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  • みんなの評価 5つ星のうち 4.2 29件
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  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2012/06/15
  • 出版社: 岩波書店
  • レーベル: 岩波文庫
  • サイズ:15cm/260p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-00-327902-1
文庫

紙の本

遊戯の終わり (岩波文庫)

著者 コルタサル (作),木村 榮一 (訳)

小説を読んでいる男が、ナイフを手にした小説中のもう1人の男に背後を襲われる「続いている公園」など、崩壊する日常世界を、意識下に潜む狂気と正気、夢と覚醒の不気味な緊張のうち...

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遊戯の終わり (岩波文庫)

税込 792 7pt

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商品説明

小説を読んでいる男が、ナイフを手にした小説中のもう1人の男に背後を襲われる「続いている公園」など、崩壊する日常世界を、意識下に潜む狂気と正気、夢と覚醒の不気味な緊張のうちに描きだす傑作短篇全18篇を収録。〔「遊戯の終り」(国書刊行会 1977年刊)の改題〕【「TRC MARC」の商品解説】

収録作品一覧

続いている公園 9−11
誰も悪くはない 12−18
19−23

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みんなのレビュー29件

みんなの評価4.2

評価内訳

  • 星 5 (8件)
  • 星 4 (8件)
  • 星 3 (7件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

虚構と現実が重なる

2017/09/19 05:49

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る

「続けている公園」はマジックリアリズムの傑作です。個人的には「山椒魚」のユーモアセンスも大好きです。

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紙の本

悲しみのない世界

2014/01/26 16:02

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る

不条理はある。そう納得してしまえばいいのだ。
不条理な世界こそが自分の生きている世界だと、誰もがそう識っているのではないか。
水族館で気に入っている「山椒魚」の水槽を覗き込んでいると、次の瞬間、山椒魚になった自分を見つめている男の眼に気付く。そして自分が山椒魚になったことに満足して、男が去っていくのを見送る。かつて自分だった男が生きる世界のことを思う必要は無く、山椒魚としての視界こそが完全で合理的な世界なのだ。
「遊戯の終わり」の子供たちは、もうじき病気で死んで行くという不条理を迎えながら、淡々といつもの奇妙な遊びを続ける。少年も少女も粛々と運命を受け入れているように見えるが、ほんの少しだけぎこちない態度がにじみ出てきて、そこに切り裂かれるような悲しみが隠されていることに気付く。
「動機」不合理な殺人を冒した男は、復讐のための殺害という行為による満足さえ得られれば、その相手が正当かどうかは頓着もしない。つま誰しもそうなのだが、自分こそが世界に不条理をもたらしている発信源なのだということは、まったく意識に上らないというわけだ。あるいは「殺虫剤」の少年は、その純粋さゆえに、自らの残酷さに自覚的であり、それでいてただの記憶の1ページとして通り過ぎていく。少年にはその残酷さと、忘却が必要なのだから。
あらゆる人が、少しだけ不合理な行為をし、少しだけ時空が歪み、その集積で世界は不条理の度合いを増すのだ。だからそれは受け入れられなければならない。そう納得しなければならない。何も不満を持たずに生きていかなければならない。
各作品はもっとバラエティに溢れているが、生きていくことの困難や変転の奥底にある、人には制御できない何ものかの存在を見つけ出してくることが、この作者の文学であるように思える。独裁と混迷の母国アルゼンチンの社会を見つめた結果、生まれたのがこれらの作品であるとすれば、幻想、あるいは悪夢といった枠では収めきれない、確かに現実の実相を捉えているはずなのだ。

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紙の本

複数の人間が互いの愛を求め合う立場で対峙するときに生じるきしみ

2013/04/11 17:28

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:abraxas - この投稿者のレビュー一覧を見る

1956年発表というのだから、パリに来てまだ五年しかたっていない頃の作品である。掌編といってもいいほど短い作品も混じっているが、とてもとても習作などとは呼べない完成度を見せている。とはいえ、まだどこか初々しさすら感じさせる初期短篇集。

日常の何気ない、出来事ともいえないような些事の中に潜んでいる「向こう側の世界」への裂け目を見つけるのが、コルタサルは巧い。「誰も悪くない」は、待ち合わせ中の妻のところにかけつけようと、急いでセーターを着かけた男のいささか滑稽な情景を描いている。あわてていて通すところをまちがえたのか、なかなかセーターが着られない。手や頭が外に出ないので、身動きが取れなくなるなどというのは、誰でも一度や二度は経験があるにちがいない。ただ、それがコルタサルの手にかかると、背筋が寒くなるような怪談に変わる。自分の意思に逆らって、わが身を絞めつけ絡めとろうとしてくる何かに対する不安が、現実の世界を異界に変える。

「ねじこむように手を通してゆくと、わずかだが通ってゆき、やっと青いセーターの袖口から指が一本のぞいた。夕方の光を受けたその指は内側に折れまがり、皺だらけで先には尖った黒い爪がついている。」

セーターが異界との通路と化し、そこを通り抜けた手は、最早自分の手でありながら魔物のそれのような禍々しい形状に変貌を遂げている。あわてて抜くと別段変わったこともない。セーター(通路)の入り口に戻ったからだ。安心して頭も左手もセーターの中に入れてしまうと、再びセーターの外に出た右手はさらに勝手な動きをしはじめ、ついには左手に噛みついたり顔を引っかいたりしはじめる。外側から見れば踊りでも踊っているように見えるが、内側では恐ろしい混乱が生じている。セーターと右手のない世界に逃れようとした男を待っていたものとは。

自分の中にあって、自分の自由にならないものを、人は誰でも持っている。多くの人はうまくそれを誤魔化し、それと折り合いをつけ、気づかないふりをして世間を渡っているのだ。しかし、感受性が強かったり、神経質すぎたりする人は、それに目を瞑っていることができない。それは恐怖であり、苦痛だから。

コルタサルの世界は閉じている。すべては独白の世界だ。対話形式であっても相手はもう一人の自分に過ぎない。他者の入り込む余地のない自閉空間。水族館の水槽の中にじっとしている山椒魚を毎日毎日飽かず見続ける「山椒魚」の少年は知っているのだ。その山椒魚が自分であることを。バスの中で幼い頃の自分そっくりの少年を見つけ、仲よくなる「黄色い花」の男もまた、それが小さい頃の自分に他ならないことを知っている。しかし、それを他者にどう分かってもらえばいいのだろう。少年はふと思いつく。どうせ他人はそれをまともに受け止めない。それなら、いっそ「奇譚」として語ればいいのだ。こうして一人の幻想小説作家が誕生する。

幼い頃父が出奔し、子どもを親戚に預けて働く母の女手一つでを育てられたという。そのせいか、コルタサルには少年時代を描いた作品が目立つ。本作の中では、「殺虫剤」「昼食のあと」「遊戯の終わり」がそれに当たる。どれも少年時代の心のふるえが伝わってくる優れた出来映えをみせている。孤独であるからこそ、人一倍他者に認められたい気持ちが強くなる。複数の人間が互いの愛を求め合う立場で対峙するときに生じるきしみに異様に敏感な少年少女の心理を描くとき、コルタサルの筆は余人の追随を許さない。

ともすれば自分の心の闇に怯え、他者との関係の難しさに挫けそうになる、若い時代に読みたかったと思う短篇集である。

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2012/10/08 19:16

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2012/07/11 10:12

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2017/06/14 00:15

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2012/07/25 12:03

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2013/02/04 09:35

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2015/04/04 14:30

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2015/01/25 23:48

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2012/07/26 11:31

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2021/08/08 21:25

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2012/10/01 09:54

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2013/03/04 22:02

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2012/11/15 21:05

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