明治零年 サムライたちの天命

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　1868年に起きた鳥羽伏見の戦いで、徳川慶喜率いる旧幕府軍と薩長連合の戰は、数で勝った旧幕府軍は、薩長の''錦の御旗''に恐れをなし負けてしまう。薩長軍が天皇の正規軍だったという心理的な作戦が功を奏したがこの錦の御旗は、擬勅だと加賀藩八家の長大隈守が藩内で触れ周り佐幕派が、加州三国を日本から独立させようとした企みがあった。

　本書の筋からは少し外れますが、幕末から維新には、大名や藩の思惑や外圧、徳川家の凋落で様々な物語が生まれてますが、当時イギリスとフランスが日本を狙って居り旧幕府軍がイギリスの支援を薩長軍がフランスの支援を受けて大規模な日本を二分する戦争にもなりかねなかった事に憂慮した慶喜は自ら恭順、謹慎する事で両国の代理戦争を免れたのでは無いかと思ってます。実際に清国では同様な戦争で植民地化されてます。

　そんな尊皇、佐幕、攘夷、倒幕等の思想が入り乱れた幕末の年に起きた加賀藩の企てと薩摩の大久保一蔵の目論見がぶつかる。

　動乱の幕末、歴史書では色々な切り口で語られてますが、登場する人物は皆これからの日本を憂いて思索し行動したのです。ある者は疑念をもたれ別の者は正義と称えられて。

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　日経書評（今週の３冊）で見かけて読んでみた。
“恐らく本書は、コロナ禍で刊行された新人のデビュー作の中で最も重要なものといえるだろう”（文芸評論家 縄田一男）、
　というほど（傑作の★５つ評価）の驚きはなかったが、価値観の変革を迫られる今の時世に偶然にも符合したという点では、面白いとは思った。

　明治維新前夜、尊王と佐幕で国内が二分され、西洋の価値観が、文明の利器と共に日本に押し寄せてくる中、侍という日本独自の階級の男たちが、新しい時代に、己の天分、『あたわり』（富山氷見地方の方言）の活かし方を模索する様を描く。

　物語の軸となるのは、薩長へ下された今上帝の倒幕の詔勅が偽造されたものか否か、偽造されたのであれば誰が何の目的で！？という謎解き。江戸無血開城直後、東北へ逃げのびる徳川軍とそれを追撃する官軍の薩長連合。ただし、倒幕の勅書が偽物だとしたら、薩長に大義はない。北陸道を辿り北へ向かう官軍は、北の雄藩加賀藩前田慶寧公が加州三藩(加賀・能登・越中)自立割拠の画策して立ちはだかる。薩摩西郷、長州桂の意を受けて、練兵館創始者斎藤弥九郎が山県狂介に同行して金沢入りし事の真相を暴こうとする。

　幕末の登場人物は、西郷吉之助にしろ、桂小五郎にしろ、詳細な説明が不要なほど、その人物像は確立しており既存のキャラクター設定に則って物語は進む。黒幕が大久保一蔵というのも早々に臭わされており謎解きの驚きもなく、偽計の実行者も数少ない登場人物の中から容易に見当が付いてしまい、ヒネリが足りないのはデビュー作ゆえとしておこうか。最終章の真相解明というか、振り返りを自決した実行犯の霊魂が時間を遡って全体俯瞰する構成も、なんとも素人臭くていただけなかった。

　ただ、この変革が求められる時代に、次の世代に何を遺すのか。この大きな問いを、主人公の斎藤弥九郎と慶寧公に言わせる大団円の部分は、価値ある記述だ。

“「これからの時代、侍はこの国に生きる全ての人間に、悔いなき生涯を送ることができる世を作るために命を懸ければいい。侍の忠義は、その理想のために尽くすということではありませんか」
「悔いのないように生きられる世。それに忠義を尽くす、か。なるほど、それは命の賭けがいがある」
慶寧公の顔は、晴れ晴れとしていた。“

　とはいえ、当時の武士が、そんな感慨を抱いたとはとても思えない、理想が過ぎるお話ではある。

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明治維新の「維新」たるゆえんは、侍という精神が根付いたこの国から、侍という地位を消滅させたこと。これこそが新国家創造の難事業だったかと。なんとも身震いがする思い。

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歴史を舞台にしたハードボイルド小説であり、そういうジャンルとして見れば、良く構成された作品だと思うが、最後の終わり方が空虚に感じられたのが、残念であった。