紙の本
素晴らしい古典!
2022/03/27 21:45
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ポンさん - この投稿者のレビュー一覧を見る
まともな古典を読むのは、本書が人生ではじめてな気がしますが、とにかく内容が濃いです!
時間がいかに大切なのかを痛感しました。時間に対する見方が変わると思います。オススメです!
紙の本
人生書として有用な一書です。
2020/07/21 21:35
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:岩波文庫愛好家 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書はタイトルにある1篇と更に2篇が収められてあります。この3篇のうち、2篇目の『母ヘルウィアへのなぐさめ』は岩波文庫には収められていない作品です。岩波文庫の『生の短さについて』は積ん読状態なので近いうちに読了していきたいと思います。
さてタイトルにある1篇目の『人生の短さについて』はかなり有用な内容でした。閑暇の概念について本書で判り易く述べられてあったので、理解が深まりました。また3篇目の『心の安定について』の方がインパクトが大きく感じました。『だれかに起こることは、きみにも起こりうる』というフレーズにはグサリときました。
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2000年前の古代ローマの哲学者セネカの作品だが、現代にも思想は通じる。
時間の使い方、過去と向き合って今を大切にいきる、徳と理性、自分の境遇に慣れ、逆境においても自分を見失わない等。
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2019/2/1
古代ローマの哲学者、セネカの著作。ストア派は倫理で習った程度の知識だが、本作を読んでこんなに現代にも通じる教えなのかと驚いた。運命に翻弄されず、逆境にも動じないというのは仏教の考え方にも共通するところがあるので、セネカは日本で人気が高いのだと思う。セネカに従い、今後は日々の生活に疲れたら、読書という名の閑暇に逃げ込むことにします。
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富は人を幸せにしない。
必要な物は最小限で済む。
富よりも精神が大事。学問が大事。
精神を高める事が真の豊かさを与えてくれる。
という内容。
印象に残ったのは、希少なツボや大理石を収集して何になる。という話。高価な希少品を集めてもたしかに死んで時代経ったら何にもならない。何が大切かよくわからなくなってる証拠だ。
一方で富が才覚や広い見聞、さまざまな体験や将来の可能性、精神の安定に直結する。貧しさは世界の狭さや奴隷的労働、精神の不安定に繋がる。親の離婚で貧しさや奨学金で苦しむ人もいる。富と学問には相関関係がある。そして例外があるにしろ富と幸福にも相関関係があると思う。
大金を得ると人間がおかしくなるというのも良く聞く。貧しくとも学問を志し、生活に必要な十分なだけのお金を得るというのが理想なのかもしれないが、なかなかそうはいかないのが世の中。
ただ学びを通じて精神を高め、自分を信じる事が安定をもたらす。そしてそうした精神は侮辱されても侮辱を受けた事にならない。というような趣旨の具体的な表現はとても参考になる。歴史や場所が全然違うところで書かれた書籍であるが故に本質をついているところもある。年齢を重ねるにつれ味わいがわかる人生観を考えさせられる良書だと思う。何度も読み返したい。
この本を読むにあたりセネカがストア派であり、ストア派が生まれた背景は知っておいた方が色々な見方ができる。
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面白かった。訳がとても平易で読みやすく、セネカの説く実践的なストア派哲学、というか、ストア派の哲学を実生活に活かすための方法がものすごくよく伝わってきて、読みやすさに驚いた。
巻末の訳者中澤努さんの解説もとてもわかりやすくて、セネカとその周辺や、ローマ哲学のあり方の入門書としてともよかった。
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哲学者セネカの入門書。
人間は理性的に行動するべきであり、その方法を述べている。理想を追求するだけでなく、いかに欠点を和らげるかかかれている点など、実践的な内容である。
2000年前に書かれたにも関わらず、現代人にも多くの示唆があると思う。
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2000年前から人間とは変わらず同じ悩みや苦悩を抱えているものだと痛感。
現代人にも響くということは、わかっていながらやはり出来ないことであるという事。
人生は短いものではなく、短くしているという言葉は心に響く。時間は万人に平等に与えられるものであるが、時の過ごし方は人によって違う。時間は有限。目に見えないので簡単に浪費してしまうが、大切に使わないと明日にも終わる可能性がある。
一日一日を後悔のないよう精一杯生きる。当たり前だが出来ない自分がいる。
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Amazonプライムで無料だったので。
とてもよい。時間をただ過ごすことについてほんとうにそれでいいのか考えるようになる。これまで古代ローマも哲学も興味はなかったけど、よい生き方とはなにかを模索する上でこの本はとてもよいきっかけをくれた。読みやすいのにぐっとささる。
無料で読めるものが増えている中で、この本に早いうちに出会えたことは感謝しかない。
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多忙は人間から有意義な時間を奪い、人生を浪費させて、短くしてしまいます。
『われらが生きているのは、人生のごく僅かな部分なり。』生きているとはいえず、たんに時間が過ぎているだけ。
ひとは、自分の財産を管理するときには倹約家だ。ところが、時間を使うときになると、とたんに浪費家に変貌してしまう
(人生の総決算)
では、計算してください。
(あなたの生涯から、債権者によって奪われた時間、愛人によって奪われた時間、主人によって奪われた時間は、手下によって奪われた時間、夫婦喧嘩によって奪われた時間、奴隷の懲罰のために奪われた時間、つとめを果たすために、街中を歩き回って奪われた時間、みずからの手で招いた病気[のために失われた時間]、使われることなく無駄に過ぎていった時間、)
もうおわかりでしょう。あなたの手元に残る年月は、失われた年月よりも短いのですよ。
あなたがしっかりした計画を立てたことが、いつありましたか。あなたの決めた通りに事が進んだ日は、どれほどわずかでしたか。自分を自由に使えたことが、いつありましたか。あなたの普段どおりの顔つきでいられたことが、いつありましたか。あなたの心がおびえずにいたことが、いつありましたか。これほど長い生涯をかけて、あなたがなしとげた仕事は何ですか。
いわれのない悲しみや、愚にもつかない喜びや、飽くことのない欲望や、甘い社交の誘惑が、どれだけの時間を奪っていったでしょうか。あなたに残された時間は、どれほどわずかでしょうか。――もうおわかりでしょう。あなたは、人生を十分に生きることなく、死んでいくのです
閑暇のうちにあるときでさえ、多忙な人たちがいるのだ。彼らは、自分の別荘や寝床の中でひとりきりになると、ようやくすべての人から自由になったというのに、今度は自分自身がわずらわしくなるのである。そんな人たちの生活を、閑暇な生活と呼ぶべきではない。むしろ、怠惰な多忙と呼ぶべきだ。
(自分自身と向き合うことを嫌がり、なすべきことをなにもしていない状態が、セネカの批判する「ひまな時間」だと考えることができます。セネカが述べているように、このような時間からは、退屈と倦怠しか生まれてきません。)
大きな心で、人間の弱点である視野の狭さを克服しようとするだけでよい。そうすれば、広大な時間が目の前に広がり、われわれはそこを訪ね歩いていくことができるのである。
できるかぎり自分自身に頼り、すべての喜びを自分の中から引き出せるように、つねに努力をしている
おまえたちの体がどんなにちっぽけなものか、考えてみようとは思わないのか。わずかなものしか受け入れら��ないのに、たくさんのものを欲することは、狂気であり、精神が陥る最悪のあやまちではないか。~~おまえたち[の体]には、その蓄えをしまっておく場所がないだろう。
満足を知らぬ精神は、決して満たされません。
祖先たちは、未亡人たちに、亡き夫を哀悼するための十ヶ月の期間を与えました。公的な制度を作ることによって、女性の執拗な悲しみとの妥協をはかったのです。
長くつきあっていれば、よいものにばかりでなく、悪いものにだって、愛着がわいてくるものですからね。
自己嫌悪の発生源は、だらしのない心と、それが抱く欲望である。
古代ローマの詩人ホラティウスの詩の有名な一節に、「この日を摘み取れ」という言葉があります。これは、不確実な明日を頼りにするよりも、今日この日を大切に生きよ
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岩波文庫はKindleで読めなかったので、こちらにした。訳や注釈も読みやすく、必ずしも岩波文庫にこだわる必要はない。
人生の短さについて、だけを読んでの感想になるが、内容としては残念ながら星2つレベルである。ストア哲学では理性、自省録を書いたマルクス・アウレリウスは自然(宇宙の秩序)に則って生きる事を推奨している。
セネカにおいては、その自然は哲学者になることであると言っている。いや、哲学者とは明確に述べてないが、『英知を手にするために時間を使う人』を定義とし、例として哲学者を挙げているので、哲学者という解釈で問題ないと思う。
この哲学者の話が出るまでは、とても吸い込まれるように読んでいた。時間というものが見えないものであるし、当たり前すぎて、お金の浪費は気にするのに、時間の浪費は気にしない人が多い。とか、他人のために時間を費やしすぎている。とか、そういう話は納得がいった。
だからこそ、どのように生きるべきか?が気になっていたのだが、その結論が哲学者とはあまりにも面白くない。
たしかに自然に従って生きることの解釈が人間にとって出来ることの追求だとすれば、『考える』という事なので、哲学者という流れは正しいように見える。
ただ、それはある意味究極論でしかない。考えることだけをすれば、一番理性的というのは理想論で実践的ではない。
もし世界中の誰もが考えることだけをして、生きるとは何か?とか幸福とは何か?だけを考えていたら、誰が国を運営し、誰が食べ物を育てるのか?
そういう事をしている人たちの恩恵の上に、哲学者たちが生きられている事を忘れてはならない。哲学者でさえ、他人の時間を奪い、それによって生かされているのだ。
私の思う理想は、自省録で書かれているように、自分の本質や本性を見つけ、それに従って生きていく事なのだと思う。
ただし、自分らしさが自然、つまり宇宙の秩序に反してはいけない。あくまで秩序、理性ある中での自分らしさを発揮する事が大事なのだと思う。
実践的であるはずのスコア哲学が、全く実践的でない点が腑に落ちず、この点数とした。
==追記==
人生の短さについて、を読んだ後の2つの話、特に心の安定について、はより実践的であり、読み応えがあった。
最も重要な違いは、自分に適した職につくことを勧めている点だ。哲学者こと全てだったはずが、晩年の作品では意見が変化している。
ここにセネカの考え方の変化が見られ、人生を送っていく中でおそらく変化が出たのだと思える。
3つの作品を踏まえれば、星4つくらいなるレベルの話になる。
つまり、2000年前もひとたちの過ごし方も、現代の過ごし方も、文明の差はあれど何も変わってないのだなぁという事だ。
哲学を読み進めるのは確かに大変だ。が、しかし、そこには読むべき意味がしっかりとある。
過去に学び、今を全力で生きるためには、自分の過去だけでなく、2000年以上ある歴史から学べることを学ぶべきである。
その上で何をするのかを考える方���、合理的だと思うから。
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自分自身の時間の使い方、人生の向き合い方をふり返させられる本。
高い地位や名誉を得て多忙を極めている人、トリビアのような知識をひけらかす人、おしゃれや髪形ばかりを気にする人、コレクションを自慢する人。
今から2000年も前に書かれた(しかも外国の!)本の中にこれらタイプの人が「人生を短くしている」人の例として登場してくるなんて、人間社会や人の性質は全く変わらないんだな、と痛感。
セネカは手紙を宛てたパウリヌス(重責で地位も名誉もある)に、さっさと多忙な仕事から離れて、自分自身の人生を生きることを説いている。
現代風に言うと、脱サラ隠遁生活を進めているように一見、聞こえるが、そうではない。
人生はいつ終わるかわからない。だからこそ人生の時間の量ではなく質に焦点をあて「生きる」てほしい、と言っているんだと思う。
単に齢を重ねていくことは、長く生きたことではなく、長く存在しているだけ。
(丸山眞一の「であること」と「すること」に似ている)
時の長さではなく、束の間の人生をどう掴むか。
世間の評価を気にしたり、富を追い求めたり、それらのような世俗的な事柄から離れて、自分の人生をどう生きるか。そのためには過去と向き合うべきと説く。
不確かな未来、移ろいやすい現在と違い、過去は確かなもの。過去の偉大な賢人たちの言葉(古典)に触れ、過去という悠久の時間に向き合う。偉大な賢人たちとの対話が、歩むべき未来の人生を照らしていくから。
2021/8/20 追記
セネカは大西英文訳、茂木元蔵訳あり
ラテン語でvitaは生、人生
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人の生き方について解く、哲学者、セネカによる本作。
紀元一世紀の人物による書籍というだけでも驚きですが、その内容もかなり洗練されており、人生において大切な心構えというか、生き方を示してくれます。人はときに閑暇を求め、学問に没頭することにより人生を充実させ、心の安定を得と教えるところには同意できます。自分にとっての問題は、何を学ぶまかか、その学びは人の為になるか、ですが難しいですね。
同時に、今就いている仕事にも疑問を感じてしまいそうですね。人のために生きることも肯定されているので常に自問しながら生きていきたいと感じます。
財に拘ない考え方は、将来の安定した生活を考えると難しいのですが、物に拘らない生活には一層励みたいです。
解説についても当時の社会情勢や人々の暮らしなどが紹介されておりも見応えがあります。ストイックの語源がストア派である豆知識も紹介されています。
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耳読で読破できた。ギリシャの時代でも、今と悩みが一緒!みんな幸せになりたいのは変わらない。幸せになれた人となれなかった人の違いは、自分に幸せな環境を整えられたか否かか。
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2017/3/17読了。流石古典新訳、スラスラ読める。もう少しストア派って厳格な印象があったけど、なかなか現実的な内容だった。そもそものストア派に対する認識がズレてたのか、セネカさんが一般化してくれているのかはわからないが。
『心の安定について』の中の蔵書に関する内容が、胸を突いた。
「多数の作家によって道に迷うより、少数の作家に身を任せた方がはるかによい」
わかっちゃいるんですがね〜
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今まで読んだ哲学系の本が難しかったせいか、
哲学ってすごくとっつきにくいし、よくわかんないイメージがあった。
けど、図書館でタイトルに惹かれて手に取ってみた。
中身を読む前は、どうせ人生について悲観的なことが書いてあるんだろうなぁ、と思ったけど全然そんなことなかった。
本の中にあった、人生における時間の使い方、私たちが得ている時間は短くないはずなのに、私たちの使い方によって短くなっているというのは、本当にその通りでしかないんだけれど、今まで見ないふりをしていたことをまじまじと突きつけられた気がして、すごく心にささった。
2000年も前の人が書いた文章なのに、古臭さやわかりにくさを感じさせず、
今の私たちも共感できる文章であるというのがすごい。
後々思い出すことが多い本だったので、図書館で借りた後本屋さんでわたしは購入しました。