サイト内検索

詳細検索

ヘルプ

セーフサーチについて

性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示を調整できる機能です。
ご利用当初は「セーフサーチ」が「ON」に設定されており、性的・暴力的に過激な表現が含まれる作品の表示が制限されています。
全ての作品を表示するためには「OFF」にしてご覧ください。
※セーフサーチを「OFF」にすると、アダルト認証ページで「はい」を選択した状態になります。
※セーフサーチを「OFF」から「ON」に戻すと、次ページの表示もしくはページ更新後に認証が入ります。

平成最後の読書一生分プレゼントキャンペーン(~12/9)

2019年版カレンダー ポイントキャンペーン ~11/30

電子書籍化お知らせメール

商品が電子書籍化すると、メールでお知らせする機能です。
「メールを登録する」ボタンを押して登録完了です。
キャンセルをご希望の場合は、同じ場所から「メール登録を解除する」を押してください。

電子書籍化したら知らせてほしい

教科書が教えない楠木正成
  • みんなの評価 5つ星のうち 3.5 1件
  • あなたの評価 評価して"My本棚"に追加 評価ありがとうございます。×
  • カテゴリ:一般
  • 取扱開始日:2018/06/27
  • 出版社: 産経新聞出版
  • サイズ:19cm/334p
  • 利用対象:一般
  • ISBN:978-4-8191-1340-3

紙の本

教科書が教えない楠木正成

著者 産経新聞取材班 (著)

皇国史観・軍国主義の象徴として扱われ、戦後の教科書から消えた楠木正成。彼は何のために大軍と戦ったか。「忠義と仁の人」の生涯を再考する。『産経新聞』(大阪版)連載を加筆・修...

もっと見る

教科書が教えない楠木正成

1,620(税込)

予約購入とは

まだ販売されていない電子書籍の予約ができます。予約すると、販売開始日に自動的に決済されて本が読めます。

  • 商品は販売開始日にダウンロード可能となります。
  • 価格と販売開始日は変更となる可能性があります。
  • ポイント・クーポンはご利用いただけません。
  • 間違えて予約購入しても、予約一覧から簡単にキャンセルができます。
  • honto会員とクレジットカードの登録が必要です。未登録でも、ボタンを押せばスムーズにご案内します。

予約購入について詳しく見る

ワンステップ購入とは

ワンステップ購入とは、ボタンを1回押すだけでカートを通らずに電子書籍を購入できる機能です。

こんな方にオススメ

  • とにかくすぐ読みたい
  • 購入までの手間を省きたい
  • ポイント・クーポンはご利用いただけません。
  • 間違えて購入しても、完了ページもしくは購入履歴詳細から簡単にキャンセルができます。
  • 初めてのご利用でボタンを押すと会員登録(無料)をご案内します。購入する場合はクレジットカード登録までご案内します。

キャンセルについて詳しく見る

あわせて読みたい本

この商品に興味のある人は、こんな商品にも興味があります。

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

このセットに含まれる商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

商品説明

皇国史観・軍国主義の象徴として扱われ、戦後の教科書から消えた楠木正成。彼は何のために大軍と戦ったか。「忠義と仁の人」の生涯を再考する。『産経新聞』(大阪版)連載を加筆・修正し再編集。【「TRC MARC」の商品解説】

関連キーワード

この著者・アーティストの他の商品

前へ戻る

  • 対象はありません

次に進む

みんなのレビュー1件

みんなの評価3.5

評価内訳

  • 星 5 (0件)
  • 星 4 (0件)
  • 星 3 (1件)
  • 星 2 (0件)
  • 星 1 (0件)

紙の本

予想通りの本

2018/06/28 19:12

4人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る

楠木正成や正行を「私心や私欲を捨てた生き方」を貫いた「『公』のために働く」人だと「評価」して、所謂「建武の中興」を「天皇の求心力と権威の下で、実務に長けた武士が国政を取る」と見做して、「その『日本』の姿は、象徴天皇を戴く今の日本に通じるものである」と序文にある。後醍醐天皇が「象徴天皇」どころか産経新聞が嫌いなはずの「半島」や「支那」の専制君主そのものであり、建武3年に九州から攻め寄せてくる尊氏方と和睦すべきと後醍醐天皇に進言して、拒否されて湊川で討ち死にしたのが正成ではないのだろうか?予想通りの本だ。
 もし正成が湊川で尊氏方に与したら、南北朝の内戦も、もっと早く終わっていたかもしれないし、護良親王に仕えた武将だった赤松則祐のように高い地位に就いていたかもしれない。
 南朝に仕えた武将が「忠臣」で幕府方の武将は「私利私欲で動く存在」と見做していたら、特に観応の擾乱と正平の一統の過程のようなところでは幕府も南朝も目先の事だけで動く存在になってしまう。直義も尊氏・義詮父子も「朝敵」と見做されない為に大恩ある光厳院と北朝を裏切って、南朝も「朝敵」と安易に講和して、和睦した尊氏・義詮父子を襲うのだから。
 「神皇正統記」に「河内国に橘正成と云者」、「正成といひしが一族等を」とあるが、「高氏が一族」の「左中将義貞朝臣」に比べて随分と扱いが低いものだ。
 個人的には南北朝時代の人物では楠公や小楠公、正儀は光厳天皇と同じぐらいに関心があるが、昭和20年までのような「忠臣」としてしか正成や正行を見ていると、却って薄っぺらい感じがする。

このレビューは役に立ちましたか? はい いいえ

報告する

日本 ランキング

日本のランキングをご紹介します一覧を見る

前へ戻る

次に進む