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韃靼の馬
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 10件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2011.7
  • 出版社: 日本経済新聞出版社
  • サイズ:20cm/639p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-532-17108-7
  • 国内送料無料

紙の本

韃靼の馬

著者 辻原 登 (著)

対朝鮮貿易を取りしきる対馬藩危機存亡のとき、窮余の一策として浮上したのが、伝説の汗血馬を馬将軍吉宗に献上しようという策だった。その使命を帯びたのは…。かつて朝鮮通信使の警...

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韃靼の馬

2,592(税込)

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商品説明

対朝鮮貿易を取りしきる対馬藩危機存亡のとき、窮余の一策として浮上したのが、伝説の汗血馬を馬将軍吉宗に献上しようという策だった。その使命を帯びたのは…。かつて朝鮮通信使の警固を務め、藩と幕府を救った若き藩士がいた。文武に秀で外国語に堪能で、消えゆく神代文字が読める若者がいた—。【「BOOK」データベースの商品解説】

【司馬遼太郎賞(第15回)】18世紀、徳川の爛熟期。対朝鮮貿易を取りしきる対馬藩危機存亡のとき、窮余の一策として浮上したのが、伝説の汗血馬を馬将軍・吉宗に献上しようという策だった。その使命を帯びたのは…。『日本経済新聞』連載を単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

辻原 登

略歴
〈辻原登〉1945年和歌山県生まれ。90年「村の名前」で芥川賞、2010年「許されざる者」で毎日芸術賞、11年「闇の奥」で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

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みんなのレビュー10件

みんなの評価4.0

評価内訳

  • 星 5 (1件)
  • 星 4 (7件)
  • 星 3 (2件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

往年の二本立て映画を見るような感興

2011/08/24 11:36

5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

「韃靼」と書いて「タタール」と読む。モンゴルから東ヨーロッパにまたがる広い範囲をさす。「韃靼の馬」とは、有名な武帝の故事にある、一日千里を走り、血の汗を流すという大苑(フェルガーナ)の天馬「汗血馬」のことである。

『遊動亭円木』で初めて出会って以来、その語り口の巧さには絶大の信頼を置く辻原登。その小説巧者が、エキゾチズム溢れる韃靼を舞台にどんな物語を見せてくれるのかと多大な興味をもって読んだ。もとは日本経済新聞朝刊に連載した小説である。新聞連載小説というのは、日替わりで興味をつないでいかないと読者に飽きられる。小難しい歴史的事実や時代考証をくだくだしく書き連ねることは許されない。その一方で、毎日少しずつ新知識が頭に入っていくことも事実で、短いからこそ読み続けていくこともできる。しかも当面の相手は経済新聞の契約読者であるが、連載終了時には単行本化は必至。そこのところを逆手にとって、竹島問題で難しい局面にある日韓両国の歴史に残る二つの事件を素材に、往年の山中峰太郎を髣髴させる冒険小説風に仕立ててみせた作家の手腕をまずは賞でたい。

その一つが「朝鮮通信使」にまつわる事件である。朝鮮通信使とは、将軍の代替わりごとに朝鮮国王からの親書を携え江戸を訪れた外交使節のことだが、その行列は華麗を極めたもので絵巻にも描かれ今に伝えられている。半島と本土の海峡にあって両者を取り持つ任務にあたったのは対馬藩であった。小藩対馬は日本で掘られた銀と中国の絹糸、朝鮮人参との貿易の利によって藩財政をまかなっていた。ところが、新たに将軍侍講となった新井白石は、国家経済の窮状を見据え国産銀流出停止、絹糸、朝鮮人参の国産化を実行に移そうとしていた。そんなことになれば対馬の存在意義はない。雨森芳洲は白石の投じた難題を解決するため半島に渡り、かつての僚友の子で今は朝鮮の倭館で暮らす阿比留克人を訪ねるのだった。

主な登場人物は薩南示現流の使い手で漢語、朝鮮語はおろか上代文字にまで通じている青年、阿比留克人。文武両道に秀で妹思いで優しくおまけに美男。その友人の陶工で李氏朝鮮の特務工作員暗行御史の李順之。好敵手で最後には一騎打ちの相手となる対馬藩家老職の血を引く監察御史柳成一。貿易商の看板を掲げる裏で半島の密貿易組織哥老会とつながる唐金屋等々。互いに複雑な事情を抱えた面々が入り乱れて、日朝二国間に持ち上がる国書の書き換えという外交問題の解決をはかり、暗闘するのが第一部。間諜が潜入した相手国の情報を得ようと要人に接近すればするほど、その見返りとしてなにがしかの情報が相手に流れることになる。つまり、どちらもが二重スパイにならざるを得ない。このジレンマを先物取引に活況を呈する大阪堂島、享楽的な元禄文化が花ひらく江戸を舞台にスパイ小説仕立てで展開して見せる。驚異的な能力で統計学を駆使し先物取引という取引形態を考えつく大阪商人の逸話がくわしく語られるのも経済新聞ならではか。

第二部は、それから十五年後。故あって朝鮮に渡り、名前も金次東と改め、李順之と共に陶工として働く克人のところへ、対馬藩の窮地を救うため将軍吉宗に献上する伝説の天馬を探してくれと唐金屋が現れる。藩の借金を天馬献上で相殺するという計画だ。題名「韃靼の馬」は、こちらが本編。克人を親の仇と狙う柳成一の一子徐青。克人が朝鮮に渡るきっかけを作った朝鮮通信使の一員朴秀美。それに、チャハル・ハーンとその子オーリらが、広大なタタールの地を舞台に伝説の天馬を追い求める冒険活劇。冷涼な山岳地帯を背景に意気に感じた流れ者が土地に暮らす人々の苦境を救うという映画『シェーン』を思わせる西部劇調の一幕。

中国大陸を舞台にした第二部は、勧善懲悪、恩讐を超えた情愛、囚われの美女奪還の電撃作戦と、読者サービスの満漢全席。さりげなく中島敦の『山月記』や『李稜』のもとになった伝説や史実に触れるなど、文学から文学を創る作家辻原登らしさも顔をのぞかせる。新聞小説という縛りがあり、構成の緻密さや語り口の巧さは他の作品に一歩譲るが、通俗小説的興味で読者をぐいぐい引っぱって、これだけスケールの大きい稗史小説を最後まで読ませるのは、作者の力量というものだろう。

桃源郷の故事や『ロスト・ワールド』を想わせる天空の花畑、岩窟の寺院、暗夜に浮かび上がる「銀の道」と辻原ならではの凝ったロケーションも一大冒険ロマンに花を添える。花といえば、女の美しさと男の腕力を併せ持つ綱渡り芸人リョンハンの克人に寄せる思いが切なさを誘う。ひとつ気になるのは、リョンハンに横恋慕してふられたのを根に持ち、事あるごとに克人一行の邪魔をする朴が、眇(すがめ)で背中の曲がった人物として描かれていることだ。あえて一昔前の冒険活劇の線を狙ったものと考えることもできるが、ヒーローやヒロインの容姿端麗はよしとしても、嫌われ役の朴にわざわざ肉体的にも負のイメージを付す必要があったかどうか。再三にわたる眇という肉体的な特徴への言及には違和を覚えた。

第一部で描かれる外交上の駆け引きが興味深い。上司の中に教条主義者がいると現場がどれだけ苦労するか。過去の例がいかに現在を縛るか。相手の言うことをただ鵜呑みにするのでなく、こちらの言い分を声高に言いつのるのでもなく現実的な妥協点をねばり強く探ること。江戸時代の外交を描きながら、政権交代以来、外交が停滞していると言われる今の日本に何が欠けているのかを教えてくれる。政治家のパフォーマンスを受け、現実的な落としどころを見つけていく有能な官僚の存在である。頭脳明晰なだけでなく、古今の詩文に通暁し、尚かつ志の高い人物。どこかにいないのだろうか。

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対馬にとって朝鮮との外交と通商が、もっとも大切であることは論を俟たない。外交とは対等の立場においてなされるもので、相手への敬意と己に対する矜持なくしては成り立たない。我々は友誼に最善を尽くすが、たとえば………もし朝鮮に非がありながら打擲などされた場合、その場で相手を打ち捨てるくらいの気概がなければ外交官はつとまらぬ。

2011/09/02 23:34

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

これは対馬藩主・宋義真の教えだそうだ。現代にも通ずるもっともな説ではあるが………。

李朝朝鮮とわが国の歴史的な外交制度である朝鮮通信使を知ったのは最近のことだ。わが国と朝鮮との間には様々な緊張関係にあるのだけに、対等な善隣関係を前提にした通商・文化の交流という重要な史実を知らなかったことはショックであった。どうして教科書にはのっていなかったのだろう。私たちが知っておくべき歴史のはずだとつくづく思うのである。

「………徳川家康の求めに応じて日本と国交を回復し、1609年には己酉(きゆう)約条を結んだ。朝鮮からは1607~24年までに3回の回答兼刷還使、1636~1811年までに9回の通信使(約200年間に合計12回、毎回総勢300~500人に及ぶ使節団一行)が来日した。この朝鮮通信使を介しての国交は徳川将軍(日本国王あるいは日本国大君)と朝鮮国王との対等な善隣関係として行われ、日本は鎖国(1639)後も朝鮮とは唯一、正式の国交関係を保った。日本の要請にもかかわらず明は国交に応じなかったため、朝鮮との国交、朝鮮使節の来日は徳川将軍の国際的地位を示すものとして重視され、幕府は朝鮮使節を盛大にもてなした。また、朝鮮使節団一行との間では宿泊地ごとに文化の交流も盛んに行われた。江戸時代の日朝貿易は対馬藩を窓口として釜山の倭館で行われ、日本の銅・銀、朝鮮の綿布(のちには中国産の生糸)、絹織物、朝鮮人参が交易された。」(平凡社世界大百科事典より抜粋)

時は徳川家宣治世。新井白石の幕政改革が進む中、1711年(正徳元年)の朝鮮通信使来聘が決まる。釜山・倭館に赴任している対馬藩士・阿比留克人(あびる・かつんど)は朝鮮語、漢語に通じ、薩南示現流の使い手。幕府中枢の命を受ける隠密でもある。朝鮮通信使が首都・漢城を出発した後になって、幕府は朝鮮側が用意した国書の変更要請を対馬藩に命じた。幕府の無理難題を朝鮮側にのんでもらうために、克人は朝鮮側工作員と裏取引をする。やがてこの一件が両政府を揺るがすような大事件に発展するのだ。
このサスペンスストーリーは上出来であるが、『韃靼の馬』の「第一部」で惹きつけられたのは朝鮮通信使外交の詳細を朝鮮・日本双方の視点で描いているところだった。使節団は600人を超える。大型騎船6隻、随員船100隻、献上品運搬船数隻に日本側導倭船100隻余が加わる大船団が釜山港を出航するシーンが、まずとにかく凄い。大道芸人による綱渡りの演舞、笛太鼓の音曲が鳴り響き、見物人数千の興奮とどよめき。そして豪華絢爛のデモンストレーションで迎えるのが日本側だ。対馬からはじまり、黒田藩・藍島、長州藩・下関、広島藩・蒲刈島、福山・鞆の浦をへて大阪にいたる。さらに淀川を登り京都。陸路東海道で江戸への到着。いたるところ異文化に接した大衆の熱狂と驚きと好奇の模様が描かれる。読者はこの沸き立つ渦中に飛び込んだ気分で熱気を感じながら、豪華絢爛の大イベントを楽しむことができるのだ。
随員には才幹優れたものが選ばれているから、日本の儒者などの知識人との書や歌の交歓風景にも興味深いものがある。
当然ではあるが日本の文化水準の高さに驚きを隠せない使節団側の表情描写も鋭い。
つい先日、コメの先物市場復活のニュースがあったが、いまでこそ江戸時代に開設された大坂堂島の米会所が世界に先駆ける本格的先物取引市場であったことは広く知られている。一行は思いもよらなかったこの高度な市場メカニズムに驚嘆する。高度な数学と統計学に通じた老人が一行の江戸到着の日時を予測する展開も印象に残るシーンである。また新井白石との丁々発止のやり取りなども見逃せない。

このように送迎や接待は豪奢を極め、幕府だけでも接待費用は100万両に上ったとも言われる。幕府歳入が60~70万両の時代である。新井白石が簡素にしたかったことはわからないではないが、経済効果として土木、建築、サービス産業関連の有効需要は盛り上がったことだろう。消費需要のたかまりが経済成長をリードする。財政逼迫だとて、あまりケチケチしなさんなと新井白石先生だけではなく、野田新総理にも言っておきたい。

万国博覧会。世界各国が産業の成果と文化を展示公開し、国際交流を深めようとする国際的な大イベントがある。朝鮮通信使とは二国間ではあるが、まさに動く万国博覧会だった。圧巻の叙述である。著者はこれを描きたくて本著をものしたのではなかろうか。

対馬藩主の教えを実行するのは難しいのだ。双方「対等」の立場を堅く守るとなれば摩擦は避けられない。歴史的にも将軍の呼称が大問題になる国柄同士である。「対等」の型が「尊大」の型と誤解される。「謙譲」の美徳が「恭順」に過ぎると指摘するものがでてくる。当事者同士ならまだなんとかなるが(対馬藩主の教えもこれあり)後ろに控えている中央政府の沽券に関わるとなれば丸く収まるものもささくれ立ってくる。
きらびやかな紀行の途中、交渉決裂に危機一髪の出来事がいくつか発生し、克人の教養と機転がこれを救うという、読者の緊張感が高まる趣向も楽しい。

この外交史に関する記録文書は両国に膨大な量が残っているらしいが、著者はこの史料に基づき、使節団一行の行程を小説という表現方法で鮮やかに再現させている。とにかくこのところを読むだけでもたいへん価値がある作品だ。

「第二部」は15年後。朝鮮の山間を開き陶器職人集団の指導者として暮らす克人のもとへ、対馬藩からの密命が下る。窮余の策として将軍・吉宗に献上する、伝説の天馬・「韃靼(ダッタン)の馬」を手に入れることだ。紀元前2世紀末、漢・武帝の命を受けた李広利が西方の大苑国より一日千里を走る血汗馬を持ち帰ったという。その種の純血を受け継ぐ名馬がいまもジンギスカンの末裔によって秘密の牧場で育てられているという。隠された牧場は朝鮮と中国国境に横たわる長白山脈を越えた南西の草原地帯にあるらしい。
余計なことだが、飾り帯に
「伝説の天馬を追って、海を越え、大陸を駆け抜けた日本人青年がいた」とあるが。
「大陸を駆け抜けた」となればキルギスタン、ウズベキスタンまで………かと勘違いをしてしまう。いくらなんでもそんなところまで疾駆するはずはない。
彼をバックアップする哥老会と呼ばれる秘密結社。密輸と密売を生業とするが、もとは白蓮教団で清王朝から追われ、朝鮮南部に住む漢人のグループ。
国境の国際市場・会寧から克人たちは韃靼人を追走する。はたして幻の天馬を見ることができるのか?
第一部とはがらりと趣向を変えた、稀有壮大なスケールをもつ伝奇小説風の冒険活劇だ。

阿比留克人。国家、制度、慣習など生きていくうえでの枠組みがある。その枠組みの中で四苦八苦しながらも複眼の思考を持って柔軟に対処する。第一部の克人はそういう男だった。第二部の克人は枠をこえたところで生きることを決意する。
物語の冒頭から愛のストーリーが一貫している。それは平板といえば平板な純愛の形なのだが、辻原登の語りのうまさはここでも感じられる。終末は爽やかながらちょっと物悲しくてほろりとさせられた。





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2017/10/13 00:02

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2012/07/13 18:22

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2012/03/06 14:50

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2013/03/28 19:24

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2011/10/09 18:19

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2011/08/22 11:24

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2012/03/17 01:47

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2012/01/20 14:59

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