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この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.4 20件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2010.4
  • 出版社: 集英社
  • サイズ:20cm/298p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-08-780541-3
  • 国内送料無料

紙の本

この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡

著者 門田 隆将 (著)

【山本七平賞(第19回)】在留邦人4万人、無事日本に帰還。その恩義を返すため、将軍は漁船で台湾へ向かった…。命を捨てることを恐れず、「義」のために生きたひとりの日本人と、...

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この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡

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商品説明

【山本七平賞(第19回)】在留邦人4万人、無事日本に帰還。その恩義を返すため、将軍は漁船で台湾へ向かった…。命を捨てることを恐れず、「義」のために生きたひとりの日本人と、国境を越えてそれを支えた人たちの知られざる物語。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

門田 隆将

略歴
〈門田隆将〉1958年高知県生まれ。中央大学法学部卒業。出版社勤務を経てジャーナリストとして独立。著書に「なぜ君は絶望と闘えたのか」「康子十九歳戦渦の日記」「神宮の奇跡」など。

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書店員レビュー

ジュンク堂書店秋田店

「本書は命を捨てるこ...

ジュンク堂書店秋田店さん

「本書は命を捨てることを恐れず、義のために生きた一人の日本人と国境をこえて、それを支えた人たちの知られざる物語である」
 この著者の言葉で始まる本書は元日本陸軍支那方面軍司令官中将である根元博の肚を決めきった一言一言がとても印象的でした。
「義には義をもって返す」
 日本人の伝統とも言えるこの思いが金門戦争で蒋介石に大きく貢献できたこと、日本は蒋介石に多大な恩があることを思えば国民の一人として根元博の命がけの行動は誇りに思います。
 「お国の為に」と言われる事のなくなった今、日本人としての誇りを感じさせてくれる一冊です。
秋田店 文芸書担当

みんなのレビュー20件

みんなの評価4.4

評価内訳

  • 星 5 (5件)
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紙の本

蒋介石への恩義を返す。陸軍中将・根本博の感動秘話

2010/05/06 16:26

7人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:としりん - この投稿者のレビュー一覧を見る

 終戦時、北支那方面軍司令官だった根本博陸軍中将の知られざる感動秘話である。
 在留邦人4万人・将兵35万人の無事帰国、さらにはカイロ会談での国体護持方針という蒋介石への厚い恩義を感じ、国共内戦で敗走を重ねる国府軍を救うため、根本博は数名の仲間と共に台湾へ渡ったのだった。
 これを尽力したのは、明石元二郎の長男・明石元長である。
 蒋介石と再会した彼らは、廈門・金門島防衛戦に国府軍の軍事顧問として参戦する。湯恩伯将軍ら現場の指揮官たちもよく協力してくれたものだ。
 そして、共産軍の攻勢から金門島を死守することに成功、これが台湾を救ったのである。
 のちに、蒋介石から根本へ、心のこもった感謝の品が贈られた。
 しかしながら、根本ら日本人軍事顧問の存在は、台湾の歴史から意図的に消されてしまったのである。残念なことだが。そのため、彼らの活躍を知る人はほとんどいないのが現状である。
 本書は、残念がらずに最後まで丹念に読み切りたい。何しろ、最後に感動が待っている。
 ところで、本書では終戦時の武装解除についても考えさせてくれる。
 武装解除命令に従った満洲では、ソ連軍の略奪・暴行・レイプ・シベリア拉致など、悲惨な運命が待っていた。それに対し、在留邦人保護のために武装解除に応じなかった根本中将は賢明だったと言える。
 さて、09年10月、最大の激戦だった古寧頭戦役から60周年の記念式典が金門島で行われた。明石元長の子・元紹氏や根本の副官兼通訳だった吉村是二の子・勝行氏、さらに著者も出席が認められた。
 馬英九総統が英霊への感謝の言葉を述べ、追悼式に移る。その直後、思わぬ感動が待っていた。
 馬英九総統という人は、総統就任前には反日家ではないかとも言われた。しかしながら、毎年5月の八田與一の慰霊祭に出席し、さらにこのたびの金門島での記念式典である。恩義を忘れない人なのだろう。日本人として感動させられる。
 命を義に捧げた根本博が感動なら、それに応えた蒋介石、さらに馬英九総統。まさに本書は感動の書なのである。

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紙の本

「義」とは何か、「生」とは何か

2010/05/20 08:26

6人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Y.T.Niigata - この投稿者のレビュー一覧を見る

 5月2日、夜。
 高校時代の親友が逝った。
 悪性リンパ腫で2年の闘病を経て、最後の抗癌剤治療を終えたのち回復せず、再度入院して新たな治療を受けて3ヵ月。肺炎で命を落とした。
 彼女の病いを知ったのは、高校時代に仲の良かった5人いる友人の一人が膠原病だと知り、連絡を入れたのがきっかけだった。何度電話をかけても通じない。携帯メールも返ってこない。病気とは知らずに私はファックスを送った。
「ノリコが膠原病だって。お見舞金送るけど、いくらにする?」
知らなかったとはいえ、親友とはいえ、いま思い出すたびに悔やまれる。
 数日後、親友の夫から電話があった。
「あれ、知らなかったの? カナコ、入院してるんだよ」
 命にかかわる闘病の様を、彼は極力あかるく伝えようとした。その対応に、「何かが起こっているのではないか」と心が重くなった。インターネットや書物で「悪性リンパ腫」について調べた。私が望む「いいこと」など、どこにも載っていなかった。それでも、親友に限って死ぬことはないとタカをくくっていた。
 3日の早朝、彼女の夫から電話があった。
「残念なお報せがあります……夕べカナコが……」
 そのあとは声にならなかった。
 いつも明るかった親友の夫の号泣を、私は初めて聞いた。
『この命、義に捧ぐ』──主人公・根本博は、蒋介石率いる国民政府軍への忠誠のため台湾をめざす。それも闇夜に小さな船をだし、命からがら辿り着く。敗戦を告げる玉音放送での武装解除を排し、内蒙古に生きる4万人の日本人の脱出を支えてくれた蒋介石への「恩義」に報いるために。
 私たちはできるだろうか。
 命を賭して友をまもることが。身を挺して友に義を返すことが。
 私はできなかった。
 命にかかわる病気とたたかう親友に「生きて」会うことが。
 生きて会い、手をにぎることが……。
 会おうと思えば会えたのに、
「髪が抜けて、顔面麻痺で、とてもあなたたちに会えないよ」
 彼女の言葉に甘え、遠慮し、「どうしたらいいのか?」と思いながら、ただ時だけが過ぎてしまった。
 彼女は私が入院したとき、飛んできてくれた。私に何かあれば、すぐに駆けつけてくれた。なのに、どうして私は彼女にそれをしなかったのか。
そして、彼女はどうして私たちに自分が病気だと教えてくれなかったのか。
「完全に治して、『実は私、病気してたんだ』って言いたかった」
 問いつめる私への彼女からの返信が携帯電話に残っている。無菌室に入っていたため、メールは数時間ごとに数度に分けて送られてきた。
 治療の合間には、短時間だが、言葉を交わすこともできた。
「私は大丈夫。つらい病気とも40代でおさらばよ」
「同じ病室の人が次々に亡くなっていく。私は生きてるだけで幸せ。苦しい治療にも前に向かっていこうと思う」
 彼女からの返信に、健康な私は何度、助けられたことか。
 その彼女の強さに近づくために、本書を紐解いた。
 本のなかには、友情、潔さ、忠義……などの言葉では言い表せない「義」の心、根本中将の心のうごきが克明にしるされてあった。
 最後に筆者は言う。「作品を書きながら、人の生き方、死に方を考えた」と。そして「負けた経験のなかった日本の司令官は敗戦直後、負けたあとのマニュアルが存在しなかった。したがって自らの信念や哲学、心情にもとづいて行動した。根本中将は武装解除の命令を拒否し、邦人を守り抜く究極の選択をした。それは根本中将の根底を貫いていたヒューマニズムの思想を考えれば『あたりまえ』のことだった」
 台湾には「雪中に炭を送る」という言葉があるという。一番困ったときに、蒋介石と根本中将は敵対する相手の一番望むものを送り合った。日本の惻隠の情とも異なる「義」の貫き方。亡くなった親友を最後に見送ったとき、彼女は穏やかにほほえんでいた。
「最後まで、私たちに『心配しないで』って言ってるなんて」
 彼女は、最後まで、私たち友人への「義」をみせて、逝った。

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紙の本

白団とは違う話。

2010/06/22 23:04

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 白団に参加した元軍人達と違って、根本中将は党外の本省人が国民党政権とは関係なく、いわば勝手に台湾へ担ぎ込んだ存在だったとは初めて知った。北支那方面軍司令官まで務めた軍人だったから、国府軍の軍事顧問になったようだ。白色テロの最中の台湾で、こういう事があったのだな、とも思う。台湾総督府関係者の人脈が関係していたとあり、もう少し突っ込んで書けたらよかったが、生き証人の知る限界だろうか。

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紙の本

60年の時を経て甦る名将の奇跡

2010/08/27 02:10

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:yjisan - この投稿者のレビュー一覧を見る

今から65年前の8月27日、駐蒙軍参謀長の松永留雄少将は、万里の長城に到着した駐蒙軍最後の部隊を出迎えた時の様子を回想録にこう書き記した。
「暫くの後、後衛整斉たる縦隊を以て帰着す。志氣旺盛なるも、長き頭髪と髯とは無言に長期の労苦を示す。小官感極まり落涙あるのみにして、慰謝の辞を述ぶる能わず」
松永少将は何故これほど部隊の帰着に感動したのか。話は2週間ほど前に遡る。


1945年8月15日、玉音放送を通じて終戦の詔勅が外地で戦う日本軍各部隊に伝えられた時、根本博陸軍中将は駐蒙軍司令官として、内蒙古の張家口にいた。
本国からは戦闘停止と武装解除が命令されたが、なお侵攻の意思を見せるソ連軍と対峙する根本にとって、受け容れられる命令ではなかった。満州ではソ連軍が邦人に対し暴虐の限りを尽くしている。安易に武装解除に応じれば、同じ悲劇が張家口でも起こる。
たとえ命令違反を後で咎められようとも自分1人が腹を切ればいいだけのことと覚悟を決めた根本は、最前線の丸一陣地の守備隊に対して下達した。
「理由の如何を問わず、陣地に侵入するソ連軍を断乎撃滅すべし。これに対する責任は、司令官たるこの根本が一切を負う」

根本の決死の信念に感動した駐蒙軍は必死の奮戦によりソ連軍の侵入を食い止め、その間に内蒙古の在留邦人4万人は無事に北京・天津方面にまで避難することができた。そして中国へと逃れてきた民間人と、撤退してきた部下将兵たちの内地への速やかな帰還に協力してくれたのが、戦争中は敵国であった蒋介石率いる国民政府であった。


在留邦人の引き揚げ・北支那方面軍の復員を見届け、根本は最後の船で日本に帰国した。しかし、その後の国共内戦は共産党優位に推移し、1949年にはかつての恩人・蒋介石は総統の地位を李宗仁に譲り、故郷の浙江省で隠居することになった。


このままでは蒋介石と国民党の命運は尽きるだろう。恩義を返すには今しかない。根本は再び死に場所を求めて、台湾への密航を決意する――



太平洋戦争関連のノンフィクションというと、旧軍関係者をはじめとする当事者の体験記(回顧録)や、軍事知識や戦史に詳しい軍事史家の著作など、“専門家”の手によるものが主流であった。だが「あの戦争」から60年以上過ぎた近年は、“畑違い”のライターによる新しい切り口の作品が見られるようになった。硫黄島で米軍を徹底的に苦しめた闘将・栗林忠道の人間味溢れる意外な素顔に光を当てて話題を呼んだ梯久美子の『散るぞ悲しき』はその典型であるが、本書もまた、忘れられた名将の人間的魅力に「戦争を知らない世代」が迫った好著と言えよう。


軍人である根本博の晴れ舞台は言うまでもなく、内蒙古「奇跡の脱出」と、戦後、金門島において国民政府軍を指揮して共産軍を撃破した古寧頭の戦いであるが、この2つの戦闘に関する本書の記述は意外にあっさりとしている。(知勇兼備の軍人を主人公に据えているにもかかわらず)作者の関心が軍事的側面に向いていないことの証左であり、そこに単なる戦記・名将伝に留まらない本書のユニークさがある。



代わりに本書が重視するのは、根本の命懸けの密航や、古寧頭の戦いの後日談である。蒋介石に雇われて台湾に渡航した白団(旧日本軍将校を中心とする軍事顧問団)と異なり、根本の渡海は、蒋介石に助太刀したいという根本自身の義侠心と、根本に心酔していた通訳の吉村是二の情熱、そして台湾の共産化を阻止したいという旧台湾総督府関係者(明石元長、李麒麟ら)の熱意によって実現したものであった。もちろん金銭的な見返りを求めての行動ではなかった。
根本送り出し工作は、国民政府側からの援助を何ら受けていない自発的なものであり、そのため資金不足から計画は何度も変更され、出航後も、オンボロ漁船の度重なる故障によって漂流の危機にすら陥った。九死に一生を得てようやく台湾に辿り着くと、根本たちは「密航者」として逮捕される有様であった(その後、根本を見知っていた国民政府高官によって釈放された)。
根本の「共に“死ぬ”ために来た」という捨て身の気迫は弱気になっていた蒋介石・湯恩伯らを勇気づけ、その卓越した作戦指揮能力は、連戦連敗で滅亡の淵に立たされていた国府軍に「奇跡」をもたらす。

だが旧軍人への反感が強かった当時の日本では、根本渡台の背後には大掛かりな陰謀があり、巨額の資金が動いたかのように報じられた。また台湾では、金門島防衛が「日本人の手を借りたもの」であったという“不都合な真実”は国民政府によって隠蔽され、根本が台湾を救った事実は忘れ去られようとしていた。


作者による資料発掘・根本ゆかりの人物探しを1つの契機として、根本の偉業が60年の時を越えて輝きを取り戻す「エピローグ」はカタルシスに満ちていて感動的だ。当時を知る生き証人も少ない中、取材にはたいへんな苦労があったと思うが、60年後だからこそ生まれる新しい交流もある。そういった後日談を丁寧に拾っていった作者の努力に敬服する。



いわゆる「戦後民主主義」的な価値観から見れば、終戦後の抗戦は無駄な戦死者を出した犯罪行為であり、台湾への密航は国共内戦への不当な軍事介入、ということになるかもしれない。
しかし、第1次世界大戦後の“戦争はもうこりごり”という英仏両国の過度の厭戦気分がナチスドイツの台頭を許したように、“いかなる理由があろうと、あらゆる戦争に絶対に反対する”という空想的平和主義はかえって戦争を招くことすらある。太平洋戦争を“日本軍国主義による愚かな侵略戦争”とのみ評価することは、あまりに一面的であり、一種の“思考停止”とも言えよう。

風化させてはならない、語り継がなくてはならないことは、決して「戦争の悲劇」だけではないのである。

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2017/09/05 01:19

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2012/04/30 00:31

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2011/01/19 16:17

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2016/02/28 16:44

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2011/05/08 23:38

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2011/04/20 23:35

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2010/10/31 18:45

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2010/08/07 13:51

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2010/07/23 23:18

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