紙の本
一語一句
2020/03/29 13:51
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投稿者:H2A - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本には、日本文学の古典から最近の作品まで取り上げて、その文体的な分析を実践している。そういう意味では希少で参考になる。良い著作だと思う。
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「小説って読んでみると面白いよ、この本はこういうところが読みどころだよ!」
という部分を紹介&解説してくれます。
小説をあまり読まない人向けに書かれているはずなのに、その紹介なり解説なりが読みにくいってどういうこと。もっと優しく書かないと駄目なんじゃないの??
でもそこそこ頷けること書いていましたよ。
12.09.13
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卒論の指導教官の著書。指導教官のわりに、阿部先生の著書は『英詩のわかり方』と『英語文章読本』しか読んだことがなく、日本文学に関する著書は初めて読んだ。
内容は、夏目漱石から吉田修一まで、11人の作家の作品を取り上げ、小説の楽しみ方を伝授したもの。総括すると、小説を読む時は、内容を追うだけでなく、文章の言い回しや雰囲気にも注目して読むと、新しい発見があって面白いよ、というメッセージで、それを作家毎に分析している。
確かに、私にとっても、小説の楽しみは、現実から虚構の世界へ逃避できることと、もう一つは作家の文章から言葉の使い方を学べることであり、むしろ後者の方が大きい。
と言っても、不真面目な文学部生ゆえ、詳細なテキスト分析をしながら読んできたわけでもないので、本書から新しく得られたものはたくさんあった。特に、大江健三郎を読む際の(納得できる)ヒントを得られたのは大きな収穫だった。
大江は読みにくいと感じていたのだが、その読みにくさの理由を理解する糸口が見つかった気がする。もちろん、本書で100%解決できたわけでもないので、あとは自分で読んでみて、探ってみようと思う。
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小説を読んでいたようで読んでいなかったと感じる自分がいる。小説の読み方ってどうでもよいだろうと思っていたが一字一句を拾いながら読むという方法もあるんだと感心する。
ただ、そこまで噛んで咀嚼できるほどの思考を持てていないのが残念、著者の様に掘り進め読めるともっと面白く感じるのだろう。
太宰治 斜陽 夏目漱石 明暗 辻原登 家族写真
よしもとばなな キッチン 絲山秋子 袋小路の男
吉田修一 悪人 志賀直哉 流行感冒
佐伯一麦 行人塚 大江健三郎 美しいアナベルリイ
吉井由吉 妻隠 小島信夫 抱擁家族
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『小説的思考のススメ』は書評空間 の評者、阿部公彦さんの新刊です。 阿部さんの書評は、同じ本を読 んでいても、目線の違いといいます か、射程の違いを感じさせてくれるものでとても参考になります。
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この本を一言で言うと?
◎小説は本当の情報をぼかす「嘘」
小説とは人間と嘘との濃厚な関係が解放される場。独特の表現を通して嘘の可能性を追求
・それが小説的思考=破綻そのものとして構想を実らせる力(書き手の立場)
・小説を読んでいて「気になる部分」「読みにくい部分」との付き合い方(読み手の立場)
“いかに読者に読ませるのか”の部分を考えてみるのが読み手の「小説的思考」である。
気になったこと
◎小説は本当の情報をぼかす「嘘」
小説とは人間と嘘との濃厚な関係が解放される場。独特の表現を通して嘘の可能性を追求
→それが小説的思考=破綻そのものとして構想を実らせる力(書き手の立場)
→小説を読んでいて「気になる部分」「読みにくい部分」との付き合い方(読み手の立場)
◎小説は「読んで楽しい」ものだけではない。感動でも、役に立ったでもいい。
◉けど「楽しいもの」としての前提が広がりすぎているから、まずはその前提意識をとる
◎「いかに」読者に読ませるのか、の部分を考えてみる
◉自分は今、小説に書かれていることをこのように受け取ったけど、それはどうしてなのか。なぜ、自分はこのような印象を受けたり、このような理解をしたりしたのか。
★これは若月無自覚にやっていた。小説を通して作者が世間に投げかけたいことをさぐったりしているし、登場人物の心理描写への感想を持つようにしている。
→結果的にその時の自分との対話になるんだろうな。
◎自由自在に手際よく心地よさを生み出す。これは小説の入り口かもしれません。でも、その先がなければ小説は成就しない。心地よさを作り上げた上でそれを破ること。それを壊すこと。それがなければ小説は小説にならない。
◎読み方
・一字一句読む
◉斜陽のスープの描写は真似したことある笑。音がとにかく綺麗。
このシーンの「無駄な丁寧さ」が作品全体のテーマを表しているとは…すごすぎる
→一方で、時代背景が当事者ではないからよくわからず、「そもそもどうだったんだ?」感
村上春樹作品の「よくわからない感じ」「ダラダラとした感じ」は間違いなく青年男性の心理だと思った
・「女の言葉」に耳を澄ます
◉よしものばななの小説は「明」からはじまり「暗→明」のプロットをいきなりやぶっている
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タイトルに用いられている「小説的思考」は、「小説には他の表現活動とは別の、あきらかに小説という形式に独特の、頭の働き方」があるという、大江健三郎の言葉からヒントを得ています。取り上げられているのは、太宰治、夏目漱石、辻原登、よしもとばなな、絲山秋子、吉田修一、志賀直哉、佐伯一麦、大江健三郎、古井由吉、小島信夫です。
言葉の選ばれ方や描写のなされ方と、小説の主題との間を往還しながら、まさに「小説」という形式を通じて実現されている「小説的思考」の実際のありようを解き明かしています。
どの解説もたいへんおもしろく読んだのですが、志賀直哉の「名文」をジェンダー論的な観点から裁断する批評だけは、他の章に比べて少し分析の目が粗いような気がしてしまいます。もちろんここでも、文体と主題の間を往還しながら分析が展開されてはいるのですが、最初から帰着するポイントが見定められているような印象があり、文体と主題を交互に照らし出しながら「小説的思考」が徐々に形を取っていくプロセスに居合わせているような面白さに乏しいように感じてしまいました。
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筋読みキャラ読みしかしてこなかった本読み劣等生にとってありがたいご本。だが阿部先生にこれだけ親切に解説されてもやっぱり志賀直哉はよくわからん。
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ブンゲイ批評とか
かかった時間100分くらい
小説を読むって、やっぱりサラサラと内容だけを追っておもしろいなあ(おもしろくないなあ)と思うことが多いけど、ちゃんと読むって頭を使うことなんだろうなあといまさらながら思う。
こういうのって、でも、教わる機会は意外とない。外国とかでは体系的にブンガクの読み方を教えているらしいけど、日本でもそれやったらいいのに。
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小説的思考というものが何かはよくわからないままだが、文学を読むということにはこのような視点もあるのだということを初めて学んだ。
表現や言葉の選択、助詞の使い方、文の組み立てなど、ストーリー以外の細かな部分について、こんな読み方をしたら面白いですよ、といったことを教えてくれる。
作家の人たちはこんなことまで意識しながら文章を書いているのだとしたら、本当に天才だと思う。
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2021/1/29
8ヶ月ぶりに再読。一文一文、いや一文字一文字が集まって作品を構成しているというのは当たり前だが、寧ろそれら自身が作品であることが多々例示されている。つまり、どんなに小さい構成単位であっても、それが作品を構成する部分である限りは全体を示している、ということがよく分かる一冊。
これについてアリストテレスはこう言っている。
「ストーリーの場合も、それが行為の模倣であるからには、一つの全体としてまとまりを持った行為を対象とすべきである。そして、さまざまな出来事の諸部分は、ある部分を移し変えたり抜き去ったりするとストーリーの全体が変質し、動揺してしまうように組み立てられなければならない。なぜなら、あってもなくても何ら顕著な差を生じさせないものは、統一性のある全体を構成する部分ではないからである。」
まさに部分がストーリー全体の統一性には欠かせないということだ。文学は一文字単位で丁寧に読む必要がある、というのは忘れちゃダメね。
以下、初読の感想
ーーーーーーーー
ここまで丁寧に、繊細に文字を拾っていくことを果たして自分が応用できるかは不安。
ただ、どのように文学と向き合っていくかという前提となる姿勢は応用を効かせやすいだろうし、大きな収穫。
「古典」とか「文豪」など作品の神格化を促すレッテルは剥がした上で文そのものに向き合う大切さも理解した。
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太宰治の『斜陽』に始まり、吉本ばななの『キッチン』を経て、小島信夫の『抱擁家族』にいたるまで、幅広い小説の読み方のルールを見つける思考法を小説的思考として分析している。
「一字一句を見る」とか「はとがの違いに注目する」とか一つ一つはどこかできいたことがあるように見えて、分析の結果は、なるほどねぇと思わせる。自分であらためて小説を読みたくさせるような視点を提供してくれる。
肝心の題名にある「小説的思考」というのがどのような思考かといえば「ある小説の読み方のルールを見つけるように考える」ということのようだ。大前提が「小説とは本来、読めないものなのです」というもの。
・嘘の情報と付き合わなければならない。際どい嘘を上手に語るために小説の言葉は洗練されてきた
・嘘と人間の濃密関係が解放される場が小説
・書き手から見ると(その代表としての大江健三郎に言わせれば)それを可能にするのが小説という形式独特の、頭の働き方。「破綻そのものとして構想を実らせる」力が「小説的思考力」・・・作家の意識的な統合力の埒外にあるもの
・これに呼応する読者の側に必要とされる「力」。これが小説体験を助ける
・この「力」は、読み方のルールをどう見つけていくか、そのやり方のこと。・・・さまざまな嘘をどのように扱うか、どう反応するか。読みにくさによらず「気になる部分」を読むこと(「小説には読み方がある」というのはこのこと)
・最終目標は読者が自分で体験すること
タイプの異なる小説の文章に(かなり)寄り添った読み方の例のバラエティとしてとらえると良い。
「一字一句」を読む。太宰治『斜陽』、夏目漱石『明暗』、辻原登『家族写真』
「女の言葉」に耳をすます。よしもとばばな『キッチン』、絲山秋子『袋小路の男』、吉田修『悪人』
「私」の裏を見る。志賀直哉「流行感冒』、佐伯一麦『行人塚』
「小説」がわかるということ。大江健三郎『美しいアナベル・リイ』、古井由吉『妻隠』、小島信夫『抱擁家族』
人生の楽しみを広げてくれた一冊。
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“小説は単に物語を展開させるのではなく、その語り方に工夫がされている”と述べているように、語り方に注目した本。
分かりやすい、読みにくい、不穏な感じ、ポジティブ、明るいなど、文章から伝わる感覚の根本、そのように感じさせる語り方の訳を解明し、なぜ作家がその語り口を用いたのか考えていく思考法を解説している。
読みにくい文章にも意図があり、その文章である理由と物語は必ず繋がっている。
その文章を一言一句読み込むことで、物語が持つ力を最大限受け止めることが出来るようになるという、当たり前だけど当たり前すぎてやり方が分からないことを丁寧に教えてくれた。
これから小説を読むのが、更に楽しみになる本だった。
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自分にとって最良の言葉の使い方を知るために、個性や生理、思想が反映された言葉の作用に反応する術を身につけよう。ということで、本書で読み方のパターンみたいなものに触れられた。実際に吉田修一の悪人を読んでみようと思った。言葉と物の世界の間の越境を恐ろしいものとして感じる主人公の物語を読んでみたいと思った。
大江健三郎によれば小説的思考とは、破綻そのものとして構想を実らせること。このような思考はあらゆる創作過程と繋がってると思った。