ＳＳ将校のアームチェア

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ゲシュタポが適正分子の逮捕と投獄に成功したのは、彼らに付与された無制限の権力に起因するところが大きかった。ナチが政敵を取り締まるなかで、残忍な低入れや尋問が警察によって行われてるとう話が急速に広まった。1935年にグリージンガーがゲシュタポに入った頃には、ドイツ国民の間ではゲシュタポのれ国なやり口が広く知られており、組織の影響力と権力が及ぶ範囲について流布している情報を信じるようになっていた。ゲシュタポは大量のスパイを擁していると考えられていた。そのうえ、レストランや車両、麻衣角などで訓練を受けた諜報員として組織の目と耳っとなって働く、金で雇われた情報提供者の広範に張り巡らされたネットワークがあるとも考えられていた。だが現実はそうではなかった。ホテル・ジルバーにいた200人の職員では約300万人のビュルテンベルグの住民を適切に監視するには人出が足りなかった。その代り、ドイツの他の地域と同じ様にゲシュタポは容疑者を見つけるのに告発を当てにしていた。P162

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SSのグリージンガー中尉といっても誰も知らない。第二次大戦前には役人をし、招集されて国防軍で働き、その後、占領下のプラハでドイツのために役人として働いたが、同時にSSにも所属していた。軍隊としての武装SSではないSSがあったことは本書で初めて知った。いずれにせよ、将校とはいえ無名なSS、おそらくナチスドイツには大勢いたであろう下級SSの生涯に焦点を当てた珍しいノンフィクション。
著者はユダヤ人で、こうした無名のSSが戦後も何食わぬ顔をしてドイツ人として暮らしていたことには批判的な態度をとる。そして、本書の主人公であるグリージンガーにも。
著者は、グリージンガーの反ユダヤ的な思想について、その祖父母が米国南部の黒人奴隷が当たり前のようにいた時代に生きたことの影響を示唆する。面白い視点ではあるが、果たしてどうだろうか。

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まるで、点と点をつないで一本の線にする作業を目で追っているような読書体験だった。

著者がその話を聞いたのは、二〇一一年のことだった。
最近、アムステルダムに住む親子が、自宅のアームチェアの張り替えを家具職人に依頼した。数日後、受け取りに行くと、その家具職人は言い放った。ナチやその家族のために仕事はしない、と。椅子の座面には、ナチ時代の書類の束が縫い編まれており、ローベルト・グリージンガーという名前が記されていた。

親子は、グリージンガーという名前も書類の存在も知らず、寝耳に水だった。どうしてそれが椅子の中にあるのか、見当もつかなかった。

アームチェアは、一九六八年に母がプラハで購入したもので、長年愛用してきたものだった。ナチが隠した書類に気づかないまま何十年も大事に使っていたのだった。
娘は、友人のつてを頼り、第二次世界大戦を研究する歴史家にその話をした。その歴史家は、グリージンガーのことを徹底的に調べた。本書は、その歴史家が書いた驚愕のノンフィクションである。

世界に壊滅的な被害を与えてから四分の三世紀以上たった今もなお、人々の関心を引くナチズム。

映画やドキュメンタリー、歴史書で取り上げられるのは、決まってヒトラーの側近だった一握りの党員だ。ナチズムの一端を担っていた下級官吏の名前は、歴史からだけでなく、親族の記憶からも抹消される。

しかし、そのような公式の記録には残らない人物の軌跡をたどれば、ナチについて新たな事実が浮かび上がってくるのではないか。グリージンガーは、まさにそんな無名の人物、忘れ去られてしまった人物のうちの一人だった。

著者は、親族へのインタビューや、文書館の史料や、現地への訪問を通して、グリージンガーの人生の軌跡をたどる。
ゲスターポ（秘密警察）で働く法務官だった彼の人生を知ることは、ナチズムの台頭を、下級官吏がどのように感じていたかを理解する手がかりになる。

ここまで徹底して調べ上げられたノンフィクションを読むのはなかなかハードだったが、著者がこの本を書き上げるのにかかった時間と労力を考えれば、とてもではないが流し読みなどできない。
時間と体力のあるときに、ぜひ読んでみてほしい。

p15
ドイツによるチェコ占領は、一九三九年から四五年まで続いた。その間、占領下にあったこの地域は、ボヘミア・モラヴィア保護領という婉曲的な名称で呼ばれていた。

p25
一九四八年から共産主義体制の崩壊に至るまで、チェコスロバヴァキアの人々は、全体主義国家による絶え間ない監視下で生きてきた。

p27
SSは人種、身長、健康状態などの厳しい基準を満たし、かつヒトラーに忠誠を誓った者しか採用せず、第三帝国の最も邪悪な側面と結びついている。