紙の本
思わず地図を見たくなるような
2021/06/19 02:53
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投稿者:Chocolat - この投稿者のレビュー一覧を見る
でも、これは架空の島の物語だろう。と、思いながらも、島の地形や地名、暮らしぶり、そして、作者が詳しい植生分布など、あまりにも具体的で生々しいので、物語に取り込まれてしまいました。小説家は、想像力を駆使して作品に取り組むものでしょうが、それにしても、この島というか、物語のリアリティには驚きました。こんな短い作品なのに、内容の濃密さをじっくり堪能出来たし、沢山の学びもあったし、納得のラストまで、いつもながら、その技量と哲学に心酔してしまいました。
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南九州の遅島の地図に残された「海うそ」という言葉を追った人文地理学者の旅物語です!
2019/01/24 15:21
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投稿者:ちこ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、人文地理学者である秋野という男が、南九州の遅島を訪れ、そこの地図に残された「海うそ」という言葉を巡って、行動する物語です。遅島とは昔に霊山があった小さな島ですが、自然が豊かで風光明媚なところです。しかし、そこの地図に残された意味の分からぬ「海うそ」という言葉に取りつかれ、彼は50年後にもう一度、その島を旅します。そこで、彼が何を発見し、何を感じたかは、ぜひ、同書をお読みください。
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蜃気楼は過去のメタファーなのか
2023/04/11 21:34
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投稿者:白山風木 - この投稿者のレビュー一覧を見る
実在の島に生活している人々、実際に起きた事件とその後を数十年描いたドキュメンタリーのようだった。過去の遺産として、目にできるものは、まれな幸運に恵まれた、一握り。永遠に続くものは何も無い、続けようとする試みがあるのみ。
巻末の多くの参考文献にも興味をそそられる。
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ひきこまれました
2021/12/17 09:36
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投稿者:owls - この投稿者のレビュー一覧を見る
しばらく梨木さんの著書を読んでなかったのですが、タイトルにひかれて購入しました。昭和初期、九州の離島に学者がフィールドワークにいくところからはじまります。島で自分も歩いているように、伝わってくる濃厚な土地の雰囲気にひきこまれました。当時の民間信仰なども興味深く、一気に読んでしまいましたが、伝わってくるものが奥深く、読後も余韻が・・。色々考えさせられます。1回では読み切れてないので、またじっくりと読み直してみたいと思います。
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後悔先に立たず。
手遅れというものがある。
日常の中で「私でなくても他の人が...」と思ってしまうことはあるけれど、そこで「他の人がするかもしれないが、私も」と億劫がらずに為すことが、後の後悔を生まない為になる。
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身近な人の死、出生の由来、経緯の知れない遺構や遺跡、廃仏毀釈に伴う弾圧。様々な「喪失」が描かれる。
この作品において、過去にあり、現在にないものの正体が詳らかにされることはない。求めても答えはなく、欠けた分を他の何かで補うことはできない。それは失うことの、不可逆的なシビアさなのだと思う。
喪失とは、ごっそりと一部が削れるイメージがある。主人公は生きることの積み重ねによって、その意味を、痛みを大きく覆す。辿り着いた境地は、当たり前の事実でありながら、理解することは難しいものだ。その隔たりを乗り越えることを「うそ超え」と言うのだろう。
色即是空、空即是色。
読後、その意味がじわじわと身体に染み込んでくるラストである。名前のないものが小説という形を取っている。すごいことだと思う。
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歴史や民俗学が好きな人にはたまらない本です。
とても細かく描写がされていて、主人公と一緒に島を巡っているような気がします。
それを経て、どっぷりと遅島の世界に入り込んでから描かれる、五十年後。
失われてしまったものへの寂寥感、喪失感に打ちのめされそうになります。
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昭和初期に南の島に調査に訪れた学者が主人公。
島はかつて修験道の聖地で、死人からの伝言を伝えたりするモノミミという民間宗教も存在した。
主人公の調査は、特に南西諸島からの流れと思われる住居の構造。
章立てごとに地名と植物や動植物、虫の名前が並べられている。民俗学的道具立てや海に見える蜃気楼も相まって、著者のど真ん中の直球勝負か。
失われた寺院や宗教の痕跡、恋人達の悲恋の跡。豊かに自然を背景に、最初から失われていた事物。許嫁や両親を失ったばかりの主人公自身の心情にも同調しているように感じる。
冒険譚とも思える、島の調査行。濃密な自然と宗教の営みの遺物の記述に引き込まれる。
そして、登場人物達の語らいの後、ふっつりと物語は切れる。
その後の50年後の再訪で、更なる喪失が突きつけられる。
色即是空、空即是色。
「喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった」
長い長い、うそ越え。越えた涯。
この感慨は、まだ自分には判りづらいが、また読みなおしたくなる本だった。
廃仏毀釈は、ついこの前に読んだ「逆説の日本史」で取り上げられていた。不思議と同じ話題が違う本でアタルことがよくあるんだな。
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せつない。
上手く言葉にできないのだけど、寂しかった。
本を開くと、遅島の美しい風景、清らかな空気が飛び出してくるようだった。
不思議な感覚。
もう一度読みたいな。
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産まれた時から海無し県から出たことがない私でも郷愁を誘われるような心持ちに。
でも感覚としてはやっぱり息子寄りかなぁ。
私だったら岩の謂われとか息子に喋っちゃうし、そしたら恋愛スポットとして活用!なんて流れになる気がする(笑。
あと論文まで行かなくても手記として島のことを書いて残したいと思っちゃうだろうな。
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読み終えたとき、同著者によるエッセイ「エストニア紀行」のあるくだりが頭を抜けていった。それは、橋、に関するエピソードだったのだが、本書を味わってから連想されて改めて、ああ、梨木さんにあったのはこの虚脱感だったのか、と思い遣られ、瞑目した。
小説というのは、読み手へ、読み手が現実には体験しない事件や衝撃を受け取ってもらうための、ある種「祈り」の芸術である、という。この本はしかし、それを強く聯想させながらも、読書による疑似体験を自分のそれに引き付けて掘り起こさせる痛みをも覚えさせる一冊である。
作中の人物、山根氏の語る「廃仏毀釈」が、現代、われわれが知らず非神秘的なものたちへたのむことへも通じて、とても、痛い。
そしてようよう間違いに気づいたとしても、かりに、「救い」が、われわれに対してあらわれたように感じられたとしても、それは破壊されたものにはあらわれない。
かれらは黙って朽ち果てるばかりである。
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これまでに読んだことのない話。
始めの方で、あれ?固かった?読みたいのと違ったかな?と思ったけど、植生や伝承に興味がありどんどん引き込まれていった。地図をひっくり返しながら読み、一緒に歩いている心持ちになり、戻って来た時には少し不思議な旅のゴールの達成感と安堵があった。
そして、数々の喪失を見て…諸行無常というのではとらえきれない、色即是空。
50年でもこんなに変わり果てるのだ。秋野の見た果てし無い歳月はどんなものであったろう。
いつかもう一度読み返すことにします。
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この文体が好きだ。断然好きなのだ。
「f植物園の巣穴」や「村田エフェンディ滞土禄」や「家守奇譚」および「冬虫夏草」や。
凄まじい喪失感、といった手早い解説的な言葉を地の文に入れるのはどうかなー、と最初は思っていた。
が、とはいえ作中でも明言されている通り、元来お喋りではなく「独白の人」なのだから、まあいいか。
中盤からわかりはじめるが、島の調査がそのまま内面をなぞる旅=「修行」になっている。
と、くれば、終盤に向けひたひたと感動が迫りくるのは必須。
さらにはボーナストラック的に50年後を記すことで、昭和後期の過剰成長(中上健次や立松和平を連想)に接続され、平成の現在への連続性をも示唆する。
もうこの荒業と細やかさの混合にくらくらしてしまうよ。
また、地名へのこだわりが、終盤に報われるときの、静かな感動。解放感すら覚えるほどに。
最後に、《喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった》と。
失うことと獲ることが同質であるような感覚の発見。これは稀有だ。
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自然や地誌的な事柄にとても造詣が深い梨木さんです。このお話を読みやはりさすがだと満足して読み終えました。
主人公の男子大学生、秋野は人文地理学を学んでおり、夏休みを利用して日本列島の南寄りに位置する、遅島という島の現地調査に回る。時代はまだ戦争が始まる前のことです。亡くなった研究所の主任教授の残した調査報告書の内容が、調査途中であったことから、仕事の補完ばかりではなく、古代から修験道のために開かれた島の地名に、その時彼の心が動いたからでした。許嫁を亡くし、父母も亡くしたばかりの秋野でした。
本のページの最初に島の地図も添えてあり調査に回った地名とともに、動植物や、昆虫、建て物や民俗や伝承の世界の単語が、章ごとに見出しになっています。島の豊かな生態系や地形の不思議、海うそとは何か…この島に住む人や案内役、島で出逢った人々の証言から島の辿った歴史が少しずつ映し出されていきます。明治の初め、日本の近代化に伴う政策から無惨に壊されていった寺院や仏像、廃仏棄釈の嵐にこの島も否応なく巻き込まれていったのでした。豊かな自然の風景とは裏腹な様々な暴挙に、人々の営みが根こそぎ奪われていったのです。
そこにある土地の記憶は生と死を刻み、多くの先祖の労苦を土台に連綿と今に生きる私たち。昨年、父を亡くし今更ながら自分のルーツを知る欲求に駆られた私には、この物語は切実に迫ってきました。
50年後に子どもに導かれ、再びかの島を訪れた秋野は、島の変わりように衝撃を受けながらもその胸中にある感慨は、老年期にあるものの恩寵とあり、…喪失とは、私の中にある降り積もる時間が、増えていくこと…とあるのにとても素晴らしい発見だと思うのでした。
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そうそう、こういう梨木香歩さんの作品が読みたかったの! という小説で満足のため息。五十年後の話はショックだったけれど、廃仏毀釈だってそんなに遠い昔の話ではないのだし、もちろん守られていてほしかったけれど、「私」の悟りは納得できる気がした。でも梶井君のことだけは、辛くて辛くて。ああでも、そのひと言だけで戦争の残酷さを描いたのだと思ったら、いやでも、やりきれないなあ。