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黒船の世紀 あの頃、アメリカは仮想敵国だった 上 (中公文庫)
黒船の世紀(上) - あの頃、アメリカは仮想敵国だった
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紙の本
『坂の上の雲』後に激変した国際環境のなか、時代の「空気」はいかに形成されていったのか?
2011/12/22 17:21
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、同じ著者による『昭和16年夏の敗戦』の10年後の1993年に初版が出版された歴史ノンフィクションの力作である。
日露戦争終結直後から、太平洋をはさんだ日本と米国のあいだに勃発した「太平洋戦争」に至るまでの約40年の歴史を、現在では忘れられた「日米未来戦記」の数々とその作者たちをを取り上げて、戦争という「空気」がいかに形成されていったかを描き切っている。
司馬遼太郎原作のNHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』は、三年越しの放送も今年2011年の年末で完結することとなったが、日本海海戦でロシア帝国を制した日本人たちを待っていたのは、バラ色の未来でも何でもなかった。さらなる脅威は日本海の向こうからではなく、太平洋を越えて米国からやってくることになったのだ。
日露戦争における日本の勝利で太平洋の戦力バランスが一挙に崩れたとき、米国は日本を「仮想敵国」として想定した。そして日米双方でさかんに出版されたのが「日米未来戦記」であった。これら「日米未来戦記」は太平洋の両岸で、戦争に向けての「空気」をつくりだすことになっていく。
太平の夢を醒まされ、力づくに開国を迫られたうえに弱肉強食の近代世界に放り込まれた日本。そして、「黒船」コンプレックスという被害者意識の恐怖を精神の深層にわだかまらせてきた日本人。その日本人の意識と無意識のなかに徐々に形成され、一般国民に対米開戦を積極的に支持させるに至った「空気」は、結果として日米開戦を積極的に後押しし、支持する原動力になる。
海軍軍人にとっては「日米未来戦記」はあくまでもシミュレーション小説であったのに対し、一般国民にとっては、脅威が強調されることで敵愾心と戦意をあおる効果を発揮することになったのだ。
本書は読み物としてじつに面白い。「1945年(昭和20年)の「第一の敗戦」にいたる約40年の歴史を、日米双方で大量に書かれた日米戦争ものという「未来予測小説」の作者たちとその作品を軸に、同時代史として復元しながら語ったものだが、読んでいて同時代に立ち会っているかのような臨場感がある。1907年の「白船」騒動など、日本人の記憶から消えて歴史の教科書にもまったく登場しない事実を掘り起こした著者の問題意識もすばらしい。
本書はまた、近代世界における新しいプレイヤーであった「海洋国家・米国」と、遅れて否応なく近代世界に乗り出した「海洋国家・日本」の、太平洋の制海権をめぐる確執の物語として読むこともできる。日本が本格参戦しなかった第一次世界大戦では、航空機の時代が急速に発展し、勝敗を決するファクターが「制海権」から「制空権」へと移行していく。そして迎えたのが太平洋戦争と日本の敗戦であった。
1941年(昭和16年)の日米開戦から70年目にあたる2011年であるが、この年の3月11日を境に「戦後」が終わり、すでに「3-11後」になったといわれる。「第三の敗戦」とさえいわれる「3-11」後の日本であるが、これからの時代を切り開くために不可欠なのは歴史的想像力を鍛えることだろう。まずは虚心坦懐に、太平洋をめぐる日本人の「想像力の歴史」である本書を読んで、同時代史として感じることから始めて見てはいかがだろうか。
日米戦争は1941年(昭和16年)にいきなり始まったのではない。そしてまた「3-11」で歴史が一新されたわけではない。歴史は断絶したように見えながらも、じつは連続しているのだ。