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わたしの名は赤 新訳版 上 (ハヤカワepi文庫)
1591年冬。オスマン帝国の首都イスタンブルで、細密画師が殺された。その死をもたらしたのは、皇帝の命により秘密裡に製作されている装飾写本なのか…?同じころ、カラは12年ぶ...
わたしの名は赤 新訳版 上 (ハヤカワepi文庫)
わたしの名は赤〔新訳版〕 上
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商品説明
1591年冬。オスマン帝国の首都イスタンブルで、細密画師が殺された。その死をもたらしたのは、皇帝の命により秘密裡に製作されている装飾写本なのか…?同じころ、カラは12年ぶりにイスタンブルへ帰ってきた。彼は件の装飾写本の作業を監督する叔父の手助けをするうちに、寡婦である美貌の従妹シェキュレへの恋心を募らせていく—東西の文明が交錯する大都市を舞台にくりひろげられる、ノーベル文学賞作家の代表作。国際IMPACダブリン文学賞(アイルランド)、最優秀海外文学賞(フランス)、グリンザーネ・カヴール賞(イタリア)受賞。【「BOOK」データベースの商品解説】
【国際IMPACダブリン文学賞】【最優秀海外文学賞(フランス)】【グリンザーネ・カヴール賞】1591年冬。オスマン帝国の首都イスタンブルで細密画師が殺された。カラは、秘密裡に製作されている装飾写本の作業を監督する叔父の手助けをしているうちに、美貌の従妹シェキュレへの恋心を募らせていくが…。【「TRC MARC」の商品解説】
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書店員レビュー
中東のイスラーム圏の小説家として
MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店さん
中東のイスラーム圏の小説家として、マフフーズに続いて二人目のノーベル文学賞受賞者となった著者オルハン・パムクの名は、世界を震撼させた2001年の同時多発テロとそれに続く混迷の数年間の記憶もまだ生々しい時期のことであったゆえ、日本の出版界でもかなりの話題性をもって迎えられたように思う。その受賞作『雪』よりもむしろ総じて世評の高い本作は、今回で早くも二度目の邦訳となる。息の長い、ニュアンスゆたかな文体をもつ作品だけに、改めてじっくりと読み比べてみるのも一興だろう。
著者の生まれ育った地であり、ほとんどの作品の舞台ともなっている海港都市イスタンブールといえば、アラブ・中東世界とヨーロッパ、またアジアとをつなぐ文明の交流の地として、ある種のロマンチックな憧憬の念をもって語られることも多い。だが一歩歴史の内部に足を踏み入れれば、たとえば本作に登場する細密画の絵師たちの不安と苦悩に象徴されるように、特にヨーロッパ近代との遭遇を契機として、自らの拠って立つ文化的・宗教的伝統の正統性や純粋性をめぐっての葛藤もまた、当地の知識人において、ときに激越な振幅をともなって繰り返されてきたのである。(以下下巻)井上
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遠近法の侵略
2013/02/28 23:04
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
イスタンブールの絵画工房。名人と言われる4人の絵師がいて、それぞれ「優美」「蝶」「コウノトリ」「オリーブ」の呼び名を得ている。いずれも伝統的な細密画の技法を継承し、また後世に伝える役を担う者達だ。
しかし子供の頃からの努力の末に手に入れた境遇も、安定したものとは言えない。16世紀の当時、ハンがカリフの版図を侵略し、それをシャーが奪い返しといった世界戦争はようやく落ち着いたとはいえ、トルコとペルシャの睨み合いや小競り合いは続き、入れ替わる権力者の趣味で画家の地位も、上がりもすれば危うくもなる。
そして4人の名人の一人「優美」の死体が発見される。皇帝の命を受けた本に取り組んでいた彼らの死は重大な叛意と言える。叔父の跡を継いで絵画ブローカーの地位を目指す青年が、その謎解き役を命じられる。
しかし誰にも知られずに行われた殺人の犯人探しは、当時のこと容易ではない。
絵画の世界では、ペルシャ、アラビア、ティムール、そして中国やベネツィアといった東西様々な技法が流入しており、権威ある名人による細密画の技法といったものは、蓋を開ければ流動的で、名人達の志向も実は様々であったことが分かる。名人達の生い立ちすら実は定かでない。「優美」を殺害する動機は、これからの芸術の進む方向、それによって定まる絵画師達の運命、あるいは私怨と、掴みどころが無い。手掛かりを求めてイスラム絵画史の放浪が始まる。
特に大きな衝撃は、この時代にヨーロッパで発達した遠近法という手法。現実を人間の目に映るままに近づけて描く。偶像を排して絵は神の目線であるべきというイスラム絵画の原則に真っ向から反するが、観た者を瞬時に惹き付ける魔力を持っている。それは皇帝ですら抗えない魅力であるゆえに、絵画師達は信仰と誇りと保身の狭間で葛藤する。そのために「優美」は殺されなければならなかったのか。
そしてこの作品は語りの魅力が大きい。名を隠した犯人、主人公やその恋人、絵師達、酒場の巷談芸人どころか、死体に、絵の中の犬や馬、色彩の赤など、ありとあらゆる物がてんでに語り出す。視点があり得ない目まぐるしさで移り、舞台の周囲を回転するカメラで映しているような、目眩をもたらす情景。だが彼らが語っているのは、絵師達に訪れる破滅ではなく、その存立基盤が外部からの力で、内部からの圧力で徐々に崩れていく過程。例えば西からは遠近法が、東からはコーヒーが、相互に文化を浸食していくのだ。
それから画題として語られる、無数のいにしえの物語、ロマンスたちの色どりもすばらしい。
東と西、過去と未来が交錯する、イスタンブールはたしかに、文明の十字路と言える場所だった。
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物語自体が、それ自身精緻な一幅の絵巻物を思わせる、果てしない奥行きと広がりある世界
2013/01/15 13:43
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ミルシェ - この投稿者のレビュー一覧を見る
それ程難解ではないとは思いますが、さらっと手軽に読めるようなものを求めている読者には、向いていないかもしれません。
何せ、一つ一つの文章が、とても濃密なので。
細密画及び細密画家達のその絵画に打ち込む情熱及び神への信仰と西洋の絵画技術の伝来なども絡んだ上での、芸術家としての苦悩を縦糸に、そしてカラとシェキュレとの恋の行方を横糸に織り成されて生きます。
そしてそれを、更に奥深く豊穣なものとしているのは、絵に描かれた、犬、木、死などの個性的な語り手達の更に語り始める物語、そして歴史上名高いスルタン、ハーン、王達と当時の学者・画家・文学者の逸話及び、それぞれ、
工房の傑出した名人達であり、また嫌疑をかけられている
三人の細密画家達が、「様式と署名について」・「細密画の時と神の時について」・「盲目について」という命題の、
(この命題・問い自体も、大変に興味深く魅力的なものですが。)カラの問いに対して、細密画家としての、そして細密画についての各々の信条を、自分達の知る逸話を交えながら、答えていくくだりです。
また、この中で語られる物語群が、様々な含蓄と興趣に富み、大変興味深く、そして魅力的なのです。
後で気づきましたが、ああこの構成は、いわゆる、「入れ子構造」という物語構成の「千一夜物語」様式を、取り入れているんだと、気がつきました。以前に原典訳の東洋文庫版を、何冊か読んだ事があるので。
本当に、どこまでも広がっていく、奥行きの深い世界に、読んでいて、眩暈がするような心地になりました。
独自の様式と個性を出さない事こそが、当時の細密画家達にとっての、まさに一流の細密画家としての真髄であり、むしろそれらにこだわる事は、細密画及び神への冒涜に当たるという事、長年の間、画業に打ち込みすぎた余り、盲目になる事こそが、むしろ細密画家達の誇り・名誉ですらあるという、当時の細密画家達の考え方も、非常に印象的かつ興味深い事でした。また、当時から、好んで用いられた細密画の挿絵の題材として、何度となく物語中で取り上げられている、恋愛叙事詩「ホスローとシーリーン」や、「ライラーとマジュヌーン」・「七王妃物語」などで知られるニザーミーは、以前に読んだ事があったなと、思い出しましたが、フィルドウスィーの「王書」やサアディーの「薔薇園」や「果樹園」(いずれも著名な、中世ペルシャの文学作品)の存在も、知ってはいましたが、まだ読んだ事はありません。
物語中でも何度か触れられている、これらペルシャの文学作品などについても、知っていると、更により深く楽しむ事ができるのではないでしょうか。また、ルコの風俗・食などを含めた習慣なども端々に詰め込まれ、ページ数に違わず、濃密・濃厚な世界が、繰り広げられています。
また、これも本書で度々述べられている、パトロンたる王侯達の有為転変に、否応なく影響を余儀なくされ、波乱を余儀なくされる、
芸術家達の宿命とでもいうようなものも、印象深かったです。
やはり、その生涯を終始乱世の中で送る事となり、仕える王者達の隆盛・没落、また彼らのその性情などにより、繁栄したり、冷遇されたりなど、様々な有為転変を余儀なくされ、現在でもイランで愛誦されている、まさに乱世に生きた中世ペルシャの詩人
ハーフィズ(ハーフェズ)の姿と重なって見えました。
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赤とは絵師の用いた色のこと
2021/05/29 21:37
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ふみちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
トルコ人初のノーベル文学賞(ノーベル賞全体でも初)を獲得したオルハン・パムク氏の作品に初挑戦。「わたしの名は赤」、変わったタイトルだが、それぞれの章の初めには「わたしの名は〇〇」といったサブタイトルが付けられている、、「私の名はカラ」とか「私の名はシェキュレ」といった主要人物の名前が入ったものだと解りやすいが、絵師によって描かれた犬、木、はてはタイトルのように絵に塗られた色彩まで登場する
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トルコのノーベル文学賞作家の代表作
2016/03/14 19:59
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:更夜 - この投稿者のレビュー一覧を見る
すべての章が「わたしは~」と一人称で語られる物語。
16世紀末のイスタンブル。「優美」という名を持つ細密画家が何者かによって殺される。
第一章が「わたしは屍」と死んだ「優美」が物語を始めます。自分はいかにして殺されたか。
なぜか、は書かれていません。そのあと、人間だけでなく犬や絵画の中の木や金貨なども
一人称で語っていきます。
皇帝の命により秘密裡に制作されていた装飾写本。名人と言われる細密画家は「蝶」「オリーブ」「コウノトリ」そして「優美」日本語に訳されてしまうと漢字だったりカタカナだったりしますが、原文ではおそらく美しい4つの言葉なのではないか、と思います。
そしてその写本の作業を監督する細密画家の娘、シェキュレと12歳年上のカラという男の恋物語が同時進行します。
シェキュレは、軍隊の兵士である夫との間に2人の息子がいますが、4年間音信不通。
もう戦死してしまったのではないか、という所へ、カラが現れます。
シェキュレ12歳、カラ24歳の時に初めて出会ったふたり。
24歳となったシェキュレは、帰らぬ夫を待ちながら、2人の息子を育てている。
「わたしは殺人者と呼ばれるだろう」という章では、最初の「優雅」を殺し、また、シェキュレの父をも殺す殺人者でありますが、「蝶」「オリーブ」「コウノトリ」誰が殺したのか?
西洋と東洋が出合う国、トルコ。
西洋からは、遠近法や陰影など、それまでのトルコの伝統的絵画法からははなれたものが、だんだんしのびよってくる。
なにを持って美しい、完璧な美と言えるのか、という疑問が精密画家たちの間に不協和音のようにしのびこんでくる。
文章はただ謎を追うばかりでなく、様々な一人語りによって場面を変えていき、慣れるまで少々時間がかかりました。
しかし、第二の殺人がおきて、それでもカラとの結婚を押し通そうとするシェキュレのしたたかさなど、俗っぽい事もしっかり描いています。
聖なるものだけ描いていたら、ちんぷんかんぷんな所、わかりやすい人物を上手く配していると思いつつ下巻へ。