紙の本
私小説の限りない寂しさ
2011/07/10 22:30
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:大島なえ - この投稿者のレビュー一覧を見る
根津権現裏にある安下宿に住まう私は、その日に食うのも困る貧しい記者だった。冬の寒い日に単衣の夏物の着物しか持たず、金を無心に訪ねようとしてもみすぼらしさに気が退け、友人に袷の着物や袴を借りて行く。その借りた着物も食うに困ると売り金に代えてしまう生活。
親友の同郷の岡田も同じように貧しく、ひどい蓄膿症を持ち回りから「鼻」と呼ばれていた。私と岡田は毎日のように下宿を往来していたが、岡田に女ができ、そののろけ話を日々聞かされている時に突然、岡田が首を吊って死んだ。故郷から岡田の兄が私の下宿を訪ねてきて死んだことを告げに来る。無二の親友の突然の死に、骨髄炎の後遺症から痛む足をひきずって岡田の下宿で兄とどうして死んだのか問い詰めてゆく間も、そこを以前宿賃を払わず夜逃げした私は大家に見つかるのを恐れていた。全てが明らかになり、明け方近くにひとり帰る私の足は激しく痛み友人の死を悼む気持の傍らで、また明日の飯代にも欠く金が無い現実に借銭しに行くために着物がみすぼらしいのを悩んでいた。
本書は九十年前に出版され長い間、ごく少数の私小説好きな読者の間で知られるだけの幻の小説だった。それを今年二月の芥川賞を受賞した西村賢太が作者の藤澤清造の没後弟子を自称する猛烈なファンだったことが知られ、「根津権現裏」も西村賢太の強い推薦と自ら持っている初版本の無削除本を元に完全復刊されたもの。それがゴリ押しであれ、これだけの凄さを持つ小説が文庫になり幻の本が現在、読まれることができるのは文学史的にも稀な快挙だろう。極貧のなかにあって生きることの凄絶さを感じないではいられない作品だ。
投稿元:
レビューを見る
芥川賞の西村さんが、作中アツク語る藤澤清造/著。
能登弁(?)のリズム感ある嘆息が耳に残るよう。
時代を問わず「徳さん」みたいな人はいるんだなぁ。
投稿元:
レビューを見る
話題の芥川賞作家・西村賢太が入れ込んでおり、そのお陰でこの度の復刊となったのだけど・・・正直これは微妙。
消えた作家らしい作品、と言うのだろうか。
何がそこまで西村賢太の琴線にふれたのか、自分には理解できなかった。
確かにお金があれば病院にも行けて、その人が抱える問題も解決することだろう。
ただお金を欲してからの思考に欠けるというか、もっと踏み込んだ描写があってもよかったように思う。
どうもその辺が短絡的に感じた。
また主人公と岡田のやり取りを見るに、主人公は普通の立派な分別ある青年だった。
少なくとも岡田に対しての助言は至極的確に思えた。
岡田の言動にはイライラさせられたが、「ダメのダメによるダメのため小説」を期待していた自分としては拍子抜けするような出来栄えだった。
この時代に悪くはないが、優れた小説かと問われると言葉に詰まる。
素直に西村賢太を読んだ方がいい、と西村賢太を未だに読んでいないのにそう思ってしまった。
投稿元:
レビューを見る
先頃、芥川賞を受賞した西村賢太が最も影響を受けた私小説作家、藤澤清造の長編。西村は私費を投じて藤澤の全集刊行を期しているというだけあって、なるほどモチーフや文体はよく似ている。しかし、西村のほうが同時代性及び「自己」のキャラクター掘り下げにおいて一歩鋭い。加えて、西村が芥川賞を受賞しなければ、本書が世に出ることもおそらくなかったわけで、これは「出藍の誉れ」ってことでしょうな。西村の次作が楽しみでありんす。
投稿元:
レビューを見る
西村賢太作品を読み進むにつれて、彼に多大な影響を与えた藤澤清造の小説を読みたくなって手にとった本。この「忘れ去られた作品」が今になって復刊されたきっかけはもちろん西村であり、文庫の解説や注釈も彼が手がけている。
実は読み始めたものの、最初の三分の1ぐらいは、なんだかまどろっこしいというか、いっこうに物語がはじまらないような気がしてあまり乗り切れず、何度も途中で放り投げていた。
小説が俄然勢いを増すのは、友人岡田の死あたりからだ。岡田の兄に向かって彼の死までのいきさつを説明するシーンは恐ろしく長く、壊れたレコードのように長く何度も同じような話を繰り返すところなどほとんど「芸」といってもいい狂気を孕んでおり、語り手の意識の流れには思わず笑ってしまう記述も多く、そのあたりは西村作品と通ずるものがあった。
ただ、西村作品に比べると、話の進み方もおどろくほど遅く、また本筋と関係のなさそうな文章も多くて、決して読みやすくはない。しかし、不器用な印象を受ける長く寄り道の多い文章には、確かに誰にも似ていないリアルがあるように思った。
投稿元:
レビューを見る
びぶりお工房:録音版製作、担当者決定!(2011.11.09)
音声デイジー版、サピエ図書館にアップしました。(2011年12月27日)
投稿元:
レビューを見る
「苦役列車」で芥川賞を受賞した西村賢太氏が傾倒している大正期の忘れられた私小説作家「藤澤清造」の代表作で、西村氏が働きかけ、文庫化が実現したという。「苦役列車」が面白かったので読んでみた。
文体は古風でリズムもあるが、少しくどい。内容は、貧困、病苦、自殺、見栄、錯乱、悔恨等重苦しい。私小説だから仕方ないか。好き嫌いがはっきり分かれるだろう。西村氏が言うところの作品の良い点を正確に理解できたかどうかは心もとない。
投稿元:
レビューを見る
大正時代の香りがするのと才能はあるのに貧しいといった小説が嫌いじゃないから星3つとした。だが小説の筋としては非常に面白いのだが、やや冗長に感じる(というかしつこいと感じる)部分がないわけではなかったので、星4つとはしなかった。
芥川賞作家、西村賢太が「自分の人生を変えた小説」として私財と人生を投げうってまで刊行した小説ということで、購入し読むに至ったのだが、確かにラストにおける主人公の悲惨さは筆舌に尽くしがたく、「自分より下があるのか」と西村賢太が感じたのにも頷ける。
主人公が貧乏を嘆く様には、決して裕福ではないけれど親の仕送りで何不自由なく大学生活を送っている僕でさえも、強く心を打たれた。
投稿元:
レビューを見る
こういうダメ男の本というのは、自分では絶対に読まない本。ところが何と朗読だったらできちゃうんだなあ。自分でも驚きました。音読の場合は目先の文を読んでいけばいいからかもしれません。意外に、ユーモアというか、作者の作中人物への視線が結構面白かったです。文中にも「心理学」が出てくるけど、その小説化というものを考えていたのかしら。でも、校正と管理のお二人がどちらも、うっとうしく暗い内容で早く終わらないかと感想をもらしていたのがおかしかったです。
投稿元:
レビューを見る
あの西村賢太が没後弟子と慕っている大正時代の作家、しかも最期が公園で凍死したという作家の代表作。否が応でも期待が高まる。西村賢太みたいな同棲している女性への暴力話だろうか?芸者に溺れ、身を崩す話か、ヒロポンでぶっ壊れてく話か?
が、俺の予想は見事に外れた。
貧乏、恋、友人の死、些細な事に悩み哲学の如き理屈を語らう、など青春小説の王道。
正直、肩透かしをくらった気もするし、ちょっと長くて読んでいてダレる事もあったが、久々に純文学を読んだ感じ、高校時代に太宰とか三島を読んだ時の感触のある部分をちょろっと思い出せた。そういう意味で読書した感は、普段の読んでる本よりは、感じられた。
投稿元:
レビューを見る
何もかもが悲しい。→金があれば解決する。→とにかく金が欲しい!→だが貧乏になる宿命なのだ(その証拠がこの足だ)。→何もかもが悲しい。→(エンドレス)
という負の循環思考回路をもつ、非生産的な主人公。読む人によっては、数頁で嫌気が差すだろう。
シュンペーターの創造的破壊よろしく、この思考回路を打ち破るのは精神的イノベーションである。親友・岡田の死は、最大のチャンスでもあった。しかし、それは失敗に終わった。「私」が説く自殺反対論や貧困脱出法は、結局のところ空理空論にすぎなかったのである。それゆえ、同じ思考回路に留まったままであった。「私」の将来は岡田のそれと同様、質的には悲惨なものになるだろうと暗示されている。
これは、藤澤清造の私小説である。藤澤氏の体験・考えをそのまま小説に投影している。そのため、話の展開が遅く読みにくい。その反面、「私」の考えが機微に記されているので同調しやすい。西村賢太氏が惹かれたのは、このためでもありそうだ。
投稿元:
レビューを見る
ちょっと気に入っている西村賢太が傾倒している作家で、しかも西村が編纂に関わっているので気になり読んだ。
私はこのような作品は好きだ。相当な粘着性でもって主人公「私」の心情・会話が描写される。でもこれが飽きさせない。そしていつしか自分もその時代に、「私」や周りの人物達と関わっている気になる。上手く、面白い私小説とはこういうものだと思う。
想像してたとは言え、西村の文体がいかに藤澤作品から影響を受けているかを実感できたのも良かった。
投稿元:
レビューを見る
西村賢太の絡みで読む。
なるほど、これが私小説かという感想。
一つ一つの表現が、毒々しい内面をまんま反映させている。
これには、感心。
だが、小説として面白かったかどうかはまた別。
ただもう一度読んでみたいと思わせる、変わった感じもあって・・、評価が出来ないことはまだ自分の文学性が至らないためか。
新潮文庫の帯、「私は、ただ一図に金が欲しい。」
これが全て。
投稿元:
レビューを見る
西村賢太さんを調べており、徐々に藤澤淸造さんにも迫らなければならない必要が出てきたため、かなりしぶしぶ手に取った。しかし、最初こそいやいやではあったものの、次第に「藤澤さんって面白いお人ですね」と考えが変わってきた。
作中に出てくる宮部なる人と私は、おそらくおぼっちゃまという点で共通しているのだが、金がらみの大胆さにおいてかなり異なる。預り金を猫糞するのに、自分のアホらしいほどの素直さ(口が滑りやすいだけだが)は向いていないのだ。まあ、そんなわけで、どっちかといえば親のすねかじりの自分が読んでみて、「面白い」と思われた藤澤さん自身は内心複雑かと申し訳ないのだが、友人が突如寝ている自分に絡みついてきて、しかも泣き通しているなどという異様な状況に、怒っているはずなのに人の良さというか、面倒見の良さというのか、悪い人ではないのだと感じられる面が見えて、大層面白いのです。
かなり読みにくい印象が文章や内容(女性はあんまり読みたくない感じかもしれぬが)にありますが、時間のある時に斜め読みしていけばいいのではないだろうか。
いずれにしろ、貧乏から来る将来へのいわく言い難い不安を持つ人に、共感を得てもらえそうではある。だが、一方でその不安に押しつぶされてしまうかもしれないので、読む際は自分に向いているか、向いていないかを思いながら進めていくといいかもしれない。
追記:ワタシの一言
――他に往くべき途を失って、遂に死に逃れるより外には、もう何らの手段方法も尽きてしまって、いよいよ死に就く時には、せめて其の場所や方法だけは、出来るだけ清く潔くありたいと思う。
貧困故に公園で狂凍死した著者のことを思うと、目を背けたくなる一言である。
投稿元:
レビューを見る
小説の柱となっているのは友人の自殺と貧しさ。殉後弟子である西村賢太の作品を読み慣れている人にはお馴染みのあの独特な文体で己の貧しさやあきたらなさについて滔々と描かれている。解説にもあったけれどそういう良くも悪くも自然主義的な特徴を多分に備えた作品として読んでいたけれど、最終章ですべてのアイテムが回収されているのと、あとやはり構成も巧みだと感じた。あの岡田の反復はどうだろうなどと思いながら読んではいたけど、結果として当然必要な反復であったわけで。省略になれている現代の小説読者からみると些か奇異に映るかもしれない。