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商品説明
佇まいのよろしい日本語、可笑しい日本語、不思議な日本語。言葉の森に踏み入れば、あるわ、あるわ、知らない&読めない日本語の数々。手だれの文章家が綴った、国語辞書の痛快読書エッセイ。【「BOOK」データベースの商品解説】
辞書は読んでも面白い! 手だれの文章家が「広辞苑」を読んでいて見つけた、知らなかった言葉や誤解していた言葉、グッときた言葉の数々。その中から「こころ」と「からだ」に関係するものを集めて紹介する。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
永江 朗
- 略歴
- 〈永江朗〉1958年北海道生まれ。法政大学文学部哲学科卒業。洋書店に勤務後、編集者を経てフリーのライターに。早稲田大学文学学術院教授。著書に「本の現場」「書いて稼ぐ技術」など。
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書店員レビュー
広辞苑ときくと、重く...
MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店さん
広辞苑ときくと、重くて分厚い…
そしてこの時期に開くと汗だくになりそうだ。
広辞苑は24万項目が収録されているが、一生かかってもおそらく使い切ることはないだろう。
この「広辞苑の中の掘り出し日本語」は著者が知らなかった言葉、意味を取り違えそうな言葉、
グッときた言葉などをピックアップしたもの。
印象に残った言葉は、
「和柔」(にこ)~やわらかい、こまかい、おだやかに笑うさま。
にっこりという言葉はここからきているのだ。
そして時折出てくるシュールなイラストにくすっと笑ってしまう。
語学担当 奥平
紙の本
仲間と楽しく語り合いたい
2011/12/30 06:40
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
面白さという点では抜群だ。だから、著者のいうように、「必要なところだけ、重要なところだけ、面白そうなところだけ、つまみ食いすればいい」と、本を「引く」のではなく、この本は「読ん」でもらいたい。そう、辞書を読むようにしてです。
でも、この本の面白さは著者が『広辞苑』を読むときに見つけたものとは少し違います。
どう違うか、それを書いてみたいと思います。
まず、著者は『広辞苑』を読む面白さをこう書いています。「辞書を読むとき、ぼくらは未知の言葉に出会う。生きていて何が楽しいって、未知のものに出会うときがいちばん」だと。
ところが、この本が面白いのは、まったく逆でした。この本のなかで紹介されているそれぞれの言葉につけられている著者の短文の、既知のものとの出会いです。
著者永江朗さんは1958年生まれ。1955年生まれの私とはほぼ同世代です。
同世代ゆえにその感性であったり過ごし方が似ていなくもありません。この本の短文には同世代ならではの気分がいっぱい詰まっているのです。
例えば、「うちはだかでもそとにしき(内裸でも外錦)」という言葉の紹介文章の書き出しはこうです。「昔は、秋になると、黒いリクルート・スーツの若者をあちこちで見かけて(中略)、いつも『「いちご白書」をもう一度』が頭のなかに流れた」とあります。
『「いちご白書」をもう一度』というのは、作詞作曲荒井由美でバンバンが唄って大ヒットとなった1975年の楽曲ですが、就職を目前に長い髪を切るという青春との別離の気分をわかるのは、やはりあの時代に就職をせまられた世代人特有といえます。
また、「きし(愧死)」という言葉は、「中学生のころ、庄司薫の小説に夢中になった」という書き出しで始まり、「舌かんで死んじゃいたい」という薫君の友達の由美の口癖までもが紹介されています。このせりふと由美の小さな胸にどきまぎした世代としては、もうそれだけでうれしくなってしまうのです。
「読む」楽しみは、「未知のものに出会う」だけではありません。
すでに知っているもの、自分が経験したものに出会うのも、また楽しいのです。
だから、この本は自分に出会う一冊でもあるのです。
紙の本
面白くてためになる本
2011/09/04 11:40
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:碑文谷 次郎 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ヘエー」と嘆息して次のページを繰る。近頃滅多にない読書体験である。「ヘエー」の中身は、(1)今まで全く知らなかった言葉との遭遇ショック、(2)知ってるつもりが全く違った意味だったのかというカン違いショックの、おおよそ二種類に大別される。(1)の遭遇ショックとは、例えば「相悪阻」、「一枚かわ」、「沖を越える」、「消遣」、「ちけい」、「褄投出し」、「延助」など。今まで出会ったことはなっかたし、多分これからもないんじゃないかと思うが、もし出会ったらきっと旧友のように懐かしい思いがするにちがいない。なぜなら著者の夫々の解説がウイットに満ちた超短エッセーのように秀逸だからだ。≪「漫ろ」は「漫画」の「漫」だ。昔の「フクちゃん」や「のらくろ」は筆の向くまま描いたのんびり加減があったけれども、手塚治虫以降の漫画はもっと計算と緊張感に満ちている。「マンガ」とカタカナ表記されるほうがふさわしい≫と、「漫ろ(すずろ)」なる言葉の語感をピタリと衝いてくれる。
改めて我が無知を覚った(2)カン違いショックは、例えば、「青髭」。漠然と西洋には青い髭の男もいるのだと気にも留めなかったが、「髭の剃り跡が青々している」ことだと云われると、そういわれると青い髭など一度も見たことがないことに気付く。「遺体」の原義は、父母の「遺」してくれた身体、つまり、「自分の身体」のことだそうで驚くが、≪現代の老人は長生きだから、子どものほうが先に逝きかねない≫のは、その通りと思う。また、「糊口」の「糊」は「お粥」のことだといわれて、「ヘエー」。その後の解説がいい。野生動物は食べ物を手に入れることに起きている時間の大半を費やすことに言及し、≪人間は贅沢になって、食べ物のことばかり考えていると「食いしん坊」とか「食い意地が張っている」とかいって、ばかにするけど、それはよくない。余計なことを考えるから、いろいろ難しいことが起きるわけで、腹さえ満ちればそれでよし、ということにしておけばいいのに≫。同感。
読み進むに連れて、風邪をひいたときは汗が出ると「体が戦っている」と思ってじっと我慢し、一日に三回各30分かけて歯を磨くのが大好きで、二十歳過ぎても自分のことを「あゆ(仮名)は~」と、舌たるいしゃべりかたをする女はぶん殴りたくなる・・・という著者の”オトウさん”顔が目に浮かぶ。その”オトウさん”と一緒に言葉の森に踏み入って、様々な日本語の面白さに次々と触れるのはまさに「金玉」。面白くてためになる本とはこういうものかと納得の一冊である。