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- カテゴリ:一般
- 発行年月:2011.10
- 出版社: 講談社
- サイズ:20cm/304p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-06-217286-8
紙の本
すべて真夜中の恋人たち
著者 川上 未映子 (著)
孤独な魂がふれあったとき、切なさが生まれた。その哀しみはやがて、かけがえのない光となる。芥川賞作家が描く、人生にちりばめられた、儚いけれどそれだけがあれば生きていける光。...
すべて真夜中の恋人たち
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商品説明
孤独な魂がふれあったとき、切なさが生まれた。その哀しみはやがて、かけがえのない光となる。芥川賞作家が描く、人生にちりばめられた、儚いけれどそれだけがあれば生きていける光。『ヘヴン』の衝撃から二年。恋愛の究極を投げかける、著者渾身の長編小説。【「BOOK」データベースの商品解説】
ふたりで話したことを思いだし、とてもすきだったことを思いだし、ときどき泣き、また思いだし、それから、ゆっくりと忘れていった…。恋愛の究極を投げかける長編小説。『群像』掲載を単行本化。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
川上 未映子
- 略歴
- 〈川上未映子〉1976年大阪府生まれ。「わたくし率イン歯ー、または世界」で早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞、「乳と卵」で芥川賞、「先端で、さすわさされるわそらええわ」で中原中也賞を受賞。
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書店員レビュー
この本に漂う存在感や...
ジュンク堂書店新潟店さん
この本に漂う存在感や空気感をそのままそっと胸の奥のそのまた奥にしまっておきたい、そんな大切な物語だ。
友だちと呼べるほど仲の良い友だちもいなくて、孤独で控えめ消極的、自分に自信がなく、これでもかというくらい小さく存在している冬子。
この冬子がいい。
またその冬子が淡く恋心を抱く三束さんもいい。
なにがいいのかは凄く言葉にしづらいのだけれど、二人が醸し出す雰囲気が抱き締めたくなるくらい愛おしいのだ。
何をしても様になる二人ではなく、何をしても不器用な二人だからこそ、この抱き締めたくなる雰囲気がでるのだろう。
出会う場面や、会話をしている場面、どこをとっても月9のドラマみたいな可愛らしい恋愛物語とは程遠いのだけれど、その可愛らしい恋愛物語よりももっともっと儚い可愛らしさがあると私は思う。そして可愛らしいだけではなく凛とした希望のような光もあるのがこの物語の素敵なところなのだ。
そんな可愛らしく凛とした物語は本の装丁も溜息が漏れてしまうくらいに心を掴んではなさない。素敵すぎる。
文芸書担当 涌井
紙の本
孤独なふたつの魂
2020/04/08 22:24
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
静かに校正の仕事をこなす、主人公の女性の胸の内が繊細に描かれています。偶然にも出会った年上男性に、少しずつ心開いていく姿も微笑ましかったです。
紙の本
不思議な世界
2018/06/14 11:54
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:L - この投稿者のレビュー一覧を見る
なんというか不思議な世界感の作品だなと思いました。おとぎ話というほどでもかいけれど、あんまり現実世界という感じもしないような。
紙の本
派手ではない、だからこそ美しい物語。
2012/02/10 01:08
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ギンギラギン - この投稿者のレビュー一覧を見る
まずいえるのは、とても美しい、そして純愛の物語。
「サイレント・マジョリティを描くことに、もしかしたら豊かなものがあるんじゃないか」
著者は、こう思ってこの作品を描いたそうです。
主人公・冬子は、絵に描いたようなサイレント・マジョリティ。要は、どこにでもいそうな人。
そんなどこにでもいそうな人(それは私でもあるし、この本を読む人もそうかもしれない)におとずれるキラメキは、一瞬かもしれない。しかし、その一瞬は、一瞬たるゆえに美しい。
ちょうど、桜を思い出した。どこにでも生えているけど、その満開のときの短さ、そしてその美しさ。
そして、そのキラメキは、一生を輝かせて足りるものかもしれない。
美しく、そして、希望がある物語です。著者のいう「豊かなもの」は、確実にあったと思います。
また、細部に目を向けても楽しめます。
たとえば著者は、主人公・冬子は感情を表に出すタイプではないから、心理描写を情景描写で代替させて描いたそうです。読者は、情景描写の細かさや濃淡に目を向けて、冬子の心理を読み解くという楽しみ方ができます。
紙の本
恋心はそれだけで光
2012/02/06 22:45
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:RIKA - この投稿者のレビュー一覧を見る
仕事をして、美しい女として扱われ、ブランドの洋服や高級レストランを消費する・・・。
主人公である冬子の友人、聖は情報の洪水にまみれ、誰かが作り上げた「いい女」であることにどっぷりはまっている女だ。
冬子の元同僚は、そんな聖を批評的に見ながらも、また女の人生に対する幻想から逃れられない。
元クラスメイトは、 夫とは完全に家族になり、この先もう恋愛はできないと嘆く主婦である。
「満たされた女」というイメージへの強烈な飢え。
冬子はその飢えを持たないからこそ、女たちの話し相手として重宝される。
冬子は、都会で仕事をしていて、30代で独身で、洋服にも化粧にも頓着せず、恋愛もせず、趣味にお金を費やすわけではなく、人付き合いも積極的ではない。
しかしその生き方を否定するのも、イメージと自分とのギャップに苦しむ人たちだ。
「いらいらする」と言われる理由もわかる。
冬子が内に内にこもった生活をしているのは、心の傷がひとつの原因ではあるのだが・・・。癒やすことも、乗り越えることもなく、淡々と日々を過ごしてきた。
しかしそんな冬子が、年上の男性に徐々に心を傾けていく。
誰かを好きになることは、新しい世界への扉を開くことと同じだ。
殻をやぶって、違う自分になりたくなる・・・冬子もまた、不器用ながら自分で何かを選ぼうとしたり、何も選ばずに流されるように生きてきた自分を責めて、それまでの自分を捨てようとしたりする。
本当に変われるかどうかは、物語を読んでもわからない。
ところで、普段恋愛と呼ばれているものは、いったい何だろう。
ある人にとっては、都会生活のサバイバルツール。
ある人にとっては、結婚へのステップ。
ある人にとっては、性欲や自己顕示欲を満たすもの。
寂しさを紛らわすもの、話し相手を確保するもの。
自分を肯定するもの。否定するもの。
不完全な自分と向き合うきっかけ。
どれがよくて、どれがよくないということなんて、誰にもいえない。
人間関係はそれぞれが違う形なので、恋人とか恋人未満とかセフレとかいちいち名付ける必要もないだろう。
しかしそんな風に、つい恋愛に意味を求めてしまうからこそ、
「ただ好きなだけ」という冬子の言葉が美しい。
まるで真夜中の光のように。
紙の本
光の向こうにある岸
2011/11/21 08:17
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
読者は物語を選ぶことができるが、物語は読者を選ぶことはない。ましてやこういう恋愛物語はそうかもしれない。
物語を読み進むなか、何度、私が女性であったならどう感じるだろうかと思わないでもなかった。きっと私の心のさざなみは女性であればもっとちがう形で岸に寄せているのではないか、主人公のこの思いは女性であれば別のうねりで受けとっているのではないか。
物語は読者を選ばないゆえに、万華鏡のなかの落ち着かない模様のように、さまざなな思いを読者にもたらす。
主人公入江冬子は34歳のフリーの校閲者。人づきあいが不得意で会社もやめた。そのくせは昔からずっとだった。高校時代にもほとんど友人らしい友人もいなかった。処女はそんなすきまをうがつように同級生に奪われた。その時以来、セックスの経験すらない。
そんな冬子がふとして出逢った、58歳の高校の物理の教師だという、三束さん。
処女ではなくなったあの時のように、冬子の心のすきまにひそやかにはいりこんできた男性。
この恋愛物語は「わたし」という冬子の視点で描かれていく。
わたし。34歳。友だちはいない。一人、友人というには淡い仕事上の付き合いがある同年齢の女性がいる。アルコールは飲めない、はずだった。なのに、いつのまにか、どっぷりとはまっている。真夜中に、まっくらな世界のはずなのに煌めきを感じる。
そんな冬子を女性であればどう感じるだろうか。男性の私は、彼女の心の奥底をのぞけていないのではないか。
恋愛は他者との関わりだ。そのことを拒否し続けてきた冬子は、三束さんの登場によって、他者と関係をもとうとする。
「物がみえるのはそれに光が当たっているからで」、恋愛もまた同じかもしれない。
冬子は三束さんという男性がいたから、冬子になりえたのだろう。それをなくした時、彼女は透きとおる存在でしかない。
「まるで巨大な木のてっぺんに巨大な斧が何度も何度も突き立てられ」という、冬子が処女をなくした時の描写が絶対に身体的にわからないように、私はこの物語の本当の美しさを理解できていないかもしれない。
そして、それは永遠に来ないのだろうか。
紙の本
恋する人の真情が、痛々しくも美しく表現し尽くされている
2011/11/16 10:52
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:あまでうす - この投稿者のレビュー一覧を見る
人気作家による最新作はなんと恋愛小説です。といっても正攻法というよりはちょっと設定に変化球を投げていて、内気で内向的な校正専門家の若い女性が、年上の自称高校物理教師にだんだん惹かれていく顛末をじわじわと描きます。
だから光とか物理の講釈が出てきたり、校正の仕事の実態がレポートされたりして恋愛一直線の単純さに陥る危険をあえて複合的に回避しようと努めているのですが、それがうまく行ったとは必ずしもいえません。
そもそも校正家なんて著者のすぐ近くにいる存在であり、これを主人公にするのは安直に過ぎます。ヒロインは恋人とカルチャーセンターで知り合うのですが、どうして彼女がそんな所へ行く気になったのか、またどうして彼女が急にアル中状態に陥ったのかもよく分からない。
が、二人の恋は、読者にとっても著者にとっても想定外に盛り上がります。けれどすべての物語には終わりがあるのです。助平な著者は、無理矢理終わらせようとしてヒロインの友人を突如乱入させたり、相手の男性ににわかにヴェールをかぶせて行方を晦ませようとしたり、気のきいたフィナーレにしてやろうと腐心するのですが、このやり方が最善だとは著者も思っていないでしょう。
さりながらこのようにいくつかの短所を内蔵していようとも、この本の276から278ページの文章は文句なしに素晴らしく、著者の努力と天稟が存分に発揮されています。ヒロインと心をひとつにして、一緒に呼吸し、泣きながら心をこめて描いたのでしょうが、ここには恋する人の真情が、痛々しくも美しく表現し尽くされています。