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昭和二十年夏、女たちの戦争
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.7 11件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2010.7
  • 出版社: 角川書店
  • サイズ:20cm/250p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-04-885066-7
  • 国内送料無料

紙の本

昭和二十年夏、女たちの戦争

著者 梯 久美子 (著)

わたしが一番きれいだったとき、わたしの国は戦争をしていた−。元NHKアナウンサー・作家の近藤富枝、生活評論家の吉沢久子、女優の赤木春恵ら5人の女性の戦時下の青春を綴るノン...

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昭和二十年夏、女たちの戦争

1,836(税込)

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商品説明

わたしが一番きれいだったとき、わたしの国は戦争をしていた−。元NHKアナウンサー・作家の近藤富枝、生活評論家の吉沢久子、女優の赤木春恵ら5人の女性の戦時下の青春を綴るノンフィクション。『本の旅人』連載を書籍化。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

実らないのよ、なにも。好きな男がいても、寝るわけにいかない。それがあのころの世の中。それが、戦争ってものなの。 近藤富枝 述 9−59
空襲下の東京で、夜中に『源氏物語』を読んでいました。絹の寝間着を着て、鉄兜をかぶって。本当にあのころは、生活というものがちぐはぐでした。 吉沢久子 述 61−99
終戦直後の満洲、ハルビン。ソ連軍の監視の下で、藤山寛美さんと慰問のお芝居をしました。上演前に『インターナショナル』を合唱して。 赤木春恵 述 101−166

著者紹介

梯 久美子

略歴
〈梯久美子〉1961年熊本県生まれ。北海道大学文学部卒。編集者を経て文筆業に。2006年「散るぞ悲しき」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。ほかの著書に「昭和二十年夏、僕は兵士だった」など。

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みんなのレビュー11件

みんなの評価4.7

評価内訳

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  • 星 3 (0件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

落ち込んだり、疲れてしまったときは。

2010/07/28 10:49

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:和田浦海岸 - この投稿者のレビュー一覧を見る

梯久美子さんの「昭和20年夏、僕は兵士だった」を、前に印象深く読んだのでした。
それが今年になって「昭和20年夏、女たちの戦争」(角川書店)が7月に出ておりました。

近藤富枝・吉沢久子・赤木春恵・緒方貞子・吉武輝子の五人が登場しております。
ここでは、私は吉武輝子(昭和6年生まれ)さんについて引用してみたいと思います。
こんな箇所がありました。

「・・・学徒出陣だって、最初は理系の学生は行かなくてすんだでしょう。まっ先に戦地へやられたのは、音大や芸大の学生でした。長野県の上田市に、無言館っていう美術館がありますよね。戦死した画学生たちの作品を展示してあるところ。私ね、気持ちが落ち込んだり、疲れてしまったときはあそこに行くんです。
彼らが残していったのは、ほとんどが家族や恋人の肖像なのね。未完成の絵も多い。眉毛が半分とか、唇にまだ色がないとか。みんな、生きて帰って仕上げたかったのよ。でも、絵の才能なんか、戦争をやっている国にとって有用じゃないから、早々に戦場へ追いやられてしまった。
そりゃあ若いから、みんな未熟な絵よ。でも彼らが生きて描き続けることができたら、そう、五十代や六十代になったら、素晴らしい作品を描いたかもしれない。そう考えると、何ともいえない気持ちになります。そして、どんなに疲れていても、生きている限り、私は私にできることをやろうっていう気になるの。」(p212)

思い浮かぶのは、足立倫行著「妖怪と歩く 評伝水木しげる」(文藝春秋)の第四章「戦争体験の夏」。そこに、ラバウルの野戦病院で水木しげるを診察した陸軍軍医砂原勝巳氏との対談が載っております。砂原氏は食道ガンを宣告されておりました。闘病生活3年目にはいって、「もう一度水木に会っておきたい」ということで実現した週刊誌の対談だったそうです。そこに


水木「やっぱり戦死した人ですよ。私は戦後二十年くらい、人にあまり同情しなかったんです。戦争で死んだ人間が一番かわいそうだと思ってたからです」
砂原「生き残ってるのがうしろめたいと言うか、戦後お互いに連絡取らないのはそれです」
水木「生き残った者が一度集まった時、小隊長が『我々はほんのちょっと長く生きただけだ』って言うんですよ」
砂原「その感覚、共通にありますね」
水木「戦死した人間は、ものすごく生きたかったんです!死にたくなかったんです!」
・・・・・・・・

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紙の本

読んで知った気になってはいけないと思いました

2010/08/25 17:33

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:かつき - この投稿者のレビュー一覧を見る

2009年の『昭和二十年夏、僕は兵士だった』に続き
太平洋戦争時を女が語ります。

戦争を女性の目から記したものは
「母親として子どもを空襲で亡くした」
「家族として誰かを(多くの場合、夫)を戦闘で亡くした」
というものがありますが
本書では、日本国内や満州で戦争当時、
いわゆる青春時代を送っていた独身女性が
どのような生活をし、
どのような人生を歩んできたのかを語ります。

登場する女性は5人。

NHKアナウンサーでのちに作家になる近藤富枝は
戦争時、NHKに勤めています。
8月15日の玉音放送を、その放送現場となったNHKで聞きます。
玉音放送のことが語られない戦争の本はないといっていいくらいですが
その現場にいた人は限られます。
あの放送の裏側は極度の緊張感に包まれていました。
とても貴重な証言でしょう。

家事評論家の吉沢久子は、のちに夫となる
文芸評論家の古谷綱武の弟やその同僚と同居。
灯火規制のなか、麻雀をしたり
『源氏物語』を読んだりしています。
また、布地がないので、寝巻は絹の着物を仕立て直したものという
ちぐはぐさ。ありあわせの生活ですね。

女優の赤木春恵は、兄に代わって劇団を率いており
終戦を満州で迎え、女性劇団員たちとともに引き挙げました。
無事に内地に帰る過程は壮絶です。

国際協力機構理事長の緒方貞子は、疎開先の軽井沢で
18歳のとき、終戦を迎えます。
曾祖父が犬養毅、祖父は中国大使、
父は外交官という華やかな政治の世界に近い彼女の戦争は
やはりちょっと雰囲気が違います。
常に守られていて、少ないながらも学問の選択肢があり
1951年には、ロータリー財団の奨学生としてアメリカ留学。
違う人というのは、もう最初から違うのですね。
もちろんそのチャンスを逃さず、努力はされているでしょうけれど
そういう話をいっさいしません。
彼女の生き方そのものは、日本女性の憧れでしょう。

日本初の女性映画宣伝プロデューサーであり
作家、評論家である吉武輝子は
そのバイタリティーの原動力が
1946年、14歳の時、青山墓地で
多数のアメリカ兵によってレイプされたことというのが衝撃的。
39歳で、発表しています。
その体験をプラスに変換させる力はすごいことですし、尊敬します。
しかし、彼女はその体験がなくても
「それでも寺部に害の女性のために戦える人になりたかった。(中略)
心の傷なんかなにもなくて、でも、深くものを考え、勇気を持って行動する。
そんな人生がよかった。
そんな女性でありたかったわ」
言ってもせん無いことを、こんなに頭のいい女性が口にする。
それほど、ひどい体験です。
そして、それでもなお、こういうネガティブさは人から消えないのでしょう。

ひとつひとつの話は深いのに
文章の流れがよく、サラサラと読んでしまいました。
もっとかみしめながら、もっと時間をかけながら
感じなくてはいけない、そんな体験ばかりです。

しかし一方で、どんなふうに感じても
戦争を体験することに比べれば
読むことなど、なにほどのこともない。
これを読んで、知った気になってはいけない。
しかし、知らないではすまされない内容でした。

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2011/08/15 17:11

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2010/08/23 23:38

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2011/02/02 15:17

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2011/02/06 23:14

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2010/09/24 11:17

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2015/11/30 16:22

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2011/07/18 11:36

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2010/09/21 15:29

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2011/09/13 20:36

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