紙の本
ノーベル賞受賞のCRISPR-CAS9開発者自身による開発秘話と科学技術の安全性を述べたノンフィクション
2021/12/02 18:33
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投稿者:YK - この投稿者のレビュー一覧を見る
DNA編集の画期的な技術CRISPER-CAS9を発見したダウドナ氏自身による、その発見の経緯とこの技術をどう活用するのかを問うノンフィクション。
本書は2017年に発売され、本書の帯にも「ノーベル賞最有力」との表記がありますが、実際にこの功績で2020年にノーベル化学賞を受賞されました。
本書は2部構成で、前半は発見に至る研究の流れ、後半はこの技術をいかに活用するべきかという問題提議に充てられています。CRISPER-CAS9の技術的な解説の本はノーベル賞受賞でたくさん出版されると思いますが、やはり開発したご本人による本書は、他とは一線を画すと言って良いのではと思います。基本的には一般向けの本なので著者自身もできる限り簡潔に述べようとされているのでしょうが、それでも内容の半分ぐらい理解できたかなぁ、というレベル。高校で履修する生物の内容ぐらいは知っておかないと読み進めるのは辛いかもしれません。
しかし本書の最も重要な読みどころは後半部分だと思いました。動物、植物を問わずDNAを自由にかつ正確に編集できる技術は、マラリアを媒介しない蚊、気候変動や害虫被害に適応する穀物、感染症への免疫をもった豚、アレルゲンを取り除いた牛乳が取れる乳牛、少ない餌でより大きく育つ肉牛など、現在人類が直面している様々な環境問題を一気に解決できる能力があります。
さらに人間のDNA編集が可能になれば、ALSや筋ジストロフィーなどの遺伝性の難病治療、癌の治療にも応用が可能となり、医療技術を各段に進歩させる可能性を秘めています。さらにこれらDNAの編集を人間の生殖細胞(受精卵)に実施することによって、産まれる前から遺伝性疾患のリスクを取り除く事も可能となります。
しかし、運用を一歩間違うと、持久力の向上、筋肉量の増大といった一種の遺伝子ドーピング、さらにより人間の遺伝子の解析が進めば身長や外観などについて出産前に遺伝子の改変が可能になることも考えられます。
成人の体細胞への適用ではなく、次世代へ影響が蓄積される生殖細胞への適用はどうするべきか。遺伝子を編集した動植物が何かの間違いや事故で自然環境に誤って拡散した場合の影響、軍事的に使用されれば猛毒性のウィルスの開発などのリスクも発生します。
本書でも「本質的によい技術や悪い技術など、ほとんど存在しない。重要なのは、それをどう使うかだ。」と著者が述べているように、人間が完全に制御できない可能性も秘めた技術は、使い方によっては人間の未来をより良くすることも、破滅に導くことも両方の側面を持ちます。CRISPR-CAS9によるDNAの編集技術が持つ潜在的な能力を誰よりも理解している筆者だからこそ、この技術の使い方を広く議論してもらう事の必要性に駆られ本書を執筆したという事が良く分かります。研究自体でも相当多忙を極めているであろう筆者が、それでも敢えて一般向けの本書を執筆した真意は、この技術の行く末を一部専門家だけに委ねるのではなく、広く社会全体で議論して欲しいと思われたからであり、その意味でも本書後半部分だけでも十分に一読の価値ありと感じました。
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【ノーベル化学賞最有力。高校生でも遺伝子を編集できる時代が来た】アジアゾウの遺伝子を改変しマンモスを生み出し、遺伝性疾患を根本的に治療。進化を人間が変えうる技術を生んだ科学者の手記。
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遺伝子の編集を革命的に簡単にしたCRISPR CAS9という技術。既存の技術と比べてより確実にターゲットとする遺伝子を編集することができる。しかも安価に手軽に。その技術を発明したジェニファー・ダウドナがその社会的影響や倫理的側面を含めて解説をしたもの。
CRISPRの可能性は非常に大きい。食糧生産性の向上や医療上の革新にもつながる。しかしながらヒトゲノムの編集は、優生学や遺伝子ドーピングにもつながる。富めるものがまず治療や健康改善のために遺伝子編集の恩恵を受けることができるようになると、社会的階層の固定化につながるのかもしれない。また最悪な場合には、破壊的な生物兵器の製造にもつながるかもしれない。それでも、助けることができる命や人生がその先にあるのに研究を止めることも科学の倫理として正しいのかどうかもわからない。重要なことは、様々な可能性を元に、様々な関係者の間で議論をするということなのかもしれない。
CRISPR技術では、フェン・チャン博士との特許論争なども興味があるところだが、その辺りについてはほとんど触れられていない。フェン・チャンの名前も何か所か出てくるのだが、そのような争いに関しては言及なしである。そういうことは、CRISPRの技術的な革新性や社会的影響の大きさからすると取るに足らないことなのかもしれないが、興味はあるところでなのである。
いずれにせよ今後の遺伝子工学の将来について、きちんと見ておきたい。
『ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/414081702X
『ゲノム編集とは何か 「DNAのメス」クリスパーの衝撃 』のレビュー
http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4062883848
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クリスパー(CRISPR)(CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス・ナイン))は、細菌の「免疫系」から発見された遺伝子編集技術である。
・・・と言ってもいささかわかりにくいかもしれない。
細菌とは、大腸菌や黄色ブドウ球菌、納豆菌やビフィズス菌など、単細胞微生物で、原核生物と呼ばれる仲間である。病気を引き起こすこともあるが、発酵など、人間に有用な仕事をするものもいるし、ヒト腸内にも多く共生している。
病原菌にもなりうる細菌だが、それ自体がウイルス(バクテリオファージと呼ばれる)に感染することがある。そして、ヒトが病原体と闘う免疫系を持つように、細菌にも身を守る術がある。その1つがクリスパーだ。
ウイルスが侵入すると、細菌はクリスパーを使ってウイルスを攻撃する。ウイルス遺伝子の特徴的な部分を認識して、ちょきんと切ってしまうのだ。この「はさみ」はかなり正確で、狙った遺伝子配列部分以外を切ることはほぼない。
クリスパーの重要な点は、その機構自体が興味深いことだけではない。この仕組みを利用して、人間がほぼ自由自在に、ある標的遺伝子を切ったり、その部分を別の配列と置き換えたりすることが可能になった。つまりそれは、欠陥がある遺伝子を修正したり、別のものと変えることが可能になったことを意味する。ヒトの場合であれば、遺伝子が原因の病気を治すことが(理屈の上で)可能になり、場合によっては何か「好ましい」形質を導入することも(理屈の上で)可能になったことになる。
これまでも遺伝子編集技術はあったのだが、操作が非常に煩雑で時間が掛かったり、限られた箇所しか編集できなかったり、狙ったところ以外も改変されてしまったり、熟練した実験者しかできなかったり、費用が掛かりすぎたり、多々、問題があった。クリスパーは安価であり、高校生レベルでも扱える上、正確さも段違いに高い。
おそらく近いうちに、ノーベル賞を取るだろう。取らないまでも「ノーベル賞級」であることは間違いない。「百年に一度の技術」と称する人もいる。
著者J.ダウドナはこのクリスパーの開発者である。共著者S.スターンバーグは著者の研究室の一員であり、多忙な著者を助ける形で、著者の一人称の形の本書をともに仕上げている。
本書は二部構成で、前半は「クリスパー開発物語」、後半はクリスパーを用いて行われた、あるいは行われうる応用に触れている。
前半では、ある種、小さな分野だったものが、大発見をきっかけに人々が注目する大きなトピックに育っていく様子が描き出され、スリリングですらある。研究テーマ自体としてのおもしろさ、一方で、研究室を運営していく実際的な問題に頭を悩ませる著者が活写される。人間味のある研究者描写がおもしろい。
がらりと変わって後半は、クリスパーを使って何が可能かを述べる。病気に掛かりにくい作物の作製、絶滅した生物の「脱絶滅」、病気の予防や治療。できることやおそらく可能であることは非常に多様にある。だが、できるからといって、何の歯止めもなしにどんどん進めていってよいのか? 倫理的に、果たして行ってもよいことなのか。どこまではしても��くて、どこからはやりすぎなのか。
著者は開発者ではあるが、この技術の利用の広がりは、著者自身も驚くほどで、この先、どんな用途が出てくるか予断を許さない。
著者自身は、ヒト胚などの生殖系列(子孫に伝わるもの)に改変を加えるのは、控えめに言っても時期尚早であると考えている。しかし、例えばデザイナーベビー(遺伝子改変によって作られる「理想的な」「完璧な」子供)を作ろうとするような試みを、近い将来に「誰か」が行ってしまう可能性はそう低くない。成果を求める科学者、利益を追う企業、子供の「幸福」を願う裕福な親。いくつかの条件が重なれば、(成功するかどうかは別として)着手するものはいるだろう。
この問題には正解はない。というより、人の数だけ正解がある。遺伝子改変はいっさいNOだという人もいるだろうし、病気が治るならいいじゃないかという人もいるだろうし、個々人の意志に任せるべきだという人もいるだろう。さまざまな意見がある中で、大多数の人が「この線は越えてはならないだろう」という線を引き、実効性のある手段で違反を防ぐことは果たして可能なのだろうか。
著者は最終章で対話を説く。一般市民にもこの問題に関心を持ってもらい、広く議論をしてもらいたい。そのためには科学者側も研究室の外に出て、市民との対話の機会を持つべきだ、と。
理想的には市民の側も「好き・嫌い」や直観で判断するのではなく、ある程度背景を知った上で意見を持つべきなのだろうが、果たしてそのレベルまで対話を深めることは可能なのだろうか・・・?
人間は、この鋭利すぎる道具をうまく使いこなしていくことができるのだろうか。
わかりやすく、読み応えある1冊である。
解説は『捏造の科学者』の須田桃子。
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もう国家がどうだとか考えるレベルではない。数万年先の人類という生き物がどのような生き方をするのかまでをも示す書籍である。語られていること(遺伝子編集)は学術的なことで異論を挟む余地はない。ただし、悪い方向に転ぶと、核兵器並みのインパクトがある技術を地球上にばらまくことになる。本書が早めに翻訳されたのは日本人にとって幸運なのかもしれない。遺伝子編集によって人類は大きなメリットを享受する。その一方で優勢学などを復活させることにつながり、種としての人類の存在を倫理的に脅かすことにもなりかねないことをいち早く知ることができたからだ。正直なところCRISPERを現在の不都合に正しく適用すれば、人類共通メリットになる。ただし、そうでなければ核兵器並みの兵器にもなりえる。兵器にするか、人類の幸福に使うのか、現在の人類が試されている。
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低いコストで精密なDNA配列編集が可能なCRISPR-cas9技術に関する、黎明期からの研究者による解説。
CRISPR(=Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)は細菌がファージのDNA配列情報を自身のゲノムに取り込むことによる免疫機構に関わっている。
cas9はCRISPRの近くにある遺伝子およびその遺伝子にコードされたタンパク質で、ガイドRNAが指示するパターンのDNA配列を選択的に切断する。
CRISPRの研究をもとにして特定の配列パターンのみを選択的に切断し、そこに任意の配列を組み込む技術が著者らにより開発された。この技術をCRISPR-cas9と呼ぶ。
こうしたゲノム編集の技術はCRISPR-cas9が初めてではないが、TALENなど先行技術と比較して非常に低コストであるため、農作物・家畜の遺伝子改良からヒトの医療まで極めて広い領域への応用が期待されている。
既存の遺伝子組換えと異なり、特定の配列のみを1塩基から編集して痕跡を残さないのがポイントで、農作物・家畜においては正しく用いれば安全かつ効率的な品種改良の手法となりうる。
また、医療においては鎌形赤血球症や多くの遺伝疾患など、ゲノム上のピンポイントの異常と病気の間の関係がはっきりしている病気の治療に大きな進歩をもたらす可能性がある。
糖尿病やガンの免疫療法への応用も期待されている。
しかし、ヒト生殖細胞のゲノム編集には特に大きな倫理的懸念が伴う。
体細胞のゲノム編集は次世代に伝わらないが、生殖細胞の編集は子孫に伝わって残ってしまうためである。
この点については人によって意見が大きく異なり、ヒトの遺伝子プールを人工的に作り変えてしまうこと、多様性を損なうこと、不利な形質に対する偏見を助長することといった懸念を強く持つ人もいれば、重い遺伝病がゲノム編集で根絶できる可能性があるのであれば、その可能性を追求しないことこそ倫理的に許されないという人もいる。
また、人間の能力向上のためにゲノム編集を行うことは優生学につながるので正当化されないと考える人は多いが、国によって規制に対する考え方が異なりどこかでそうした技術開発が行われる可能性も否定できない。
(個人的には、技術的に可能になったことはどんなに非倫理的なことでも必ず誰かに行われてしまうと思う。
幸い筋肉ムキムキになるゲノム編集より頭がよくなるゲノム編集のほうが難しいようだ)
専門家のみでなく、一般市民も含めこの極めて強力な技術をどこまで活用しどこまで規制するのかの合意形成が必要とされている。
この本の前半の研究の経緯の話はちょっと細かいが、後半に書かれている内容は万人が知っておいてよい内容だと思う。
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CRISPR
clustered regularly interspaced short palindromic repreats
クラスター化され、規則的に間隔が空いた短い回文構造のくり返し
CRISPR関連遺伝子 通称 cas CRISPR-associated 遺伝子
生まれつきHIVへの抵抗性をもつ幸運な人々
CCR5と呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子に32塩基の欠失がある CCR5タンパク質は、免疫システムの根幹を担う白血球の表面を覆い、HIVは細胞に侵入する際にこのタンパク質を手がかりにしている。だがこの特異な32塩基の欠失があると、CCR55蛋白質が生成されないため、ウイルスは細胞の表面にまで到達できない。つかまるCCR5タンパク質がないため、HIV分子は細胞に侵入できず、したがって感染が阻止される
がん免疫療法 がんの分子マーカを認識するようにT細胞を操作して、目印をもつがん細胞にたいする免疫応答を開始させる。ここでの課題はどうやってT細胞の潜在能力を解き放つか
1 免疫チェックポイント阻害剤 がん細胞がヒトの免疫応答に対してかけたブレーキを解除する医薬品を使う
2 患者のT細胞を取り出し、がん細胞を認識できるように特別に遺伝子を改変してから、ふたたび体内に戻す 養子細胞移植(ACT)
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素晴らしい。私たち人間がオープンエンドな科学的研究を通して、身の回りの世界を探求し続けなければならないというエピローグの著者の思いに共感。
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神のハサミ、その名はクリスパーcas9。DNAを狙った位置で切り遺伝子の編集を可能にする。それも高校生程度の知識とパソコンで充分に設計でき、導入するプラスミドと呼ばれるDNA分子は普通に売っている。バイオハッカーが自宅のガレージで遺伝子編集をできてしまうのだ。
DNAの組み替え自体は自然界で普通に起こっている。例えば相同組み替えの実験では細胞にDNAとリン酸カルシウムを吹き付けただけで一部の細胞は外来DNAを取り込む。またウイルスもゲノムにDNAをおくりこむ。ヒトゲノムの約8%は太古のレトロウイルスの名残なのだ。X線や発ガン性物質などでDNAが切れると、二本鎖の相同な染色体を鋳型として修復する。つまり遺伝子の配列に異常がある場合そこを狙って切ってやれば正常な鋳型を元に遺伝子の配列を修復できる。
あとはどうやったら狙った位置を編集できるのか。そのガイド役を担うのがクリスパー、細菌がウイルスと戦うために用意したDNAの領域で規則的に間隔が空いた回文構造の繰り返しを持つ。
一つの塩基をひらがなで表すとしよう。塩基はGCATの4つだがそこは無視するとクリスパーはこんな感じだ。
「たけやぶやけた」ちはやふる「たけやぶやけた」かみよもきかず「たけやぶやけた」…
系統的に無関係な生物種に似たような繰り返し構造が現れる。そこでクリスパーをガイドにするとちはやふるの遺伝子配列を特定できる。検索にはクリスパーRNAを使い、そこに遺伝子を切るタンパク質のハサミcas9をくっつけて送り出せば遺伝子配列の狙った位置を切ることができるというわけだ。
クリスパーcas9を使うと何ができるようになるのか。2015年末ロンドンに住む1歳の少女レイラ・リチャーズは白血病を患いいかなる方法も効果がなかった。そこで特例として遺伝子修飾されたT細胞を移植したところ数週間で十分回復しその後骨髄移植を受けガンは寛解した。これまで有効な治療法がなかった遺伝子が原因である病気はクリスパーを使った遺伝子治療が当たり前になってゆくのかもしれない。
一方でクリスパーは倫理の境界を突き抜ける技術も可能にしている。うどん粉病にかからない小麦粉、トランス脂肪酸を含まない大豆、発ガン性のあるアクリルアミドを減らしたポテチ、筋肉むきむきのウシこれらは従来のGMOでもできそうだがまだ反対は少ないだろう。ペット用のマイクロピッグ、遺伝子をヒト化して移植用臓器をとるために改造された豚、ジェラシックパークのような恐竜の再現は無理だがマンモスはDNAが保たれていて復元プロジェクトが進む。マラリアを媒介しない形質を持つ蚊を遺伝子ドライブで送り出せばマラリアは根絶できるかもしれない。ここまでくると慎重な意見も増えるだろう。
そして遺伝子疾患を持たないように一人一人にカスタマイズされた遺伝子編集を用いて体外受精をするクリスパーベイビー“サービス”を提案する女性起業家が現れた。ジェニファーの懸念の通りヒトゲノムの改変も目の前に来ている。どこまでが許され、どこからは許されないのか。またそれは科学者だけが判断することなのか。クリスパーは未来の人間すべての遺伝子を上書きしてしまうことも可能なのだ。
目の前で病気に苦しむ人を助ける方法があるのに使わないことは許されるのか、では将来苦しむ人を生まない技術を使わないことはどうか。この本の前半はクリスパー開発の前途洋々とした語り口で進んだが後半はクリスパーによってもたらされる明るい未来と暗い予感の中で揺れ動いているようだ。
エピローグは「科学者よ、研究室を出て話をしよう」と結ばれる。結局どんな技術も倫理的には中立でクリスパーも神のハサミにも悪魔のハサミにもなりえる。私たちは今人間が進化に影響力を与える時代のとば口に立っている。「それほどの重責を担う覚悟が、私達に出来ているはずがない。しかしそれを避けて通ることはできない。人間が自らの遺伝的運命をコントロールすることが恐ろしいことだというのなら、この力を持ちながらコントロールできない事態を考えて欲しい。それこそ真に恐ろしく、真に想像を絶する事態というものだろう。」
おそらく正しい答えはわからない、それでもハサミの使い方を決めないといけないのだ。だがどこでも同じように決められるのか?クリスパーを使うのにマッドサイエンティストはもはや必要ない。高校生程度の知識と低コストでできるのだから。「私たちがその責務を正しく果たせる事を願い、信じている。」という結びの言葉とそのための科学者としての彼女の行動は素晴らしい。だがそれでも暗い予感は残る。
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遺伝子編集技術CRISPRの発見から、狂騒までを振り返った本。
バイオ専門話を適当に読み飛ばしても「革新技術が世の中に生まれた時の手記」としてとても面白い読み物だと思います。
私はバイオ畑の人間じゃないので狂騒具合を実感してるわけではないけど、確かに自分が大学で学んでいた時はわっかのベクターに遺伝子入れて…みたいなことを習った記憶があるので、そこから革命のような容易さで編集ができるようになった、というのがバイオテクノロジーの速さを物語っている。なんとなくサイエンスの発展スピードって飽和に近づいているのかなとか思ってたからなおさら。
そして、これまでの歴史の中で、人間が失敗してきたこと→優生学による断種とか、医療ツーリズムとか、があるからこそ今CRISPRはそこから学ぼう、少しでも過ちを繰り返さないようにしよう(どのくらいできるのかは別だけど)という議論になっている。ということがなんというか、捨てたもんじゃないなあと思うのです。人類はちゃんと歴史から学んでいるというか。
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http://catalog.lib.kagoshima-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB24617287
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バイオテクノロジーもここまで来たかと驚いた。不治の病や絶滅種の解消に期待が寄せられる一方、モラルハザードも危惧される中、正しい知識を得て、新たなテクノロジーを正しい方向に進めていくための一助となる。
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新書なので、専門職以外にもわかるように書かれている。
この分野に関してほとんど無知だったけれど、1冊読めば概要を掴むことができた。
CRISPER-CAS9
遺伝子編集を行うためのツール。
他の手段で今までもできていたが、このCRISPER-CAS9は簡便で安価なため世界中で遺伝子編集の研究が進んだ。
そのおかげで、実際遺伝難病の筋ジストロフィーなどの遺伝性疾患が著名に改善したり、様々な難病の治療が開発されることになった。
ガン治療にも応用でき、かなり将来性のある期待できるツールであるが、一方優生保護などの考えが再燃したり今までいなかった新人類の誕生など倫理的な問題も多数抱えている。
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インフルエンザなどの原因であるウイルスというのは遺伝子のかたまりみたいなものです。多細胞生物だけではなく、細菌という単細胞生物に感染するウイルスもあります。細菌にも一度感染したウイルスには感染しないという免疫機構があるのですがその仕組みはなぞでした。本書の著者ダウドナ博士たちはCRISPRと呼ばれる特殊なDNA配列が細菌の免疫現象を担っていることを解明しました。
ものすごく簡単なたとえ話にしてしまうと、細菌の中にCRISPRという警備員がいて、警備員は要注意人物(=ウイルス)の顔写真アルバムをもっていて要注意人物を見つけるとボコボコにしてしまう・・とでもいいましょうか。
科学的に書くと、細菌の遺伝子の中にあるCRISPR部分には過去に最近が感染したウイルスのDNAがスクラップブックのようにはめ込まれています。ここに、なんらかのウイルス感染がおこるとCRISPR部分からRNA(crRNA:クリスパーRNA)が作られます。感染したウイルスがそのスクラップ帳に合致する塩基配列を持っている、つまり過去の記録と配列が一致した場合には、ウイルスとcrRNAが相補性によって二重らせんを形成します。そこにCas9というタンパク質が作用してウイルスDNAをばらばらに切断します。
ダウドナ博士たちは、さらに、この一連の仕組みの中から「顔写真ケース(crRNA)と相手をボコボコにする仕組み(Cas9)」だけを取り出すことに成功しました。そしてウイルスではなくても「ボコボコにしたい相手の写真を顔写真ケースの中に入れるとその写真の相手を探してボコボコにしてくれる」ようにしたのです・・そう、つまりcrRNA部分に任意のDNA配列をくっつけたものを他の細胞に入れると、細胞内でそのDNA配列に出会うとその部分で特異的にDNAを切断できるのです(これをCRISPR-Cas9とよびます)。たとえば1個のDNAが突然変異で入れ替わった細胞があるとします。この場合、その変異の前後を含めたDNA配列を持つCRISPR-Cas9を作って細胞内に入れるとその突然変異部分を切り取ることができるわけです。
これまでにも遺伝子操作はありました。しかしそれは、ある程度ラフに切断してつなぎなおし、その後で目的にあった変化があるものをスクリーニングするという、不確実で気の遠くなるような手間とお金がかかっていたのです。CRISPR-Cas9を使うと高校生の生物実験レベルの設備とお金でDNAの任意の場所での切り貼りができるようになったのです。
本書では、そこにいたるまでの道のりがとてもよく書かれていて感動します。科学者(その多くが女性です)が、遠く離れた研究施設の間でのネット会議や学会でのコーヒーブレークでのおしゃべりなどを通して啓発されたりコラボしたり、少しずつ前進し、ついにはとんでもない発見にたどりついてしまう・・・そんなサクセス・ストーリーです。また、本書はソースノート(引用)がしっかりしており、NatureやScienceに掲載された節目節目の論文をネットで読むことができます(URLが書かれているわけではありませんが論文タイトルで検索するとたいていPDFに到達できます)。臨場感アップしますよ。
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CRISPR-Cas9の技術的な創設と、誕生秘話、と、その後に続く、科学者の倫理について。
以前の同僚が、いじっていたが、
詳細は知らなかったCRISPR-Cas9について知りたいなと思って、久しぶりに科学的な書物を読む。
やっぱり、その分野の一線級の人がかく
技術的な説明は、わかりやすい。(PFNの深層学習しかり)
と言いつつも、細かい技術部分は端折りながら、
特異的な病態や、極限生物など
イレギュラーな状態の解析を通じて、
バイオテクノロジーの飛躍的な成長はみられる。
(PCRしかり)
ひとの希少疾患で、さらに自己治癒してしまった例などは、
思わず、見て見ぬふりをしてしまうけれども、
そこに大発見が潜んでいる場合がある。
多くの場合はアーティファクトだと思うけど。
第一線の科学者だからこそ、共同研究が舞い込み、
さらに新しい分野を開拓できる。
詳細は分からないけれども、
遺伝子治療に向かう、今までの技術とは大きく異なる
革新的ない技術なのだろう。
だからこそ、倫理的な問題に直面する。
治せるとわかっているものを直さないのは倫理的なのか?
Googleが倫理家を雇ったように、
新技術に伴う新価値創出は、
今後は倫理感を問われるような技術となっていくのだろう。
著書は、後半部分を話すために、この本を書いたのだろう。CRISPRの革新性と、危険性を分かってもらうための
前半の技術論。
逆にテーマがシンプルなので、
メッセージは、豊富ではなかった。
面白かったけど、得るものがそれほどない。
私自身が、そのレベルの研究者ではないということ。
自分の子供が、そういう判断をせざるを得なくなる時代で、
どう生きていくのか?の思考実験は必要