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たとへば君 四十年の恋歌
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.7 39件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2011.7
  • 出版社: 文藝春秋
  • サイズ:20cm/286p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-16-374240-3
  • 国内送料無料

紙の本

たとへば君 四十年の恋歌

著者 河野 裕子 (著),永田 和宏 (著)

乳癌で逝った妻、そのすべてを見届けた夫、歌人夫妻が紡いだ380首とエッセイ。【「BOOK」データベースの商品解説】出会い、結婚、子育て、発病、再発、そして死…。乳癌で亡く...

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たとへば君 四十年の恋歌

1,512(税込)

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商品説明

乳癌で逝った妻、そのすべてを見届けた夫、歌人夫妻が紡いだ380首とエッセイ。【「BOOK」データベースの商品解説】

出会い、結婚、子育て、発病、再発、そして死…。乳癌で亡くなった歌人・河野裕子と、先立つ妻のすべてを見届けた夫・永田和宏が紡いだ380首。エッセイも掲載。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

河野 裕子

略歴
〈河野裕子〉昭和21〜平成22年。熊本県生まれ。斎藤茂吉短歌文学賞など受賞多数。
〈永田和宏〉昭和22年滋賀県生まれ。京都産業大学総合生命科学部学部長。「塔」短歌会主宰。平成21年紫綬褒章受章。

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みんなのレビュー39件

みんなの評価4.7

評価内訳

  • 星 5 (23件)
  • 星 4 (8件)
  • 星 3 (2件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

濃厚な愛の時間

2011/09/15 08:13

6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 相聞歌というのは相手の消息をたずねたり相手への思いを綴る歌である。
 歌人河野裕子とその夫である歌人永田和宏は学生時代の出会いから、2010年8月の河野の死までの四十年間、互いに相聞歌を詠み続けてきた。その数は二人合わせると1000首近くになるという。なんという幸福な関係であろう。
 本書はそんな二人の相聞歌を380首紹介するとともに、河野が生前綴った文章からその折々に関係するものを抜粋し、短歌の世界により深みをもたせている。

 河野には相聞歌についてこんな記述がある。「誰の為にも私は短歌を作るまい。まして相聞はと思うのである。それは女の生き方の一種のいさぎよさ、真摯さであるまいか」と。
 ただし、これは河野の第一歌集『森のやうに獣のやうに』に書かれたもので、まだ若い河野の強がりであろう。のちの、特に晩年の歌は、相聞以外の何物でもない。確かに「誰の為にも」詠わなかったかもしれないが、あきらかに夫である永田に伝えようという思いがひしひしと伝わってくる。それは心の寄り添いといっていい。

 河野の代表作のひとつで、本書のタイトルにもなった「たとへば君 ガサッと落葉すくふように私をさらつて行つてはくれぬか」の相手について、永田は自分ではないかもしれないと述懐している。河野の生前にそのことを確かめなかったと。
 しかし、この「君」は永田である必要はない。若い河野が書いたように、これは女の真摯さが生んだ相手なのだから。それでいて、ある人への心の傾斜が見事に描かれている。
 こんな二人であるが、その夫婦生活がすべて順調であったかといえばそうでもない。時に争いもした。
 河野にこんな歌がある。「逆上してこゑをあぐれどこの家はつらら垂る家誰もひそひそ」。なんとも寂しい光景である。こういう歌を読むと互いに歌人という職業を営む難しさを思わざるをえない。永田はこの歌をどんな思いで読んだことだろう。

 それでも河野も永田もどんなに深く相手のことを思ったことか。「米研ぎて日々の飯炊き君が傍(へ)にあと何万日残つてゐるだらう」と詠う河野。「たった一度のこの世の家族寄りあいて雨の廂に雨を見ており」と詠む永田。
 この一冊の流れる濃厚な愛の時間。

 「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」は河野裕子の絶筆のひとつだ。
 そうか、愛し合うとは同じ世界で息をすることか。そんな当たり前のことをいまさらに思う。

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紙の本

ただひたすら、感動の書

2012/04/22 12:30

2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ぶにゃ - この投稿者のレビュー一覧を見る

 「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」

 現代短歌の世界にはまったく不案内なので、当然のことながら、この御夫婦、河野裕子さんと永田和宏さんのことは、新聞の広告欄でこの歌を目にするまでまったく知らなかった。しかし、以来、この短歌に触れた故に、河野裕子という歌人の存在は忘れがたいものとなった。臨終の間際まで歌を詠みつづけるとは何という凄い人だろうと思った。最期の最期まで自分の本分を生き抜いた人の前では、ただ、襟を正すしかないと思った。

 この本は2010年の夏に乳癌で亡くなった歌人河野裕子さんと、夫であり同じく歌人の永田和宏さんとの二人の相聞歌を集めたものである。副題のとおり、まさに「四十年の恋歌」であり、40年前の出会いから永遠の別離までの歌380首と、折々に書かれた河野さんの随筆が収められている。読み進めていくうちに涙があふれ出てきて仕方なかったが、それはかなしいからではない。いや、それもあるが、死のかなしさ、別れのかなしさ以上に、僕は二人の間に流れる愛と信頼の情に、深い感動をおぼえたのである。夫婦とはこういうものであるのかと、こんなふうに支え合っているものなのかと、少なからず羨ましく思いながら、感動の渦に呑み込まれていたのである。

 しかし、順風満帆に行かないのが、やはり夫婦というものである。こんな歌がある。
 「見ぬ聞かぬ言はぬ一切合切は いま冷え冷えと嫁とふ立場」
 河野さんが一時永田家に同居していた頃のこと。舅さんとはそりが合わなかったようで、ある日、何かのきっかけで実家へ帰れと怒鳴られた。この頃のことをこう語っている。「この家も家具も何もかも石のように冷たいと思いました。嫁って大嫌いな言葉ですが、嫁はね、夫が話を聞いてくれさえしたら、少々のことは我慢できるんです。あのとき、永田は私を庇ってくれなかった。これは一生忘れられない、消えない傷です。」このくだりを読んだ時は苦しかった。肚が痛くなるほど身に覚えがあるからだ。

 息を引き取る前日、歌人は口述筆記で数首の歌を詠んでいる。その最後となった絶筆が一番最初に書き記した歌である。「息が足りないこの世の息が」と最後の力を振り絞って吐き出したとき、最愛の夫と子供たちに囲まれた河野さんはきっと幸福だったと思う。
 
 永田和宏さんの挽歌。
 「あほやなあと笑ひのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがゐない」

 人は必ずいつかは死ぬけれど、それでも人は死すべき時まで人であることをやめてはいけないと河野さんが教えてくれているような気がした。

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紙の本

私をさつて行つてはくれぬか

2015/09/30 00:09

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:garuhi - この投稿者のレビュー一覧を見る

歌人であるふたりの出会いから結婚生活、そして河野裕子のガンとの闘い、病没までの夫婦の営みとその濃厚な時間が「相聞歌」とエッセイで綴られている。短歌とは無縁な生活を送っている僕にとってはとても新鮮だった。
たとえば君
ガサッと落葉すくふやうに
私をさらつて行つてはくれぬか
歌は遺り歌に私は泣くだらう
いつか来る日のいつかわ怖る
言葉の深み、それはどこが違うのだろうか。

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2011/07/23 22:01

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2011/09/08 12:23

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2011/07/21 22:06

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2011/12/15 22:02

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2013/08/21 21:59

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2011/10/30 18:10

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2014/10/05 11:53

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