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THIS BOOWY

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CD

THIS BOOWY【CD】

BOOWY

BOOWYを聴くならまずこれといった感じのベストアルバム。20曲といったボリュームもさることながら、マスタリングを施されて格段に上がった音質が、歴史の1ページを蘇らせてい...

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THIS BOOWY【CD】

3,024(税込)

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曲目

ディスク1
  1. DREAMIN'
  2. ホンキー・トンキー・クレイジー
  3. BAD FEELING
  4. ハイウェイに乗る前に
  5. NO.NEW YORK
  6. ROUGE OF GRAY
  7. わがままジュリエット
  8. JUSTY
  9. IMAGE DOWN (LIVE)
  10. B・BLUE
  11. ONLY YOU
  12. BEAT SWEET
  13. WORKING MAN
  14. DRAMATIC? DRASTIC!
  15. LONGER THAN FOREVER
  16. MARIONETTE
  17. PLASTIC BOMB
  18. MEMORY
  19. 季節が君だけを変える
  20. CLOUDY HEART

その他のバージョン

CD THIS BOOWY 【限定盤】 国内盤 発売日 : 2017/06/28 1~3日

商品説明

BOOWYを聴くならまずこれといった感じのベストアルバム。20曲といったボリュームもさることながら、マスタリングを施されて格段に上がった音質が、歴史の1ページを蘇らせている。初期の荒削りながらもメロディのキレが冴える「Dremin'」や「ホンキートンキークレイジー」、バンドとしてのスタイルが確立されてきた代表作「わがままジュリエット」「NO NEW YORK」、中期になっていよいよ本領が発揮された「B BLUE」や「マリオネット」、後期の洗練された「季節が君だけを変える」などなど、確実に脳裏に焼き付いているメロディーが、この作品で蘇る。
リアル世代でなくとも彼らの作品は聴けば何故か耳なじみがあり、いかに一時代を風靡したかを物語らせる。天才ギタリスト・布袋寅泰、カリスマ的なオーラを放つ氷室京介。彼らがいまでも音楽シーンで輝き続ける理由はその原点を辿れば分かるのかも知れない。BOOWYで青春を過ごした人、その人の子供にまで聴いて欲しい作品。

アーティスト紹介

BOOWY

現在数多く活動するロックバンドのロールモデルともいえる最高のロックバンドBoowy。1981年に結成し1988年には解散と、実質7年間の活動で幕を閉じた彼らだが、その輝かしい歴史は、80年代を一気に駆け抜けた。

 

現在数多く活動するロックバンドのロールモデルともいえる最高のロックバンドBoowy。1981年に結成し1988年には解散と、実質7年間の活動で幕を閉じた彼らだが、その輝かしい歴史は、80年代を一気に駆け抜けた。
今から思えばその80年代は音楽シーンの分岐点ともいえる時代だった。様々な音楽がシーンに登場しては消えていき、力のあるジャンル・アーティストだけがサバイヴしていった。そんな入り乱れた音楽シーンのなかで、それまでアンダーグラウンドなものであったロックサウンドが、一気にメジャーなオーバーグラウンドな環境に飛び出していったのもこんな時代だった。
そんな中登場したBoowyはロックサウンドを基本としていながら、どこにもカテゴライズされない存在であった。誰にも屈することなく、どこにも属さない。小さなライブハウスから現れた彼らは、コアなリスナーをどんどんと取り込みながら、その規模を拡大していった。
Boowyの前身は、当時アマチュアミュージシャン達にとっての登竜門であったヤマハ主催の『East West』から始まった。1979年、このコンテストの関東・甲信越大会で、氷室京介率いる”デスペナルティ”と布袋寅泰率いる”Blue Film”が決勝を争ったことから始まる。 
その後、2人は紆余曲折を辿りながら1980年には、6人編成で「暴威」として活動を開始する。
デビュー前の1981年当時は新宿ロフトでのライブを中心に活動していたようである。そして正式メンバーではなかったドラムがオーディションにより高橋まこととなり黄金の4人が集結するのもこの81年だった(実質ファーストアルバムまで6人で活動)。そして待望のデビューにむけてファーストアルバムの録音にとりかかる。 
翌82年にはバンド名もBoowyに変更され、3月にようやく待望のファーストアルバムMoralを発売する。当初歌詞が汚いということで待ったのかかっていたこのアルバムは、半年という短い期間で制作された。しかしながらその半年という短い期間でも彼らの音楽性というのは、日々めまぐるしく変化していた。結果、音楽性の変化についていけなくなったメンバー2人の脱退(10月)、ついていけなくなったファンもデビュー前から微妙な反応を示すこととなる。しかしすでに彼らのスターダムへの道は始まっていた。
83年には早くもプライベート・オフィスを設立する。これは、自分たちの意志とは別のところで制作を行うメーカーと決別するためのものでもあった。これにより音楽制作は自由に行えるようになったが、実際は宣伝活動からコンサートの告知に至るまで、すべてのスタッフワークを自分達の手で行わなければならなかった。 
翌年84年は、強大化していく彼らを取り巻く環境に、自身だけの力で活動するには限界があることに気付いた年だった。結果、氷室の24回目の誕生日に開かれたミーティングで、メンバーは”ユイ”と契約を結ぶことを決定した。そしてそれと共に、その先の活動の準備のため、半年間ライブ活動を休止することにもなった。 翌年には東芝EMIと契約。
そして運命的な出会いとなる元プラスティックスの佐久間正英と出会う。 
西ベルリンでのレコーディング、ロンドンでのライブを経て、6月にシングルホンキートンキークレイジー、サードアルバムBoowyをリリースする。この年、2回の渋谷公会堂公演を成功させ、年末12月24日にはその後毎年渋谷公会堂でライブが行われる事となる。
86年からBoowyにとっては充実した年を過ごす事となる。この時期にリリースされたものは、シングルわがままジュリエットやB Blue、アルバムJust A Hero、Beat Emotion、ライブアルバム「Gigs」と名作ばかりで、ツアーでは最終公演を日本武道館で向かえた。熱狂するオーディエンスに向けて氷室が放った「ライブハウス武道館へようこそ!」という台詞が話題にもなった。
強大化していくBoowyシンドロームは、No.1ロックバンドの称号を彼らに与えた。そんな中87年に発売されたシングルマリオネットが初のシングルチャート1位を獲得。精力的なライブ活動を展開し、7月31日と8月7日、Case Of Boowyと名付けられたこのコンサートでは、デビューから87年までのナンバー全曲を、4時間ぶっつづけで演奏するという前代未聞のライブを成し遂げ、ファンのみならず関係者をも驚かせた。 
この年の9月にリリースされた7枚目のアルバムPsychopathは、総売上げ80万枚を記録。チャート誌では当然のように首位を獲得した。秋からはツアーを開始。ところがツアー終盤になって、バンドの解散説が周囲に流れ始めた。そしてファンの否定をよそに、12月24日、ツアーの最終日となった渋谷公会堂のステージの上で正式な解散宣言が行なわれた。 のちにライブ映像1224としてリリースされている。
翌88年、クリスマスの解散宣言を受けて、ファンへの最後の挨拶として完成直後の後楽園ドーム『Big Egg』において2日間のLast Gigsを行なうというものだった。2日間の入場者数約95000人分のチケットはたったの10分でソールド・アウト。チケット入手のために殺到した電話で、文京区の電話回線がパンクするなどの騒ぎもあった。そして4月4日と5日、BIG EGGにおける最後の熱狂ともいえる2日間を終えてBoowyはひとりひとりが新たな伝説を作り出すため、その姿をステージの中に消した。

現在数多く活動するロックバンドのロールモデルともいえる最高のロックバンドBoowy。1981年に結成し1988年には解散と、実質7年間の活動で幕を閉じた彼らだが、その輝かしい歴史は、80年代を一気に駆け抜けた。
今から思えばその80年代は音楽シーンの分岐点ともいえる時代だった。様々な音楽がシーンに登場しては消えていき、力のあるジャンル・アーティストだけがサバイヴしていった。そんな入り乱れた音楽シーンのなかで、それまでアンダーグラウンドなものであったロックサウンドが、一気にメジャーなオーバーグラウンドな環境に飛び出していったのもこんな時代だった。
そんな中登場したBoowyはロックサウンドを基本としていながら、どこにもカテゴライズされない存在であった。誰にも屈することなく、どこにも属さない。小さなライブハウスから現れた彼らは、コアなリスナーをどんどんと取り込みながら、その規模を拡大していった。


Boowyの前身は、当時アマチュアミュージシャン達にとっての登竜門であったヤマハ主催の『East West』から始まった。1979年、このコンテストの関東・甲信越大会で、氷室京介率いる”デスペナルティ”と布袋寅泰率いる”Blue Film”が決勝を争ったことから始まる。 その後、2人は紆余曲折を辿りながら1980年には、6人編成で「暴威」として活動を開始する。
デビュー前の1981年当時は新宿ロフトでのライブを中心に活動していたようである。そして正式メンバーではなかったドラムがオーディションにより高橋まこととなり黄金の4人が集結するのもこの81年だった(実質ファーストアルバムまで6人で活動)。そして待望のデビューにむけてファーストアルバムの録音にとりかかる。 翌82年にはバンド名もBoowyに変更され、3月にようやく待望のファーストアルバムMoralを発売する。当初歌詞が汚いということで待ったのかかっていたこのアルバムは、半年という短い期間で制作された。しかしながらその半年という短い期間でも彼らの音楽性というのは、日々めまぐるしく変化していた。結果、音楽性の変化についていけなくなったメンバー2人の脱退(10月)、ついていけなくなったファンもデビュー前から微妙な反応を示すこととなる。しかしすでに彼らのスターダムへの道は始まっていた。


83年には早くもプライベート・オフィスを設立する。これは、自分たちの意志とは別のところで制作を行うメーカーと決別するためのものでもあった。これにより音楽制作は自由に行えるようになったが、実際は宣伝活動からコンサートの告知に至るまで、すべてのスタッフワークを自分達の手で行わなければならなかった。 翌年84年は、強大化していく彼らを取り巻く環境に、自身だけの力で活動するには限界があることに気付いた年だった。結果、氷室の24回目の誕生日に開かれたミーティングで、メンバーは”ユイ”と契約を結ぶことを決定した。そしてそれと共に、その先の活動の準備のため、半年間ライブ活動を休止することにもなった。 翌年には東芝EMIと契約。
そして運命的な出会いとなる元プラスティックスの佐久間正英と出会う。 西ベルリンでのレコーディング、ロンドンでのライブを経て、6月にシングルホンキートンキークレイジー、サードアルバムBoowyをリリースする。この年、2回の渋谷公会堂公演を成功させ、年末12月24日にはその後毎年渋谷公会堂でライブが行われる事となる。


86年からBoowyにとっては充実した年を過ごす事となる。この時期にリリースされたものは、シングルわがままジュリエットやB Blue、アルバムJust A Hero、Beat Emotion、ライブアルバム「Gigs」と名作ばかりで、ツアーでは最終公演を日本武道館で向かえた。熱狂するオーディエンスに向けて氷室が放った「ライブハウス武道館へようこそ!」という台詞が話題にもなった。
強大化していくBoowyシンドロームは、No.1ロックバンドの称号を彼らに与えた。そんな中87年に発売されたシングルマリオネットが初のシングルチャート1位を獲得。精力的なライブ活動を展開し、7月31日と8月7日、Case Of Boowyと名付けられたこのコンサートでは、デビューから87年までのナンバー全曲を、4時間ぶっつづけで演奏するという前代未聞のライブを成し遂げ、ファンのみならず関係者をも驚かせた。 この年の9月にリリースされた7枚目のアルバムPsychopathは、総売上げ80万枚を記録。チャート誌では当然のように首位を獲得した。秋からはツアーを開始。ところがツアー終盤になって、バンドの解散説が周囲に流れ始めた。そしてファンの否定をよそに、12月24日、ツアーの最終日となった渋谷公会堂のステージの上で正式な解散宣言が行なわれた。 のちにライブ映像1224としてリリースされている。


翌88年、クリスマスの解散宣言を受けて、ファンへの最後の挨拶として完成直後の後楽園ドーム『Big Egg』において2日間のLast Gigsを行なうというものだった。2日間の入場者数約95000人分のチケットはたったの10分でソールド・アウト。チケット入手のために殺到した電話で、文京区の電話回線がパンクするなどの騒ぎもあった。そして4月4日と5日、BIG EGGにおける最後の熱狂ともいえる2日間を終えてBoowyはひとりひとりが新たな伝説を作り出すため、その姿をステージの中に消した。

 

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