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アメリカン・ルネサンス エマソンとホイットマンの時代の芸術と表現 上
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紙の本

アメリカン・ルネサンス エマソンとホイットマンの時代の芸術と表現 上 (SUPモダン・クラシックス叢書)

著者 F.O.マシーセン (著),飯野 友幸 (訳),江田 孝臣 (訳),大塚 寿郎 (訳),高尾 直知 (訳),堀内 正規 (訳)

碩学の批評家マシーセンによるアメリカ文学・文化論。19世紀アメリカの代表的作家の作品に、芸術的価値と社会的意義をみとめた批評書。上は「エマソンからソローへ」「ホーソーン」...

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アメリカン・ルネサンス エマソンとホイットマンの時代の芸術と表現 上 (SUPモダン・クラシックス叢書)

3,672(税込)

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商品説明

碩学の批評家マシーセンによるアメリカ文学・文化論。19世紀アメリカの代表的作家の作品に、芸術的価値と社会的意義をみとめた批評書。上は「エマソンからソローへ」「ホーソーン」を収録。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

F.O.マシーセン

略歴
〈F.O.マシーセン〉1902〜50年。カリフォルニア州生まれ。ハーヴァード大学で博士号取得。同大学教授。文学批評家。

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みんなのレビュー2件

みんなの評価5.0

評価内訳

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紙の本

70年も前にF・O・マシーセンによって書かれた名著にして大著の遅ればせながらの邦訳

2011/08/20 11:11

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:本を読むひと - この投稿者のレビュー一覧を見る

 上下合わせると千ページを軽く越える大部のこの本は、19世紀中葉における五人のアメリカ作家の包括的な研究である。30年以上前に原著を購入していたが、ほとんど読むことができなかった。邦訳されることなどないと思っていたので、本屋で見つけたときはまさかという感じだった。
 第2部のホーソーン、第3部のメルヴィルの部分を読み、第1部のエマソンとソロー、第4部のホイットマンの部分は、メルヴィルにかかわるところを拾い読みした。だが丁寧に訳されており、最終的には全部を読みたいと思っている。
 結果的に分かったことは、とりわけメルヴィル研究が充実していることだった。主要な作品がほぼ時系列で分析されているだけでなく、その他のパートにおいても、メルヴィルにかかわる言及が非常に多い。メルヴィルはホーソーンやエマソンの本に線を引いたり、書き込みをしたりしているが、著者は彼の蔵書を全部調査して、縦横に五人の作家のつながりや影響関係を調べ抜いている。
 そのため私のなかでメルヴィル、特に『白鯨』への関心が急に高まった。
 『白鯨』を最初に読んだのは小学生のとき、「講談社版 世界名作全集」の1冊においてだった。手もとに、その全集の1冊で当時愛読したバランタイン『さんご島の三少年』があるが、それと同じ程度の厚さだとして、分量は400字詰め原稿用紙換算で400枚に満たない。児童向けに抄訳されたものにすぎない。それに対して通常に訳された『白鯨』はざっと2000枚近いだろうか。
 だが子どものときに読んでいたのが効いたのか、高校生になって『白鯨』を読み圧倒された。小説の形式の新しさを感じ、20世紀のアメリカ文学からドス・パソス『U・S・A』、メイラー『裸者と死者』なども読んだが、後者は『白鯨』の影響をうけている。その当時(1960年代)は他にメルヴィルの翻訳があまりなかったのが今から思うと残念な気がする。メルヴィル全集が国書刊行会版で刊行されたのは1981~83年だが、そのころ私のメルヴィル熱は少し醒めていた。
 読めもしないのに本書の原本をかつて手にしたのは、マシーセンの邦訳『ヘンリー・ジェイムズ』が凄いと思ったからである。70年代以降ジェイムズ関連の本をいろいろと漁っており、レオン・エデルの5巻にのぼるジェイムズ伝は一応読んだ。ジェイムズへの言及があるエドマンド・ウィルソンの『愛国の血糊』も手に入れたが、この本もかなり後で邦訳されている。所持している『アメリカン・ルネサンス』もジェイムズにかかわるところに鉛筆の書き込みが多い。

 それにしても教養が違いすぎるというか、70年前の「文芸批評」の文章がとりつきにくいというか、丁寧に訳され、細かな訳注のフォローがあって助かるところがあるにしても、今ではスラスラとは読めない。文章が晦渋というわけではないし無駄な叙述があるわけでもなさそうだが、結局、批評というものは小説作品などと違って古びることがあるせいなのか。だが本書は逆説的だが古びると同時に古びない部分がある文学研究なのかもしれない。たとえば同時に巽孝之『理想の教室/『白鯨』アメリカン・スタディーズ』を読んだが、これなどは現在的な面白さに満ちている分、数十年後にはまともに読めない可能性がある。マシーセンの本は50年後もそれほど変わりなく読めそうだ。
 似たようなことは本書「謝辞」で批判されているブルックスの『花咲くニューイングランド』などについても言える。比較的早く訳されたこの本など早々と読むに耐えぬものになっていた。『アメリカン・ルネサンス』がやっと訳された意味は確実にある。
 訳者あとがき中の、次のような言葉が興味深い。《では、なぜ第四巻でホイットマンなのか。マシーセンは明らかにホイットマンの詩そのものは評価しているが、思想家としてはあまり重んじていない。だが、沈滞していくメルヴィルの悲劇の意識のバラストにつりあうホイットマンの浮力を必要としていたようだ。》
 肯定的なエマソン、ソロー論のあとに悲劇的なホーソーン、メルヴィルを配し、最後に肯定的なホイットマンで終える本書の構成は、たとえば日本の戦後の思想の流れを長めの思想家論を並べて描いた小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』を思わせるところがある。否定的な吉本隆明、江藤淳の後に鶴見俊輔、小田実を最後に配した理由として、著者自身、肯定的な論調で終わらせたかったとどこかで書いていた。
 もちろんマシーセンにおいては小熊における吉本や江藤のように、対象であるホーソーン、メルヴィルは否定されてはいない。むしろそこにこそ(とりわけメルヴィルにこそ)中心があるように描かれている。
 
 編集処理上の問題だが、原著の各章等の冒頭に小さい文字で組まれている無数のエピグラフは、邦訳では本文と同じ大きさになっている。見た目としては小さくしたほうがバランスはいい。だがそうすると本訳書が割注でほどこした、実に有効な訳注を同じ感覚でエピグラフに入れられない。同じことは原著ではさらに小さい組みの原注部分にも言える。本訳書では、原注はやや小さい程度にとどめているため、読むのも疲れない。
 普通、訳書あとがきには、訳された著者における以前の邦訳への言及があるものだが、本書は1972年刊行の『ヘンリー・ジェイムズ/円熟期の研究』にふれていない。本書はヘンリー・ジェイムズを「ヘンリー・ジェームズ」表記で一貫させているが、それが上記邦訳への言及をためらわせたのだろうか。


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2012/04/19 04:08

投稿元:ブクログ

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