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みのたけの春(集英社文庫)
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.5 1件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2011.11
  • 出版社: 集英社
  • レーベル: 集英社文庫
  • サイズ:16cm/486p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-08-746762-8
  • 国内送料無料
文庫

紙の本

みのたけの春 (集英社文庫)

著者 志水 辰夫 (著)

幕末の北但馬。寂れつつある農村の郷士・清吉は、病気の母と借財を抱えながらも、つましく暮らしていた。ある日、私塾に通う仲間・民三郎が刃傷沙汰を起こす。清吉は友を救うべく立ち...

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みのたけの春 (集英社文庫)

843(税込)

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商品説明

幕末の北但馬。寂れつつある農村の郷士・清吉は、病気の母と借財を抱えながらも、つましく暮らしていた。ある日、私塾に通う仲間・民三郎が刃傷沙汰を起こす。清吉は友を救うべく立ち上がるが、事態は思わぬ波紋を呼んだ。激動の予兆に満ちた時運に、民三郎らが身を委ねていくなか、清吉はただ日常をあくせくと生きていく道を選ぶのだった。名もなき青春群像をみずみずしく描いた傑作時代長編。【「BOOK」データベースの商品解説】

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みんなのレビュー1件

みんなの評価4.5

評価内訳

  • 星 5 (1件)
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紙の本

冒険小説の第一人者が円熟した筆致で描いた青春群像 若い世代はこのメッセージをどううけとめるのだろうか?

2011/11/29 19:45

2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る

志水辰夫といえばハードボイルド・冒険小説界の第一人者だったのだが、このところ時代小説に転じたらしい。ダイナミックなこれまでのイメージとは異なって『みのたけの春』、相当に渋い。この作品を読んだあとで、1936年生まれと知ってびっくりした。私よりも8歳も年上のオジイチャンだったのだ。なるほど、「若者の生き方のひとつ」として、多分にアナクロニズムであるかもしれないのだが、われわれの年代には、微妙にこそばゆい共感を覚えずにはいられない深みがこめられていた。

現在、日本再生には若いエネルギーによる新鮮な発想と行動力が不可欠である………と若者を叱咤激励するかのような識者たちの主張が巷を横行している。激動の時代はつねにそうだった。幕末から明治維新への流れも若者たちがつくったのだと。
ところが、主人公の生きかたはこの流れに逆行しているように見える。われわれの世代が若者だった時、こういう主人公の生きかたは日和見主義と揶揄されたものだ。

昨年は司馬遼太郎『竜馬がゆく』、最近では山田風太郎『魔群の通過』、吉村昭『桜田門外の変』と幕末ものを読んだから、その延長で本著を読み始めた。時は幕末である。尊皇攘夷論は実態があやふやなまま、倒幕の全国的組織化も未成熟な状況で、局地的軍事行動は暴挙、蜂起にとどまり幕府に鎮圧されていたころ、1963年前後である。史実としての「生野の変」が農民層に引き起こした波紋である。

舞台は北但馬にある天領の貞岡。山間に散在するいくつもの村落からなる共同生活社会。養蚕が百姓の暮らしを支えている。古く成立した入山衆とよばれる自治統治組織にあった相互扶助システムが細々と存続している。その頭領格が運営する剣術道場・尚古館と儒学塾・三省庵に集う若者たちの群像。貧寒の郷士たち(最下位の武士とはいえ、俸禄のない実質の百姓)を中心に、入山衆くずれの神官、大庄屋の息子、百姓を脱し諸事業を拡大する実業家の息子、他国の武家たち。諸文献調査の成果であろう驚くほど丹念な生活の描写は、それ自体変貌しつつある日本社会の縮図だ。時代の流れに翻弄される若者たちの個性が浮き彫りにされ、それぞれの人物像が印象的で素晴らしい。先の見えない生煮えの尊攘運動だが、その熱気に煽られている若者たちの間で、いまや起つべしの行動派が台頭しつつあった。

主人公の郷士・榊原清吉、20歳の若者である。養蚕でようやく生活が成り立っている貧乏百姓だ。
「清吉は、病身の母と借金を抱えながらつましい暮らしを送っていた。ある日、私塾仲間の諸井民三郎(清吉と同じ貧乏郷士)が(郷士を見下す代官所の武士に)刃傷沙汰を引き起こしてしまう。友を救おうと立ち上がる清吉。だが一件の波紋は思わぬ形で広がってゆき………。若者たちが『新しい国』という夢に浮かされた時代、変りばえのしない日々の中に己の生きる道を見出そうとした男の姿を描く、時代小説の傑作」

私は志水辰夫がこれほどまでに静謐で美しい情景を書ける作者だったとは思わなかった。
母思いの日常に清吉が見る四季折々の山々、田園、庭の植え込み、鳥のさえずりなどの自然の風景である。
あらためて著者の人生の厚みに思い至る。それは20歳の若者が感じ取る情景とは思えない、花鳥風月を友として余生をおくる晴耕雨読の隠居生活にして感得する平穏の心境ではないだろうか。

生野の変に呼応して塾生の数人が決起し、何も知らない百姓衆を農兵として束ねようとした。誘われた清吉は断る。尊皇攘夷という政事の「虚構」へと突っ走る若いエネルギーに抗して、母がいるから、借金があるからとして、足元にある、みのたけの「真実」、いや「現実」に踏みとどまる清吉である。
母のため、生活のためと理屈を言って「義挙」には加わらないのだが、それだけではないことが次の心情で語られている。
「この風景のなかに、自分のすべてがあるといまでは思っている。すぎてみれば、人の一生など、それほど重荷なわけがない。変わりばえのしない日々のなかに、なにもかもがふくまれる。大志ばかりがなんで男子の本懐なものか」
清吉のこの人生観、とてもとても20歳の若者のものではない。どこか虚無的であり無常観が滲んでいる。75歳の著者にして到達した心境そのものではないだろうか。そして68歳の私がこの歳だからこそ共鳴するところでもあるのだ。

この作品は親子の愛、兄弟愛、肉親の愛憎、そして友情をテーマにしている。登場人物のすべてにこのテーマでのエピソードがある。それぞれがきめ細かく描かれドラマチックであり、失われつつあるところを懐旧すれば、いずれもが清らかに思えて、ところどころで涙を抑えきれなかった。

家族の絆は最近の小説の流行で、そこではトリッキーともいえそうな妙な捻りで見せる現代的な家族再構築の姿が多い。『みのたけの春』では舞台が幕末だけに素朴な絆である。親孝行にしても、政治論としてあった儒教的作為の親孝行ではない。子の幸せを願う親の思い、老親をいたわる子の情愛、仲間同士の厚誼、村民生活にある持ちつ持たれつの慣行。それは地縁・血縁で成立している農村共同体の基盤ともいえる習俗のひとつである。特別なものではなく、みのたけの風景にあるひとコマにすぎないのだ。

若者たちが天下国家と外に向けて燃焼させたエネルギーを、清吉は村落共同体の平穏のためと内に向ける。決して閉塞状況にうずくまっているわけではない。なにもしないでは「変わりばえのしない日々」は持続できないのだ。彼は自分の家族のため、他人の家族のため、ひいては村落共同体のために、要所要所で命がけの熱い行動を繰り返していく。渋い小説ではあるが、冒険小説並みの快調のテンポがある。

ところで病身の母親の面倒を見る清吉の姿は美しいのだ。真・善・美の極致だと感銘を受ける。「そこには現代に通じる普遍性がある」と言い切りたいところだが、現実は厳しい。我が子たちに清吉のようであれ………とは、とてもとても言えたものではない。
それは著者を含め、われわれ世代のくちびるには寒い願望にすぎないのではないだろうか。

こんな愚痴が最後にでるとは、私も老いたものだ。

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