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交響曲第4番、第5番 クリヴィヌ&ラ・シャンブル・フィルハーモニック

  • 発売日:2007/03/09
  • レーベル:Naive *cl*
  • カタログNo.:V5069
  • 組み枚数:1枚
  • 発売国:Europe
  • フォーマット:CD

CD

交響曲第4番、第5番 クリヴィヌ&ラ・シャンブル・フィルハーモニック【CD】

メンデルスゾーン(1809-1847)

クリヴィヌ / メンデルスゾーン:交響曲第4番、第5番注目の指揮者クリヴィヌと手兵ラ・シャンブル・フィラルモニク、ピリオド楽器によるメンデルスゾーン交響曲!これ以上ないく...

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交響曲第4番、第5番 クリヴィヌ&ラ・シャンブル・フィルハーモニック【CD】

税込 2,959 26pt

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曲目

ディスク1
  1. Symphony no 4 in A major, Op. 90 "Italian"
  2. Symphony no 4 in A major, Op. 90 "Italian"
  3. Symphony no 4 in A major, Op. 90 "Italian"
  4. Symphony no 4 in A major, Op. 90 "Italian"
  5. Symphony no 5 in D major, Op. 107 "Reformation"
  6. Symphony no 5 in D major, Op. 107 "Reformation"
  7. Symphony no 5 in D major, Op. 107 "Reformation"
  8. Symphony no 5 in D major, Op. 107 "Reformation"

商品説明

クリヴィヌ / メンデルスゾーン:交響曲第4番、第5番

注目の指揮者クリヴィヌと手兵ラ・シャンブル・フィラルモニク、
ピリオド楽器によるメンデルスゾーン交響曲!
これ以上ないくらいきらきらとした『イタリア』と鮮烈な『宗教改革』

ラ・シャンブル・フィラルモニクは、クリヴィヌによって結成されたオーケストラ。その作品の時代にあった編成をその作品ごとにとる、きわめてフレキシブルな形態をとっており、個々のメンバーのレベルは世界のトップクラス。
 ここに収録されたメンデルスゾーンの演奏は、実に色彩鮮やか、ひとつひとつのフレーズが実に颯爽と薫り立つ演奏です。『イタリア』をかけた途端に広がる明るい音世界、弦の美しさ、管楽器の音の粒立ちのよさ、どれをとっても実にキラキラと輝かしい『イタリア』に仕上がっています。続く『宗教改革』は一変、実に厳しい表情ながら決して鈍重になることなく、鮮烈な内容となっています。実にさわやかな一枚です。(キングインターナショナル)

メンデルスゾーン:
・交響曲第4番イ長調 op.90『イタリア』
・交響曲第5番ニ長調(ニ短調) op.107『宗教改革』
 ラ・シャンブル・フィラルモニク(La Chambre Philharmonique)
 エマニュエル・クリヴィヌ(指揮)

アーティスト紹介

メンデルスゾーン(1809-1847)

ドイツ・ロマン派の大作曲家、メンデルスゾーンの生涯は38年という短いものでした。現在のイメージでは、メンデルスゾーンは作曲家ですが、当時は指揮者・ピアニスト・オルガニストとしても非常に多忙だったようで、これに自ら設立した音楽院の運営や、同時代作品や過去作品の紹介といった数多くの仕事が加わり、さらには 2009年に生誕200年を迎えたドイツ・ロマン派の大作曲家、メンデルスゾーンの生涯は38年という短いものでした。現在のイメージでは、メンデルスゾーンは作曲家ですが、当時は指揮者・ピアニスト・オルガニストとしても非常に多忙だったようで、これに自ら設立した音楽院の運営や、同時代作品や過去作品の紹介といった数多くの仕事が加わり、さらには各国への頻繁な旅行といった激務、姉ファニーの突然の死といった精神的打撃もあって、健康が極度に蝕まれ、寿命が短くなってしまったものと思われます。
 しかし、幼少期から楽才を発揮した天才だったこともあって、残された作品はかなりの数にのぼり、交響曲や協奏曲、ピアノ曲、室内楽、声楽など、現在も聴かれる人気曲が数多く存在します。
 メンデルスゾーンは、父の方針もあって、音楽だけに特化することのない幅広い教育を受けた教養豊かな人物としても知られており、絵画や文学への才能に加え、ギリシャ語やラテン語、イタリア語、フランス語、英語などの多言語や、古くはルネッサンス時代の音楽・美術にも精通した該博な知識、そして驚異的と称えられた記憶力が、自身の創作に役立っていたことは確かなようです。
 指揮者としても、メンデルスゾーンは優秀な存在だったようです。合理的なアクションで楽員を的確に統率したメンデルスゾーンの演奏会は水準が高く、同時代の作曲家たちは、メンデルスゾーンに自作を演奏してもらうことを切望していました。また、メンデルスゾーンは、当時あまりとりあげられなかった過去の作品の紹介にも熱心で、バッハの『マタイ受難曲』の歴史的な蘇演や、シューベルト『グレート』の初演のほか、ベートーヴェンの第九をきちんと演奏して成功に導いたり、ヘンデルの作品を積極的に紹介するなど、歴史的傑作が正しく再評価されるように奔走していました。
 そんなメンデルスゾーンの最近の人気作といえば、やはり姉ファニーへのレクイエムの意味合いで書かれ、その内面的な深さと情熱的な表現が聴き手の心を打たずにはおかない弦楽四重奏曲第6番でしょうか。対照的な若書き作品、弦楽のための交響曲の数々も、切れ味の良いピリオド・アプローチの出現によって、人気上昇中です。
 もちろん、定番の『イタリア交響曲』や『スコットランド交響曲』、ヴァイオリン協奏曲、無言歌の人気も上々ですが、最近は、『メサイア』『天地創造』と並び、3大オラトリオとも呼ばれる傑作『エリヤ』を聴かれる方も増えてきているようです。


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簡易年表

【1809】
2月3日、銀行家アブラハム・メンデルスゾーンとレア・ザロモンの子としてハンブルクで誕生。祖父モーゼス・メンデルスゾーンは、カントにも影響を与えた有名な哲学者。
【1811】
2歳。ハンブルクへのフランス軍進駐に伴い、メンデルスゾーン家はベルリンに転居。
【1814】
5歳。母の教えでピアノ学習を開始。
【1817】
8歳。パリで合唱団指揮者マリー・ビゴーのレッスン。ベルリンでカール・フリードリヒ・ツェルターに作曲を師事。
【1820】
11歳。ベルリン・ジングアカデミーに入会。ヴァイオリン・ソナタ、ピアノ・ソナタ3曲、宗教曲、オペラ『兵士の恋』などを作曲。
【1821】
12歳。ツェルターの紹介でヴァイマールにゲーテを訪問、大いに気に入られ約2週間滞在。弦楽のための交響曲第1~6番作曲。
【1822】
13歳。詩人ハインリヒ・ハイネ、メンデルスゾーンを「音楽上の奇蹟」と称賛。父アブラハム、メンデルスゾーン家のサロンでおこなわれる「日曜コンサート」のために宮廷楽団メンバーと契約。以後、定期的にコンサートがおこなわれるようになり、メンデルスゾーンはそのためにさまざまな作品を作曲。弦楽のための交響曲第7~8番作曲。
【1823】
14歳。弦楽のための交響曲第9~13番作曲。
【1824】
15歳。クリスマスに母方祖母が『マタイ受難曲』の写筆譜をプレゼント。交響曲第1番作曲。オペラ『ボストンから来た叔父』上演。
【1825】
16歳。父と共にパリに行き、パリ音楽院院長のケルビーニ、フンメル、モシェレス、ロッシーニ、マイアベーアらの知遇を得ます。弦楽八重奏曲作曲。ほかに、セルバンテスの『ドン・キホーテ』を原作とするオペラ『カマチョの結婚』作曲。
【1826】
17歳。『夏の夜の夢』序曲作曲。
【1827】
18歳。弦楽四重奏曲第2番、ピアノ・ソナタ第3番作曲。
【1828】
19歳。ベルリン大学に入学。アルブレヒト・デューラー没後三百年祭のための大作カンタータを作曲。序曲『静かな海と楽しい航海』作曲。
【1829】
20歳。英国旅行。『マタイ受難曲』蘇演大成功。会場には、国王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世や哲学者ヘーゲル、思想家フリードリヒ・シュライアーマッハー、詩人ハイネらの姿も。水害のための慈善演奏会を主催し『夏の夜の夢』序曲を演奏。オペラ『異国からの帰郷』、弦楽四重奏曲第1番、協奏的変奏曲作曲。
【1830】
21歳。この頃から激しい頭痛発作に悩まされるようになりますが、以後2年間に渡ってヨーロッパ各地を旅行して滞在。序曲『フィンガルの洞窟』作曲。交響曲第5番『宗教改革』、ピアノ協奏曲第1番作曲着手。
【1831】
22歳。ピアノ協奏曲第1番作曲。
【1832】
23歳。交響曲第5番『宗教改革』完成。カンタータ『最初のワルプルギスの夜』作曲。
【1833】
24歳。デュッセルドルフ市音楽監督就任。交響曲第4番『イタリア』、劇音楽『頑固な王子』作曲。
【1835】
26歳。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者に就任。楽員の労働環境改善などに尽力し、演奏水準の向上に貢献。父アブラハム死去。序曲『美しいメルジーネの物語』作曲。
【1836】
27歳。ライプツィヒでベートーヴェンの第九を指揮して大成功。フランクフルトでバッハを演奏。ニーダーライン音楽祭に出演。オラトリオ『聖パウロ』完成。
【1837】
28歳。セシル・ジャンルノーと結婚。弦楽四重奏曲第4番、ピアノ協奏曲第2番作曲。
【1838】
29歳。ニーダーライン音楽祭、ケルン音楽祭に出演。弦楽四重奏曲第3,5番、チェロ・ソナタ第1番作曲。
【1839】
30歳。ライプツィヒでシューベルト『グレート』初演。ピアノ三重奏曲第1番、序曲『ルイ・ブラス』作曲。
【1840】
31歳。交響曲第2番『讃歌』作曲。
【1841】
32歳。プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世に依頼され、ベルリンの宮廷礼拝堂楽長に就任。『厳格な変奏曲』、劇音楽『アンティゴネ』作曲。
【1842】
33歳。劇音楽『夏の夜の夢』、交響曲第3番『スコットランド』作曲。
【1843】
34歳。自ら資金を集め、ライプツィヒ音楽院を設立し院長に就任。作曲とピアノの教授はロベルト・シューマン。チェロ・ソナタ第2番作曲。
【1844】
35歳。ヴァイオリン協奏曲ホ短調、オルガン・ソナタ第1~3,5番作曲。
【1845】
36歳。オラトリオ『エリヤ』、劇音楽『アタリー』、劇音楽『コロノスのエディプス』、弦楽五重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲第2番、オルガン・ソナタ第4,6番作曲。
【1846】
37歳。カンタータ『シオンよ、主をほめたたえよ』、『ドイツ・ミサ』作曲。
【1847】
38歳。5月、姉ファニーの突然の訃報に接し、神経障害に。一時回復するものの11月3日には意識を失い翌日死去。弦楽四重奏曲第6番、オペラ『ローレライ(未完)』、オラトリオ『キリスト(未完)』作曲。

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