紙の本
渇き切った熱風。
2022/06/11 22:42
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ゲイリーゲイリー - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者であるルシアン・ベルリンの紡ぐ物語には、剥き出しの感情だけが持つ圧倒的な熱量、そしてそれを俯瞰的に捉える冷徹さが同居している。
想像を絶する人生経験を源泉とした物語たちは、彼女の血と涙で書かれていると言っても過言ではないだろう。
にもかかわらず、本作からは自己憐憫や哀愁といったものは一切感じられない。
むしろ本作を読み進めていくと同時に、渇き切った熱風に襲われたかのような、他の作品からはあまり感じられない異様な熱を体験するはずだ。
類まれなる観察眼と、これほどまでに言葉とは自由なのかと思わされる見事な表現力。
そして何より世界を定義することなく、美と醜を同時に見つめるその姿勢が唯一無二の物語を紡ぐ基盤となっているのだろう。
創作と実体験の境界線を自由に飛び越え、喜劇と悲劇を同時に描く彼女の作品に、もっと浸っていたいと思ってしまったのは私だけではないはず。
絶望と希望、幸福と不幸。
人生とはどれか一色に染まるものではない。
全ての色を内包しつつも、混ざりあうことによってそれ以上の何かになりうるのが人生なのだということを本作は私たちに突き付ける。
孤独や痛みに正面から向き合った彼女の言葉は、私たちの心を掴んで離さない。
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アメリカ文学界最後の秘密といわれ、
ずっと気になっていた作家でした。
文庫本になったのをきっかけに
やっと読むことができました。
本書は作家自身のことや、
彼女の身の回りで起こった出来事を描いた短編集です。
アルコール依存症の家系に生まれ、
自身も一時期そうなったようです。
幼少のころからアメリカやチリの各地を転々とし、
貧民街に暮らしたかと思うと、
一時期は召使付きのお屋敷暮らし。
幼いころ虐待を受けていたような記述もあります。
学生のときから結婚と離婚を3度繰り返し、
4人の子を持つシングルマザー。
生涯のほとんどを労働者階級に身を置き、
そうかと思えば
刑務所で囚人相手に書くことを教えたり、
大学で教鞭をとった時期もあったようで、
優秀な教育に対する賞を受賞したりもしています。
晩年は持病に苦しみ、
68歳の誕生日に亡くなりましたが、
彼女が評価されたのは、
没後11年たってからのことでした。
生前は一部熱狂的なファンの支持を得ていたようですが、
世間にはあまり知られていない存在だったようです。
短編小説を書くという行為は、
無駄な言葉をそぎ落とす作業だと思います。
本作も人生の一場面を切り取って、
必要最低限の言葉で簡潔に綴られています。
簡潔な文章ではありますが、
その行間から彼女の波乱に満ちた人生を
垣間見ることができます。
もちろん小説ですから
創作の部分もあるのでしょうが。
岸本佐知子さんの翻訳も期待通りでした。
べそかきアルルカンの詩的日常
http://blog.goo.ne.jp/b-arlequin/
べそかきアルルカンの“スケッチブックを小脇に抱え”
http://blog.goo.ne.jp/besokaki-a
べそかきアルルカンの“銀幕の向こうがわ”
http://booklog.jp/users/besokaki-arlequin2
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力のある密度の濃い文章の数々。人生や人間関係を飾らずにありのままに描ききる写実的な描写。
著者の波乱万丈な人生から紡がれ生み出された言葉だからこその説得力、あるいは迫力のようなものが文章や描写、そして物語から感じられたように思います。
この本の著者であるルシア・ベルリン。著者紹介によると、父の仕事の関係で北米の鉱山町やチリで育ち、三度の結婚や離婚を経てシングルマザーとして4人の息子を育てる。
教師や掃除婦など職を転々とし、アルコール依存症に苦しみながら自身の体験に根ざした小説を書いていた、とのこと。
自身の体験に根ざしたということもあってか、収録されている小説のほとんどは「わたし」の一人称で、この「わたし」というのも多くは著者自身が投影されているのかと思います。
著者紹介にもあったとおり、掃除婦が語り手だったり、アルコール依存症のことが出てきたり、父親の鉱山の話が出てきたりと著者を思わせるエピソードや、短編ごとにつながっているように描かれる点もちらほら見受けられます。
前評判のかなり高い作品だったので期待して読み始めたものの、序盤はなかなか入り込めなかった。文章の硬質さや詳細な描写の一方で短編ごとのドラマ性が薄く感じられ、ストーリーを期待していた自分としては、イメージと違う作風でとっつきにくかったのがあると思います。
しかし話を読み進めていくごとにこの文章や語り口が、自分のなかになじんでくるのを感じます。すると徐々に著者の人間に対する独特の観察眼や、ユーモアとシリアスが同居し、美しいものと醜いものが突然に反転する物語の数々に引き込まれていきます。
突然の反転は読む者を最後になんとも言えない感覚に引き落とす。それは人生の無常さや人間心理の不条理さを、突然目の前に突き付けられたような感覚を覚えました。
読み進めるごとに硬質な文章の芯に宿った力強さと繊細さに気づかされます。そして単純に一言で語れるような読後感を残さない物語たちに、自分の中の何かが共鳴します。
波乱万丈の人生を送ったルシア・ベルリン。そんな彼女だからこそ人生も人間も一筋縄ではいかないということを、物語にのせたのかもしれない。
読みやすい小説でもないし、面白い、面白くないと単純に語れる小説でもない。それでもこの小説には人を魅了する魔力を感じます。
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アルコール依存症一家に生まれ、アメリカ合衆国、チリ、メキシコと居住地を転々としながら、2度の離婚、3人の夫、4人の子ども達と駆け抜けてきた著者ルシア・ベルリンの起伏に富んだ人生を下地にした短編集。
正直、何を読み取るべきかは暗黙的で、単純なエンターテイメントというよりはいささか文学的。
巻末で熱烈な賛辞を贈るリディア・デイヴィス氏、訳者あとがきで同様に褒め称える岸本佐知子氏ほどの感性をもっていない自分には、それほどまでの一編一編、一文一文の熱量を感じとることはできなかった。
ただ、物語ひとつひとつが著者の人生に基づくものという背景を踏まえつつ、順不同で現れる年代をつなぎ合わせながら読んでいくと、”これが1人の人生!?なんて人生なんだ”という興味深い想いを得るし、ざらついた剥き出しの表現の中のそこここに散らばる感情のかけらに出会うと何とも言えない胸の詰まる思いがするのは確か。
全体としての読書体験が味わい深い系の一冊。
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ほとんどが作家自身の人生の経験をもとにして書かれているから、ほとんどが同じ舞台や同じような状況下での話であるんだけど、飽きずに全ての話に引き込まれるのは作家の書き方に魅力が溢れるからこそ。訳者あとがきで指摘がある通り、そもそも作家自身の人生に起伏がありすぎて、どこを切り取るかでかなり味わいが違うっていうのもあるだろうけど。
邦訳第2弾読むのも楽しみ。
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図書館の期限きちゃったのでつんどく扱い。
洋物だけど確かに言い回しが粋なのか、読みやすかった気が。
といっても3篇目くらいまでしか読んでない。
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想像を超える展開と言葉に満ちていて、すごく新鮮な読書体験だった。好きか嫌いかは分かれそうだと思ったけど。
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これは…各界で話題を呼ぶわけだよ。
炭坑夫と娘としての極貧、父の成功に伴う海外での裕福な生活、幾度かの結婚、アルコール依存症、国語教師としての体験、子育て…人生のさまざまな時期をランダムにきりとって仕立てられた小品は、痛みと痛みと痛みと、思わぬところに潜む美しさに満ちている。そして著者のこの美貌。
伝記映画が企画されたら、女優たちは彼女の役を熱望するだろう。
ルシアを見つけ、神経を張りめぐせた訳で日本に知らしめた岸本佐知子さんの偉大さよ。
「まだ濡れてるときはキャビアそっくりで、踏むとガラスのかけらみたいな、だれかが氷をかじってるみたいな音がする」
『マカダム』の冒頭。うっとり。
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「小説のような人生、ではなく人生は小説」なのかなと思った。
入り込むまでに時間がかかったけど、途中で↑に気づいて没頭して読めた。目まぐるしく変わる生活と荒々しい感情の揺れに眩暈がした。比喩表現の鬼だな、と(とてもいい意味で)。
タイトルにもなった「掃除婦のための手引き書」もよかったけど、「ソー・ロング」「ママ」「沈黙」「さあ土曜日だ」の流れがとても好きだった。中毒性が高く、まんまと他の本も読みたくなった。
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本邦初訳の短編集。記憶、思い出がふっとよみがえるようなそんな感覚がするような短編集だった。とはいえ思ったより、読解が難しい短編もあった。
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著者の実体験を基にしたフィクション。母親や母方の親戚に問題があって(モイハニンの血)、それが自分の人生にも影響し大変な人生を送る女性。父親はちゃんとした人のようだが影は薄い。悲惨と言っていい人生だが、悲壮感や他人への批判は感じない。常に孤独で、たまに築けたよい関係もすぐ終わる。しかし、束の間の時を共に過ごした人への愛や感謝が感じられる。不幸のアピールになっていないから優れた小説として評価されているのだろう。彼女が生活の中で接する人種的マイノリティやアル中の人たちから、アメリカの底辺が垣間見える。文体が独特。語る内容と文体が適合していることが優れたヴォイスなのかな。特に印象に残ったのは、アル中の主人公の心理を描いた「どうにもならない」と、母親と母方の親戚や幼少時代の友人関係を描いた「沈黙」。
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様々な年齢、様々な境遇、様々な性格。
カラフルな色彩から色味の全く感じられない灰色まで。次に現れる文章は果たしてどんな色味を放つものなのか。浮き沈みの激しい荒波に、読み手ものみ込まれそうになる。
けれどそれら全てが、同じ一人の女性の人生。
貧乏暮らしから一転して裕福な上流階級へと転身。
性的虐待、依存症、病気などに強いられる苦難の連続。
結婚・離婚を3回繰り返し4人の息子のシングルマザーとなり、教師、掃除婦、電話交換手、看護助手と様々な職業につく。
そんな波乱万丈な継ぎ接ぎだらけの彼女の人生を、一つ一つ丁寧に重ね合わせていった中身の濃い一冊。様々な色合いの文章の端々に覗かせる明るさと知性、潔さに目が離せなくなる。
「後悔はないと言ったけれど、あれは嘘だ。でもあのときはこれっぽっちも後悔しなかった」
どこか他人事のように客観的に綴られた彼女の一度きりの人生。時として一人でストレスを抱え眠れぬ夜を過ごす我々を救う手引き書となり得る。
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どうすればこの気持ちを言い表せるのか、言葉を探してしまう。とにかく凄かった。この表現、この文章でしか味わえないものがある。これはきっと何度も読み返すことになる本だ。
特に囚人たちの物語『さあ土曜日だ』は内面をぐわんぐわんと揺さぶってくる。
こういう学びや、人間らしく扱われることの方が更生に繋がる気がした。文章のクラスで文章を学んでいるのではなくて、人の心と自分の心を学んでいると思った。言葉が与える力は大きい。
その一方でひとたび教室を出れば人間以下のような扱いを受ける。この落差はかえって苦しいだろうと思う。
授業での課題とこの物語を結びつけるラストは見事だった。
そのほか、妹サリーとの日々を書いた物語も静かに涙を誘った。
自分の人生を振り返り、もしもの空想につなげていく話の締めくくりが恐ろしかった。どこでどう進んだって、私は私にしかなれないだろうと、私も思う。最後にクールな現実を見せてくるところが好みだ。
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講談社文庫の新刊で、書店で平積みされているのを見て、まず表紙に惹かれ、裏表紙の解説をを読んだが、講談社文庫は最近新刊にビニール袋をかけてしまって、中身の拾い読みが出来ないので、暫く購入しなかった。
僕は購入した本には、必ずカバーをかけてもらう。
一度、講談社文庫がビニール掛けになってから新刊を買い、レジでカバーをかけてもらったが、ラップのように本体に密着しているので、華奢な文庫本が粗雑に扱われているようで、嫌な気分になったので、それ以来、ビニールが外れて、棚に並ぶまで待つことにしたのだ。
多岐にわたる短編集で、もちろん全てが好みというわけではない。
おじいさんの歯を全部入れ歯にする話が、一番好みだろうか。
人生の経験値が、高過ぎて本当に一人の人生なのかと感じてしまうが、それは時折僕の陥る悪い癖。
作者と作品の語り手を、同一視してしまう。
フィクションなのに、全て作者の人生だと感じてしまう。
この多くを経験しているとしたら、苦しみは多いが、豊かな人生だったと思う。
多くを創作したのだとしたら、それは素晴らしい想像力だと思う。
どちらにしても、凄いのだ。
こちらの読む状況や状態によって、印象に残る作品はその都度変わるだろう。
たまに、読み返すのが良いかもしれない。
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2004年亡くなったアメリカ文学界最後の秘密ルシアベルリン短編小説集。祖父、母、叔父、そして本人もアルコール依存症。鉱山技師の父の仕事により全米鉱山とチリで育ち3度の結婚4人の息子をNY、メキシコ、カリフォルニアで教師、掃除婦、電話交換手、ER看護助手などの仕事。救いのない話が淡々と綴られる