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馬たちよ、それでも光は無垢で
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 29件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2011.7
  • 出版社: 新潮社
  • サイズ:20cm/132p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-10-306073-4
  • 国内送料無料

紙の本

馬たちよ、それでも光は無垢で

著者 古川 日出男 (著)

震災からひと月、作家は福島浜通りをめざす。失語する景色、不可視の放射線、傷ついた馬たち。極限の現実の果て、ついに小説は導かれる。そして「彼」、被災地に現れた「彼」、『聖家...

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馬たちよ、それでも光は無垢で

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商品説明

震災からひと月、作家は福島浜通りをめざす。失語する景色、不可視の放射線、傷ついた馬たち。極限の現実の果て、ついに小説は導かれる。そして「彼」、被災地に現れた「彼」、『聖家族』の狗塚牛一郎は作家に語りはじめた—。祈る。想像する。光を求めて言葉を刻む文学の軌跡。【「BOOK」データベースの商品解説】

震災からひと月、作家は福島浜通りをめざす。失語する景色、不可視の放射線、傷ついた馬たち。極限の現実の果て、ついに小説は導かれる。そして「彼」。被災地に現れた「彼」は、作家に語りはじめた…。『新潮』掲載を書籍化。【「TRC MARC」の商品解説】

著者紹介

古川 日出男

略歴
〈古川日出男〉1966年福島県生まれ。「13」で小説家デビュー。「アラビアの夜の種族」で日本推理作家協会賞、日本SF大賞、「LOVE」で三島由紀夫賞を受賞。

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みんなのレビュー29件

みんなの評価4.0

評価内訳

  • 星 5 (6件)
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  • 星 3 (6件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

新しい「物語」を求めて

2011/09/12 08:13

3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 ちょうど「あの時」、朝日新聞に連載小説を執筆していた川上弘美さんは連載終了後のコメントで「あの時」のことを「津波。原発。たくさんの苦しんでいる同胞。亡くなったひとびと。手をつかねて見ているしかない自分。手がとどこおる、という易しいものではありませんでした。書こうという気持ちに、一切なれなかったのです」と書いています。
 書くことのプロである作家の、手をとめ、その気持ちすら起こさせないほどの惨事。
 「あの時」、三月十一日。
 古川日出男さんはその体感を「時間の消滅」と、この作品のなかに書き留めました。「具体的には日付の意識の、そして曜日の感覚の喪失だった」と。そして、それを「神隠しの時間」だと。

 この物語は川上さん同様「あの時」を境に書けなくなった福島県出身の作家古川日出男さんが書くことを求めて、それは「物語」を求めてと同義語かもしれない、描いたフィクションです。
 古川さんは執筆後のあとのインタビューで、「ノンフィクションを書く気は一貫してなかった」と語っています。では、この作品は何なのか。「嘘を一個も書かないフィクション」だといいます。小説家は小説を書くしかない。古川さんの強い決意がこの作品を生みました。

 福島の被災地へ、特に原発の避難区域と抱える福島浜通りへ、福島県出身の作家が行く。
 行って現地の風景を視る。視る。視る。そして、書く。
 それだとノンフィクションになってしまう。これは小説ですから、古川さんは自身の作品の挿話を交えながら、それと交流しながら、言葉をつづっていきます。
 古川さんの作品を知らない読者にはそれは苦痛でもあります。それでいて、読むことをやめれない。小説家が小説を書くことを義務のようにするように、読者は読むことをやめてはいけない。どんなことがあっても。

 連載途中で書くことをやめそうになった川上弘美さんが書くことをつづけることができたのは、「言葉の力」「物語の力」を信じることができたからだといいます。
 大きな悲しみを乗り越えるその時、人はまた新しい「物語」を手にいれるのです。

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紙の本

その時、その直後、それ以後、古川日出男が何を見、何を考え、何につき動かされて相馬へと向かったのか?まだ続く苦しみと、これからへ繋がるものの静かな予感。

2011/12/21 13:44

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:アヴォカド - この投稿者のレビュー一覧を見る

あの日を境に、Fukushimaの持つ意味が変わってしまった。
住んでいる人にとっても、世界にとっても。そして、かつて住んでいてそこから出た人にとっても。

福島県は、浜通り、中通り、会津地方、と3つの地域に区分けされる。福島県民にとってはごく当たり前の、しかし他県の人はそうそう知らない、知る必要もなかったそんなことすら、今では全国的に知られる。
湖の中にぽつんと小さな島があって、そこにいつも風が吹いていたことから「吹く島」と呼ばれ、「吹く」に幸福の「福」の字を当てた…と子どもの頃に"郷土の歴史研究"で調べた福島は、今や世界中にとってFukushimaとなり、その字面はなんだか、住んでいる人住んでいた人たちの実感とは離れた、遠い知らないもののようにも見える。

「新潮」7月号に掲載されたものが、7月30日の奥付で出版されるという、おそらく異例のスピードの単行本化。
このスピードでこそ熱をもって伝えられる、という判断なのだろう。

熱と言っても熱血ではない。
Fukushimaを出た人が、かつて住んで暮らしていたFukushimaに感じる、小さなわだかまりというか懺悔のようなもの。喉にささった魚の小骨のようなもの。
それを努めて冷静に書き記そうとする。作家の目が見、作家だからこそ書く、現実と自問。

そうなのだ、「311とまとめられることには抵抗がある」。
その抵抗を持ち続けるのが、作家の役割かもしれないよ。

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紙の本

現地に震災直後に乗り込んだ古川もですが、新潮社の人たちもエライです。しかし、なぜ、ルポルタージュではなくフィクションを古川が選んだのか、じっくり考えたいところ。短いお話ですが、いかにも古川作品らしく再読、再々読に堪えるし、それを求める作品です。広瀬隆の本と併読がお勧めかな・・・

2012/05/01 19:37

6人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:みーちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

タイトルだけ見れば、大江健三郎の小説というか・・・でも、実は『聖家族』を描いた古川が東北の震災を受けて書いた作品です。初出「新潮」2011年7月号とありますから、震災から三か月ほどで書き上げられたホットなフィクションということになります。なぜ、ルポルタージュではなくフィクションなのか、あの災害を描くのにその選択は正しかったのか、読者は考えるのではないでしょうか。

それについては、新潮社のHPで古川のインタビューを見ることができますから確認してみてください。読者にどう伝えるか、というより古川にはそれしかできなかったということが伝わってきます。それにしても、です。作家の言葉に即座に編集者たちが被災地への同行を願い出て、すぐに行動に移るというのは、さすがにマスコミ魂は違うと思った次第です。

カバー写真 新潮社出版部、装幀 新潮社装幀室となっていいますが、ここで使われた写真は明記されてはいないものの、その時のものではないでしょうか。それにしてもです、20110311を起点にした銀色の箔押し数字を斜めに並べるだけで、ここまでカバーデザインが新鮮に感じられるのかと感心しました。

で、話ですがフィクションとはいいながら、古川が
                *
ノンフィクションを書く気は一貫してありませんでした。「嘘を一個も書かないフィクション」を書きたかった。小説家である自分が小説を書けなかったら立ち直れるわけはない。そこにしか向かうべき挑戦はなかったんだと思います。
                *
というように、いわゆるフィクションではありません。描かれるのは事実。ただ、『聖家族』の狗塚牛一郎が語りだすあたりの構成は、作家の手が入っています。読んで、すぐに感動する、というような作品ではありません。いや、あの震災の中に感動を期待するほうがおかしい。ただただ津波の映像を見た時のように、息を呑み沈黙する。

人が殆どいない地で、動物だけがなんとか生きているという現実。彼の地で捕獲された引き取り手のいないペットの話は報道されますが、もっと大きな存在が畜産業などのために飼育されていた家畜たちでしょう。野生化できるならまだ幸せかもしれません。傷つき飢え、しかも被爆の可能性もある。食べられるものは汚染されたものかもしれません。

この話は、今後もっと大きな話になっていく、あるいは大きな話の一部に組み込まれ、変貌していく、そういう予感がします。それは、あの震災を経験した人間すべてについていえることでしょう。以前と同じことを言い続ける原発関係者、安全性の検証より必要性の確認に走る野田政権、そんな彼らも必ず変わる、変わらなければ私たちに未来はありません。

いつかまた、読み返せば別のものが見えてくる、それもまた嘘ではない震災の、原発事故の真実であるはず、そういうフィクションです。

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2012/08/07 21:55

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2011/12/14 01:36

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