「honto 本の通販ストア」サービス終了及び外部通販ストア連携開始のお知らせ
詳細はこちらをご確認ください。
紙の本
人はなぜ歌うのか (岩波現代文庫 文芸)
著者 丸山 圭三郎 (著)
言語哲学の第一人者であり、熱烈なカラオケファンである著者が、楽しくかつ真摯にカラオケを様々な視点から論ずる。井上陽水と著者が歌うことの楽しさを語り合った対談を併せて収載。...
人はなぜ歌うのか (岩波現代文庫 文芸)
このセットに含まれる商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
商品説明
言語哲学の第一人者であり、熱烈なカラオケファンである著者が、楽しくかつ真摯にカラオケを様々な視点から論ずる。井上陽水と著者が歌うことの楽しさを語り合った対談を併せて収載。〔飛鳥新社 1991年刊に「マイクを握ればエクスタシー歌声はエロティシズム」を併せて収載〕【「TRC MARC」の商品解説】
関連キーワード
あわせて読みたい本
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
紙の本
だだのカラオケ本
2018/06/19 16:44
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:岩井 清隆 - この投稿者のレビュー一覧を見る
丸山圭三郎は世界に先駆けてソシュールの「原資料」に着目し、それまでの『一般言語学講義』基にした(丸山が言うところの、決して正しくはない)ソシュール観を一変させたと言うと意味では、彼の『ソシュールの思想』や『ソシュールを読む』は現時点においてもその価値は失ってはいない。
しかし、それ以降の丸山は自ら思想家、哲学者と名乗るようになり、「独自」の思想を語ることの主眼を移して行った。そのこと自体の是非はここでは論じないが、思想家としての彼が用いる語彙や語り口、引用・参照する思想家に大きな違和感を感じる人も少なくはないだろう(彼の弟子に当たる前田英樹や加賀野井秀一の、丸山に対する距離の置き方もおそらくこれに似たものなのだろう)
しかし、未完に終わった『生命と過剰』の最終巻では、音楽をテーマとして語ろうとしていた、つまり人間の言語の起源を音楽(歌)と考え、古今東西に渡る音楽に関して研究を進めていたことを知り、それが果たせなかったことを非常に残念に思っていた。
本書のタイトルから、書かれなかった書物の繁栄が伺えるかと期待したのだが、その片鱗さえも見えることができない、ただのカラオケ本だった。
ソシュールの遺稿が現時点に至るまで収集、翻刻されているように、丸山先生(実は私の卒論指導教官は丸山先生だった)の「最後の書物」の遺稿をどなたかが発掘、整理、翻刻していただけないものだろうか?