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侍 改版(新潮文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.4 52件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2011.8
  • 出版社: 新潮社
  • レーベル: 新潮文庫
  • サイズ:16cm/499p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-10-112325-7

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文庫

紙の本

侍 改版 (新潮文庫)

著者 遠藤 周作 (著)

【野間文芸賞(第33回)】【「TRC MARC」の商品解説】

侍 改版 (新潮文庫)

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みんなのレビュー52件

みんなの評価4.4

評価内訳

紙の本

侍というひとつの身分

2011/10/16 11:16

6人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:更夜 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 2010年は、映画は時代劇がたくさん公開になりました。
「なんだか、時代劇ばかりなんだよな、公開されるのが・・・」と言いつつも いい映画も多かったと思います。
また、テレビでは『龍馬伝』が人気で、龍馬、龍馬と騒がれました。
そして、スポーツなどで日本代表を「サムライ・ジャパン」と呼ぶようになり、 日本=サムライと言うのは
もう当たりまえになってしまいました。

 しかし、私は思うのです。
侍、武士というのは、まず「身分の名前」ではないかと。
映画に出てきた武士たちは、戦場で戦う人ではなく、忠義のため、君主のため・・・・と
「身分」にがんじがらめにされたが故の苦悩だったり、行動だったりしました。

 この遠藤周作の『侍』を読むと、ますます、21世紀になってからの サムライが、どんどん本来の意味、意義から
変えられていくのが、わかるような気がしました。
遠藤周作は日本の色々な時代での基督教の宣教師や信者たちを描いていて、
この物語も基督教からみた日本の歴史、とでもいいたくなるような一連の基督教小説の一冊です。

 時代は、江戸時代になる直前。 江戸時代には完全に鎖国になるため、基督教は禁止となるのですが、
まだ、この小説の舞台となる時は地方ならまだ、いいのではないか・・・という大変、微妙な時代です。

 宣教師ベラスコは、江戸から、東北の塩釜に流されます。
そこで、藩主は、南蛮船を作り、ローマ法王と通商の約束をとりかわそうとします。
そこで、親書をローマに届けるために、選ばれたのが 下級武士たちでした。
そして、主人公は名前はあるものの、ずっと小説の本文では「侍は・・」と書かれています。
主人公に名前はあっても、あくまでも呼び名は身分である侍。

 侍といっても、先祖伝来の土地がとりあげられてしまったことを悔やむ叔父がおり、そして、君主から旅から帰ったら、
その土地を戻そうという口約束だけで異国へ旅立つ下級武士たち。

 この物語のもうひとりの主人公は、ベラスコ宣教師です。
もちろん、布教の目的で、日本に来たわけですが 母国の保護があるフィリピンなどではなく
誰もあきらめた、日本で司教になる、というものすごい野望に満ち満ちていて、俗物人物として、
臭いそうに強烈に俗と描かれています。
言葉巧みに、自分の征服欲を達成させんがために、都合のいい方へ導こうと画策する策士ぶりが、見事といってもいいくらいです。

 ベラスコ師は、日本語ができるため、侍たちにとって異国の地で頼りになるのは、ベラスコ師だけです。
そこから生じる葛藤や仲間割れ。
大事な使命ならば、何故、我々、下級武士が選ばれるのか。 ただの捨石なのではないか?
しかし、侍たちは、ひたすら君主の命を守るため旅を続けます。

 メキシコへスペインへ・・・と苦難の旅の果て・・・侍たちを待っていたのは何だったのでしょうか。
あくまでも、目的は親書を渡すためですが、そこへ、どんどん基督教徒信仰を強制される、信仰せざるをえない葛藤も
出てきます。
侍とは君主への忠義の人、正義の人、英雄ではなく、ひとりの苦悩する人間と描いています。

 侍たちの目的とベラスコ師の目的が最初から違うのですが、そこに横たわっているのは信仰というものです。
著者自身、子供のころに、洗礼を受けたものの、日本人でありながら、異国の 宗教を信仰することへの疑問、
何度もやめようと悩み、考え、様々な小説という形で 遠藤周作は、信仰と人間を問い続けます。
このローマへの派遣という事実は、あったそうですが、資料らしい資料はほとんどないそうです。
そこから、リアルなフィクションを立ち上げ、厳格で美しく、哀しい文章で描き切る遠藤周作の文才は、
他に追従を許さないように思います。

 しかし、鎖国の時代となり日本の侍が、最後に責任を取ることにするのは切腹です。
カソリックでは自殺は禁じられています。そこまで考えた上で、基督教信仰をすすめたのか。
最後はどうなるのか・・・大きな渦に巻き込まれ翻弄されたひとりの武士の中でも身分の低い侍。
それは、決してヒーローでもなんでもなく、悩み苦しみ、忠義あれ、と自分を殺しても使命を守ろうとする一人の男でした。

 スポーツは勝った負けたの戦いかもしれませんが、私は、スポーツで戦う人たちをサムライ、サムライ!と
ヒーロー扱いで安直に口に出す気にはなれません。
ただ、昔の「身分としての侍」と今のサムライは、全く違うものだ・・・と思うだけです。

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紙の本

「私小説」

2004/12/04 02:02

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:すなねずみ - この投稿者のレビュー一覧を見る

『沈黙』が「信じること」の原点を抉り出す小説であるとすれば、『侍』は「表現すること」の原点を抉り出す小説である、と思います。

『沈黙』の次に書かれた長編小説『侍』について、遠藤周作は「この小説は僕の私小説みたいなもの」だと言っています。それは『侍』の背景に、彼自身が小説家として生きていくことを決意するに至るフランス留学の体験(『作家の日記』に書かれている過酷な船旅)、そして少年時代の自らの意志とは無関係な受洗という体験があるからです。
 ここで遠藤周作のシリアス系の小説の流れを整理してみると、たとえばこんな感じになるでしょうか。

『海と毒薬』(壊すことの探究)→『沈黙』(信じることの探究)→『侍』(表現することの探究)→『死海のほとり』(共にあることの探究)→『深い河』(???)

『海と毒薬』において自己を「生体解剖」し、そこから生まれてきた二つの事柄(信じる者、表現する者)を『沈黙』と『侍』において徹底的に追究することで、ふたたび統一体としての「人間」を見出し「同伴者」(他者)を描き出すに至ったのが『死海のほとり』。そして『深い河』では???

『侍』は慶長遣欧使節に想を得て書かれた歴史小説です。ちょっと教科書ふうの説明を加えておくと、「支倉常長は1613年(慶長18年)、スペイン支配下のメキシコとの直接交易を求める仙台藩主・伊達政宗の命を受けて、宣教師ルイス・ソテロらとともに陸奥月の浦を出発、メキシコ・スペイン・ローマを訪れ、ローマ教皇に謁見、しかし何の成果を得ることもなく、1620年(元和6年)帰国」。

『沈黙』も『侍』も、江戸時代初頭の日本(鎖国前夜ないしは鎖国完成の頃)を舞台にして、日本人にとっての西洋を描き出そうとした小説です。『沈黙』は書簡体、三人称の語りなどを併用した非常に完成度の高い(とても美しい)小説で、ほぼ一貫して神父ロドリゴの視点から書かれています。「信じる」ということを追究するとき、それはまず、非常に個人的なものとして現われる、ということなのだと思います(「信じる」ということが集団的なものとして現われるときの怖さ……)。
 一方『侍』は、「侍」(長谷倉=支倉)の語りと宣教師ベラスコ(ソテロがモデル)の語りが交互に置かれていて、それぞれの視点からその八年に渡る過酷な旅が語られます。
「侍」はひたぶるに主君のため、「宣教師」はひたぶるに神のため、そう思えばこそ自分を犠牲にして過酷さにも耐える。でも、旅が進むに連れて、ふたりの間にある差異が顕在化してくる。そしてその差異が、「侍」と「宣教師」それぞれの自らが置かれた状況への違和感の表明として、『侍』という小説の全体像との連関のうちに明確な形を取り始める。

>(中村元『思想をどうとらえるか 比較思想の道標』より)

「侍」が旅のなかで、自らの孤独と「宣教師」のさまざまな振舞い(信仰の発露)を通して気づき始めること、それは自分が主君に「忠」を尽すのは、もしかするとひとりひとりの人間を大切にするためなのではないか、ということ。一方「宣教師」にとっては、まさに「神」の教えを伝えることがすべてで、そのためだと思えばこそ、ひとりひとりの人間との関わりを大切にする。そう考えると「侍」に軍配を上げてしまいそうですが、でもたぶん「侍」にとっては「宣教師」との出会いがなければ、その気づきもなかった……そんな微妙な揺れ方を辿るとき、遠藤周作がこの小説を「私小説」と呼んだこと、その痛みがとても切実なものとして伝わってきます。

とてもスケールが大きくて、それでいてミニマルな気遣いに溢れた「歴史/冒険/私小説」の傑作だと思います。

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紙の本

ここからはあの方が

2017/04/05 18:13

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:rue - この投稿者のレビュー一覧を見る

与蔵の「ここからはあの方が、、、、、」という言葉に、侍が大きく頷いたシーンが心に残りました。
弱い者や惨めな者にこそ寄り添うというイエス像が「沈黙」よりも分かりやすく捉えることができました。
キリスト教なんて、別に、、、と思う日本人だからこそ、おもしろく読める一冊であると思います。

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紙の本

良書です

2016/01/03 15:25

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:ME - この投稿者のレビュー一覧を見る

新聞の紹介により読みましたが、いろいろと考えさせられる本でした。二人の男の内面や厳しい自然を描いた本です。それにしても400年前の帆船での西洋への旅はすごい。

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紙の本

初の遠藤作品

2015/08/22 23:26

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:sunuoとjiro - この投稿者のレビュー一覧を見る

淡々と進む物語の中に、「侍」の心の動きが微妙に描き出されており、ページを繰る手が止められませんでした。

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紙の本

集大成

2016/02/07 16:41

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:igashy - この投稿者のレビュー一覧を見る

遠藤周作氏の『日本人にとっての基督教』についての集大成的な作品だと思います。
 かなり脚色はされていますが史実を元にしている作品のため、読者にとって避けられない結末を予想しつつ、一層主人公の弱さ、彼の強さ、信仰への気持ちが響いてきます。

そしていわゆる『伊達武将隊』に支倉常長が入っている現代に苦笑いをしてしまうのです。

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侍は今?

2002/06/20 15:39

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:すまいる - この投稿者のレビュー一覧を見る

 豊臣から徳川へと時代が移り変わっていく中、藩主その他もろもろの人達の思惑によって、遠く異国の地へ行くことになる一人の下級武士。彼は日本を離れる事によって、当時の日本では弾圧の対象になりつつあり、自分とは待ったくの無関係なものだと考えていたキリスト教と、正面から向き合わなくてはならない立場に追い込まれていく……。

 同じ著者の『沈黙』や『深い河』といった作品ともに「信仰とは何か」を考えさせられる作品。信仰とは言っても特定の宗教についての問題よりもむしろ、「日本人であるということ」、「人間であること」とは、一体どうゆうことなのか。と思わず考えさせられてしまうスケールの大きな作品です。

 主人公の侍の、あまりにも世間ずれしていない人物像には多少違和感を感じないわけではないが(今は小学生だってもうちょいすれているのでは?(笑))、当時の時代背景などを考えれば「それはそれでありかな」と、充分に納得できる許容範囲内。

 歴史にも宗教にも関心が無いという人でも、思わずのめり込んでしまうはず!

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2004/10/15 04:53

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2005/11/11 22:07

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2006/04/12 01:22

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2007/08/19 16:42

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2007/12/02 12:13

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