紙の本
奇をてらわない強さ
2021/08/14 12:09
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投稿者:Koukun - この投稿者のレビュー一覧を見る
人類の過去を書いた「サピエンス全史」未来を書いた「ホモデウス」に続いて、いよいよ現在を書いた本書「21 Lessons 」である。現在社会における21のテーマを掲げその各々に丁寧に対応している。注目を引くために往々にして奇をてらった論説がまかりとおっている場合が多いが、本書は至極まっとうに誠意を持って論説しているところに好感が持てる。もちろんその深い洞察にも感服した。
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感想を書いた記憶があるのに変だな?
前著より繰り返しが多い嫌いがあるが、キレのある文章とユーモア、そして情報量で飽きさせない。
流石ハラリです。
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21Lessons:21世紀の人類のための21の思考
著作者:ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
本書「21Lessons」ではついに人類の「現在]に焦点をあててテクノロジーや政治を巡る難著からこの世界に於ける真実そして、人生の意味まで我々が直面している21の重要なテーマを取り上げて、正解の見えない今の時代にどのように思考し行動力を全て問う。
タイムライン
https://booklog.jp/timeline/users/collabo39698
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各章、著者の深い考察にうなずいたり、理解が追いつかず首を傾げたり、文章についていくのがやっとだった400ページ。
最後の章が「瞑想」というところに、人類への希望と期待を感じた。神の領域へと足を踏み入れようとしている今でさえ、脳波も心拍数も感情もコントロールできない人間。だからこそ瞑想をして、今ここに意識を向けること。
どこまでが自分で、どこまでがアルゴリズムなのか。知らない間にアルゴリズムに支配され尽くす前に、己と向き合え、己を知れ、そんなメッセージが込められているように感じた。
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★が足りない。そう思える本は10年に1冊くらいかも。著者の世界観は内面がすっぽり欠けているように思うのだが,瞑想の実践を踏まえてということを考えると,もっと深いものがあるのかも。とにかく,人間とは何かという問いをこれでもかと突きつけられ,虚無的な気分になる。意識は持たないけど自分より自分のことを知ってるAIがいたとしたら、そもそも自分って何ですか?カギは意識にありそうな気がするのだが、うまく理論ができていない。久しぶりに頭を使う作業を余儀なくされた。答えは出ない。
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サピエンス全史の著者による社会、未来、人類の多面的考察。ウォーキングの伴にと長期間をかけてAudibleで聴講。吉本隆明の共同幻想論を思い出した。何度も聞き返したい。
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ベストセラー「サピエンス全史」「ホモデウス」のユヴァル・ノア・ハラリが、21世紀の「今」に焦点を当てた最新作。21世紀、人類にとって問題となる”21テーマ”に整理して著者の考えが披露されています。簡単に言うと”人間これからどう生きていくべきか”ということだと感じました。本書に述べられている著者の考えとしてはこれまでの著作に述べられていることがほとんどだし、これまでの著作を踏まえないと本書の内容もイマイチ理解できないかもしれない。
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全てが課題提起。
人間は道具を新しく創造するのは得意だが、その影響が及ぼす出来事は把握できない
搾取ではなく存在意義の喪失
道徳とは苦しみを減らすこと
沈黙は中立ではなく、現状の支持を意味する
ほとんどの物語は、土台の強さではなく屋根の重みでまとまりを保っている
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【はじめに】
『サピエンス全史』、『ホモ・デウス』という二冊の世界的ベストセラーを世に出し、人類史の分野で新しい領域を切り拓いたユヴァル・ノア・ハラリの新作が『21世紀の人類のための21の思考』である。章の数が21あるが、その数を21にしたのは、当然21世紀に掛けたものである。各章のつなぎ方もそうだが、こういったところで軽い趣向を凝らすのも著者の特色でもある。
『サピエンス全史』が過去、『ホモ・デウス』が未来についての本であるならば、この本は今ここについての本だ、と著者はいう。単純にこの本の出来栄えや意義を比較評価すると『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』の方に軍配が上がるだろう。前著との関係で言うとすると、本書の位置づけは、特に『ホモ・デウス』に対する長い補足と言ってもよいかもしれない。また、後で見るが、これまでの著作では表に出ていなかった著者自身の個人史についても敢えて表明する本だと位置付けてもよいかもしれない。ハラリ自身にとっても今ここに関する著作であるのかもしれない。
【概略】
著者は、前二作が歴史に関する本であるのに対して、この本は「一連の考察」であるという。まずは、その「一連の考察」を順に追いかけていこう。
まず論を進めるにあたり、現在について考察するための基本的前提としてのテクノロジーの急速な進化について言及する。具体的には、情報(IT)テクノロジーとバイオテクノロジーの双子の革命のことだ。
これらの革命は、もしかしたら政治にこれまでにない大きな影響を与えるものであるかもしれない。
「ITとバイオテクノロジーの革命はまだ始まったばかりであり、現在の自由主義の危機の責任を、本当はどこまでその革命に帰せられるかは、議論の余地がある」
いずれにせよ多くの分野・領域で、この革命なしに語ることができない。当然人類の生命倫理や道徳といった根本的な価値観にも影響を与えるものでもある。そしてそれは、それほど先の未来のことではないのだ。
「生命を設計し直し、作り変える力を、AIとバイオテクノロジーが人間に与えつつある。程なく誰かが、この力をどう使うかを決めざるをえなくなる - 生命の意味についての、何らかの暗黙の、あるいは明白な物語に基づいて」
まずはこの二つの革命の短期的な影響として、コミュニティ、グローバル化、国家、移民などの政治的危機が語られる。その根底には先の引用にも言及があった通り、自由主義の危機がある。現代は、いよいよ新しい社会モデルや政治モデルを考案する時代になるのかもしれない。自由主義の道義的基盤となっていた自由意志が科学的な知見から覆されるとともに、合理性の理由となっていた人の内面が、ビッグデータ技術によって、その人自身より上手く処理される可能性が見えてくるにしたがって、それらを基盤とすることでワークしていた自由主義が危機にさらされるという主張は『ホモ・デウス』の主張の繰り返しでもある。「今やアルゴリズムはあなた個人を差別しかねないし、あなたにはその理由が想像もつかない」というとき、現在の中国のことを闇に言っていると考えてもよいのではないか。しかし���がら、中国共産党が歴史の流れに逆行していると自信を持って言い切れる人はほとんどいないのではないか。そして、それは中国に限らないという世界が来るのかもしれない。ハラリは次のように語る。
「二十世紀の独裁政権にとっての最大のハンディキャップだった、あらゆる情報を一か所に集中する試みは、二十一世紀には決定的な強みになるかもしれない」
認識しておかなければならないのは、その変化について著者が決して価値評価をしていないことだ。変化は起こる。それをどう受け止めるのかは、あなた次第である。大事なことなので繰り返します、とばかりに自由主義の危機が強く主張されるのは、彼の著作を読む人に対してさえ、それが届いていないことの裏返しであろう。著者は自由主義の危機を知らせる預言者であり、それを擁護する旗手であるというイメージを持っている人もおそらくは多かろう。もちろんそういう人は彼の本をある意味では読んでいないのだが、それが世間一般がいわゆる現代の知識人に要求するステレオタイプであるからでもある。彼はトランプを批判するが、一方で決して自由主義やヒューマニズムを擁護しないのであり、それこそが彼の思想の価値であるのだ。
「バイオテクノロジーとITが融合したら、民主主義国家は現在のような形のままでは生き延びられない。民主主義がまったく新しい形に自らを仕立て直すか、さもなければ、人間が「デジタル独裁国家」で生きるようになるかの、どちらかだ」
さらに自由に続いて、現代において絶対の価値を付与されているように思われる平等も危機にある。「AIが普及すれば、ほとんどの人の経済価値と政治権力が消滅しかねない。同時に、バイオテクノロジーが進歩すれば、経済的な不平等が生物学的な不平等に反映されることになるかもしれない」というのがテクノロジーと平等に対する著者の見方だ。
ひとまず現代の目の前にある問題として、ナショナリズム、グローバリズム、国家、宗教について語る。
「まず指摘しておかなければならないが、今日の国民国家は、人間の生態の不変の要素ではないし、人間の心理の避けようのない産物でもない」
「長期的には、そのような筋書きどおりになれば、上位のカーストが「文明」を自称するものの中に集まり、壁や堀を建設して、外の「野蛮人」の群れからその文明を隔絶し、世界は非グローバル化することさえあるかもしれない」という言葉は、ミシェル・ウエルベックの『ある島の可能性』に描かれた世界と符合する。移民の話やテロの話を語るハラリがウエルベックの小説を読んでいると想像するのは決して的外れの話ではない。『セロトニン』は、ウエルベックのアンサーノベルなのかもしれないと想像してしまう。
日本は世界で見ても宗教的に無宗教の人が多いと言われているが、過去において決して日本は例外ではない。少なくとも支配の仕組みとして「宗教」が核をなしていたのは、時期的にはまだ100年ほど前の近代日本のことである。
「その目的を達成するために、日本は固有の宗教である神道を日本のアイデンティティの土台にした。実際には、日本という国は神道を徹底的に作り直した」
今の宗教原理主義者の自爆テロを全く想像で���ないという観点で排除する人は次の皮肉が込められた文を読んでほしい。
「神道国家の成功の象徴としてもっとも有名なのは、日本が他の大国に先駆けて、精密誘導ミサイルを開発した事実だ。アメリカがスマート爆弾を実戦配備するよりも何十年も前、そして、ナチスドイツがようやく初歩的な慣性誘導式のV2ロケットを配備し始めていた頃、日本は精密誘導ミサイルで連合国の艦船を何十隻も沈めた。このミサイルは、「カミカゼ」として知られている。...このような任務に就く意欲は、国家神道に培われた、命知らずの自己犠牲精神の産物だった」
そして、日本ではあまり問題視されていないのが、「移民」の問題である。トランプがメキシコ国境に壁を作るなどと言っているが、欧州における移民の問題は、彼らの過去の歴史と倫理のためにより複雑な問題となっている。「普遍的な自由主義の価値観を実現するという約束の上に築かれたEUは、統合と移民という難問のせいで、崩壊の瀬戸際にある」ー 移民問題を取り上げた『西洋の自死』でも語られている通り、西洋の人権主義と移民流入の実態が大きな矛盾を起こしている。そこにはグローバル化や国境を越えたデジタルによるネットワーキング、それとは対極にあるテロを含めた宗教対立によって「国家」という概念が危うくされているのである。
ここでも、宗教が新たな課題として立ち昇ってくる。著者自身はユダヤ教の出自であり、ユダヤ教の家族、コミュニティの中で育ってきた。それにも関わらず、現代においては宗教的価値観から自由であるべきだと考えている。「私が宗教をフェイクニュースと同一視したために腹を立てる人も多いかもしれないことは承知しているが、それがまさに肝心の点だ」ー「とはいえ、私が宗教の有効性や潜在的な善意を否定していないことに注目してほしい。むしろ、その逆だ。良くも悪くも、虚構は人間の持つ道具一式のなかでもとりわけ効果的だ。宗教の教義は、人々をまとめることによって、人間の大規模な協力を可能にする」
もちろん自身のユダヤ教も含めて宗教がこの後の世界において支えになるとは考えられない。著者は次のように書く。
「どこの神殿も訪れず、どんな神も信じないというのも有力な選択肢だ。過去数世紀を振り返ればわかるように、道徳的な生活を送るためには、神の名を持ち出す必要はない。必要な価値観はすべて、世俗主義に提供してもらうことができるのだから」
しかしながら世俗主義も現代の根本的な問題に対して開かれている。それは、『ホモ・デウス』でも何度も繰り返された「自由」に関する疑義だ。
「サピエンスは一人残らず「意見の自由に対する権利」を生まれながらにして与えられており、したがって、検閲は何らかの自然の法則に違反すると信じるなら、私たちは人類についての真実が理解できていない。あなたが自分を「不可侵の自然権を持っている個人」と定義しているかぎり、自分が本当は何者かはわからないし、あなたの社会やあなた自信の心(「自然権」が存在するというあなたの信念も含む)を形作った歴史的な力を理解できない」
その通り、「自然権」は歴史的に何ものかに対抗するために必要に駆られて人工的に作られたものなのだ。そして、それらが独占していた領域に���犯する新しいテクノロジーに対して対抗する術を失いつつあるのかもしれない。
最初に述べたテクノロジーの進化により、さらに違った意味でも「自由」は制限されることとなる。
「バイオテクノロジーと機械学習が進歩するにつれ、人々の最も深い情動や欲望を操作しやすくなるので、ただ自分の心に従うのは、いっそう危険になる」
そういったことすべてを考慮した上で、著者が他者に対して、そして自分自身にも求めるのは、「謙虚さ」だ。合理性や個人性について、それが神話であり、人工的な構築物であることをまず認めることだ。真実や正義をかざすときにわれわれは躊躇いをもたなくてはならない。
「この世で屈指の虚構は、世界が複雑であることを否定し、無垢の純粋さ vs. 悪魔のような邪悪さという絶対的な構図で物事を考える、というものだ」
世界を複雑なままで捉えようと努力をする。それが究極的にはほとんど不可能であるとしても、である。
21章からなる本書の最後から二番目に置かれた章は、「意味」である。
「私は何者か?人生で何をするべきか?人生の意味とは何か?人間は太古からこうした問いかけを投げかけ続けてきた。どの世代も新しい答えを必要とする。なぜなら、何を知っていて何を知らないかは、変わり続けるからだ」
しかしながら、「哲学も宗教も科学も、揃って時間切れになりつつある。人は何千年にもわたって人生の意味を論じてきたが、この議論を果てしなく続けるわけにはいかない」のだ。
真の疑問は、私たちは何を望みたいのかかもしれないと『サピエンス全史』で看破した著者は、ここでも次のようにその主張を繰り返す。「もし「自由意志」という言葉を、自分が欲することをする自由という意味で使うなら、たしかに人間には自由意志がある。だが、「自由意志」という言葉を、自分が欲することを選ぶ自由という意味で使うなら、人間に自由意志はない」
もっと当惑せよ、とハラリは言っているだ。それが謙虚さだ。一方、絶望したり、パニックに陥るのは傲慢だと言う。なぜなら、自分がこの世界がどの方向に行っているのかわかっているとうぬぼれているからだ。
「過去ときっぱり訣別し、古い神々や国家ばかりか、自由と平等という現代の核心的な価値観さえも超越する、完全に新しい物語を生み出す時がきたのだろうか?」
最後の章は「瞑想」だ。著者は、ヴィパッサーナー瞑想に信を置き、読者にもある意味では勧めようとしている。それを否定はしないのだが、この章を最後に置くことが、全二著とは異なる点として、個人の歴史に踏み込んでいる点だ。個人的な話としては、自らがユダヤ教のコミュニティで育ったことや、その宗教や信徒に対する価値評価も行っている。
また、さらに本書の中で同性愛者であることをカミングアウトする。そういったことがもう決して意外ではない世界に変わったことも驚く。それが、ヒューマニズムであり、平等主義によって実現したことは間違いない。そして彼が21歳になるまでそのことに自覚的でなかったことをもって、たいていの人は自分のことをよく知らないのだ、という。2050年の世界においては、そんなことはきっとないと。同性愛者という性向が、社会的環境から生まれるのか、生得的なものなのかという議論はここではおくとして、自分の性向を自分よりもよく知ることが技術的に可能であるということの例としてはおそらくはもっともわかりやすい例のひとつとして挙げている。本書の流れの中でも「21」という数字とともに象徴的なエピソードであるが、これが著者にとって『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』とは異なる性質のものであることを象徴的にも示しているように思われた。
【所感】
最後に全21章がどのようなものであるのか列挙しておきたい。
1. 幻滅
2. 雇用
3. 自由
4. 平等
5. コミュニティ
6. 文明
7. ナショナリズム
8. 宗教
9. 移民
10. テロ
11. 戦争
12. 謙虚さ
13. 神
14. 世俗主義
15. 無知
16. 正義
17. ポスト・トゥルース
18. SF
19. 教育
20. 意味
21. 瞑想
ここで扱われたテーマのほとんどは『ホモ・デウス』の中でも主要なテーマとして出てきたものである。『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』の長い補足、という位置づけはおそらくは間違いではないと思う。グローバルな視野をもった一級の知識人としての彼の思考をなぞるにも適した本。
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『サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/430922671X
『サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309226728
『ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309227368
『ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4309227376
『西洋の自死: 移民・アイデンティティ・イスラム』(ダグラス・マレー)のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4492444505
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P318 "資本主義という現代の神話に対する私たちの信仰は、ハリウッドやポップス業界の芸術的創作物を基盤としている。もっと多くの物を買えば幸せになれると信じているのは、資本主義の楽園がテレビに映し出されるのを私達が我が目で見たからだ。"
ー祭、劇、スポーツ、神事などは虚構を裏打ちするもの。広告は魔術。顔にメスを入れて整形(近い将来は遺伝子操作)された男女が、虚像の幸福と作られたリアルを提供する舞台を繰り広げる。
P339 4C: Critical thinking, Communication, Collaboration, Creativity
学校は専門的技能に重点を置かず、汎用性のある生活技能を重視するべき
変化に対処し、新しいことを学び、馴染みのない状況下でも心の安定を保つ能力
2050年、新しいアイデアや製品を考えつくだけでなく、何よりも自分自身を何度もアップデートする必要がある
ー数年前は、(近代の啓蒙によって神の手から譲り受けた)自分自身によるコントロール、自由を手放すべきでない、と思ってたが、この本を読んでるうちに多すぎる変数や因子、スピードと複雑さはもう人の手に負えないし、使えるもんなら使えるとこにはどんどんAI使ってけばいいじゃない、とか、ずぼら思考になりそうだ。
たとえば、今だと、トラブルでサポートに連絡してもAI未満みたいな対応のこともある。数年前よりも一層、いかに振り落としてコストダウンするかという目的ために、経験不足のアルバイトや短期契約労働者といった(ボコられ要員)が設置されていたりする。あせったり、困ったり、怒ったりしてるユーザーをエキスパートが作成したアルゴリズムでAIロボうまく感情をなだめつつ合理的に解決に導いてくれるなら、そのほうがいいぐらいだったりする現場もふえてないか。
人どうしの繋がりをどんどん断ち切られ、対価を得るサービスに転化し、金銭などによる数値化を行うことで、失ったものは大きいかもしれない。しかし、もしかしすると声の大きくない、力でねじ伏せない、古い社会でなら迫害されたり取り残されたような人々にとっては、すこしは息をしやすい変化があったりしたかもしれない。
楽観視してはいけないけれど、AIやシンギュラリティを夢想しすぎることはできない。
データや統計もただの道具。
道具を使いこなす意志や熱を持ち続けて、道具に成り下がることがないように、…と、また、いつも同様の感想にしてみた。
コロナ禍が、
ここはAIやビッグブラザーに任せて手を放そう(あきらめよう)、
ここは人として絶対手離せない、
それぞれの事柄や条件の陰影をはっきりとさせ変化のスピードを速めるだろうか。
その他:
P96 民主主義は情報を処理して決定を下す力を、多くの人や組織に行き渡らせるのに対して、独裁制は情報と権力を一か所に集中させる(20cの技術では一か所集中は効率が悪かった。)
P109 データの所有権を統制することが肝心
P103 自由主義の秩序は、自由と並んで平等の価値もおおいに重視する。自由主義は政治的平等をいつも大切にしてきたし、経済的平等もそれに劣らず重要であることに少しずつ気づいてきた。なぜなら、社会的セーフティ���ットと多少の経済的平等がなければ自由主義には意味がない。
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「サピエンス全史」「ホモ・デウス」の著者の本。
雇用、文明、宗教、テロ、戦争、神、無知、正義、SF、教育、意味、瞑想などといった切り口で語られる「物事の見方」?的な話は興味深いのだけど、短時間で一気読みしようとしたこともあり、どこまで理解できてるかは自信がない。
ただ、終章が瞑想というのは…と思ってしまう。
それだけ、瞑想がものの見方や感じ方に影響を与えるんだろうなと思いつつ、日本では瞑想を学ぶ場所をちゃんと選ばないとエライ目に遭いそうだし…。
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例によって分からないことばっかりだったけど
読んでいる間中、知的好奇心みたされて自己満足。
瞑想のところ、うなづかされる。、
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いろんな考えの人がいる中でかなりグルーミーながらもどことなく人生捨てたものではない感じを出してる。
直接投票はどう考えるかを問うのではなくどう感じるかを問うもの。自由意志は幻想で、自らの意思決定は生化学的なアルゴリズムの計算結果であり、ビッグデータアルゴリズムに24時間監視されるようになれば、人間はアルゴリズムにハッキングされる。シンギュラリティには否定的だが、意識と思考は違うとか、SFでAIが女性を模していたらそれは女性解放がに女性優位となるのを恐る男性の心理の表れとか鋭い洞察も。グローバル化によって、現代においては文明は一つ。生産において重要な資産が土地、ものから知識へと変わり、戦争で得られるものがなくなった。神の名をみだりに唱えないは、口実や名目に神を出さないということ。世俗主義の道徳性や知的な謙虚さ。ポストトゥルースの時代と言われるが、虚構を創り出し信じるというホモ・サピエンスの能力を考えれば人間は常にポストトゥルースの時代に生きてきた。人生に物語性、意味を求めるには虚構が必要だが、絶対的に確信させるものはなかった。まずは苦しみに注意を向け、それが何かを調べることから、物語ではない世界や人生の意味を知ることにつながる。そして心は何かを知る方法として瞑想は有用な手段の一つである。
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Audibleにて読了。
近未来に関する幅広いジャンルの考察が書かれている。ただ好奇心を満たすだけでなく自分の内面について考えるきっかけにもなり、読んでよかった。
本の内容からは離れるが、このような広いジャンルを扱う書籍はとてもオーディオブックに向いていると感じた。リアル本だったら息切れして途中で読むのを止めてしまったかもしれないが、オーディオブックは読み手の息切れとか関係なく進んでくれる。おかげで個人的にもっとも興味深かった最終章を読みこぼさなくてすんだ。
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220722*読了
「サピエンス全史」を数年前に読んで、ずっとこちらも読みたかったのだけれど、なかなか踏み出せず…。
賢人たちの意見をまとめた別の新書をきっかけに、やっと読むことができました。
今とこの先を考えるための21の思考が書かれているのですが、特に心に残っているのは「雇用」と「教育」。
テクノロジー、バイオテクノロジーが発達する未来は、便利になって、長生きできて、と明るく見えてしまうのだけれど、そうなった時に仕事を失ってしまう人がいる。
しかも、今も生活に苦しんでいる人の仕事がなくなってしまう、と思うと楽観視はできない。
教育もだんだんと変わってきてはいたとしても、詰め込み型の学校教育では通用しなくなってしまう。
そう考えた時に、子どもたちにどんな風に学んでもらうのがいいのか。
こんな風に一つひとつの章を読みながら、思考することこそを著者は望んだのではないでしょうか。
この本を読む余裕もなく生きている人がいる。その事実を受け止め、この本をを読む機会に恵まれた自分は何を感じ、考え、行動していくのか。深淵な気持ちになります。
学者じみた説き方ではなくて、事実を並べながら、押し付けがましくなく問いかけてくれる点も、私がユヴァル・ノア・ハラリ氏を推す理由です。