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商品説明
満洲国と満洲文学を考えるとき、忘れてはならない作家・牛島春子。昭和初期の共産党活動をへて満洲在住の10年間、中国民衆との真摯な交流と文学活動の中から生み出した作品を通して、牛島春子の人物像と満洲への思いを探る。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
多田 茂治
- 略歴
- 〈多田茂治〉1928年福岡県生まれ。九州大学経済学部卒業。新聞記者、週刊誌編集者を経て文筆業。主に日本近現代史にかかわるノンフィクション、伝記を書く。著書に「グラバー家の最期」など。
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紙の本
牛島春子にとっての満洲国とは何だったのか。
2009/07/11 21:13
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る
牛島春子といっても、いまや大方の人は誰のことか分からないだろう。
かく言う私も以前に読んだ「消えた同志」という連載記事に綴ってあった官憲による弾圧を受けた人としてしか記憶になかった。あらためて、その連載記事が納められた一冊を読み返して、合点がいった次第だった。
昭和八年二月、共産党員の全国一斉検挙で小林多喜二が逮捕虐殺された。その同時期、九州地区の地下活動を指揮していた西田信春も福岡県の久留米で逮捕され福岡署で拷問の末に亡くなっている。その死因が究明されたのは西田信春の死後から随分と年数が経過した敗戦後であったために、世間の注目を集めることもなくなってしまった。
もともと、本書はその西田信春の秘書役をしていた牛島春子の評伝なのだが、活動家でもあった牛島春子をクローズアップするにはこの虐殺事件は避けて通れないものとなっている。
本来、作家でもある牛島春子の文学的業績を前面に出しても良いのだろうが、著者じたいが牛島春子の身近にいて半世紀近い付き合いがあったためか、その人間関係の描写が細やかなために私小説を読み進んでいるかのごとくだった。
その牛島春子は結婚相手の勤務先がある満洲にわたり、そこでも文学活動に励んでいるが満洲国の建国記念文芸賞を受賞している。共産党の地下活動家がであった人間が満洲にわたって、文学活動をするというのも矛盾しているように思えるかもしれないが、これがタイトルにもあるように中国とは異なる「満洲」という国に居たことが牛島春子の「重い鎖」となっているようだ。牛島春子が満洲で受賞した作品は最初『豚』というものだったが無断で満洲国の官吏であった赤川孝一によって『王属官』に変えられて発表された。赤川孝一とは、作家の赤川次郎の父である。
ソ連軍の満州侵略によって多くの日本人は苦難の道を歩むが、牛島春子も三人の幼子を抱えての逃避行の末、幸いにも帰国することができた。その際の様子を小説に書き残しているが、その一部分が本書にも紹介されており、牛島春子という人物の内面を知ることができる。
満洲国の成り立ちの善し悪しは別にして、満洲における文学作品という分野においてこの牛島春子は欠かすことのできない作家である。しかしながら、芥川賞の候補作を残しているように日本文学においても一人の作家として捉えなければならない。
六十年余の歳月を送った昭和という時代だが、その精神的形成はやはり牛島春子が生きた時代にあると考える。さすれば、単なる歴史年表だけからは知り得ることのできない昭和という時代を捉えるには牛島春子が生きた時代を振り返ることが必要になってくる。ましてや、満州という幻の如く消え去った土地に生きた牛島春子の「重い鎖」同様に現代の日本人もいまだ満洲とは何だったのかという答えを見いだせていないのではないだろうか。
これは日本人だけではなく、牛島春子同様に著者もそうなのではないかと感じた。