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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2009/11/01
  • 出版社: 角川書店
  • サイズ:20cm/475p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-04-874013-5

紙の本

天地明察

著者 冲方 丁 (著)

江戸時代、前代未聞のベンチャー事業に生涯を賭けた男がいた。ミッションは「日本独自の暦」を作ること—。碁打ちにして数学者・渋川春海の二十年にわたる奮闘・挫折・喜び、そして恋...

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天地明察

税込 1,980 18pt

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商品説明

江戸時代、前代未聞のベンチャー事業に生涯を賭けた男がいた。ミッションは「日本独自の暦」を作ること—。碁打ちにして数学者・渋川春海の二十年にわたる奮闘・挫折・喜び、そして恋!早くも読書界沸騰!俊英にして鬼才がおくる新潮流歴史ロマン。【「BOOK」データベースの商品解説】

【吉川英治文学新人賞(第31回)】【本屋大賞(第7回)】【舟橋聖一文学賞(第4回)】【大学読書人大賞(2011)】【北東文芸賞(第7回)】江戸時代、「日本独自の暦」を作ることに生涯を賭けた男がいた。碁打ちにして数学者の20年にわたる奮闘・挫折・喜び、そして恋−。太陰暦を作り上げる計画を、個の成長物語として重厚に描く。『野性時代』掲載を単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

冲方 丁

略歴
〈冲方丁〉「黒い季節」でスニーカー大賞を受賞しデビュー。小説の他にゲーム、コミック原作、アニメ制作と活動の場を広げる。他の著書に「マルドゥック・スクランブル」「ばいばい、アース」など。

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みんなのレビュー1,215件

みんなの評価4.3

評価内訳

紙の本

解く段取りがむしろ冥利

2009/12/10 16:35

15人中、14人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:くまくま - この投稿者のレビュー一覧を見る

 本書で使われている「明察」という言葉は、算術の解答が正しかった場合につけられるので、「大変よくできました」的な意味合いがあるのだろうし、本来の意味的には「事実を見抜いた」となるのだろうが、ボクはこれに、証明終了を意味する「Q.E.D.」という言葉をあてようと思う。なぜなら、誰かに認められるという意味よりも、自らが成し遂げたという充実感を、より強く持たせたいと思うからだ。

 この作品の主人公となるのは渋川春海、本来の名を安井算哲という、本因坊道策と同時期の、将軍家お抱えの碁打ち衆の一人である。そうは言っても、囲碁の話がメインなのではない。彼が成し遂げる改暦と、それにまつわる人々の姿が主役である。
 彼が活躍した江戸時代の初期、日本では宣明暦という、八百年余むかしに伝来した暦を使用していたらしい。しかしこの暦の一日は、実際の一日とわずかにずれており、そのずれは四百年で丸一日にもなってしまう。これでは実用上、色々と差しさわりが生じてしまう。
 徳川の御世になったとは言っても、日本における権威は朝廷にある。しかし朝廷は、長い怠惰の間に暦に関する技術を失伝しており、それを隠すために暦を改めることを認めようとはしない。この状況に立ち向かうべく、数々の第一人者が期待したのが春海というわけだ。

 だが、彼は才気煥発の天才にも描かれないし、抜群の行動力を持つ英雄の様にも描かれない。どちらかというと、慣れない二刀を腰に佩いた、やさしいけれど頼りなさげな人物に見えるし、それ以上に周囲に集う人々が綺羅星のような実力をもって輝いている。特に中盤は、保科正之の、武断の世から文治の世へと舵を切る名君ぶりが目立つ。
 しかし、そんな彼だからこそ、天地を明察し、誰も切りつけることが叶わなかった権威の壁を破ることができたのだろう。なぜなら、改暦のためには様々なものがいる。算術の技術や天測の記録、お金や人材、そして物事を滞りなく進めるための人脈などである。数多くの第一人者からそれらのものを受け継ぎ、その想いを背負うことによって成長した春海が、碁打ちの本領たる先を見通す布石により、大逆転で事業を成し遂げる様は圧巻である。そんな彼を支えたえんとのエピソードも興味深い。

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紙の本

生きるということは人と関わりあうこと

2012/08/19 20:53

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:桔梗 - この投稿者のレビュー一覧を見る

はじめから自分の道が見える人というのは稀だろう

人は 人と出会っていろいろなことを考えて 悩みながら何かを探して
そして見つけていくものなんだと それでいいんだと
この小説を読むとあらためてそう思う

江戸中期の泰平の世 
名門の碁打ちの家に生まれた渋川春海の仕事は 碁を打つこと 
安泰たる勤めではある
だが それを一生の仕事と定め 情熱を傾けることがどうしてもできない春海
繰り返される同じような日々の中で ふつふつと湧きあがる 
己の人生への飽きと餓え

唯一の救いが 大好きな算術そして天体観測と暦学
ふと神社で耳にした『からん、ころん。』という算額絵馬の音 
その転がるような音に導かれるように 様々な出会いがあり 春海の運も転がりはじめる
そうして 見つけた己の道は 天を測り地に起こることを明らかにし 新しい暦を作ること

長い年月をかけ 算術や観測の師たちからいろいろなことを学び 将来を託される
同志たちとはときにぶつかりながらも認め合い 互いに精進する 
保科正行や水戸光圀などの力ある者や 妻の存在や憧れの女性への想いに支えられ
そして 自らが得たものをあとから歩いてくる者たちへ残し 伝える

人は人と関わることで生かされてるんだと思う

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紙の本

いつの間にか、未来は、夢見るものから託すものへと変わりつつある。それもまた良し、託せるものを見つめよう。託せる人を慈しもう。

2010/06/24 16:52

4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:はりゅうみぃ - この投稿者のレビュー一覧を見る

雨露を含んで、煌めきを増す新緑が美しい。
萌えぐ若さが輝き光るのは、植物も人も同じである。


30代前半のライトノベル作家が描く時代小説。
親しみやすい表現と鮮やかな展開で、天地の理(ことわり)を追いながら、人の理をも同時に描く、作者渾身の意欲作が本作「天地明察」だ。

天に星なければ星の図は成されず、地に人なければ星の図は必要とされない。
人に生なければ学を極められず、生に縁なければ学を伝えられない。
若さは未熟ではなく可能性、齢を重ねる事は縁を重ねる事。
作者は江戸時代の暦学者・渋川春海の生涯を通じて、このメッセージを痛快に明快にうたう。


例えば北斗七星。
星を繋げて柄杓を描くが、実際の星々は隣接などしていない。100光年から1000光年まで隔たりあう星が柄杓の形を成すのはあくまで見かけ、この地球に生きる人だけが見る事の出来る奇跡の図だ。
本作で春海を取り巻く魅力的なあまたの登場人物たちは、それぞれが人の世の綺羅星といえる。春海だけが、そこに縁(えにし)の糸を繋いで、この世に「北斗」を成せるのである。
彼の遺したもっとも偉大な功績は、偉業を達成し歴史に名を残したこと(だけ)ではなく、人の縁の糸を見つめ、繋ぎ続けたことだと作者は伝える。

行間から滲む情を慈しむような、先達作家の描く時代小説とは明らかにタイプが違い、それを「若さゆえ」と穿つ気持ちも、正直なくはない。
が、本作の魅力はその「若さ」にこそあるのだ。
セリフだけで個性が区別できるほどしっかり書きわけられた、いわゆるキャラ立ちした登場人物、画像が浮かぶかのようなメリハリの利いたシーン展開など、随所に感じるのは作者の「演出眼」だ。作者はアニメやマンガなど、画(映像)や場面を常に意識して作話する、脚本家タイプの方なのだとよくわかる。
この表現感覚こそが、画や音などで感覚を補足されながら、作品を理解する事に慣れている読者層に最も有効なファクターなのである。

作者がご存じでなければ、伝えたいと思う。
この本を読んで、これから何にでもなれる事が嬉しいと言った中学生がいたこと。
数学の授業がちょっと楽しみになったと語った高校生がいたこと。

どんな傑作でも、読む人がいなければ、存在しないのと同じことだ。
先細り必至の時代小説の読者層と、ただ今全盛期のコミック・ライトノベルの読者層を結びつけた、本書の功績は計り知れない。



ではこの作品は、若い世代や、時代小説に縁のない読者層にとってだけ有意義なのかと言えば、これがまたとんでもない。
むしろそれ以外、時代小説もそこそこ嗜む、不惑・天命といった世代こそが読まねばならない作品なのではないかと思っている。

先の学生達のような、未来に光を見い出せる世代が、春海の生き様に心震わせたように、作者自身も春海の生き方に憧れを、もっといえば、彼の様にこれからも生きていくというご自身の誓いを、この作品に込めたように私には感じる。

が、いくら春海でも、「綺羅星」なければ「北斗」は紡げない。
今生きている若い世代が、未来に希望を見るのか、諦念を見るのか、それは先達である大人次第だとこの作品は遠巻きに伝えている。
青いだの甘いだのと言う前に、己の後をついてくる人間はいるのか、誰かにとっての綺羅星になり得ているか、歩んだ我が道を振り返ってみろと言われているに等しいのである。
作者が今作を時代小説にした理由、なんだか見えてくるではないか。

なんとも重く、熱く、面白いラブレターを、作者は書いてくれたものである。



本書は今年度の本屋大賞を受賞された。(おめでとうございます)
世代・性別関係なく、多くの読者が手に取るだろう。
先の学生のように、本書で志学を実感し、中には、第二、第三と、春海や関の後進が育つのかもしれない。
娯楽に娯楽以上の志を見出す。これも明察。書の力。

そして我々壮年世代は、彼らの布石となるために、己の成せることを精一杯見つめ、精進していかねばならない。





さて、私。
作者のような綺羅めく才能もなく、気力も体力も下り坂。
が、次世代に本書を紹介することぐらいは出来そうか。


あの学生たちの、キラキラした眼。
ここにも、地上の星。



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紙の本

天の理と、人のあたたかさ

2010/06/07 15:24

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:はな - この投稿者のレビュー一覧を見る

骨の髄まで文系人間の私は、冒頭付近にある図形で本を閉じそうになったのですが、耐えて読んでよかった。

江戸時代初期。不明なことが多い分、今よりもずっと学問が、人の生きる社会に寄り添っていた時代でしょう。
日常のあらゆるところに転がっている問いを解き明かすことは、世を照らしていくことであった。
そんな中、天を相手取ってその大きな謎を解き明かそうとした強く優しい人たちの物語です。


天地明察。
なんと美しくすがすがしく大きな言葉でしょう。
天と地の間に生きる私たち。
常に迷い惑い苦しみ、とても「明察」などとは言えない生を送っています。
それは、春海の生きる400年前も、私の生きる今も同じ。
たくましく明るく希望を持って生きているように見えるこの物語の登場人物たちにしても、その生には、解き明かせぬ苦しみが多くあるのでしょう。
けれど星は巡り、地はここにあり、人の手でそれをつなぐことができる。

若い春海は、ただ算術を愛する一人の青年にすぎません。己しか見えず、世には己と算術しか存在していない。
その春海が、多くの人と出会い歓び学び、かえようもない絆と信頼を築き、その想いを背負って、天へと手を伸ばす。
その手が天に触れた瞬間感じたのは、天地の雄大さと同時に、人の限りないあたたかさでした。

天地明察。
この天と地の間で生きる人と人の心は、偉大な理が解き明かす天の働きと同じくらい、確かで雄大なものだと、心に染みた物語でした。

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紙の本

今日を逃したら、この書評の値打ちが下がる! って思いました。それにしても、善人ばかり登場させて、それが少しも不自然にならないなんて奇跡です。それと老中の酒井雅楽、隆慶一郎が描く酒井像がウソ臭く思えますよ、じっさい。文句なしの内容、本屋大賞とれなくてもみーちゃん大賞さしあげます。

2010/04/19 21:33

9人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

私には、本の装幀とタイトル、それから著者の過去の作風から勝手にその内容を創りあげてしまう悪癖があるのですが、今回も黒地のカバーとそれに配された金色の北斗七星、白い星と太陽らしいマーク、そして『ばいばい、アース』の記憶から、「これは半村良の『妖星伝』に似た時代伝奇小説とSFが混ざり合ったものだろう」と思い込んでしまいました。

折角、出版社がHPで
         *
天命こそ、最高の勝負。

江戸、四代将軍家綱の御代。ある「プロジェクト」が立ちあがった。即ち、日本独自の太陰暦を作り上げること--日本文化を変えた大いなる計画を、個の成長物語としてみずみずしくも重厚に描く傑作時代小説!!
         *
と宣伝しているのに、です。いやはや、早とちりはいけません。

で、この作品、なんといっても、文章がいい。『シュピーゲル』のようなゲーム感覚のような会話や地の文は一切ありません。『アース』のような裏に幾層もの意味が隠されている、そういった難解さもありませんし、『黒い季節』のクールさも影を潜めています。文章としては今までになく読みやすい。それに対応するように、登場人物が明るい。まっしぐらに生きているんです。全霊をこめて理想に向かっている。

それが主人公だけじゃあないんです。彼と共に歩む人、彼を導く師、彼に望みを託す男、彼と競う仲間、彼を愛する女、彼が約束を守れなかった相手、その誰もが直向きにいつも歩いている。普通、こういう小説って、傑作たりえないわけです。正義は悪があってこそ存在し、賢人は愚者がいるからこそ引き立つ。美男美女だけの世界なんて詰まらない、醜婦がいて醜男がいるから楽しい。善人しか登場しない話なんて、うそ臭くってとても読めない。でも、です。この小説ばかりはその常識が当て嵌まらない。

主人公の渋川春海を例にしましょうか。本名は父の名を継いで安井算哲、碁打ちにして数学者、碁をもって徳川家に仕える“四家”(安井、本因坊、林、井上)の一員、御城の碁打ち衆。晩年の子であるため、本来なら長子として家を継ぐことができるが、義兄のことを考え、それをせず、逆に自分で渋川春海と名乗っています。

義兄の算知は、家光にその才を見出され、23年前に春海の父・算哲が養子にした碁打ちの達者で、春海が生まれる前に安井家を継いでいるので、義兄であるものの二代目となっています。家を継ぎはしたものの春海の後見人として、義弟を優しく見守り、本因坊参悦との六番勝負で引き分けたものの、将軍・家光だけでなく異母弟の保科正之の碁の相手としても召し抱えられているというのもありです。

春海より五つ年下の若手の碁打ちで、彼との六番勝負を望んでやまない本因坊道策が、以前は三次郎と呼ばれていたものの、父・道悦に跡目とみなされ、既に本因坊道策を名乗ることを許されている、というのも好敵手の存在としては肯けます。そのだだっこぶりに裏も表もなくて、なんていうか子犬が飼い主にじゃれ付いている様子も、まあ設定としてはありえます。

冒頭で春海と神社で知り合うことになる〈えん〉が、春海が会いたいと思っている磯村の弟子の一人、村瀬が任されている塾に屋敷を貸している荒木家の娘で、刀を振り回すだけの武士が大嫌いというのもいいでしょう。あるいは、荒木家で暮らす佐渡生まれの村瀬義益が〈えん〉を妹のように思い、いい相手に嫁ぐことを望んでいる優しい男で、春海を一目で気に入るまでは納得がいきます。

でもですよ、算知の息子で春海の義理の甥にあたる知哲も、道策の父で参悦の跡をついで本因坊を名乗る道悦も、春海が身を寄せる会津藩屈指の算術家で、江戸の藩邸で春海の面倒をみている15歳年上の安藤有益も、安藤の師の一人で春海より31歳年上の島田貞継も、そして独学で算術を学んだという天才、というか化け物で、どんな難問も即座に解くことから“解答さん”“解盗さん”とも言われる関孝和もただただ立派な人だと聞かされたらどうでしょう。

それだけじゃありません。春海28歳の時、19歳で嫁入りしてくる優しい女性〈こと〉だって、ただただ夫に感謝し、春海の神道の師で、かつて僧であり、朱子学を学ぶ儒者でもあるという風雲児・山崎闇斎も勤勉で理路整然とし、それでいて性格は激烈ながら春海を我が子のように愛するわけです。

春海と行動をともにすることになる北極出地のための観測隊隊長で40歳年上の建部昌明も、副隊長で35歳年上の伊藤重孝も春海を可愛がり無条件で夢を託します。京の内裏の医師で高名な算術家で、春海が十代の頃師事していた岡野井玄貞や、京で高名な算術家の松田順承も協力を惜しむことはありません。

徹底した定石を打つことという老中の酒井雅楽頭忠清にしても、春海を信じ大切なしごとを任せます。家光の異母弟で、将軍や幕閣から絶大な信頼を得て、民の生活の向上をなにより大切にする名君の会津肥後守・保科正之にしても、算知の義弟ということで春海を可愛がり、会津藩邸に住むようにしてやるなど様々な便宜をはかります。春海の才を愛しながらも嫉妬する不思議な人で、春海より11歳年上の水戸光国(後の光圀)だって同じです。

出てくる人間すべてが春海を愛し、信じ、彼を支えるのです。彼らが交わす会話の一つ一つに心躍らせ、胸を熱くし、微笑み、何度涙したことでしょう。書評をまとめるために気に入った会話を探しては、目頭が熱くなって洩れそうになる嗚咽を幾たび堪えたことでしょう。ほんの一部ですが紹介します。

自前で術を立てて、土産まで持参するやつは滅多にいないよ。あんた偉いね(村瀬)
羨ましい限りでございますねえ。精魂を打ちこんで誤謬を為したのですからねえ(伊藤)
天地明察(伊藤)
きっと、夢の中で天を抱いて……星を数えながら、逝ったのでしょうねえ(伊藤)
て、天を……我が手で詳らかに、また渾大にし、建部さまと伊藤様への感謝の証としたく存じます(春海)
ことは、幸せものでございます(こと)
生意気なやつめ。大いに名を残せよ。水戸がそなたを支援しようぞ(光圀)
春は必ずや来る(正之)
今度は三年も待たせるのですか(えん)
挙句の果てに失敗りおって! 数理を何だと思うか! 囲碁侍のお遊びの道具とでも思う言いたいかッ! お役人に献上するために、我らの研鑽があったと申すか!(関)
お……思い、及ばず……力、及ばず……(春海)
か……必ずや……、必ずや、天理をこの手で解いて御覧に入れます。天地の定石を我が手につかみ、悲願を成し遂げてみせます(春海)
私より先に、死なないでくれ(春海)
そなた、いったい幾つ、歴史に残るものをこしらえれば気が済む(光圀)
案ずるな、何があろうと決して、そなたとその一族に、手は出させぬ。たとえ相手が将軍その人であろうと、余がそなたを守る(光圀)
私にとっての大事は、定石です。天地の定石に辿り着くために、人の定石を守るに越したことはありません(春海)

天邪鬼の私をして、友人知人に「時代小説の歴史を変える」とメールさせずにはおかなかった奇蹟の一冊。とりあえず、第一回みーちゃん大賞を進呈します。

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紙の本

ここに、あらたに、天に触れる作品を発表した作家が登場した。

2010/06/01 11:44

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みどりのひかり - この投稿者のレビュー一覧を見る

 久しぶりに良い作家に出会ったなと思う。

 算術の問題に対して、解答者が正しい答を出した時、出題者はその答の横に「明察」と書く。天地明察はその名の通り、地にある者が、天の運行に対して、その運行を正しく予測できた時、天が人に言うのだ。天地明察と。

 明察の意味は「真相を見抜いた推察」と辞書にある。天地明察するには月や太陽や星星の正確な測量と、地をひたすら歩いて測量するしかない。

 天の一点に動かない星、北極星がある。

 観測隊は日本の北から南まで歩いて、それぞれの地で北極星を観測し緯度を測る。歩いた距離も測りながら。その値と算術を駆使しての主人公、渋川春海の予測値は、みごとに次の場所の緯度観測値と一致した。

 江戸時代のはじめのころ、日本で使っていた暦は狂っていた。冬至は一年のうちでもっとも太陽の出ている時間が短いはずである。ところが暦にしたがった冬至の日より二日前に一番短い日があった。暦に誤りがあったのである。その暦は唐国の由緒正しき歴法、宣明暦(せんみょうれき)に基づいたものであった。宣明暦が日本に将来されたのは天安元年、渋川春海の生きている時より、八百年の昔であった。すなわち、八百年間に二日のズレが生じていたのである。

(以下「」の中は天地明察より引用)「元の皇帝フビライは改暦を欲した。そのために招聘されたのが、許衡、王恂、郭守敬の三人の才人たちである。
 許衡は、古今の暦学に精通する博覧強記の人。王恂は算術の希代の達人。郭守敬は器械工学の天才。これら三人が、精巧きわまる観測機器を製作し、五年の歳月を費やして天測を行い、持てる才能の限りを尽くして改暦を行なったのである。」これが授時暦である。授時暦はきわめて精確であった。
 渋川春海は十代の頃に京で授時暦を学んでいた。

 寛文十二年十二月十五日、授時暦では“月蝕なし“のところを、宣明暦は月蝕有りと予報し、これを外した。授時暦の精確さが人々にあきらかになった。

 渋川春海を中心として改暦の準備は次第に推し進められていく。

 春海は勝負に出た。今年から三年先までに、宣明暦で予報される日月の蝕は全部で六回。

 今年、六月十五日
 同年、七月朔日
 次の年、正月朔日
 同年、六月十四日
 同年、十二月十六日
 次の次の年、五月朔日

 宣明暦の予報の一つ一つに、授時暦と、大統暦、による予報をぶつけ、どの歴法が真に正しいものであるか、万人の眼前で“勝負”させるのである。

 最初の三つは宣明暦は月蝕、日食、日食があることを予報していたが、授時暦はいずれも無しと予報しており、結果は蝕は起こらず、授時暦の勝利となった。そして四回目、延宝二年六月十四日、授時暦は他の二暦より、時刻、時間とも精確な蝕を予報していたことが確認された。授時暦の勝利が明確に見えてきた。

 延宝二年十二月十六日、またも授時暦は宣明暦や大統暦に対して、より精確な予報を出していたことが明らかとなった。いよいよ改暦の事業は成し遂げられようとしていた。

 だが、最後に悪夢がおこった。延宝三年五月朔日、宣明暦の予報では午から未の時刻にかけて、三分弱の日蝕。大統暦は日蝕なし。授時暦は“無蝕”と断定の予報を出していた。ところが、その日、わずか一分に満たない時間であったが日蝕が起こったのである。

 天は渋川春海に何を語ったのだろうか。いや、われわれ人間に何を語ったのであろうか。わたくし“みどりのひかり”は思う。「春海よ、謙虚であれ。素直であれ。」天はそう語ったように思えてならない。

 そして、物語は進んでいく。何故、渋川春海は予報を外したのか。精確であったはずの授時暦を用いて、なにゆえに蝕を予知できなかったのか。読者としても興味津津なところである。

 春海の授時暦への理解が誤っていたのではなかった。授時暦そのものに欠陥があったのである。

 地球は楕円軌道を描いて動いている。その楕円軌道自体もゆっくりと移動している。そして授時暦が作られた頃、近日点が冬至と一致していた。このため授時暦を作った元の才人たちは、それらが常に一致しているものとして数理を構築していたのである。

 だが、四百年後、この近日点は冬至から六度も進んでいた。

 渋川春海は[膨大な数の天測の数値を手に入れ、何百年という期間にわたる暦註を検証した結果、太陽と月の動きから、この春海がいる地球そのものの動きが判明したのである。]([ ]内は引用)

 私、“みどりのひかり”としては、天文学者、佐治晴夫先生の文章を思い出します。

 次の文章は、佐治先生の著書「宇宙の不思議」のあとがきにあった散文詩です。


    おわりに

 この本を書きはじめたとき、外では粉雪が舞っていました。やがて花が咲き、雲が流れ、風がすぎて、いまふたたびどこからともなくきらきらと風花が舞っています。
 この間に私たちの地球は、毎秒30Kmのスピードで太陽のまわりを9億4000万Kmの旅をつづけ、太陽は太陽系全体をひきつれてヘルクレス座の方向をめざして秒速20Kmで6億3000万Km移動し、さらにヘルクレスの星をふくむ恒星団は、太陽系をまきこんだまま、半径3万光年の円をえがいて秒速300Kmのものすごいスピードで銀河系の中心に対して94億Km動きました。それからまだまだ……。私たちの銀河系も……。


216ページに次の文章がある。

 「天地明察ですか」
 春海は思わずそう繰り返した。北極星によって緯度を測るこの事業にふさわしい言葉だった。いや、地にあって日月星を見上げるしかない人間にとっては、天体観測と地理測量こそが、天と地を結ぶ目に見えぬ道であり、人間が天に触れ得る唯一のすべであるのだ。そう高らかに告げているように聞こえた。


[天に触れ得るすべ]、この小説の基底に流れるものがここにある。

 天地明察。「天地の真相を見抜くこと」は本当はできない。ただ、地にあって日月星を見上げるしかない人間にも天に触れるすべはある。

 謙虚に、素直に、この世界の自然の声を聞くとき、我々は天に触れることができる。

 20世紀の数学者マンデルブローはフラクタルを通してこの世界に触れた。
不落樽号の旅は人間を構成する元素と星を構成する元素のそれぞれの割合から、そこにフラクタルがあることに気付かせ、天に触れ得る人間の存在のあり方に思いを馳せた。

 中島敦は吾浄嘆異で天に触れ、人の世の意味と愛しみを語った。

ここに、あらたに、天に触れる作品を発表した作家が登場した。

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紙の本

凶作にて重税を課すのはただの無為無策

2012/02/02 15:13

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:pappy - この投稿者のレビュー一覧を見る

水戸光圀ではないが、思わず「うぬう」と唸りたくなるような傑作であり、もし些かでも文士を志す者ならば、この著作の前に、恐れ入りました、と平伏させる代物でもある。凡庸な草食系、算術好きの青年が日本独自の和暦を開発し、改暦の大事業を成し遂げた話であるが、豊富な語彙と詳細な時代考証に裏打ちされて、優れた文芸作品として昇華している。
さほど重々しく書いてはいないが、算術でも暦術でも自分の誤謬については決死の覚悟で臨んでいることが随所に現れ、武士ではない主人公にも武士の精神が十分に浸透していたことが伺い知れる。
とくに感心したのは保科正之の明晰さであろう。凶作にて重税を課すのはただの無為無策であるとし、改暦の必要性、手法、影響などをつぶさに検討して、大事を成す姿は現代の政治家にはぜひ見習って欲しい。
主人公がなんども失敗しながらも、少しずつ布石を重ねていって最後に改暦を成就させたのは、鮮烈な勝負の世界を見るようですがすがしい。

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紙の本

暦(こよみ)にまつわる記録

2011/02/07 12:03

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る

天地明察(てんちめいさつ) 冲方丁(うぶかたとう) 角川書店 

 天地明察とは、本書290ページに登場するのですが、北極星を基準にした星の動き、ことに太陽と月の関係に心をくだき、日蝕・月蝕の日にちと時刻、正確な暦を言い当てるあるいは、間違いのない暦を導き出すことと理解しました。
 背景は江戸時代で、主人公は苗字が色々変わるのですが、名は春海(はるみ)さんです。侍ではあるけれど武術はできず、算術担当、徳川幕府幹部相手の囲碁教師担当となっています。
 彼が若い頃の日本には、「宣命暦」があり、その後、春海氏が作成した「授時暦」が生まれ、彼と対立するグループの「大統暦」が存在するのです。たかが暦と感ずるのですが、暦によって大きな財貨が動くのです。そして、それらの暦はどれも正確ではないのです。正確な暦が誕生するまでのドラマが春海氏の生涯を記述することによって小説はできあがっています。
 宇宙がある。太陽と月がある。地球がある。地球が丸いことに江戸時代の算術者たちはヨーロッパの学者同様に気づいています。そのことに目からうろこが落ちました。この本を読むまでは、日本の学問は西洋に大きく遅れをとっていたと誤解していました。先日読んだシーボルトの日記と同様に春海氏は、緯度・経度を計測する長い旅に出ています。彼はその人生の大半を暦づくりに尽くして、太陽を回る地球の軌道が楕円であることを発見します。
 良質な書物で健全な本です。上品でもあります。ただ、それらが要因で、わたしには合わない本でした。箱の表面を手のひらでなぞったような内容でした。記録なのです。暦に対する現代人の気持ちもあります。農耕民族ではなくなった大半の日本人にとっての今の暦は、身近なようで身近ではない。便利なようで、日にちや時間に生活を拘束されることに安定感がある反面、内心不満と苦痛を抱いています。
 算術の天才関孝和氏が登場します。本来であれば、春海氏ではなく、関氏が登用されて暦がつくられるべきでしょう。日本人は血統とか家柄にこだわる民族です。
 ひとつの暦を創るまでには、春夏秋冬をはじめとして、感覚的にいって10年は要するわけで、主人公の春海氏にとって、彼の人生は70有余年だったわけですが、凡人と比較して、彼が人生の時間とか期間を短く感じたのか、それとも長く思ったのか、その点に興味をもちました。

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紙の本

「天地明察」答えなんか遥か遠くに輝くばかり

2010/12/16 20:19

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:soramove - この投稿者のレビュー一覧を見る

2010年本屋大賞受賞作品、
時代物は苦手だが評判がいいのでネットで注文した。
地下鉄で読んでいた海外ミステリーを読み終え
この本を読む準備万端整え本と向き合う、
最初のページをめくる喜び。

「渋川春海の青春の物語、
彼が20年あまりの時間をかけて取り組んだのは
日本独自の暦を作り上げること。
主人公のキャラクターが飄々として
好人物なのでその勢いのまま
475ページも長くは感じなかった」


時代物はその主人公達の話し言葉が
当然ながら現代と違い「堅い」感じで
常に敬遠していたが
本屋大賞受賞し、しかもこの作者の本を
読んだことが無かったので期待を込めて購入し、
すぐに読み始めた。

碁打ちの名門に生まれながら
その職務に心からの生き甲斐を見出せない主人公が
最初に出会ったのは和算、
数理の中に宇宙を見つけたように
時間を忘れて打ち込む姿は
誰しもある時期、何かに夢中になったことがあるなら
同じ熱いものをそこに感じるだろう、
主人公の心の動きひとつひとつが生き生きと
こちら、読み手に伝わる。

そして彼が周囲から望まれて
一生を捧げることになるのは
日本独自の暦を作り上げることだった、
20代から40代の20数年を費やし
主人公はその大事業を成し遂げるが
おごらず、謙虚である続ける所に
全く嫌味が無く、素直に彼の成功を喜べる。

自分の大切な時間を費やすなら
もちろん華々しい成功があればそれがいい、
でも普通はそんな脚光なんて浴びることなく
それぞれがそれぞれの満足をどこかに見出すのだろう。
それは決して残念なことではないれど、
あったかもしれない、誰かに認められるということを
一瞬、主人公の成功に重ねてみる。

そして都会のあまり星の多くない空を見上げる、
同じものを見ても
感じ方やそこから何を考えるかは
まさに人それぞれだと痛感する、
そしてこの全く誰かを照らすほどには輝やかない
自分自身を省みてあれこれ考えてしまう、
でもそれはとても清々しい気分だ、
多くは望まない
でもきっと何か出来るだろうとそんな勇気をもらえる作品。

なにより作家の文章力が
ぐいぐいとラストまで引っ張る力は
たいしたものだ、
自分なんかまっすぐでもないので
どこかにケチでもつけてやろうなんて
読み始めてラストまで何度か泣かされた。

面白かった。

★100点満点で85点★

http://yaplog.jp/sora2001/

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紙の本

しっかりした史実のキャンパス上に、著者の創造力による個性を生き生きと描出するのが傑作といえる歴史小説でしょう。歴史の中でよく知られた人物を取り上げた傑作は数多くありますが、ほとんど知られていない人物にスポットライトをあてる作品もあります。この作品は後者のほうなのではないでしょうか。

2010/06/09 13:04

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

主人公の渋川春海ですが私はよく知らない歴史上の人物でしたから、歴史小説を読む癖で、一般的にはどんな功績を残した人物とされているのか、まず知りたいと思うのです。

平凡社世界大百科事典より抜粋
渋川春海 1639-1715(寛永16-正徳5)
中国からの輸入暦法を、ただ機械的に計算して毎年の暦を作っていた日本において、みずから観測を行い、暦理を理解し、さらに新暦法を開発した最初の天文暦学者。将軍家碁所4家の一つ安井家の子として生まれ、わずか14歳で父の後を継ぎ安井算哲と称して碁所に勤めた。暦学を松田順承、岡野井玄貞に、和漢の書を山崎闇斎に学んだ。その秀才ぶりにより幕閣の有力者である会津の保科正之や水戸光圀らの知遇を得て、改暦の成功を招いた。当時用いられていた宣明暦法は800余年も前に唐で採用された暦法で、日月食の予報法も粗雑で、さらに暦の季節は天の運行に2日も遅れており改暦の必要は迫っていた。春海は元の授時暦をもって宣明暦に変えるよう進言したが、授時暦による日食予報が失敗したため改暦は中止された。春海は研究を重ね授時暦を日本の地にあうように改良し、これを大和暦法と名付け、その採用を請い、1684年(貞享1)11月、ついにこの案が採択され貞享暦として翌年から施行された。

本格的歴史小説にふさわしく、時代背景のとらえ方も的確で、史実をこの物語のテーマにピタリとあわせています。
四代将軍家綱から綱吉にかかる時代ですが、戦乱の時代はもう終わった、これからは太平を謳歌する時代だと、明暦の大火で消失した江戸城天守閣の復旧を取りやめた政策判断に象徴されるように、災害復興は江戸市内のインフラ整備に重点が置かれました。新時代を切り開こうとする市民のエネルギーが沸き立つ情景が描かれます。競争は武士が領土を争う戦争ではない。競争の場は経済であり文化であるとする保科正之の大方針が貫かれる趣向ですが面白いですね。ここは昭和30年代後半、いよいよ高度成長に踏み出そうとするあの当時に重ねあわせる読者も多いのではないでしょうか。

碁打ちが本職の晴海、その宮仕えには飽き飽きしながらもサラリーマンとしての勤めは実直にこなしながら、算法勝負に夢中になる多忙な男です。碁の相手をしながら大老・酒井忠清から全国の緯度測定を命じられ、保科正之、水戸光圀から改暦を求められる。チャレンジ精神というか最近でいう起業家精神旺盛な若者が失敗を繰り返しながら難事業に立ち向かう。熱中するとわれを忘れる男ですから、はたから観ると奇人のようであり、その分とぼけたところがあり、愉快、痛快、爽快の活躍ぶりが大いに読者を楽しませてくれます。そしてここに関孝和という算法の天才・変人が登場し、彼の生涯のライバルであり、師であり、友となるのですが、なかなか姿を現さないから読み手をいらいらさせるところがうまい。

神社に奉納される絵馬に算術の問題を書いておく。これに別の者が解答を記す。それが正解であるなら、出題者が「明察」と賛辞を書き残す。数学をゲームとして楽しむ「算術勝負」なのだが、こんな風習が江戸時代にあったなんて今の今まで知りませんでした。算術塾にも壁一面にこうした張り紙が並んで塾生たちが難問の応酬するのですが、読んでいるとまるで「明察」「誤謬」「惜しくも誤」と叫ぶ大声が聞こえるようにその熱気が伝わってきます。直角三角形の中に二辺に接するように半径の等しい二つの円が接している図が示され、この円の半径を問う問題など、江戸初期の算術の高いレベルが実感できて、なんと魅力的な素材を拾い上げたものだと感心しました。

また、囲碁の世界に家元のような制度があるのは知っていましたが、江戸城内には将軍や幕閣に碁の指南をしたり、御城碁という御前試合の制度があり、四つの家元が競い合っていたという史実も知りませんでした。もともと御前試合といっても四つの家元のそれぞれに伝わる棋譜の上覧だったが、このころから名人碁所をめぐる真剣勝負が始まったようです。

この物語の前半では主人公の渋川春海が挑む算法と囲碁の二つの「真剣勝負」が剣豪小説にある決闘シーンと同様の緊迫感でストーリーを充分楽しませてくれます。そしてもうひとつの「真剣勝負」が用意されております。


保科正之が求める国の姿には武士階級による文化の創造というのがある。武士は戦争と政治を担当し、文化を担当するのは朝廷であるとしていた当時の常識を覆す革命的な発想です。晴海はこの発想に共鳴、文化の象徴である暦改定を朝廷に代わり幕府主導で行うという改暦事業にのめりこんでいきます。朝廷を相手とする生涯をかけた大勝負という図式に持っていったところにも著者の新鮮な着眼がありました。

かたや陰陽師・土御門、こなた科学者・渋川春海。これは両者の双肩に朝廷と幕府のメンツがかかった代理賭博ですね。天下の衆目を集めて、一天地六の賽の目がどうでるか。ワクワクします。数学、測量学、天文学があって、ここに私にはよく理解できない神道と陰陽道の屁理屈をたくみに織り込んである。暦を制するものは宇宙を制するというようなイメージですが、いかにも稀有壮大だなと理屈抜きでその気にさせられます。文字通り「乾坤一擲」の大博打!よくも名づけたり「天地明察」!なるほど宇宙の真理を賭けたと大上段に振りかぶるだけのものがあった、その鉄火場をどう演出するのかのエンタテインメントです。

さらにオマケがついている。水戸のご老公は勤皇だし、朝廷・幕府の双方の顔が立つような企画がなければなりません。これは晴海のもうひとつの顔ですね。商才という奴が。やはり起業家精神です。

いたるところに現代に通じる新機軸の面白さがあって、軽妙にして重厚、異色の本格歴史小説として大いに楽しむことができました。

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紙の本

今年2010年の本屋大賞受賞作、そして直木賞候補作

2010/07/27 22:37

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る


 徳川四代将軍の時代。御城碁の打ち手であり数学の才に長けた青年・渋川春海が、運命にいざなわれるように日本独自の暦編纂に取り組んだ生涯を描く物語。

 時代小説はあまり読みませんが、テンポのよい文章にぐいぐい引っ張られるように読み通しました。
 「行こう。己は試されねばならない。試されてこその研鑽だった。」(232頁)
 一筋縄ではいかない暦編纂事業、妻こととの出会いと別れ、そして再び出会った女性えんとのほほえましい関係など、あの時代の青年・春海の健闘の日々を描くエンターテインメント小説として大いに楽みました。

 しかし、一つだけ拭えない疑問が残りました。
 中国伝来の暦が決して正確無比なものではなく、さらに精度の高い暦を必要とした事情についてこの物語は、飢饉の回避を一番に挙げています。その中国の暦は800年でわずか2日のずれというものであるにも関わらず、
「かくては農耕や収穫の開始の時節が失われ農事に不都合が生じて凶作となるばかりか、月の大小という万民の生活の尺度、日の吉凶というあらゆる宗教的根源が、全て無に帰してしまう」(350頁)というのです。
 これはかなり大仰ではないでしょうか。
 杓子定規に暦を守って、農耕収穫の日取りをピンポイントで細かく決めて農業が行なわれていたとも思いませんし、その2日のずれで「飢苦餓亡」が発生するというのであれば、長年の職業的勘を働かせて暦を無視して農耕日程を調整するだけの柔軟性くらい農民にもあったでしょう。
 高島俊男著「お言葉ですが…<別巻3>」にもこんな風に書かれています。
「農作業も暦にあわせておくらせてよい、というわけにはいかない。農作業は、暦ではなくお天道さまのごきげんにあわせてやるしかありません。」(85頁)

 であれば、暦を変更するのは飢饉の回避ではなく、もっと別の深い政治的理由が働いたのではないでしょうか。
 そんな風に思えてなりませんでした。

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紙の本

暦つくりにかけた人生

2015/08/29 21:07

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:T.H. - この投稿者のレビュー一覧を見る

江戸時代、暦に人生をかけて人物がいた。数字に異常に興味がなければとてもできない業ではある。

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紙の本

読みやすい作品

2017/08/04 20:58

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:るう - この投稿者のレビュー一覧を見る

重厚な歴史小説かと思ったら暦を巡る青春ストーリーっぽかった。読みやすいがもう少し重みがあっても良かったと思う。

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2010/05/25 15:09

投稿元:ブクログ

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2010/03/08 12:02

投稿元:ブクログ

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