たぶん惑星 愛蔵版
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紙の本
社会基盤としての地球外生命体
2018/09/06 23:51
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:求道半 - この投稿者のレビュー一覧を見る
間もなく訪れるであろう昭和時代の終焉を、日本人が意識しているとは思われない世界において、日本列島上には存在しない謎の空間で生活する人々の暮らしを、本土からの移住者の少女の視点で描いた本作は、もっと昭和が続くと思っていた読者だけではなく、平成になってからこの世に生を受けた若人にも、カルチャーショックを与えるであろう。
当時のサブカルチャーに染まらなかった読者からすれば、コンピュータやパソコン通信、漫画の同人誌の執筆を趣味とする人物が身近にいる環境は異世界のものである。
その上、多分、どこかの惑星の生態系に属する変な生き物やそれ以外の宇宙人と主人公は共生するのであるから、それらの相乗効果により、本作の特異性は、常人には計り知れないものとなる。
少女の腰蓑姿を好む原生生物や他の知的生物が街中に現れては騒動を巻き起こし、常に何者かによって見張られている異界での生活は、それらとは別の存在を頂点とする緩やかな支配体制によって維持されてはいても、慣れれば本土にいるのとさして変わらず、快適なものである。
そこでは、夏休みには本土と同様に学生は宿題をこなさなければならないが、海水浴にも出掛けられ、お祭りもあり、地球上では体験し得ない不思議な出来事が頻発しても、騒ぎは一過性のものである。
しかし、それらは確実に更なる異変の前兆である。
作中では昭和六十四年の話題だけではなく、平成元年の世界情勢も描かれており、また、その惑星のテレビ電波の受信状況は静岡県の西部に依拠するので、本作の舞台が歪な時空であるのは確かだが、読者は作中に漲る昭和の雰囲気と世相を騒がせた風俗を満喫して、昭和六十四年の夏を過ごせば良い。
粟岳氏の作品に頻出するスクール水着姿の少女や半裸や全裸の少女は、水郷地帯を連想させる惑星の居住区域の場所柄も手伝って、本作においても登場する場面に事欠かない。だが、昭和の象徴とも言える愛好家の垂涎の的だけに読者は目を奪われてはならず、もちもちと呼ばれる個体差により形状が大きく異なる種族や毛むくじゃらの生き物の社交的で愛くるしい生態も注意深く観察しなければ、本作を味わい尽くしたとは言えない。
愛蔵版には旧版の欄外の注やおまけの漫画やイラストも再録されているが、カラーの口絵はなく、第一巻と第二巻のカバーのイラストもモノクロで巻末に収録されているので、あまり愛蔵版らしい体裁ではない。しかし、全二巻の作品を一冊に纏めたので、読み応えは増している。旧版の後書きにも記されていた連載終了についての読者の疑念は、愛蔵版の後書きを読めば、一層、深まるであろう。だが、本作は全一巻で完結したと考えても全く差し支えない。続編の可能性についても後書きで言及されてはいるが、実現しても、それが昭和何年の話となるのかは現時点では誰にも分からず、六十三回目の夏の日々を過ごせただけで十分であろう。
駒草出版での刊行時期は他の単行本より遅いものの、粟岳作品のエッセンスを一冊に纏めた入門書的な側面もある本作を読めば、先に出版された他の短編群を理解するのが容易くなるのは間違いない。
本作は各話で主人公が異なる断片的な短編の寄せ集めによる連作集ではなく、同一の主人公による直線的な時系列で構成された全十五話の長編である。