「honto 本の通販ストア」サービス終了及び外部通販ストア連携開始のお知らせ
詳細はこちらをご確認ください。
紙の本
失われた時を求めて 1 スワン家のほうへ 1 (岩波文庫)
ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん全身につたわる歓びの戦慄—記憶の水中花が開き浮かびあがる、サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。重層する世界の奥へいざなう...
失われた時を求めて 1 スワン家のほうへ 1 (岩波文庫)
このセットに含まれる商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
商品説明
ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん全身につたわる歓びの戦慄—記憶の水中花が開き浮かびあがる、サンザシの香り、鐘の音、コンブレーでの幼い日々。重層する世界の奥へいざなう、精確清新な訳文。プルーストが目にした当時の図版を多数収録。【「BOOK」データベースの商品解説】
【日仏翻訳文学賞特別賞(第26回)】【「TRC MARC」の商品解説】
関連キーワード
あわせて読みたい本
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
紙の本
つつがなく全14巻の大尾を全うすることができますように!
2012/01/15 10:33
8人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
岩波文庫からプルーストの「失われた時を求めて」の全訳が出始めたので読んでみた。第1編「スワン家のほうへ」の第1部「コンブレー」が収められたその第1分冊である。
私は以前井上究一郎氏の旧訳でこれを読み、とても面白かった。眠れないままにかつて横たわったすべてのベッドやそこをよぎったすべての想念を思い出そうとする主人公はまことに親しい存在と感じられたし、マドレーヌに浸された紅茶の味から心中に湧きおこる過去の思い出、思いがけない場所から様々な姿を見せる教会の鐘楼、むせぶような薔薇色のサンザシの芳香、カシスの葉に放たれ生まれて初めての一筋の精液、そして一瞥しただけで美しい少女ジルベルトへの恋に陥る少年の感じやすい心が我がことのように思われたからである。
多くの読者がプルースト特有の長すぎるセンテンスに辟易して読書を放棄するようだが、それはじつにもったいないことだ。なぜなら「失われた時を求めて」は読めば読むほど下世話な意味でもおもしろくなり、失われた時も空間も当初の茫漠なありようから一転してリアルな像を結ぶようになり、最終巻を閉じる際には誰しも異様なぶんがく的感銘に圧倒されること請け合いだからだ。
吉川氏の訳は井上訳の文学的曖昧模糊とした香気には多少欠けるが、その代わりに語学的・史実的な正確さと現代感覚が読む者の理解を大いに助けてくれる。願わくばこの平成の大事業がつつがなく全14巻の大尾を全うすることができますように。
森既に黒けれど空まだ青しわれら日のあるうちに遠く歩まん
紙の本
20世紀西洋文学を代表する作家、プルーストが生涯をかけて執筆した大著です!
2020/04/29 11:31
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、20世紀西洋文学を代表する世界的な作家と言われ、ジェイムズ・ジョイス、フランツ・カフカと並び称されるフランス人作家、マルセル・プルーストの傑作です。同書は、彼が人生をかけて執筆した大作で、岩波文庫からは14冊シリーズとして刊行されています。内容は、眠りと覚醒の間の曖昧な夢想状態の感覚、紅茶に浸った一片のプチット・マドレーヌの味覚から不意に蘇った幼少時代のあざやかな記憶、二つの散歩道の先の二家族との思い出から繰り広げられる挿話と社交界の人間模様、祖母の死、複雑な恋愛心理、芸術をめぐる思索など、難解で重層的なテーマが一人称で語られ、プルースト自身が生きた19世紀末からベル・エポック時代のフランス社会の諸相も同時に活写されている作品です。
紙の本
先走るようでいやなんですが、第二巻『スワンの恋』、これが実に面白い。で、です。多分、この巻だけ読んで面白いとか詰まらないとかはとてもいえないな、と。でもです、先が見えないにもかかわらずなんとなく面白い、っていうか読める。もしかして、14巻読みとおしたら介山の『大菩薩峠』全巻読みとおした時以来のMY偉業かな、なんて思ったりして・・・
2011/11/03 19:26
5人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
自分で言うのもなんですが、この本を読むとは思ってもいませんでした。一度として読みたい、と思ったことがない。ところが何故か、この岩波文庫版を見たとき、「ま、面白くなければ、止めればいいんだし」と思えたんです。それと敬愛する鹿島茂が毎日新聞で、筑摩書房『マラルメ全集 1 詩・イジチュール』、岩波文庫『失われた時を求めて 1 スワン家のほうへ 1』、新評論『ユイスマンスとオカルティズム』をあげて
*
二〇一〇年は戦後の仏文学研究の総決算の年だったのかもしれない。仏文学における最高峰であるマラルメとプルーストの主著がこれ以上は望みえない日本語となって出版されたからである。もしフランス語と日本語を完璧に解する人がいたとするなら、この二つの翻訳においてマラルメとプルーストは世界最高水準で理解されたばかりか、最高の日本語に訳されたと認めざるをえないだろう。『ユイスマンスとオカルティズム』は新世代の仏文研究のレベルの高さを示す好例。しかし、喜んでばかりはいられない。というのも、仏文研究はどう見ても、これがピークで、あとは下り坂となるほかないからだ。原因は仏語学習者の減少で、裾野がこう細ってはかつての隆盛は望みえまい。そして、この傾向は日本全体を象徴しているのではないか? 杞憂(きゆう)であることを望みたい。
*
と絶賛していたことも大きかった。
それと、岩波文庫版の白いカバーとそこに描かれた線描がいいわけです。カバーの注を見ると
カバー=中野達彦
カバー図版=プルーストが描いたシャルトル大聖堂の使徒像(詳細は巻末の「図版一覧」を参照)
と書いてあります。プルーストって絵も描くんだ、なんて思った次第。とはいえ、全14冊というのが気にはなる。いやボリュームのことはいいんです。なんたって私、あの『大菩薩峠』を筑摩書房版で全巻読んでますから。それも、いつもの積読ではなくて、本当に読んでいる。気になるのは出版ペース。毎月一冊出てくれるのがベストでしょうが、年四冊くらいがベストかも。
でも、今までの岩波の例でいうと、始めのうちは順調に出るものの、途中で後が続かなくなることがあるんです。一年間があくと、読む側が内容を忘れてしまう。面白い本だって、もういいか、ってな気持ちになるのですから、ただ長いだけの小説の場合、そういう空白期間は読書意欲を殺いでしまう。読まなくても死ぬわけじゃないし、読んでも「私も読んだよ!」って言ってくる人間が現われるとも思えない。
そうなんです、もう一つ気になるのは周囲に誰も読んだっていう人がいないこと。娘たちの周囲にもいないらしい。つまり、面白くないんでしょう。それだけはイヤだな、と思うんです。でも、それについては、訳者の吉川一義は、あとがきで冷静に書きます。
*
とはいえこの大作を読みとおした人は、読書人口全体からすれば、ほんの一握りではないか。本文庫では十四巻となる大長編であるうえ、文章の密度も高い。小説といっても、波乱万丈の物語というわけではない。そもそも『失われた時を求めて』には、読む人を怖気づけさせる伝説がつきまとう。曰く、長くて難解である。哲学を小説にもち込んだ。時間と記憶を主題とする。無意識的記憶から成り立つ。芸術至上主義である。上流階級の社会生活を描く。同性愛が大きな比重を占める。
*
と。私などは〈同性愛〉っていう言葉に反応して、それなら面白いんじゃないか、って思って早速取り掛かったんですが、まず文章は読みやすいと思いました。難しい言葉が使ってあるわけではなく、漢字率も平均的。なんていうか、文学文学したところがないんです。耽美的な言い回しで人を煙にまく、ということもない。でも、文章が易しいからって、スラスラ読めるわけじゃあない。
だって、〈同性愛〉なんて出てこないし、文章は易しくても、肝心の話が見えない。話がトントン拍子に進むんじゃなく、動かない。しかも、何が起きていてどこに向かうのかが、進行が遅すぎて見えてこない。一ヶ月かけて読み終わったのですが、頭に何にも残りません。これなら、読む前と後で私自身は何も変わらない。読んでも読まなくても同じ、ただ一巻を読んだというだけ。でも、これについても訳者の吉川は冷静です。
*
しかし第一巻の最初からさまざまな伏線が縦横に張り巡らされているから、初心の読者は、つぎつぎと不可解な箇所に遭遇して当惑するかもしれない。(中略)そもそも最初のつまづきの要因は、冒頭の書き出しにある。(中略)本巻「コンブレー」を読むだけでは理解のできない箇所はほかにもあるが、とくに重要なのはヴァントゥイユをめぐるつぎの場面であろう。
*
と。全巻どころか一巻を読んだだけで、伏線もなにもありません。どれが伏線なのかの見当もつかない。でも、です。不思議なことに、悪い印象はない。話がどうなっているのか、どこに向かっているのか全く分かりませんが、時間があれば次を読んでもいいか、って思う。現に私の手元には、チャッカリ、『失われた時を求めて〈2〉スワン家のほうへ2』があって、そろそろと読み始めている。そういう意味では、良い訳なのでしょう。ただし、一巻を読んだ時点では、霧の中に迷い込んだようなもの。14冊、最後まで行けるかどうか・・・
ちなみに、巻末の略年譜に
*
35歳、両親から相続した遺産は、動産120万フラン、不動産14万フランで、年に5万フラン(約5千万円)の収益が見込めた
36歳、ギュスターヴ・ド・ボルダ(退役軍人で、プルーストの決闘介添人)追悼文を「フィガロ」紙に発表。
*
と書いてあって、あわてて調べると
*
26歳、リュシアンとの関係を誹謗され、ムードンの森で作家ジャン・ロランと決闘
*
とあります。作家も決闘するんだ、と驚いた次第。最後は、カバー折り返しの内容案内と目次をコピー。
*
失われた時を求めて〈1〉スワン家のほうへ1
ひとかけらのマドレーヌを口にしたとたん全
身につたわる歓びの戦慄――記憶の水中花が
開き浮かびあがる、サンザシの香り、鐘の音、
コンブレーでの幼い日々。重層する世界の奥
へいざなう、精確清新な訳文。プルーストが
目にした当時の図版を多数収録。(全14冊)
*
目次
凡例
『失われた時を求めて』の全巻構成
本巻について
本巻の主な登場人物/本感の主な架空地名
地図(フランス全図/パリ)
第一篇 スワン家のほうへ1
第一部 コンブレー
一
二
場面索引
プルースト略年譜
訳者あとがき(一)
図版一覧