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寄り添い支える 公立志津川病院若き内科医の3・11
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.5 4件
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  • カテゴリ:一般
  • 発行年月:2011.12
  • 出版社: 河北新報出版センター
  • サイズ:19cm/183p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-87341-267-2
  • 国内送料無料

紙の本

寄り添い支える 公立志津川病院若き内科医の3・11 (河北選書)

著者 菅野 武 (著)

目の前に津波が押し寄せて死を覚悟したときや、その後の壊滅的な状況の中で、そこにいた人は何を思い、どう動いたのか。米国『タイム』誌の2011年度「世界で最も影響力のある10...

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寄り添い支える 公立志津川病院若き内科医の3・11 (河北選書)

864(税込)

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商品説明

目の前に津波が押し寄せて死を覚悟したときや、その後の壊滅的な状況の中で、そこにいた人は何を思い、どう動いたのか。米国『タイム』誌の2011年度「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた医師の苦難と闘いの記録。【「TRC MARC」の商品解説】

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みんなのレビュー4件

みんなの評価4.5

評価内訳

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紙の本

われわれ日本人の代表として、こんな好青年が選ばれたことには、巡り合わせ以上のものがあったのではないか

2012/01/29 22:06

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:消息子 - この投稿者のレビュー一覧を見る

 評者は東日本大震災の被災地の縁くらいのところに住んでいるが、当日は自宅から数十分離れたところにいて、ちょうど家族もそれぞれ出かけるという予定であった。近くにいた人がケータイのニュースで震源は三陸沖という情報を得たのを聞き、かなり離れているのにこの揺れ、阪神大震災級の被害が生じていることを確信した(津波には思い至らなかったが)。メールに返信はなく、自宅に帰り着くまでの間、家族の安否に言いようのない不安を感じたし、こちらが無事だと伝えられたかわからないのももどかしかった。我が家の高校生はプチ帰宅難民化したが、幸い夜には一家が揃った。翌朝まで停電したので、情報は手回しラジオ。大地を海水が覆っていく画像をテレビで見たのは翌朝5時である。あれは南三陸町の映像ではなかったか。

 菅野医師が身重の妻の待つ仙台の実家に戻ったのは3日後、ということは、私がもしかして原発から避難しなければならないのではないかと思いながら、とにもかくにも普段通り仕事をしようと思った月曜日だ。菅野医師の3日間、私のささやかな2時間を思い返してみても、果てしなく長かったことと思う。もちろん、たどり着けなかった人、待ち人が来なかった人も多く、3日後でも僥倖といういい方もあろう。
 しかし、菅野医師の場合、志津川病院の4階にまで達する津波を目の当たりにして、いったんは自分の死を覚悟し、それから助けられる人を5階に引き上げ、しかしながら、救援が来るまでに何人もの患者に死なれ、病院の司令塔として弱音も吐けないという状況である。仙台にもどってから、再び南三陸に戻ろうなどという気が起きなかった、海の近くに行くのが怖かった、と正直な思いが綴られている。
 だが、もう一度、南三陸に戻ろうと決心したのは震災5日後の長男の誕生だった。
 他方、長男の産まれた産院には、被災地に関わりのある赤ちゃんがいないかとNHKの記者からの打診があった。記者としては見事な目の付け所なんだろうが、やらせに近い胡散臭さを感ずる。しかしみんなを元気づけるいいニュースになるという記者の言葉に菅野医師は取材を受けることにした。それがひいてはアメリカに伝わり、TIME誌の「世界でもっとも影響のある100人」に選ばれるということにつながったわけである。

 第2章は震災後の南三陸の医療活動の報告、第3章は志津川病院に勤務するまでの人生行路が書かれている。祖母の死に遭って医師を志し、苦労して自治医大に合格してという話はナイーヴで美談めいているが、彼の仕事をみたら、嘘はない。「寄り添い支える」とはそんな菅野医師の信条なのである。
 TIME誌の招待はレセプションのほんの1週間前、最初はアメリカまで行く気はなかったのが、周囲に鼓舞され、大慌てで準備して渡米したが、手弁当で、何か賞金のようなものがあるわけでもなかったというのはちょっとほほえましい。彼が脚光を浴びたのは多分に巡り合わせということができるが、われわれ日本人の代表として、こんな好青年が選ばれたことには、巡り合わせ以上のものがあったのではないかと思わせる、そんな一書である。

 死者は何も語れない。生き残ったものが記録を残さねばならない。

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2012/10/28 23:26

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2014/06/06 07:26

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2014/09/25 20:14

投稿元:ブクログ

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