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アウシュヴィッツの図書係
  • みんなの評価 5つ星のうち 4.5 38件
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  • カテゴリ:一般
  • 発売日:2016/07/05
  • 出版社: 集英社
  • サイズ:19cm/445p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-08-773487-4
  • 国内送料無料

紙の本

アウシュヴィッツの図書係

著者 アントニオ・G.イトゥルベ (著),小原 京子 (訳)

アウシュヴィッツ強制収容所に、囚人たちによってひっそりと作られた秘密の図書館。本の所持が禁じられているなか、図書係をつとめる14歳の少女ディタは、命がけで本を隠し持ち…。...

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アウシュヴィッツの図書係

2,376(税込)

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商品説明

アウシュヴィッツ強制収容所に、囚人たちによってひっそりと作られた秘密の図書館。本の所持が禁じられているなか、図書係をつとめる14歳の少女ディタは、命がけで本を隠し持ち…。実話に基づく物語。【「TRC MARC」の商品解説】

絶望にさす希望の光。それはわずか8冊の本――実話に基づく、感動の物語

1944年、アウシュヴィッツ強制収容所内には、国際監視団の視察をごまかすためにつくられた学校が存在した。そこには8冊だけの秘密の“図書館”がある。
図書係に任命されたのは、14歳のチェコ人の少女ディタ。その仕事は、本の所持を禁じられているなか、ナチスに見つからないよう日々隠し持つという危険なものだが、
ディタは嬉しかった。
彼女にとって、本は「バケーションに出かけるもの」だから。ナチスの脅威、飢え、絶望にさらされながらも、ディタは屈しない。
本を愛する少女の生きる強さ、彼女をめぐるユダヤ人の人々の生き様を、モデルとなった実在の人物へのインタビューと取材から描いた、事実に基づく物語。

【本の内容】

著者紹介

アントニオ・G.イトゥルベ

略歴
1967年スペインのサラゴサ生まれ。文化ジャーナリズムに携わって20年になる。日刊紙「エル・ペリオディコ」のテレビガイドのコーディネーター、映画雑誌の編集者などをつとめる。

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みんなのレビュー38件

みんなの評価4.5

評価内訳

紙の本

ディタにとって本の存在はまさに、「絶望に差し込む希望の光」。

2016/12/30 20:12

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:かしこん - この投稿者のレビュー一覧を見る

1994年、アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所には、いつ来るかわからない国際監視団の視察をごまかすためにつくられた子供たちの為の学校が存在した。 そこには青少年のリーダーであるフレディ・ヒルシュが尽力してつくり上げた蔵書8冊だけの秘密の図書館がある(のちに、「物語を語れる者」が「生きた本」として登録される)。
フレディに図書係を任命されたのは、14歳のチェコ人少女ディタ。
その仕事は、本の所持など禁じられている中、ナチスに見つからないよう日々隠し持ち授業の間に先生や子供たちに回し、一日の終わりには無事に“図書館”に戻すという危険なもの。 だが、ディタはその任務も、本を手近に扱えることも誇らしく、うれしかった。
これはそんなディタとその家族・仲間たちの(アウシュヴィッツにいるという<非日常>における)日々の記録と、日常化したナチスによる強制収容所の運用が淡々と同時進行で描かれている。 そんな、事実に基づく物語。

途中から、描かれるところの少女たちの姿が、ブラッドベリが描くところの少年のように思えてきた(少年のように描かれているのではなく、その本質に詩的に迫っているという意味において)。 少年にとって少女たちは永遠の謎で、何を考えているかわからない。 けれど少女たちは考えている、少年以上に少年とは違う次元で。 少年と少女は、夢見る世界の方向が違う、現実との折り合わせ方もまた違う。
そう感じたら、全体の文章もどこかブラッドベリぽく勝手に思えてきて・・・もしも彼がアウシュヴィッツを描いたならば(多分ありえないけど)、こうなった部分があるんじゃないか、という気さえした。
これは原文のせいなのか、翻訳者の技量故なのかわからないけれど、なんとなく・・・こちら側にフィットする何かがあったのだ。 とてつもない残酷なことをさらりと告げる一文の軽さのようなもの。 現実なのにどこか現実ではないような。
それを私は<詩的>と感じたのかもしれない。
たとえば、地の文で、

1944年3月8日の夜、B2b家族収容所にいた3792人の収容者がガス室に送られ、アウシュヴィッツ=ビルケナウの第3焼却炉で焼かれた。

と、この一文でその章をしめくくるように。
これは「事実を基にした物語」であるが故に、<著者あとがき>もまた本文に含まれる。
そこで語られる“現実の後日談”こそが読者をさらに打ちのめし(当時アウシュヴィッツの存在に懐疑的だったユダヤ人に対して真実を告発したハンガリー系ユダヤ人との軋轢が今尚残っているとか、結局同族内においても争いは消えない)、また(ディタのモデルになった女性がいまも生き続けていて、本に対する愛情を失わないでいることなどにも)勇気づけられる。

最近日本でまた<アウシュヴィッツ物>関連の映画が公開されるのが続く。
一時期、「いつまで“ユダヤ人は弱い被害者”像を描き続けるのか」という論争があったことが忘れられたかのように(勿論、近年の映画はかつてのものよりタッチが違っていることは確かだが)。
でもこの本の立ち位置は少し違う。
筆者がスペイン人だということもあるけれど、これは最後まであきらめなかった少女の物語であり、“本”や“物語”がいかに過酷な現実から救ってくれるものであるかという証明であり、アウシュヴィッツにおけるアンネ・フランク以外のアイコンの誕生でもある。
これは歴史、大きな歴史年表に埋もれてしまいそうな、けれど忘れてはいけない歴史のひとコマなのだ。
読んでよかった。 現在のイスラエルがしていることはどうなんだとかそういうことはまた別にして、そんな気がした。

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紙の本

絶望の中の希望

2016/10/01 22:55

1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:Freiheit - この投稿者のレビュー一覧を見る

収容所の中で、たった8冊の図書館が監視をくぐって作られ、貸し出すことで絶望の中で希望をつないだ。ナチスの考えることをやめさせることへの抵抗である。読書の意味を考えさせられる。読みやすく、しかも力作であると思う。

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紙の本

本当に本が好き、というのはこういうこと

2017/01/15 21:53

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:もこもこ - この投稿者のレビュー一覧を見る

ユダヤもの、というと手垢に満ちたように思われるかもしれません。ですが、この本は素直に感動します。主人公の少女は、読書をこよなく愛していますが、苛酷な状況下ではそれもままなりません。有名なアンネ・フランクとお姉さんのマルゴも少し、登場します。もうこれ以上ないほどの悲しい状況に涙は止まらないのですが、最後、希望が出ます。特に、読めない英語の本を抱きしめて泣くシーンは最高です。
 惜しむらくは、戦後の彼女の姿があまり描かれてはいなかったことですが、短い描写に希望が満ちています。
 実話でもあり、本当に良い作品でした。これは必読です。

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2016/07/21 09:08

投稿元:ブクログ

読み応えがある1冊だった。
私の場合まず登場人物の名前がなかなか覚えきれないことが多いが、そんなことも(あまり)なく、最初から翻訳されていることを忘れるくらい自然な文章でサクサク読めた。

読み進めるのが辛くなる描写も多いが、そんな中でも恋愛や友情が生まれることに少しホッとする。
収容所に送られた人々がどのように生きようとしていたかがひしひしと伝わってくる。
主人公が本を何度も何度も限られた材料で丁寧に修繕する場面には胸が痛んだ。

最後にアンネ・フランクの名前が出てきてハッとした。
完全なノンフィクションではないが、やはり悲惨な歴史的事実に基づいて書かれている。

2017/01/02 20:26

投稿元:ブクログ

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所31号棟
そこに学校があり、たった8冊だけの本を持つ図書館があり、その図書係に任命されたのが、チェコ出身のユダヤ人少女ディダことエディタ。

実際にあった話をベースに書かれた小説。

P8学校を閉鎖したけりゃすればいい、と彼は言う。誰かが何かを伝えようとし、子どもたちがそれを聞こうと周りに集まれば、そこが学校になるのだから。

P19第一の教訓は、「生き延びることだけ目指せ」ということだ。それが重なれば、一日になり、さらには一週間になる。そうやって行き続ける。

P22ヒルシュは旗を掲げるポールのようにまっすぐな姿勢を崩さない。SSたちがだらしなくなればなるほど、ますます姿勢を正す。

P35恐れを知らない人間は軽率だ。結果を考えずに危険に飛び込む。危険を自覚しない人間は周りを危ない目に遭わせる可能性がある。僕が必要とするのは、震えても一歩も引かない人間だ。何を危険にさらしているか自覚しながら、それでも前に進む人間だ

P37「生きた本」という言葉を初めてヒルシュから聞いたとき、ディダはびっくりした。何かの文学作品をよく知っている先生が「生きた本」に変身するのだ。

P50神様のなさることは紆余曲折があっても、必ず目的地につながっているって。物は使いようってことね。

P54子どもですって?とんでもないわ。子ども時代がないのに、何が子どもよ。

P60最強のアスリートは最初にゴールを切る選手ではない。倒れるたびに立ち上がる選手だ。腹が痛くても走り続ける選手。ゴールが果てしなく遠くても、あきらめない。ビリになっても、彼こそが勝者だ。一着になりたくても、かなわないことだってある。しかし君はいつでも最強の選手にはなれる。

P114父さんは正しかった。あの本は、どんな靴よりも遠くまでディダを連れていってくれた。その本、トーマス・マンの「魔の山」の表紙を開いた瞬間を思い出すと、アウシュヴィッツの粗末なベッドの中でも、ディダは笑みが浮かぶ。

P117口は災いのもとだ。~~好奇心はジャーナリズトの第一条件だ。

P118だが、「変身」の作者カフカは誰よりも早く、未来に起こることを予想していた。いんげんはひと晩で怪物にかわるということを。


P126ポール・ド・クライフの本に出てくる「微生物の狩人」が顕微鏡をのぞくときのように、眉毛の上げ方、あごの筋肉の動きなど、相手のあらゆる表情に注意をはらって、周囲を観察する。探偵の気持ちになって、人の動きを読み取ろうとした。言葉が語らない真実を探るのだ。人は何かを隠していると、それが、口ごもったり、唾をのみこんだりする動作や目つきに現れるものだ。

P129その小説を書いたのがHGウェルズだ。地球に火星人がやってくる物語「宇宙戦争」や動物を人間に改造する狂気の科学者を描いた「モロー博士の島」もだ。なんといっても最高傑作は「タイムマシン」だ。

マグダによる「ニルスのふしぎな旅」

P132テレジーン・ゲットーの子どもたちに絵を教えていた先生がこんなことを言っていた。絵を描けばここ��らずっと遠いところに行けるのだ、と。ディダは反論する勇気がなかったけれど、絵は本と違って、ディダを遠い世界に連れ出してくれなかったし、他人の人生を体験する列車にも乗せてくれなかった。逆に、絵はディダを心の内側に閉じこめた

P236ひと晩ひと晩生き抜くことが小さな勝利だ。

P300気が進まないのはわかりますが、・・・物語を聞いている間は、子どもたちはこのノミだらけのバラックにいることを忘れられる、焼けた肉の臭いにも気づかず、怖い思いも忘れられるのに、子どもたちからその幸せを取り上げていいんですか?
「現実を見れば気分が悪くなり、怒りを感じます。私たちに残されているのは想像することだけなんです、マルケッタ先生。」

P312一瞬だなんて
そうね。でもマッチを擦ってから消えるまでの一瞬でも幸せなら、それで十分よ

2016/09/21 20:27

投稿元:ブクログ

紹介用に読んだのだが、容赦ない予算削減がどうしてもシンクロしてしまう。いや、一緒にしちゃダメだけど。

2017/05/14 22:57

投稿元:ブクログ

アウシュビッツでは人の命は虫けらほどの価値もない。鉄砲の弾の方が貴重だから、もはや誰も銃殺されもしない。チクロンガスを使うガス室があるのは、ドラム缶一本で何百人も殺せば、その方がずっと安上りだからだ。まとめて始末しないと不敬罪というわけだ。そのアウシュビッツに学校があった。木造バラックの中、教室とはいっても名ばかりで、椅子と子供たちの寄せ集めにすぎない。仕切りも黒板もない。

教師は二等辺三角形やアクセント記号、ヨーロッパの川の流れに至るまで、空中にさっと描く。子供たちの小さなグループは20近くあり、それぞれに教師が1人。グループ同士はいくらも空いてない。教師たちはささやき声で授業を進める。学校など作れるのもか、何もかもが禁止されている残酷な絶滅収容所で、子供たちに教育を施すなど、どうしてできるのだ。誰かが何かを伝えようとし、子供たちがそれを聞こうと周りに集まれば、そこが学校になるのだから。BⅡb区画はいわゆる家族収容所だ。他の区画には、子供どころか、鳥さえほとんどいない。鉄柵にぶつかって感電死してしまうから、アウシュビッツには鳥がないのだ。子供たちを楽しく遊ばせれば、BⅡb区画の親たちは仕事がやりやすくなる、とヒルシュはドイツ当局を説得した。収容所の最高司令官はBⅡb区画の31号棟を子供船宝のバロックにすることを許可した。

最初からそのつもりだったのかもしれない。但し、勉強を教えることは一切禁じられていた。監視が来ると、勉強を中断して、授業はドイツ語のわらべ歌やなぞなぞ遊びに切り替えられた。アーリア人至上主義のナチスの狼たちが、その金髪碧眼の顔でバラックを覗きこむときには、全てが秩序通りに運んでいるふりをする。

2016/11/28 21:51

投稿元:ブクログ

いつも評価の星を付けるけれどこれはちょっと付けるのに躊躇してしまう。
所々に年月日が書かれていてその都度「早く45年になってくれ」と思いながら読んでいた。
読んでる私から見たら戦争は45年で終わる。という事を初めから知ってるからこういう読み方になってるのだけど、当時の人からしたら終わりなんてみえない、いつ終わるか判らない状況の中あの想像を絶する環境に身を置かされていた。「1秒でも長く生きる」その事がどれだけ難しい事か。
その中で主人公の少女は8冊の本を守り抜いた。
たかが本、されど本。
生きる希望・精神的な支柱になっていた本。
ディタのヒーローであるフレディ・ヒルシュ。
あんな別れが待ってるなんて。
ディタとマルギットの友情。
解放された時2人が交わした「またね」の言葉が本当の意味で使えた事がとても嬉しかった。
戦争は根こそぎ奪って行くものでしかないね。
得るものなんて何もない。

2016/09/06 18:19

投稿元:ブクログ

実話にフィクションで肉付けをしたという小説

アウシュビッツ収容所にたった8冊の本を隠し持つ図書館があり、ディダはその図書館の図書係として命懸けで本を守る。
本を読む事を禁じたナチスは、ユダヤ人に「考えること」を許さなかった。

赤十字の視察に備えて子どもを楽しませる小さな学校が作られ、その中に秘密の図書館があった。
紙の本だけでなく、本の内容を話すことができる「生きた本」という人々の話にもみんな夢中になった。

あまりに酷い収容所の現実。いつガス室送りになるか分からない毎日の中で、現実を忘れさせてくれる本の存在は小さくなかった。

そんな中でも、子供たちに教育をしようとした人物や、収容所の実態を告発しようとした人物もいた。

読むのが辛かったが、読んで良かった一冊

2017/03/01 20:59

投稿元:ブクログ

アウシュヴィッツというと、昔本で読んだアンネ・フランクの伝記由来の知識しかなかったため、多少フィクションが入っているとはいえ図書係が実際にいたなんて全く知らなかった。
ディタの勇気と知恵は本当に素晴らしいと思う。自分が同じくらいの歳で同じ環境にいたとしてもディタのようには振る舞えないかもしれない。

収容所での描写は目を背けたくなるようなものも多かったけれど、それが現実にあったんだということはしっかり覚えておかないといけないと思う。
そんな状況の中でも、本を読めば違う世界に旅立つことができるし、本を読むことがディタの心を救い、生き延びる力となった。本の力って素晴らしい。
プラハにもいつか行ってみたい。時計台も見てみたい。

2016/10/06 10:38

投稿元:ブクログ

第二次世界大戦中、ユダヤ人であるがゆえにアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に送られた少女ディタ。
教育も本も固く禁じられていたその場所に、青少年のリーダーフレディ・ヒルシュは密かに学校を作り、その小さな図書館の図書係としてディタは、先生たちに「授業」のために本を貸し出し、一日の終わりに本を回収して秘密の場所に戻すという危険な使命を自ら望んで果たしていた。
収容所という地獄にあっても、最後まであきらめずに生き抜いた少女の物語。

正直に言ってしまうと、読むのがつらかった…。
思えばアウシュヴィッツがユダヤ収容所だということは知っていたけれど、その中で行われたことはほとんど何も分かっていなかったんだな、とこの本を読んで痛感しました。酷い。何かもかもが酷過ぎる。
これが本当に実際に行われていたっていうのが信じられないというか、信じたくないくらい酷い現状がそこで生きることを余儀なくされた人々の視線で語られています。
でもこの本も実際に体験した人が書いたわけじゃないから、事実のほんの一部なんだと思うと…実際に体験した人の絶望は計り知れない。

そんな中でディタは希望を失わずに、図書係として危険と隣り合わせになりながらも働いています。
ディタから見たフレディ・ヒルシュが信念を持ったとても素敵な青年で。彼ならなんとかしてくれるっていう信頼もあり、ディタが惹かれるのも納得なのですが……ああなるとは……。ディタと一緒にショックでした。
結局自殺なのか他殺なのか分からないんだろうけど、自殺なのかなぁ…と思ったり。
個人的にはどちらも選べなかったんだと思いました。どちらを選んでも犠牲が出る。でもそのどちらの犠牲も出したくなかったのに、どちらかを絶対選ばないといけない状況が、彼をそうさせたんだろうと。
ディタと一緒にほんとに悲しかったです。結局、彼は死んだ理由は誰にも分からないままなんですが。

物語はディタ以外の視線でも語られ、二つの恋も中々見どころがあったのですが……どうにもできない現実が辛かった。
本文中にも言われてましたが、これだけたくさんのユダヤ人が殺されたというのに、彼らが祈り信じた神はどうして助けてくれなかったのか! と思わずにはいられませんでした。
ヒルシュさんが死んだ後はどんどん状況は悪くなっていくばっかりで、読んでてずっと辛かったです。
でも最後はオータと再会して、「こうしてついに二人は、フレディ・ヒルシュの夢をかなえることになったのだった」っていう一文でようやく救われた気分になりました。うん、ヒルシュさんの願い通り最後まであきらめずにディタが生きてて良かった。

著者のあとがきを読んで、実はこの物語が実話に基づいたフィクションだったことに驚きました。
ディタもオータもヒルシュさんも実在してたのか。
でもこの物語で一番言いたかったのは、「人間が生き残るために必要なのは、文化ではなくパンと水だ。(中略)しかしただそれだけでは、人間性は失われる」――つまりディタが命がけで運んだ本という文化が、人間には必要ということだったのかなぁと思いました。

2016/12/09 22:30

投稿元:ブクログ

当事者の証言を元に書かれた小説なだけに、ノンフィクションといってもいい迫力がある。想像も付かない悲惨と絶望が語られるが、淡々とした記述のおかげでどうにか読み進めることができた。感情がほとばしるのは最後。「人生」を取り戻したときようやく過去に色が付くのではないだろうか。極限状態のなかで、「本」の果たす役割の大きさを思う。人はパンのみにて生きるにあらず。この後にはもちろん神への信仰の大切さが続くのだが、それとともに心を活かすものが必要だ。だからこそ、人間性を奪うために、支配者は文化を破壊するのだろう。

2017/03/20 21:31

投稿元:ブクログ

 「戦地の図書館」に続き、戦火の中の本シリーズということで読んでみた。「戦地の…」がナチス・ドイツと戦う米軍と本の関係で、こちらはナチス・ドイツに虐げられた人々と本の話。前者が攻撃のための武器としての本なら、こちらは防御のための武器、だろうか。
 プロパガンダのための家族収容所や収容所内学校のことは知らなかった。そしてそこで本が人の心の支えになっていたことも。命の危険を冒してまで本を渇望する境地ってどんなだろう、と考えてみたけれど正直想像が及ばない。
 史実に基づいたフィクションということだけど、エンタテインメント性が高くて物語にぐいぐい引き込まれ、登場人物たちの行く末にハラハラしつつ、人類史上最悪の人道犯罪の実態をあらためて知ることができた。山崎豊子タッチとでも言おうか。
 

2016/09/15 11:12

投稿元:ブクログ

「記憶は弱者にあり」
を改めて思い起こしました。

筆者がジャーナリストであったことが
大きく影響しているのでしょう
実際にアウシュビッツに行って、偶然に(必然に!)出遭うことになった一冊の本
ーこの小説のモデルになったホロコーストを生き延びることになっ一人の無名の作家がホロコーストの体験を基に書いた小説
から、すべてが始まっている。

もう、この出会いから すでに 物語が始まった。
といってもいいでしょう。

そのホロコースト博物館の売店では、事実を知らしめるための一冊の小説に過ぎなかったのでしょうが。こうして、素晴らしきジャーナリストの手に渡り、しかも一編の物語として編まれたときにまた新たな 歴史の証言者として生まれ変わった。

 実際の事実をもとに、優れた映画が生み出されることがままある。
その時に感じる深い衝撃と深い感動を覚えました。

2016/12/18 16:22

投稿元:ブクログ

http://blog.goo.ne.jp/abcde1944/e/f008a2d3bc1e4aab4d05fc794f642db3