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政治を生きる 歴史と現代の透視図
  • みんなの評価 5つ星のうち 4 4件
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  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2012/03/29
  • 出版社: 中央公論新社
  • サイズ:20cm/299p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-12-004357-4
  • 国内送料無料

紙の本

政治を生きる 歴史と現代の透視図 (中公叢書)

著者 飯尾 潤 (編著),苅部 直 (編著),牧原 出 (編著)

政党政治、リーダーシップ、メディア、地方政治、司法活動、社会運動、防衛政策…。近代・現代の日本の政治を題材に、政治家や官僚、知識人、運動家が、それぞれに政治を生きた、その...

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政治を生きる 歴史と現代の透視図 (中公叢書)

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商品説明

政党政治、リーダーシップ、メディア、地方政治、司法活動、社会運動、防衛政策…。近代・現代の日本の政治を題材に、政治家や官僚、知識人、運動家が、それぞれに政治を生きた、その姿を説きあかす。【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

政治家の「実像」追求と指導力 飯尾潤 著 3−34
小泉純一郎の時代 内山融 著 35−70
民主党代表と政策の変容 竹中治堅 著 71−128

著者紹介

飯尾 潤

略歴
〈飯尾潤〉1962年神戸市生まれ。政策研究大学院大学教授。博士(法学)。専攻は政治学、現代日本政治論。
〈苅部直〉1965年東京都生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科教授。専攻は日本政治思想史。

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みんなのレビュー4件

みんなの評価4.0

評価内訳

  • 星 5 (1件)
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  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

本編に収録された論文のうち、読むに値するのは飯尾潤教授のものだけ。あとは。。。

2012/04/25 08:36

12人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:塩津計 - この投稿者のレビュー一覧を見る

御厨貴教授の東京大学定年退官を記念して出版された「政治を生きる」中央公論社所収の飯尾潤政策研究大学院大学教授の論文『政治家の「実像」追求と指導力』から興味深かったポイントを以下に記す。

【小沢一郎という矛盾】
1980年代は自民党の派閥政治が高度に制度化され、自民党型の政治が完成した時代だった。野心ある政治家は派閥に属し、そこで認められ、そこから首相を目指すことになった。将来を期待される政治家は、実力のある派閥内で地位を固めていることが重視された。こうした状況下、早くから注目されたのが小沢一郎である。竹下、金丸という実力者から目をかけられた小沢の周辺に番記者が群がり「小沢神話」が形成されていった。しかし、こうした周囲の期待を自ら裏切ろうとしたのも小沢であった。小沢はあまりにも早く認められたために自信も強く、敷かれたレールの上を走るのではなく、政治の仕組そのものを変えていこうとした。

竹下派が崩壊し、都議選での失敗、自らの健康不安などによって転機が訪れた時、政策の勉強を行い、田中角栄の「日本列島改造論」を超える政策本を出そうということで小沢が世に問うたのが「日本改造計画」であった。この著書は当時の社会に強いインパクトを与え幅広い層に読まれていった。この本によって小沢は、政界実力者というだけではなく、政治改革あるいは日本の変革を主導する政治家としての旗印を得ることに成功する。

しかし、この旗印ははじめから大きな矛盾をはらんでいた。政界の実力者という「小沢神話」は、あくまで旧来の派閥政治の枠組み内で形成されたもので、彼が志向した政治改革が進展すればするほど、彼の政治基盤は弱体化していった。こうして日本の変革を目指す小沢の戦略は、それが成功すればするほど小沢が内部に抱えた矛盾が拡大するという悪循環に陥り、それが収拾不能なまでの断絶を生み、日本政治に大きな軋みをもたらしていった。

【小泉純一郎登場】
1990年代から断続的に整備された政治改革の焦点は「首相の権力強化」であった。決定権が分散的であったため大規模な変革が難しい日本政治に、明確な権力核を設けることが必要とされた。この流れに乗って一躍スターダムの地位に駆け上がったのが細川護煕首相であった。細川は名門出身というオーラと、現代的で爽やかなイメージが印象的であったが、メディア対策についても独特の感覚をもっていた。細川人気は、細川の個性が時代に合致したという面が強いが、本人の恬淡さもあって、短命に終わった。

このメディア対策を、より戦略性を持って、積極的に追求したのが小泉純一郎だった。小泉は前任の森喜朗首相がきわめて不人気だったこともあり、強力で国民的人気を誇る首相として日本の政治史に独自の足跡を残すことになる。

小泉は、自然体でそのような立場を手に入れたのではない。計算され尽くしたメディア戦略や、それを可能にする個人的スタッフや首相周辺のリソースが存在した。具体的には飯島勲という辣腕秘書を抱え、首相になる前から、他の政治家と異なる積極的なメディア戦略を展開し、首相就任でそれを全開させたのである。

小泉は、もともと派閥政治の力学を重視する旧来の政治部記者の間では、全く評価されていなかった。彼は政治部記者にとっては変わり者でしかなかった。そこで、小泉のイメージを劇的に向上させるため、これまでの政治家が重視してこなかった夕刊紙、週刊誌、テレビのワイドショーなどを積極的に活用する戦略がとられた。メディア戦略と、それを支えるマシーンをフル活用しながら、小泉はコミュニケーターとしての本領を発揮し、高い支持率のまま長期政権を維持することに成功する。

こうした小泉の戦略、スタイルは、政治報道の伝統とは断絶しているため、発足当初、多くの政治評論家や政治部記者からは理解されず、小泉政権の基盤は脆弱であるとされたが、異例の高支持率を持続することで、その権力基盤の強さが次第に認識されるようになる。

小泉のイメージは、報道が自然に振る舞う小泉の姿をただ伝えているように見え、小泉という個性が繰り出すスタイルという図式が広まっていったが、しかし、小泉のメディアへの露出は精密に計算され、丁寧に準備されたものであった。例えば、毎日二回の「ぶら下がり取材」も、どのようなフレーズを発信し、その日の夕刊紙の見出しを如何にして取るかについて直前まで「チーム小泉」は真剣に考えていたようである。

首相官邸の事務機構を飯島秘書官が掌握し、内外から集まってくる情報を適切に集約し、それに基づいて小泉が発信していたのも確かである。小泉の政治スタイルは、それを支える政治マシーンの存在によって形成されたもので、決して「小泉の実像」が自然に漏れたものではない。小泉は表に見えない仕組みや準備を周囲に意識させないことで、彼の政治家像を作り上げることに成功した。小泉のメディア戦略は、長年の鍛錬と、情報発信に大きなエネルギーを割いてきた努力の集積の賜物だった。

【小泉後の失敗】
小泉に続く政治家たちは、いずれも彼の政治スタイルを意識せざるをえなかった。  しかし、それがなぜ可能であったか(練りに練ったメディア戦略と、それを可能にしたチーム小泉の存在)を十分に考えて対応することまでは出来なかった。

安倍晋三
自らの強さを演出しようとした安倍は、官邸主導や首相のリーダーシップを強く意識したが、それを支えるチーム作りに失敗した。

福田康夫
福田は安倍の失敗を見て、小泉の政治スタイルから距離を置き、伝統的な自民党政治のスタイルに回帰しようとしたが、政治状況は厳しく、そうした政治スタイルは既に有効でなくなっていた。

麻生太郎
麻生は、そのなかで、むしろ素直に自らの人柄をアピールし、人柄の良さを武器にしようとしたが、自然体で事態が打開できるほど状況は甘くなかった。

鳩山由紀夫
上記の自民党政治家たちは、小泉の成功と比較され、小泉の呪縛に苦しんだが、鳩山もこうした呪縛の中にいた。自民党政権ほど強固な政権運営基盤を持たないにもかかわらず、首相の個性を出すことによって強い首相になれると鳩山は考え、鳩山個人の「おもい・こころざし」を前面に打ち出した。しかし、本人の意図とは逆に、鳩山が打ち出した「おもい・こころざし」は重大な結末を将来する。例えば普天間基地移設問題。指導者一人で決断するといっても、地元含む周辺との調整なしの意見表明は事態をかえって難しくし、政権を完全に行き詰まらせた。鳩山の政治主導の実態は、独自の政治システム構築をしないままに政策の手を広げ、政治課題ばかりを重くし解決不能に陥ったということだろう。

菅直人
菅も自らが置かれた立場についての自覚が少なかった。鳩山と同じように個性の発揮を重視し、別の個性を強調しただけで終わる。例えば菅は、首相就任直後から消費税率引き上げ発言をはじめとして、調整を経ない首相個人の発言の連発によって、自らの政権基盤を弱体化させた。この菅流スタイルは大震災後の脱原発発言まで続き、やがて誰も菅直人の発言に真剣に耳を傾けなくなる。

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2012/04/05 17:24

投稿元:ブクログ

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2012/04/01 08:08

投稿元:ブクログ

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2015/03/14 22:00

投稿元:ブクログ

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