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ソ連崩壊後20年。ソ連70年の歴史を一体のものとして理解する距離感がようやくできてきた
2011/12/24 18:21
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投稿者:サトケン - この投稿者のレビュー一覧を見る
「かつてソ連という国があった。いまはもうない」。こんな語られ方がするようになるとは、かつて誰が想像しえただろうか。
1991年12月25日のソ連崩壊から20年。ソ連70年の歴史を、そのはじまりから終わりまで一体のものとして理解する距離感がようやくできつつあるといえよう。全体を見渡すことで、なぜソ連という国が誕生し、そして解体し崩壊したかを考えるヒントを得ることができるからだ。
本書は、えらく素っ気ない印象の本である。タイトルだけでなく、本文には写真も地図も一枚も挿入されておらず、淡々とした記述のみが続いている。だが、読み進めていくうちに、だんだん面白くなってくるのを覚えることになる。「ソ連史」のとくに後半、「第4章 安定と停滞の時代」であったブレジネフ時代から以降について振り返ることが、バブル崩壊後の日本の過ぎこし方と行く末について考えるための好材料になっていることに気がつくからだ。
世代によってソ連のイメージはまったく異なるので、どういった感想やコメントを抱くのかは、読者によってまったく異なるのは当然だが、「安定と停滞」期を経た後のソ連が、その体制と国民生活とのあいだのギャップや矛盾が拡大し、ついには崩壊するにいたった歴史をフォローしていくと、どうしても日本と比較してしまうのである。
「ソ連は国力に見合わないほどの過剰な福祉国家だったのであり、そのことが国家にとって大きな負担となったとの指摘がある」(P.222)。まるで日本のいまの財政状況そのものではないか! 本書を読むと、われわれがイメージしてきた、あるいはイメージをもたされてきたオーウェルの『1984』的な全体主義国家とは大きく異なる実態が浮かび上がってくる。だからこそ、ソ連史はけっして他人事ではないのである。
最終的にソ連を解体させることになるゴルバチョフ元書記長の回想録からのエピソードの引用が、無味乾燥に陥りがちな歴史記述を生き生きとしたものにしている。ゴルバチョフが政治の表舞台に登場したのは1985年のことであったが、1931年生まれのゴルバチョフが回想する1950年代、1960年代、1970年代のソ連社会の具体的な姿はじつに興味深い。
ソ連が崩壊して今年で20年。ソ連末期の状況すら、もはや記憶から消えて久しい状況だろう。だが、1986年のチェルノブイリ原発事故から6年で崩壊したソ連のことを考えれば、けっして対岸の火事とはいえないのではないか? 戦後のソ連史に記述の重点を置いた本書はその意味でも読む価値のある本だといってよい。
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ソ連の歴史。
2011/12/08 00:39
2人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
つい20年前まで存在していたソ連の歴史を書いた表題通りの本だが、スターリン死後の方が長い。投書や批判的に書かれた記事を通して、社会主義ソ連なりに「停滞の時代」と言われた時代でも試行錯誤した過程が書かれていて面白かった。同じような「内側から見る視点」でレーニンやスターリンの生きていた時代も書かれていれば、よかったが。
この本の中にドイツ軍占領下について書かれた箇所があるが、ドイツ軍占領下のロシアについて書かれた本は以外とないものだ。ヴラーソフ将軍のロシア解放軍についてはドイツ軍についての逸話集に出て来る程度で、ドイツ軍を歓迎してドイツ軍占領下の警察やドイツ軍に参加した人々や協力しなかった人々、ドイツ軍占領下にあった地域に多く住んでいたユダヤ人達の運命が如何なるものだったか、誰か書いてほしいものだ。
ただ2点ほど気になった箇所がある。
1920年のポーランド戦争の際にボリシェヴィキに協力しなかった旧ロシア軍の軍人達が「政権に与した」(22頁)とあるが、国内戦の際に赤軍に動員されたロシア軍の軍人達が、当時の赤軍の「軍事専門家」だった。この本は国内戦について書かれた箇所は少ないが、ポーランド戦争で赤軍に協力した軍人もいるにしても、トゥハチェフスキー元帥のようなロシア軍の将校出身者が当時の赤軍では珍しくなかったのが実情では。
223頁に朝鮮戦争以来国交が途絶えていた韓国とソ連が「国交回復」したとあるが、ソ連は朝鮮民主主義人民共和国を承認して韓国の存在を認めていなかったはずだ。
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知りませんでした。
2021/12/30 18:53
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投稿者:Kanye - この投稿者のレビュー一覧を見る
とかくソ連の歴史というと,暗くて陰惨な感じがありますが,もちろんそういう部分が多くあるとは思うのですが,一般庶民がそれなりに満足して生活している時期もあったことを知りました。こういう新書は,一面的なニュースが伝える以外の情報を教えてくれ,とても有益だと感じました。
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「歴史は実験できないから、汲みつくせる教訓は得よう」という主旨で、ロシア革命から91年のソ連崩壊までを書いた歴史書である。二月革命(1905)や十月革命(1917)の部分は、革命時の農村の収奪などを書いている。男性の5人に一人が死んだ独ソ戦の苛烈さ、その後の東欧への干渉にはドイツとの緩衝地帯形成の意図もあることを指摘している。そして、スターリン体制下の粛正、フルシチョフの秘密報告、スプートニクショック、フルシチョフ・プレジネフ時代の停滞、ゴルバチョフのペレストロイカなどに詳しい。労働規律の弛緩ではノルマの交渉、流通不備からくる月末の集中作業、この集中作業をこなすため、過剰な労働力を保持していたことが書かれていて、当時のソ連の労働がよく分かる。また、経済成果を重視したフルシチョフに迎合し、繁殖過程を無視して、三倍の食肉を出荷した結果、地域の牧畜に壊滅的打撃をあたえた「リャザン州事件」など、教科書にのっていないような事件にも言及している。環境破壊の項目では、社会主義の理念では労働が環境を改造すること、国営企業が汚染して国家が罰を課すという構造から、取り締まりがゆるく、また罰金をとるために「泳がせて」いたことなどが指摘されている。中国は政治改革より経済改革を先にしたので、ロシアのように崩壊せずに済んだという論に対しては、たしかに政治運動が「上からの改革」の邪魔にはなったが、要するに、ゴルバチョフは経済改革をしたかったけど、政治改革もしなければならず、結局、ロシアにおいては必要な措置だったというように説明している。中国のことを知るにも、ソ連のことを知る必要はあるし、実際、食料供出や言論弾圧、政策迎合など似た事件は多い。20世紀に存在し、たしかに魅力をもっていた「対抗文明」を学ぶ価値は大きい。ソ連の人民は社会主義を支持したし、政権も人民とのコミュニケーションを絶やさなかった。また、統制の及ばぬ所での「自由」があり、がんじがらめの統制国家ではなかったことも、ソ連を理解するには重要な要素である。随所にゴルバチョフの回想録が引用されている。
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良くも悪くも入門書。
専門外の自分にとってはちょうど良いレベル。
冷戦時の東西対立については多少なりの基礎知識はあったが
内政分野の知識はほぼ皆無だったので興味深し。
昨今何かとニュースで取り上げられている中国の農村籍、
コルホーズ維持を目的として旧ソ連でも似たようなことやってたわけね。
諸学は終わったので、次は気合入れてE・H・カーの
「ロシア革命―レーニンからスターリンへ」でも読もうか…。
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集団化を強行したことに対して農民が反抗したので、スターリンは成功による幻惑という論文を執筆する。自発性の原則を強調して、集団化の生きすぎを戒めた。
計画経済では計画に基づいて生産と供給が整然となされるイメージがあるかもしれないが、戦前でさえ計画によって基本的な需要が満たされない分野は存在した。
都市住民の生活も苦しかったが、食糧供給を支えた農民たちの負担もきわめて大きかった。
ソ連国内に住むドイツ系住民を敵視する政策が採られた。、ロシアでは18世紀後半からドイツ人の殖民が奨励され、数万人規模のドイツ人が移住していた。
ソビエト政権と共産党は、自由主義(リベラリズム)に否定的な態度をとっていた。リベラリズムという用語も否定的な単語だった。
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本書は、所謂“政治史”、“外交史”というような分野に止まらず、“経済史”、“社会史”とでもいうような分野に関して詳しい。それが興味深い。
「過ぎ去った体制(=ソ連)に関して読んでも…」と切捨てず、本書に付き合う価値は存外に高いように思う。現在、“ソ連”が語られる場面は非常に少なくなっている訳だが、本書は「好いタイミング」で登場したかもしれない…
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北海道学園大学法学部教授(ソ連史)の松戸清裕(1967-)によるソ連内政史の概説。
【構成】
第1章 ロシア革命からスターリン体制へ
第2章 「大祖国戦争」の勝利と戦後のソ連
第3章 「非スターリン化」から「共産主義建設」へ
第4章 安定と停滞の時代
第5章 「雪どけ」以後のソ連のいくつかの特徴
第6章 ペレストロイカ・東側陣営の崩壊・連邦の解体
ソ連という国については、評者より上の世代はなにがしかの感慨を込めてイメージを持っているのではないだろうか。しかし、日本に住む我々の多くは、社会主義国家という壮大な実験を行ったソ連という国の成立から衰退までの通史を把握できていないのではなかろうか。
本書は、ソ連の内政史とりわけ農業政策を中心として、スターリン、フルシチョフ、ブレジネフ、ゴルバチョフの各指導者たちがとった方針を論じる。コルホーズ、ソフホーズを軸とした農業政策の挑戦と失敗にソ連という国のエッセンスが詰まっているかのように本書は論じる。
農作物にせよ、工業製品にせよ、常に数字=実績を追い求める計画経済は、指導者が示す数字ばかりが先行して、下部組織は捏造・誇張、あるいは後先を考えず短期的な成果のみを求めて「数字を作る」。
さらに、成果に関わらず一定の賃金を得る労働者は、農地経営の困難さと労働市場の非流動性に起因する「売り手市場」を背景にして、勤労に対するモチベーション・規律は低迷する。そして、仕事もせずウォッカを呷る戯画的なソ連労働者が至るところに実際に現れることになる。
ソ連という国家は歴史となったが、ソ連が抱えた課題が完全に過去のものになったわけではない。
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[ 内容 ]
一九一七年の革命から生まれ、一九九一年に崩壊した社会主義国家・ソ連。
二〇世紀の歴史上に巨大な存在感を持つこの国は、いまだ「冷戦の敗者」「失敗した社会主義国」「民意を無視した全体主義国家」といったイメージで論じられることが多い。
しかし、その歩みを内側からたどってみると、そこでは必ずしもその印象に収まらないさまざまな試行錯誤がおこなわれていたことが見えてくるだろう。
簡潔にして奥深い「ソ連史入門」。
[ 目次 ]
第1章 ロシア革命からスターリン体制へ
第2章 「大祖国戦争」の勝利と戦後のソ連
第3章 「非スターリン化」から「共産主義建設」へ
第4章 安定と停滞の時代
第5章 「雪どけ」以後のソ連のいくつかの特徴
第6章 ペレストロイカ・東側陣営の崩壊・連邦の解体
[ 問題提起 ]
[ 結論 ]
[ コメント ]
[ 読了した日 ]
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ソ連指導部は民意の調達に躍起になっていて、人民からの手紙やら果ては投票用紙の余白への書き込み(!)もその手段であったということには驚いた。
手堅く淡々とした記述なのでややもするとモノトーンになるのだが、ゴルバチョフの手記からの引用が彩りを添えるアクセントになっている。
で、そのゴルバチョフの改革はすべて裏目裏目に出て(ある意味で失政)、結局「ソ連史」の幕引きとなったというのは皮肉。
それにしても。
計画経済や民主集中制は少なくとも理念においては人間の理性や良心に依拠したものだと思うのだけれども、その社会主義が、神の見えざる手だの相互不信(権力分立制)に依拠する資本主義・自由主義に敗れたということは、性善説vs性悪説としてみると、性悪説の勝利ということになるのだろうか。
そう考えると、少し切ない。
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通史を学びたいと思って手にしたのだが、印象は今一つ。ソ連という国家が意外に国民世論というものを気にしていたというのは意外な発見ではあるものの、全体として記述は平板なように思う。「この国を知らずして20世紀は語れない」という帯の文句はその通りだと思うんですけどね。
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今は消滅した国家、ソ連。
本書は題名の通りこの国家の誕生から解体までを解説した本です。
新書形式なので結構駆け足な所もあるかとは思いますが、ソ連国外からの「ソ連=周辺諸国や自国民を弾圧した強権国家」と言ったステレオタイプな視点ではなく、この国家を違った視点から理解する切っ掛けとなる内容の一冊でした。
では前置きはこの位にして、以下に本書が解説するソ連史から抜粋した内容をご紹介します。
革命直後、革命政府は社会主義の理想に基づいて現実に即していない政策をとって国内外で危機的状況に陥る。
そしてその危機を国民の多大な犠牲により乗りきる。
しかし、国民に大きな犠牲を払わせたことにより国内に歪みが生じ、この歪みを解決しようと様々な政策が取られるが、これらの政策も現状に即していない物であった為、更に国民に負担をかける。
その一方でソ連政府は国民の不満には敏感であり、共産主義の理念も影響を与えた事によってソ連は福祉国家として発展。
だが、政策ミスを連発した事による経済停滞は止められず、これにアフガン進行が加わって国家破綻の瀬戸際にたつ。
ゴルバチョフはこれらの問題を解決しようとグラスノスチなどの政策を取るが、国民生活の質を向上出来なかった為、逆に国家解体と言う結果に結びついた。
特に、本書で解説されている以下の点
・国力を考えずに重工業化を進めた為、国内が疲弊した事。
・そして膨大な犠牲者を出したスターリンの大テロルや現状に即していない政策によりヘロヘロな状態となっている時、ドイツとの激しい戦争に突入。
・勝利を得たものの甚大な損害を受けた事。
・戦後は激しく損耗した状態で、国力が充実したアメリカを相手にした競争に突入した事。
や、(本書の表現を借りれば)「善き意図が善き結果につながるとは限らない」と言う表現そのままの現状に即していない政策の連発。
最早「アメリカが冷戦に勝利したと言うよりも、ソ連が自滅するまでアメリカは持ちこたえていたと言うのが正しい認識ではないか?」と言う疑問を抱く程。
ソ連解体に至る原因として様々な外的要因もあったのだろうが、もっと根本的に「現実よりも自らの価値観を優先させた」と言う原因があったのではないか。
この様な事を考えながら読了。
かつて広まっていた「ソ連=強大な国家」と言った脅威論に染まるのでもなく、かと言って冷戦後のソ連を侮る考えに立つのでもない本書の解説。
ソ連の失敗を客観的に指摘してくれる内容となっていますので、ソ連に対する上記の様なステレオタイプな視点ではなく、それ以外の視点からこの消滅した国家を理解したければお勧めな一冊です。
興味があれば一読を。
"#尚、著者が上記のステレオタイプな視点を払拭しようとした為か、若干ソ連政府が国民の意志を重視していたと言う点を強調しすぎている様な印象も受けましたが、この印象は(例えば政府に対する反対意見が表明された割合など)具体的な数値を用いた解説が少なかったからかも知れませ���。
#最も、ソ連時代にこの様な統計をきちんと取る事が出来たのかと言った問題があるのかも知れませんが・・・"
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頭に入ってこなかった・・・(;ω;)
また、根拠が示されていないことが多く、特に数量的な話に目立ち、そのことが気になった。
例えば、「党員の増加は、過去○○人に対し減ってはいるものの●●人はいるのだから、出世目当てだけに限らず情熱によるもの」という叙述。
過去と数を比較しているが、単に数量を示しただけでは、根拠とはいえない。逆に、何人からなら少ないの?という話。
感覚ではなく、当時の証言がないと…。
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新書としてのソ連史の入門書。
レーニンの建国から、スターリンの独裁的な体制と第二次世界大戦。フルシチョフのスターリン批判からキューバ危機、フルシチョフの失脚とブレジネフ政権と2人を挟んでゴルバチョフの台頭とソ連の解体まで追っている。
共産主義のイデオロギー的な視点よりも、経済的な視点が強かったと思う。人間は経済を予測できないという視点に立つことが大切だと思った。コルホーズやソフホーズなども含めて、システムを作っても有効に活用されないと経済は停滞するのは、各国の公務員にも通じるかもしれない。
ゴルバチョフ就任時には、軍事費は、国家予算の16%の公表に反して、40%もあったという。それでは長期的に見て、国の経営はできないと思う。ソ連の消滅から分割を経て、今ではロシアの復活となっているが、なかなか壮大な実験の記録という面では、面白いと思った。実験される方はとんでもないが。
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1922年・ソビエト連邦結成のその前夜から1991年の消滅まで。
労働者階級、つまり被搾取人民の解放のために革命は起こり、世界初の社会主義国家連邦が生まれました。それがソビエト連邦です。マルクス・レーニン主義のもと、資本主義を超えるものとしての社会主義からはじまって、貧困のない共産主義まで到達させようとするのがこの連邦の目的でした。しかしながら、ソ連結成まもなくから、食糧確保のためにまもなく農民の搾取がはじまるのです。目的のために手段を正当化するのが、権力(ちから)の強い側のやり方。こういった政治の強引なやり方は今も昔もよく行われることで、社会主義でも民主主義でもその主義にかかわらず、警察や軍隊までをもときの政体がそのしもべとして使うことは珍しくないと思います。露骨さの度合いの違いがあるだけで、どの国でもそういったことはあるのではないでしょうか。
話はソ連に戻りますが、マルクス・レーニン主義は、人民の自発性を重視し奨励する主義なのですけれども、それ自体は間違っていないのではないか。人民の意識の変化が大切だと考えるのは、僕だってそうです。権力がへたに人民の意識を洗脳していくわけじゃなくて、人民が自律的に自分の知的好奇心にしたがって自己の意識を育んでいく。そういうありかたが、よりよい社会を下からつくっていくことになっていきます。
でも、ソ連ではまずスターリンという独裁者が台頭してきます。スターリンの下、学問や芸術が政治に従属させられ中央集権化が強められていく。このことから現代社会への教訓とするのるのは、政治が最上位でゆるぎないという至上主義って、僕は社会の偏りが過ぎるのではないか、ということだと僕は考えます。学問や芸術は独立した分野として尊重されながら在ることが望ましい気がするんです。政治視点の一面的な価値観で考えるべきではないのではないか。
ただ第二次世界大戦において、スターリンはヒトラーのナチスドイツと正面から戦って、退けたのでした。これはとても大きなポイントです。いわゆる独ソ戦。国内深くまで攻め込まれ、苦しみながらも最後にはナチスドイツを撃退した。まず、ドイツと正面切って戦っていたのはソ連だけだったのでした。それが、ドイツ敗北に終わった戦後の世界での戦勝国・ソ連の発言権を強めることに繋がります。ソ連という社会主義国への世界からの見え方が輝いたものへと変わってくる。
第二次世界大戦での死者数は、ソ連がもっとも多いそうです。全体で5000万人とも言われる死者のうち、ソ連の死者は2600万人とも2700万人とも言われるそう。それが、ソ連の指導者たちに恐怖や不安を植え付けることになります。独ソ戦の経験によって、「完全にやっつけないとこっちがやられかねない!」と過去の経験からそれが「ありうる」と判断し、危惧する(これ、実は原理主義にもつながる話だと思うのです。「原理主義」って「理想主義かつ完璧主義のこと」ということです)。スターリンによる大粛清(百万人以上もの人たちが殺された大テロル)や独ソ戦後のソ連の対外的にも対内的にも厳しいやりかた、それらはどうやら、西側諸国への不信と恐怖からきている。
そん���スターリンは死後、フルシチョフらによって批判され、ソ連には揺り戻しがやってきます。人民は、ずっと引き締められてきましたから、弛めてくれる政策を望んだ。それをフルシチョフは読み取っていて、ゆるめていきます。そんな1950年代から1960年代までは、まだ貧しさがありながらも社会主義の行く先への民衆の期待感は強かったようです。でも、思うように発展しない経済状況があり、しばしの安定から停滞の時期を経て、人々の期待感は失望へと変わり、労働意欲の低下、規律や秩序の乱れにつながっていきます。
迎えた80年代。本書終盤にあたります。ソ連解体前、ゴルバチョフの時代の彼のやり方はとてもシンプルでピュアな感じがしました。(こういう古いやり方を刷新する感じが「新しくて正しい」とするテーゼとして、当時成長期だった僕の内部にそっと根を張って今にいたるような気がします。そういう時代の空気を十分すぎるほどに吸って育ったのではないかと)
ゴルバチョフのやりかたは、どろどろした政治はもうやめよう、というようなやり方のように感じるのです。政治力の使い方も、いわゆる政治力然としたものとは違うような感覚。強権的な支配、利己性などを志向していないかのよう。志向性がいわゆる政治家のそれと違うから、あれだけの思い切った舵取りを試みられたのでしょう。ペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(マスコミの存在を重くみる、情報公開の政策)、世界平和の新思考外交がゴルバチョフ時代の特徴です。
ゴルバチョフは権力をクリーンでクリアに使おうとしたようにさえ本書からは見受けられます。そのスタンスは、甘いといえば甘く、拙いといえば拙く、若いといえば若いのではないか。だけれど、そのドラスティックさに、油っこさを(あまり)感じません。ちょっと話が飛んだようになりますけども、ゴルバチョフ氏は既成の宗教の枠外にあるような神の存在を考えていた人なんじゃないかと思うんです。そういう人のやり方だからこそのような気がします。
さて、あとは読みながら感じたことを列記して終わります。
・まずソ連がそうだったけれども、社会主義国家や共産主義国家を称する国々は、人民の幸福のために国を発展させていくとの目標がたんなる張りぼての看板にすぎず、実際は軍事国家に転じていきがちではないだろうか。
・ロシアは伝統的に強いリーダーを求めるそうです。強権的なリーダーを好む国民性。また、政府や機関誌などにも投書をよくする国民性で、そこに批判や意見や陳情などが多く寄せられていて、政治に役立てたり、訴えを受け入れて願いをかなえたりするシステムが成立しているそうです。これはソ連に限らず、日本でもあることです。
・本書を読むと、社会主義の実験場・パイオニアとしてのソ連の格闘の盛衰をざっくり知ることができました。そのうえで思うのが、北欧の社会民主主義の国々は、おそらくソ連の失敗を細かく分析してよく勉強したうえで政治をしているのだろうなあということでした。具体的にどうこうとはちょっと言えない程度のふんわりした感想ではあるのですが、これまで読んできた本や記事などの記憶からそう感じるのでした。
以上、ソ連を知ることは、ロシアの��景を知ることにもつながります。また、他山の石として日本を振り返って客観的に考えたり、他国と比べてみたりなどするためのひとつのものさしを手に入れることにもなります。実際、こうやって苦労したりがんばったりしてたんだなあ、と想像しながら読むとおもしろかったです。学生時代、決められた時間に決められた進み方で決められた歴史の部分を他律的に勉強させられ、覚えることを強要されて歴史はもういいや、となりましたが、こうやって好んで一冊読んでみると、味わいがあって歴史も悪くない、という気持ちになりました。