電子書籍
経済学
2022/05/17 22:49
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投稿者:エムチャン - この投稿者のレビュー一覧を見る
その通りですね。アダム・スミスというと、古典的経済学の権威ですが、……彼を支えていた女性がいるわけです。こらいから、家事労働は、どの国でも多くが女性の仕事とされ……
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今まで経済書の類は全く読んだ事がなく、新聞の読書欄にて興味を持ち購入
このジャンルは初読であるも、変わった視点からの書き方なのだろうなというのは感じ取れた
深く考えずに受け入れているが、よく考えると確かに変だという事柄は経済以外でもよくあることかなと
翻訳本という共通点だからかもしれないが、若き日に読んだ沈黙の春を思い出した
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アダム・スミスが研究に勤しむ間、身の周りの世話をしたのは誰!?女性不在で欠陥だらけの経済神話を終わらせ、新たな社会を志向する、スウェーデン発、21世紀の経済本。格差、環境問題、少子化――現代社会の諸問題を解決する糸口は、経済学そのものを問い直すことにあった。
アダム・スミスは経済学の授業で習ったけれど、そこにジェンダーの問題を組み合わせて考えたことは一度もなかった。でも言われてみるとここまで女性の存在が無視されていること・主に女性や貧困層が担っている『家事労働』の価値が非常に低いことは経済学者たちが定義してきたことで、根本的に変えていく必要がある。具体的にどうしたらいいのか、この本が書かれた当時(2012年)から10年たつにも関わらず明確な答えは出ていない。だけど、経済人にならないために、ひとりの力は小さいとしても今後も声を上げ続けたい。
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図書館で購入してもらった本
でも、自分で買ってもよかったかも
少しずつだけれど、日本でも
「どうして家事育児介護は女性がやらないといけないのか」
と疑問に思う女性が(男性も)増えてきているのを感じる
この本のラストは、前半の勢いと比べると物足りなかったけれど、
今までと違った視点を与えてくれた
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2022/10/18読了。
フェミニスト経済学的一冊。
2008年金融危機後に発行されたらしいが日本語訳ができたのは2021年のよう。
経済学というと大変に小難しい単語が羅列され頭が回ってしまう私でも読破できた貴重な一冊。
経済人という人々はケアに従事してきた女性を排除した断片的な枠組みの中で語られている幻想であって、そこには無理が生じていること。
経済について読めるかなと思っていたら、着地はジェンダーでした。
人が人であるため、資本主義経済の中で語られない役割や土台について、向き合わなければならない時代が来ているのでしょう。
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経済学を、そもそもの根本から捉え直す試み。フェミニズムが問題なのではなく、問題とすること自体が問題なのだ。このテンポの良い語り口、経済学の歩みの俯瞰と現状への警鐘が分かりやすく述べられ、なるほどと腑に落ちた。
「世界を所有するかわりに、世界に居場所を見つけることができる」筆者のいうそんな社会を実現できる経済学であってほしい。
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従来の経済学が設定する「経済人」の考え方の欠陥と、そこに「女性」がいないことの問題を指摘する。前半それらが繰り返し書かれており、そこからどう考察するのかと思っていたら、さらに繰り返し指摘するだけで終了。私には合わず。
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アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?
#読了
今までのモノの見方では、見えなかった世界。
radicalに物事を抽象化して構造的に考えるのとはまた違う。
「女性のため」というより「みんなのため」のフェミニズムという感じがして、面白かった!!
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産休育休時短勤務を通して感じた社会の理不尽について、気持ちよく言語化されていました。
あのとき感じた無力さや、怒りを思い出すと共に、自分たちが少しずつ変われば、次の世代の人々はあんな目に合わずに済むかも知れない、といつ希望も感じられました。
就活に勤しむ学生の皆さんや、出世・昇給に目が眩んでしまう人、とにかくいろんな方に読んで欲しいです。
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経済を語るとき、主語が大き過ぎてはいないか、ケアや共感や献身や配慮を引き受けた女性が含まれていないのでは?という気付きを与える本でした。
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2022.6.26市立図書館
原著は2015年刊。しばらく前から話題で、図書館で予約を入れてようやく回ってきた。
アダム・スミスらの経済学がとなえた「市場」にまかせておけば見えざる手が進むべき道に導いてくれるという幻想。そもそもその「市場」とやらはとんだご都合主義の「ブラックボックス」だったのではないか、という話。「男性によって男性のためにつくられた枠組み」「経済人(ホモ・エコノミクス)」という間違った前提を問い直し、これまで意図的にか非意図的にか考えの外に置かれてきた「ケア」や「依存」「分配」をに目を向け、金銭で測りえなかった家庭内労働も含め、社会をどう維持・運営していくか考えるフェミニスト経済学を提案している。
前に「存在しない女たち」を読んでいるので、世界の様々なシステムの中で女性が疎外されているという話はいまさら新しくもないが、この本を読みながら、もっともらしい数字やはったりでなんとなく大きな顔をしてきた「経済理論」や「市場」の根拠の弱さ、頼りなさをひしひしと感じてしまった。そしてまた、市場経済が政治をも呑みこみ、なんでも自己責任で格差が広がる一方の新自由主義へという歴史的潮流がどういう前提の上に立っていかに世界を息苦しくしてきているか、自分の今まで体験してきたことと考え合わせても説得力があった(ロシアでプーチン大統領が生まれ支持されてきたのもこの世界市場経済の所産だと言及あり)。
コロナ禍の2年間で世界経済は大きな打撃を被ったが、雇用の面でも家庭内外でのケアの面でも女性は男性以上の苦労やストレスを負わされているというのも世界的な現実。著者の母国スウェーデンはさまざまな政策を打ち出し世界でも有数のジェンダー格差が少ない国であるのに、それでもなお賃金をはじめとする格差は消えないらしいが、それこそが「経済」や「世界」の前提が間違っている証拠だとも言えるのだろう。選挙やさまざまな政治経済のニュースを考えるための支えが一つ増えた。とはいえ、敵は手強いなあ。
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訳者あとがきにあった
「フェミニスト経済学の考え方をベースに、既存の経済学をバサバサと斬っていく爽快な読み物です」
のとおりの本。面白かった。
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人生では身体性は無視出来ず、むしろ身体が原点となっている、という感覚を直近持っていたけれど、著者は同じようなことを考えているのかなと思う。
痛快な一冊ですが、原文か訳文かどっちかわからないけれど、ちょっと私には合わない文体でした。
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アダム・スミスの経済論には、食事を作ったり洗濯したりは入っていない。夕食は利益の追求によって手に入れると彼は言ったが、どうもそうでもないね?彼の母親が作ったから、彼は夕食を食べることができたのだ。
前半は、バリバリのフェミニズム?とも思ったが、それだけじゃない。子どもを育てたり食器を洗ったり病人をケアしたり…お金にならないことは労働にカウントされず、見ないことにされてきたのだ。でもそれはあり続ける。
誰がやるの?
ナイチンゲールが、看護師の待遇改善に生涯をかけて取り組み、善い行いと金銭的な豊かさは両立しうると考えていたこと、これは覚えておきたい。
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古典派経済学の父と言われ、個人の利益追求が社会の利益追求につながることがあると説いたアダム・スミス。利己的な「経済人」像の確立に大きな影響を与えたスミスは生涯独身で、食事をはじめ身の回りの世話は母親に頼っていた。でも、彼の経済学からは、主に女性が担ってきたケア労働のことがすっぽり抜け落ちているのでは?
作者はアダム・スミスの話をつかみに、経済学が長らく無視してきたケアの問題、カウントされない経済行為の問題に踏み込んでいく。ケアは無償で行うべきものだという誤った捉え方が、常に国家の富に貢献してきた女性の労働を、ひいてはその地位を貶めていると指摘する。
うまいタイトルだなと思う。このタイトルに心を奪われて、手にとってしまった。
原著はリーマンショック後の2012年にスウェーデンで刊行された。刊行から10年経っての翻訳だが、2012年当時の日本ではまだ受け入れられなかったかもしれない。この間、国際的に日本の女性の地位の低さが指摘され、国内的にもケアという言葉が注目されるようになってきた。労働にはそれに見合った対価があるのが当たり前。経済活動に組み込まれるべきだろう。社会でバリバリ働く女性がいていいし、ケアに従事する主夫がいてもいい。働き方や性別で区別する意味はない。