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商品説明
独裁者スターリンに対し抵抗とも服従ともいいがたい両義的な態度をとったショスタコーヴィチ。内面的なジレンマを抱えながらもスターリンとわたりあう芸術家の姿を、ロシア史上の独特の人格、聖愚者に見立て、詳細に分析する。【「TRC MARC」の商品解説】
天才芸術家と独裁者の奇妙な「共犯」関係を暴きだす
ソヴィエト社会主義時代、独裁者スターリンにたいし抵抗とも服従ともいいがたい両義的な態度をとったショスタコーヴィチ。彼が生み出した作品もまた、時にプロパガンダ風であり、時に反体制的であるような二重性を帯びていた。
著者ヴォルコフは、ショスタコーヴィチ再評価の機運をつくった前著『ショスタコーヴィチの証言』刊行四半世紀を経て、歴史的裏付けをとりつつ、独自の手法により作曲家の実像にさらに迫ろうと試みている。本書では、内面的なジレンマを抱えながらも、スターリンと直接わたりあうショスタコーヴィチを、ロシア史上の独特の人格、聖愚者(ユローディヴィ)に見立て、権力者との対峙の仕方を詳細に分析しているのである。
スターリンは冷酷な顔をもつと同時に、芸術を愛する独裁者でもあった。しかし単に芸術家を庇護したわけではなく、彼らを国家的プロパガンダに利用し、弾圧した。パステルナーク、マンデリシターム、ブルガーコフ、エイゼンシュテイン、ゴーリキー、プロコーフィエフ……同時代の芸術家との関わりのなかで、ショスタコーヴィチは全体主義と芸術の相克をどのように乗り越えようとしたのか、スリリングに描き出していく。【商品解説】
粛清の嵐のなか、冷酷な独裁者への抵抗に全生涯をかけたショスタコーヴィチ。彼は、全体主義と芸術の相克をどのように乗り越えていったのか。スターリンに対する、ロシア芸術家たちの血の滲むような戦いを、貴重な証言資料とともにドキュメンタリータッチで描く。【本の内容】
目次
- 序文
- プロローグ 皇帝と詩人
- 第一章 幻影と誘惑
- 第二章 一九三六年――原因と結果
- 第三章 一九三六年――スフィンクスの目前で
著者紹介
ソロモン・ヴォルコフ
- 略歴
- 〈ソロモン・ヴォルコフ〉1944年旧ソ連タジク共和国生まれ。レニングラード音楽院卒業。アメリカを拠点として活躍する音楽学者・ロシア文化史家・ジャーナリスト。
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紙の本
酷評した人物の伝記よりいいのは皮肉な事だ。
2018/04/16 21:31
3人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
今は絶版のようだが、「証言」を偽書だと見抜いたフェイのショスタコーヴィチ伝より読みやすいのは翻訳者がいいからか、それともヴォルコフが序文で書いているように「証言」からの引用を最小限に控えているからか、のどちらかだろう。それにフェイの本は彼女が偽書だと見破ったはずの「証言」にこだわり過ぎるのが難点だ。つまりフェイの本は、よりにもよってヴォルコフの本より出来が悪い上に著者名を「ファーイ」と表記しているように、翻訳もよくないようだ。
ソロモン・ヴォルコフが晩年のアンナ・アフマートヴァと面識があるのには驚いた。ヴォルコフの年齢からして、アフマートヴァと関わりを持てるのはギリギリだろう。それでブロツキーとも親交を持っているのだろう。どこかのドイツ軍や武装SS崇拝者が「過酷な対パルチザン掃討戦」の結果とでも書きそうな(だけではないし、むしろソ連の反ユダヤ主義を題材にした)「バービーヤール」の詩人のエフトゥシェンコとも個人的に知り合いのようだ。序文に名前が出ている人々を見れば、彼がどれだけの人々と面識があるのか、よく分かる。ただし、ロストロポーヴィチの名前はあるが、ヴィシネフスカヤの名前は出てこない。彼女の自伝を使っているが、この本、「証言」を否定する為にソ連当局が編集した本からの引用はあっても、「証言」は出て来ないので、ヴォルコフはヴィシネフスカヤとは関係がよくないのだろうか。
色々と知らない事が書かれていて、色々な著名人が出て来る本だが、「大祖国戦争」当時のペテルブルグ封鎖で有名な詩人を本文では「ベルグゴーリツ」、人名紹介では「ベルゴーリツ」となっている。普通は後者だが、スペル通りに読めば前者になるようだ。彼女が投獄されていたのは知っていたが、それは夫が逮捕されていて、獄死したまでは知らなかった。
「収容所群島」で「典型的な獄中記」を書いた党員作家と酷評されているセレブリャコーヴァについて、彼女がどういう体験をしたのか、を語った事やショスタコーヴィチが倒れた事も知らなかった。ヴィシネフスカヤとは面識があるかもしれないが、彼女の自伝にはセレブリャコーヴァの事は微塵も出て来ない。「収容所群島」の党員作家についてで出て来る人物が粛清された軍人達を調べていたというから、それだけでは分からないと言う事だろうか?トロツキーの「裏切られた革命」の末尾に1918年からの党員で「右翼反対派」だったが流刑地から国外に脱走出来たペトロフという人物が書いたものを否定的に言及されているので、「収容所群島」だけでは分からない、という事だろうか。
「証言」では自身が逮捕されるまでトゥハチェフスキーの肖像画を壁に掛けていたはずのジリャーエフが元帥の肖像画を隠した事になっている。フェイの本では、どこかへ行ったかのようになっていた。どこの本でもトゥハチェフスキーがヴァイオリンを作った事は書かれていても、エーリヒ・ヴォレンベルクの「赤軍」に書かれているように、彼がフランス文学に精通していた事は出て来ない。「証言」流に言えば、トゥハチェフスキーの「墓標」(追悼曲と言い換えた方がいいが)という事になるはずの交響曲第5番について、そこは触れていない。