紙の本
コーマック・マッカーシー
2015/11/29 21:01
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投稿者:mac - この投稿者のレビュー一覧を見る
コーマック・マッカーシーはとんでもない作家だと実感。とんでもない作家のとんでもない作品です。これぞ傑作。
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国境三部作より以前の作品。原書はスペイン語まじりで読めず、翻訳を待ちわびていた。淡々とした文体が、尚更残虐さを際だたせている。ここに出てくる少年というキャラがマッカーシーの中に存在していて、後の作品に反映されている気がする。常に孤高の作家だったマッカーシーが最新作で少々変化を見せたのは、自分自身の息子を得たせいか・・・。それでも、感情を一切描かない文体は好き。
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これを映画にしようという話もあるということにびっくりします。
映画が何を伝えようとするのか分かりませんが、もし作られたとしても私はパス。
軽い好奇心ではきっと正視に耐えないと思うので……
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やっと読み終えた。タフな日常を送っていると思われている方がおられるならこの小説を読んでみるといい。とにかくものすごくとんでもない小説。たくさんの人が殺されているのは現実でもそうだと忘れないように。
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まだ読んでいる途中だけど、あまりにも素晴らしいので。作品は暴力と、人間の垂れ流す死と血と油と膿に満ちあふれているが、その描写は文句の付け用の無いほどに凄惨。しかし滑稽なほどに露骨なせいで、残虐とは感じない。むしろこれくらいの暴力が描かれなければ、暴力とその結果の死が、作品の中に描かれる意味が無い。これこそが暴力なのだし、その結果の死はこれほどにむごたらしく、汚らしく、威厳も尊厳もそこにはないのだ、ということが明示されてこそ、暴力を描く意味がある。
アメリカ文学にはやはり「リアリズム」の伝統が脈々と受け継がれていると感じる。ある意味では詩的な程に思索的な文章とも言えるマッカーシーだが、その独自性は、詩と哲学がリアリティのあるゴツゴツとした描写によってもたらされている、甘みの無さから生まれている。この辺の厳しさと甘さの無さは、文章的にはほぼ対極にいるヘミングウェイさえ思わせる。しかし全体はフォークナーやメルヴィルといった、アメリカ文学の「過剰の系譜」の中に位置づけることが出来るように思う。
なんにせよ、素晴らしい作品。読み終わるのがもったい気分で、残り半分を楽しみたい。
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ただひたすらに圧倒される。
かかとに枝を突き通して吊るされ、腹を裂かれ頭を火であぶられた死体の有様も、無毛の大男ホーガン「判事」の存在も十分圧倒的なのだけれど、非正規兵たち、ならず者たちが粛々と馬を進める荒野の、砂漠の、山岳地帯の、その自然の情景に、何より圧倒された。
そうした自然を前にすると、「戦争は神だ」、(極限状況にあっては)「正しいかどうかの問題など無力だ」と言い放つ判事すら、こっけいに感じられさえする。
賛同するにせよ反駁するにせよ、傾ける人の耳がなければ何の力ももち得ないように思えるから。
虚無を体現しているかのようなグラント大尉が印象深い。
Blood Meridian by Cormac McCarthy
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訳者あとがきによれば、本書はアメリカで「修正主義西部劇」のひとつと捉えられているそうだ。なるほど今まで私が観た西部劇映画とはまるで違う。とくに善悪観の此岸とのへだたりや、衛生状態の細密描写は強烈だった。想像力もすさまじいのだろうが、おそらく大量の資料を周到に読み込んだからこその、具体的な描写なのだろう。嗅いだこともない悪臭を錯覚するほどだ。
名前のない15歳の少年は、人格をもった主人公ではなくて、ただ事実を目撃する眼として小説の中にある。三人称というのともまた違う、人間性を超越した書き手が小説を書く。登場人物の誰が何を考えようと、自然の岩にひそかに刻まれた碑文どおりに、物事は進むのだとでも言うように。
西部の険しい自然の圧倒的な描写。その中で考えるよりも先に殺し合う卑小な人間たち。最初のうちは、あまりに残酷な描写に思わずページを閉じ、息を整えたけれど、徐々に慣れてくる。決して平気でいられるわけではない。ただあるがままに受け入れるようになってくる。少年と同じように読者も、思考をもたないただの眼球となり、荒涼とした岩山や砂漠や月下をさまようのだ。
「判事」という特異な人物が象徴するのは、おそらく西洋思想の中枢のようなもので、彼の言わんとする哲学は私にはまだあまり理解ができない。それでもとても面白い。博学な人が読めばもっと面白いのだろう。
マッカーシーは初めて読んだ。読者に安易な理解(したつもり)や、浅い共感を許さない峻厳な文体にはとても魅力を感じる。めちゃめちゃ読みにくかったけれど。別の作品にも挑戦したい。
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現代アメリカ文学の巨匠の傑作。
修正主義西部劇(Revisionist Western)。
アメリカ西部開拓時代、
インディアン討伐隊(別名:頭皮狩り隊)に加わった名もない少年の、
残虐で極悪な日々を中心に描かれている。
彼らの行為は容赦なく凄まじい。
決して討伐隊=悪、インディアン=善という訳でもない。
読点のない長文が重く圧し掛かってくる。
心理描写を極力排した、挑発的な神話と言えるかも知れない。
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なんか文学的に評価が高い小説らしいが、俺からすると女子供お断りのゴキゲンエンターテイメント小説だ。
内容は、ケンシロウが出てこない北斗の拳で、だいたい殺して頭皮を剥いだり殺されて頭皮を剥がれたりする、力こそ正義というシンプルきわまりない展開が延々とマッカーシー独自開発の血の匂いを抑える文体で書かれていて、ベットリしてるのに後味すっきり。随所に散りばめられた哲学的な文章はさらにコクを増しているが、独特の臭みまではとってない丁度よさ。
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渇き切った日中の暑さと、凍える闇の夜。
死の痕跡ばかりが残り、熱砂は果てしなく続く。
19世紀半ば、14歳で家出をした少年(The kid)は、流れ流れた末にインディアン討伐隊に入り、頭皮狩りという、血と殺戮の砂漠へと歩みだす。
そこで少年は、禿頭で長身、ちゃんとするとすっごくおしゃれさんなのに、でも全裸が似合う全身無毛の「判事」と出会う。(そんな紹介はいけないと思うけど、でもそうなんだもん。全裸回数NO.1!)
この絶対的な存在感の判事。
血なまぐさい荒野でも、植物や骨や鳥など観察日記をつけ、語学に堪能で博学で、ダンスも優雅にこなす。
が、敵はもちろん、女子供をも非情に殺してしまう冷徹さも併せ持つ。
少年は彼と他の隊員とともに荒野を旅していく。
句読点の無い長い文章。
詩的で哲学的というのか。
人間も馬も驢馬も豚も狼も蝙蝠もハゲタカも川も砂漠も屍も皮も骨も焚き火も風も星も太陽もなにもかもが平等で人間だけが特別な描き方のない、そうどこまでも容赦のない描かれ方。
「ザ・ロード」も苦しかったけど、これもまた苦しい。
1985年に発表されながらも、日本では昨年やっと翻訳され発刊されたとのこと。
表紙を眺めるうちにも、熱砂に飲み込まれ干からびていくような渇きを感じずにはいられない。
これはiなんなんだろうか・・・
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外道の生態と世界の暗黒の哲学を、炸裂する虐殺描写の中で鮮烈に描き出す。【ザ・ロード】で示された炎の前に、ホールデン判事という残虐哲学の称揚者にして不死身の存在がいたということは、この小説は作家にとって一つのそびえ立つ壁のようなものだったのかも知れない。
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残虐さを惜しみなく出すことによって、人間の悪を嫌というほど感じられる。句読点が少ないので読みにくく、読むのをやめようかと何度も思ったが、判事の存在と哲学的な言葉が気になって読了しました。
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西部開拓時代のテキサス・インディアン戦争が舞台。
虐殺の描写は本来であればむごたらしいはずなのだが、
例によってマッカーシ節のため淡々としており、
まるで日常風景を描写しているようである。
アメリカの成り立ちの要素として血と暴力がある、
と主張しているようである。
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舞台がメキシコだからか。
マッカーシーの文体のせいなのか。
殺戮に続く殺戮なのに全〜然、ウェットでなく。
ここのところホラーづいていたせいか?
これに比べると、ミステリの殺人なんかもつくづく丁寧だなあと。・・・事前も事後もきっちりあるし。
主人公はきっと少年なんだろうけど、
ホールデン判事のキャラクタが印象的。
この人の語りが真骨頂でしょう、この話。
まあ、米文学で”ホールデン”っつったら主役を張るわなー。
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再読。
圧倒的な筆致。
鏖殺の場面と過酷な自然が等しく、硬質な美しい文体で語られる。
描かれているのは酸鼻を極める陰惨な情景ではあるけれども、ほとんど読点を使わない、一文を長く長く繋いでいく文章によって、まるで神話や叙事詩を読むような気分にさせられる。
それに留まらず、登場人物があまりに魅力的。
野蛮な兵士崩れどもにも味があるけれど、彼らの中で「判事」という巨漢の異彩さが際立つ。
哲学、神学、科学、法学、芸術…あらゆる知識と技能を持ち、穏やかに微笑む万能人でありながら、どの荒くれ者よりも残酷なことを自然に行うさまに、恐怖しながらも目を離せなくなる。
癖がある、けれど何度でも読みたくなる小説。