紙の本
奇妙な人生の瞬間
2015/06/20 19:57
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投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
炭坑の奥底で働く男達、何か明るい未来が待っているのでもないが懸命に生きて、働いて、夜も昼も無い坑道から出てきて、ふと見上げると月が出ている。それだけの話なのに、救われるような、生き続ける希望を持てそうな気持ちになる。
カラスに弁当を盗まれるのに腹を立てた農夫の運命。至極単純な話のようなのだが、丹念に追えばそこに複雑な精神の動きがあり、世界に少しだけしわが寄ったような奇妙な瞬間の出来事であったようにも見える。
人を一瞬で死に至らしめる能力を突然手に入れた男。それは自身の幸福にはさして寄与しないどころか、彼を世界から弾き出す装置に他ならない。そんな洞察をする間もなく、彼を取り巻く奔流に押し流されていく。
頑固な甕直し職人が、うっかり大甕の中から出られなくなってしまう。だが窮地に陥ったのは、彼の雇い主の方だった。頓知話のようでいて、さまざまな不条理を積み重ねて生まれる悲劇でもある。
飼い犬に対する奇矯な行動が慢性化しているが、彼自身はそれが狂気の産物だと理解していて、見よ、犬の視線さえそれを物語っているではないか。人に言えないちょっとした奇行というのは誰しもあるのかもしれず、その苦悩も他からは計り知れない。でも笑っちゃう。
小説の登場人物達が、作家を訪れて、自分を主人公に本を出して欲しいと懇願する世界。だが作家の目は厳しく、彼らを選抜し、批評する。小説についての小説、ある種のメタフィクションであろうが、作家の内面の苦悩をこういう形で表しているようにも見える。それは面白い小説と、書きたい小説の間の対話であり、筒井康隆あたりなら直接的に書いてしまいそうなところ、寓話的な風景にしている。
生まれたばかりの赤ん坊が、魔女によって別の醜い赤ん坊にすり替えられてしまう。その赤ん坊を可愛がれば、実の子もどこかで可愛がられるのだという。まるきり理不尽だが伝説の魔女の所業はいかんともしがたい。しからば不幸を嘆きつつ、日常に埋没するしかない。
他の作品も含めて、日常の中の平凡で小さな不条理が育っていくのを、一枚ずつ積み重ねていって人生になったのが、一作ごとの物語と言えるだろうか。底辺からブルジョア層まで、社会のあらゆる場所にそんな風景はある。傍目に奇妙に見えることでも、発端は些細なつまずきや行き違いに過ぎず、たぶん誰でも入り込む可能性のある迷路を、実在感をもって浮き出させてくる作品集になっている。
紙の本
1934年ノーベル文学賞受賞者
2016/04/04 16:38
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者は不条理演劇の先駆者と言えるだろう。本書にも作中の人物が作者の手を離れて動き始めるような、奇妙な感覚の短編が収録されている。
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青森っぽい喩えで言うなら、スルメのような本です。よく読まないと(何度か読み返したりしないと)、その奥深さがわからない…
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「毎日新聞」2012年10月28日付朝刊の書評で
知りました。
(2012年10月29日)
amazonで買いました。
(2012年10月31日)
読み始めました。地下鉄御堂筋線。
(2014年1月2日)
読み終えました。山手線恵比寿駅。
(2014年1月4日)
「登場人物の悲劇」「フローラ夫人とその娘婿のポンツァ氏」「ある一日」は、とんでもなく傑作。
(2014年1月4日)
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先に読んだ天才物理学者マヨラナが愛読した小説家。普段はほとんど小説を読まないのだが、気になって、この短編集を読んでみた。いずれも不思議な世界観。おもしろい。別の作品も探して読んでみたい。
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読むのに結構時間をかけてしまった。
各話、独立している。ストーリーとして似ている話がない。
その中でも、標題作は浮いている。
素直な話だからか。そして、他の話がひねくれているからか。
結局なんだったんだろう、一体。話はここで終わったみたいだけど、どういうこと?という話が多かった。
甕、使徒書簡朗誦係なんかは分かりやすい。
貼りついた死はあまりに理解できなくて2回読み。
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1934年にノーベル文学賞を受賞したイタリアの作家の短編集。
私はこの作家を知りませんでしたが、どうやら劇作家としてかなり有名だそうです。
本書に収められているのは寓話のような物語ばかり。
『ミッツァロのカラス』では、鐘の音を鳴らしながら空を飛びまわるカラスと農夫の戦いを、『ひと吹き』では息を吹きかけるだけで人に死をもたらす能力を持ってしまった男を描いています。
一見、軽妙な筆致で書かれている短編集ですが、物語の登場人物たちは、持ちたくもない能力やら不相応な扱いやらを生きなければならない悲劇的な運命を背負っています。そこに、抗いようもない力に左右される人の生という、作者の深刻な現実認識が感じとられました。
最後の短編『ある一日』は一日に人の一生を圧縮したような物語。奇しくも作者が亡くなった年に書かれたもので、晩年に人がどのように人生を感じるのかを考える上で、参考になりそうな作品です。
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光文社古典新訳文庫にハズレなし。いきなりの表題作「月をみつけたチャウラ」の息をのむラストショットの見事な詩情は無論、「手押し車」の予想外のオチはちょっと凄い。鬼気迫るとはまさにこのことだ。スプラッタな無差別殺人描写を、狂気の描写と勘違いしている凡百の作家もどきは、全員この「手押し車」を100回以上黙読すべきだ。この哀しみと滑稽とさらに凡庸(!)を基盤にした恐怖の描写は、そうそう味わえるもんじゃないw すばらしい。
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奇妙な物語、奇妙な人たちがたくさん。
先日読んだ『作者を探す六人の登場人物』の作者・ピランデッロ(ピランデルロ)の短編小説を集めた本。
戯曲のモチーフになったであろう短編も色々あり、面白い。
出てくる人たちが結構、妙な追い詰められ方をした妙な人たちが多くて、変人列伝みたいな趣がある。
お気に入りは
どちらかが狂人である、という二人が、町の人々に「あの人が狂人です」と主張し合う
『フローラ夫人とその娘婿のポンツァ氏』
急に女性に向かって「バカヤロー!」と怒鳴りつけた男が決闘をする羽目になる、その繊細な動機を描いた優しい短篇
『使徒書簡朗誦係』
どっちも設定が攻めてる。
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イタリア人ノーベル賞作家の短編集。
薄めの本だけど、全部は読み切れず。
読んだ中では、「笑う男」が印象深い。
寝てる間ゲラゲラ笑っているらしいが、なんの夢を見てるのかは本人は分かっていない。妻からは「さぞいい思いをしてるのね」と蔑まれ、自分では、過酷な現実を忘れさせ心の錘を取り除く高尚な夢を見ているのだろうと思うことにした。
だが、ある時、夢の内容を思い出す瞬間がきた。
その内容のあまりのくだらなさ、下衆さに、うんざりする、というお話。(ここで書くのも憚られるくだらなさ。)
「手押し車」も、真面目で権威ある立場のひとが、くだらないことにハマっている、という点では、似たテイストだった。
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当時のシチリアにおける硫黄鉱の惨状がよく描写されている。知恵が遅れたチャウラが鉱山から出てきて月を眺めるシーンはピランデッロが鉱夫に対する哀れみが感じられる。真っ暗な鉱山とチャウラを照らす月明かりの対比が印象的だった。
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「手押し車」が一番お気に入り。 アテクシ(男)自宅で仕事してるのインテリだから。いわゆる書斎ってやつね。子供達(四人いる)には、入っちゃ駄目だし自分がここにいる時にはうるさくするなって言ってあるの。 だから快適よ! 。。。なんだけどさ、実はうちには犬がいてね、当然のようにアテクシの仕事場で、さも自分の犬小屋のようにぬくぬく昼寝してる訳よ。理由はないんだけど何かムカつくの。さあ、歩いてみなさいー、それえー!(犬の前足を手に取り無理矢理二足歩行させる=手押し車)おほほう!これがアタシの復讐の仕方よ!
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友達に「ルシア・ベルリンにちょっと似ている」と教えてもらった作家で読んでみたんだけど、確かに後半の狂気と死、悲惨な運命をからからしたユーモアで書いていくあたりはちょっと似ているかも。面白かった。好きなのは「使徒書簡朗誦係」「フローラ夫人とその娘婿のポンツァ氏」あたり。何が狂っているのか、おかしいのは何なのか、分からない。でも、悲惨を滑稽にすり替え、何が正しいのかとか、正しくあることに意味なんてないだろう?と言わんばかりの堂々とした書きぶりは好感を持ってしまう。
最後の解説によると作者自身の人生も恵まれた生まれながら相当残酷な目にあっており、そこからこの作品群の凄みが生まれてくるのだなあと思った。悲惨だから、なんだというのか。現実がそのようにあるとして、笑うしかないじゃないか、と。他の作品も読んでみたくなる。
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『紙の世界』が一番ドキドキした。
「それが彼の世界なのだ。紙の世界。彼の世界のすべて。」
滑稽だと描かれてるのは分かるのだけど、本の世界に閉じこもる幸せを知ってるから笑えない。
喜劇だし、皮肉なんだけど、何か悲しい。全部そんな感じ。生きてるのって喜劇で狂気なんだけど、自分の見える場所だけに自分の幸せがあるって背中押してもらった。
以下、いくつか気に入ってるの。
『月を見つけたチャウラ』
誰に必要とされて生きてるのか分かんない。だけど月を急に”見付ける”瞬間の幸せがくっきり描かれてる。幸せ。
『手押し車』
本物の狂気ってこういうものだな、ってゾッとした。だけどそれが幸せなのも伝わる。気持ち悪さの上に、抑圧の中の幸せを感じ取れて好き。