていられないのである。
忙しい日常を送っているわけでは決してないのだが、物理的にも心理的にも今やらなければいけない目の前のことに追われて、そういったことは早々に心の扉の奥に押し込める術が知らぬまに身についてしまっていた。
いい年をしていつまでも乙女気分で、何を勘違いして悲劇のヒロインを気どっているんだと人様に笑われて叱られるんじゃないかと、それを恥じて恐れるあまり、何より自分が一番自分を笑って叱って制するようになっていた。 
 
このような本に出逢った時、ページをめくるそばからこぼれてくる、今までの人生で思い当たる旨を記した文章に、胸の奥に押し込めたはずの生の感情が、一緒に封印した嗚咽のかたまりとともにドッと流れ出てくる。いとも簡単に涙腺が壊れてしまう。
その当時は1人きりになった夜にも流さなかった、いや、流すことさえできなかった涙をである。 
 
良い本というのは、こういった素晴らしい力を持っている。
だから本を読むことをやめられないのかもしれない。

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2015/05/11 20:02

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2012/01/09 00:27

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2013/09/26 21:53

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2010/07/05 17:19

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2013/09/01 11:42

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2011/09/28 22:48

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2016/01/14 13:31

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2012/03/16 23:31

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2017/04/05 17:32

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2011/11/01 23:32

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2010/09/05 16:42

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2009/08/29 22:36

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