紙の本
狂気的な想い
2021/02/01 04:37
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投稿者:くみみ - この投稿者のレビュー一覧を見る
一見すると女性側の狂気的サディズムが目立つが本当は男性側の癖の方が強いと感じた。愛情も偲ぶ佐助側が重く見えたが、目を突いた後の春琴の反応が痛々しいほど真っ直ぐ伝わってきて、私の見解は誤りではないかと思った
電子書籍
美しさを焼き付ける
2020/04/11 00:05
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投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
罵られ折檻されながらも、ただひたすら師匠に尽くす佐助の努力が涙ぐましいです。春琴に降りかかる災難と、彼女と運命を共にした弟子の決断が衝撃的でした。
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投稿者:かん - この投稿者のレビュー一覧を見る
正統派な恋愛ではないけれどどこか魅了される作品でした。
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美しく高慢で我儘な琴曲の名手である春琴と、彼女に生涯仕えた手曳きで弟子の佐助。
二人の、二人だけの物語。
読む前の作品のイメージは、とても美しく儚い盲目の琴の名手と、彼女に献身的に仕えた弟子の綺麗な物語。
大筋はあっているけれど、そんなものじゃなかった。
もっと凄烈で倒錯していて、春琴の折檻まがいの暴言、暴力と佐助の異常なまでの献身が怖くなる程。
しかし春琴に起こった悲劇と佐助の失明の後に明かされる春琴の想い。そして佐助の覚悟。
あまりの愛情の深さに唸り声が出てしまった。
最後は仲睦まじくて良かった。
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春琴の令嬢たる矜持の高さもあっただろうが、自身は見ることの出来ない世界を見ている佐助への嫉妬心もあってキツくあたっていたのかな。勿論、令嬢としてとも師匠としても矜持は持っていただろうけど身ごもった時点で矜持よりも嫉妬心が強かったように思う。
そう考えると佐助の失明後の相愛の男女という描写にもいきなりと言った。佐助ならばという甘えと嫉妬心はあったはず。
ならば盲人の弟子に厳しかったのはなぜだろう。懐事情もあり余所へ師事しろと追い出したが、厳しさはひとえに、これくらいのことできなきゃ食べていけないと言うことを暗に物語っていた? 解釈が難しいが、単にサディズムによるものではないと信じたい。
それにしてもなぜだろう。小説を読んでいるというよりも、伝記を読んでいるような気分になる。鵙屋琴は実在した人物だったのだとしても驚かない。
というよりも、究極のマゾヒズムを通り越して狂気を感じる。怖い。
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2016カドフェスの装丁に惹かれて購入。
前から読んでみたかったから、いいタイミングだった。
佐助の春琴に対する愛情(と軽々しく言えないくらいのもの。信仰に近いか。)が、何とも神々しい。佐助が盲目になってから、悲しいことは何一つなくむしろ世界が美しくなったといったような思い、想像して涙が出た。内の眼で見えるのが、記憶の中で最も美しい姿だから、この上なく幸せだと。
私は、もし、自分が盲目になったら、そんなふうに世界を愛せるだろうか。家族を、感触で確かめ、内の眼で姿形を映し出し、盲目の世界を美しい映像で満たし、幸せに生を重ねていけるだろうか。
そう思ったら、家族の愛おしい記憶が次々と浮かんできて、盲目になったらこうやって家族と生きていこうなんて想像してみたら、自分が家族を愛していることはもちろん、自分も愛されていることを今更ながらしっかり気付いてしまい、なんだか泣いてしまった。
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谷崎潤一郎初読み。以前読んだ綿矢りさの『ひらいて』で『春琴抄』の内容に触れている部分があって、興味を持って購入。谷崎といえばマゾっぽい、みたいなことを聞いたことがあったが、ちょっと納得(笑)けれど佐助の異常とも言える献身、自らの目を刺す行為、すべて目を背けたくなるようなことなのに、どうしてか美しさを孕んでいるのが不思議で、きっとそれが谷崎の凄さなのかなぁと思ってみたり。
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谷崎の物語には必ず愛がある。
春琴抄を読んで思ったのは、こんな風に愛されたいってこと。
恋は盲目。まさに。
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佐助は一途で健気ではあるが、どこか女々しい。春琴は本当にいや〜な奴。しかし谷崎潤一郎の小説って、何故こんなにも嫌味な女と女々しい男が出てくるんだろう。
そして好感度の低い登場人物の織りなす世界が、何故こんなに面白いのだろう。
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思った以上に時間をかけて読んだ。春琴の人生が主軸だけれど、春琴の人生の中では手曳きの役割を与えられた佐助と2人で過ごす時間が圧倒的に多いし、佐助以外は地になっているような印象。そして、佐助もまた春琴に従順で、痛みや悲しみもよろこびに変えてしまう。マゾっていうよりは依存?麻痺?マゾとは違うんだよなあ……。
主従関係だから、結婚という形には収まらなかった事が途中から納得できた。春琴に尽くすことが全てである佐助にとっても、佐助はあくまで手曳きであり従者にすぎないとしている春琴にとっても、上下でしか成り立たないんだな。それでも、佐助が事件の後に盲目になったところで春琴が涙をしたのは嘘ではないだろうし、そこに上下は(瞬間的には)なかったかもしれない。
読み始めは「痴人の愛」に類する、男が女に尽くして罵られるのが嬉しい感じの話かなーと思っていたけど、「痴人の愛」とはまた違う男女の関係で流石谷崎。
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知人の筑前琵琶奏者の
演目の一つが、この
「春琴抄」
コンサートに向けての
「ポスター」と「文字」制作のために
今一度 読み直す
今でも
読み継がれている
その理由(わけ)
があるのだろうけれど…
こういう形の
「愛」は
さぁて
どう位置付けられて
いくのでしょうね
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美しく、激しい気性を持った盲目の女と、彼女にひたすら尽くす男。
二人の間には恋とか愛とか、そう言うものじゃなくて、また別のものがある様な気がした。
私には、それは何かは分かりかねるけれど。
春琴が顔に熱湯をかけられ、佐助に「顔を見ないでくれ」と言って、医者以外には見せず。
いざ包帯が取れる、と言う時に佐助がとった行動。
佐助はそれまで春琴と一緒に歩んできたことによって、彼女の内面を"読んで"、或いは"察して"生きてきた。
だから、彼は彼女のことを読んで、それを実行したまでで…無償の愛?佐助は、春琴に何かを望んで尽くしてきた訳ではないんだよね?それならアガペーってこと?
谷崎潤一郎って本当に脚が好きだな。
歯が痛いのを、美しい少女の脚で冷やす……そして蹴られる。この辺はマゾっぽい描写だよな。
期間を空けて、再読するか。
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高慢な春琴と、その丁稚奉公の佐助の物語。
佐助は春琴に身を尽くすが、春琴の方は冷たい態度を取るばかり。それでも2人は深い関係を築き上げていく。
しばらくして、春琴の顔に熱湯がかけられ、彼女は火傷を負ってしまう。それでも佐助は春琴に尽くし続け、あろうことか自ら盲目の世界に足を踏み入れる。
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深く美しい主従関係を描いた小説という印象を受けた。語りが当事者ではないため、春琴伝を頼りに2人の関係性を明らかにしていくようであるが、この書物自体が信憑性が高いとは言い難いため真実と断言することはできない。しかし、この書物を作った佐助にとっては紛れもない真実であったのだろう。春琴への崇拝は最後まで彼らを主従たらしめたが、実態は夫婦のような関係性であったこと。しかし契りを結ばなかったことが個人的に好ましく思う。佐助はどんな苦行であれども耐えうることができたが、春琴が春琴でなくなることだけは耐えられなかったのである。身勝手な従者の思いが人間らしくて良い。
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2020/08/29
文体は当時のままで読みにくかったけど、短かったから読めた!二人の世界だなぁ、しかし佐助も虐げられるの満更ではない感じが谷崎潤一郎。目潰しシーン怖